094 人間の叡智と研鑽の結晶を召し上がれ

『待てぇいっ!貴様は何だ?ただの鳥ではあるまい』


 いきなり現れた見かけは小鳥、怪しくないワケがなかった。


 アルは周囲に魔物がいないのは確認してから転移しているのだが、遠見とおみか千里眼のスキル持ちまではどうにもならない。

 見える所までの転移ではすぐ追いつかれるので、仕方なく絡んで来た魔物と相対することにした。

 この山を根城とするでかい狼。

 念話まで飛ばして来たことからしても知性があり、強大な魔力を感じる。

 神の遣いとされる神狼…つまり、魔物ではなく、伝説の神獣フェンリルか。


 ギルドの情報にはなかったが、人間ごときが把握出来るものではないのだろう。


「別に悪さはしねぇんだから、通るぐらいいいだろ。伝説の神獣様は随分と心の狭いことで」


 アルは小鳥のまま、少し拓けた場所にいるフェンリルの前に転移して悪意はないことを主張した。

 5mぐらいもある本当に大きい狼だ。

 色は白っぽいグレー。

 進化しまくってるアルの鑑定様でも鑑定出来ないが、圧倒的にフェンリルの方が強い。

 戦うことになった場合、アルはあっさりとは負けないが、国単位で崩壊しそうだ。


『……何故、分かった?』


「分からねぇ方がどうかしてる。念話飛ばして来るでかい狼って神獣の他にいるワケ?」


『おらんだろうな。貴様は何だ?悪意は感じないが、鑑定が出来ん』


「こっちも同様。目立たたねぇよう擬態していた。今、解くから攻撃すんなよ」


 アルは小鳥から元の姿に戻る。いきなり解除すると余計に怪しいかも、と段階を踏んだワケだ。


『人間、なのか?』


「何で疑問系だよ。人間だよ、人間。ちょっと遠い所まで行く途中なんだけど、転移魔法使える人間って滅多にいねぇから、小鳥に擬態してたワケ。あんたのように遠見スキルを持ってなければ、気付かれねぇし」


『人間の魔法はどんどん衰退しているから、まさか人間だと思わなかったのだ。先祖返りか』


「いや、おれは転移者だ。桁違いに魔力が多い。一ヶ月ぐらい前に転移してから、魔法やら何やら頑張って覚えたら更に増えた。…どうかした?」


『何百年か振りに会った。転移者となると異世界から来たワケだな』


「おれは意識だけな。身体はこちらの人間で、どうやらもう死んでるらしい。おれの意識が入ったことで致命傷の怪我が治ったけど、元の身体の持ち主らしき意識は感じない。転移者、転生者、異世界召喚について何か知ってるなら教えてくれ」


われが知るのは、異世界人は平和主義で高い戦闘力と高い知性を持ってはいても、戦いには最低限しか使わず、生活を快適にすることに使っていた、ということぐらいだ。食生活もこだわってたな』


「ものすごく共感出来る。絶対、同郷人だな。おれも『快適生活の追求者』という称号持ちだ。で、過去の異世界人、どういった経緯でこちらに来たのかは知らねぇ?」


『本人も分からんと言っていた。その称号、どういったことをしたら付いた?』


「ダンジョンドロップで快適生活用品を作りまくってたら。たとえば、こういったの」


 アルはマジックバッグから一人掛けのソファーとコーヒーテーブルのセットを出した。

 ディメンションハウスの物とは別、野外仕様で脚は防水コーティング(スライム皮利用)してあった。


『…すごくよく分かった。過去の異世界人とは文明レベル自体が違うような感じだな』


「多分、過去の異世界人より、おれの方が未来の時代から来てる。…そういや、あんた、名前は?おれはアル」


 ソファーに座ってから、アルは名前を聞いてなかったことに気付いた。


『フェンリルのイディオスだ。特別という意味があるらしい』


「ああ、古代ローマ語だな。いい名前だ。名付けは誰が?」


『親が。天啓があったらしい』


 親がいるのか。神獣ならそのまま、どこからか生まれるのかと。雨が水たまりになるように、魔力か何かが集まって。


「そっか。イディオスって呼び捨てでいい?おれも呼び捨てでいい」


『いいぞ、アル』


「じゃ、イディオス。人間が食うような調理したメシが食える?そろそろ小腹が減る時間なんで、おやつにしようと思ってたんだけど」


『大丈夫だ。どんな物を食わしてくれる?』


「やっぱ、肉?」


『肉だな』


「そのサイズだと全然足りなさそうなんだけど…お?小さくなれるのか」


 イディオスはどんどん小さくなり、大型犬ぐらいの大きさになった。


『大きいと不便なこともあるからな。我は基本的には宙を漂う魔力だけで十分なのだ。人間のように食物を摂取してエネルギーに変えることも出来るが、効率はよくないな。嗜好品といった感じか』


「じゃ、野菜が入ってても大丈夫ってことだな?」


『もちろんだ』


「では、人間の叡智えいち研鑽けんさんの結晶、ビーフシチューを…器がねぇな。ちょっと待て」


 アルはその辺の土から土魔法で洗面器のような丼を作り、大型犬サイズのイディオスが食べ易い高さのテーブルも作って、丼をその上に置いた。

 そして、作り置きの熱々ビーフシチューを出して丼に注ぎ、自分の分にはスープカップに注いだ。カットしたバケットもそれぞれに添える。


「じゃ、ビーフ…じゃなかったか。カウシチューをどうぞ召し上がれ」


『いい匂いだな』


「あ、防臭結界張るから」


 うっかり忘れてた。

 いくら、ここにフェンリルがいても、いい香りは魔物を招き寄せてしまうのだ。飛ぶ魔物には特に要注意である。


『…そんなことまで無造作に出来るのか。こっちに来てまだ一ヶ月とか言ってなかったか?』


「そうだけど、頑張って覚えたんで。最初は多言語理解と各種耐性スキル、生活魔法、空間魔法しかなかった所を、徐々に増やして。転移者称号のおかげで覚え易いこともあるんだけどな」


 はいはい、どうぞ、と中々食べないイディオスに再度勧めると、ペロリと舐めた。


「あ、ごめん。猫舌…じゃねぇ、熱いの苦手?」


『苦手と言う程でもないが、熱い食べ物はほとんど食べたことがない』


 では、肉も生で食べていたのか。


「じゃ、もう少し冷ます」


 アルはイディオスのシチューの温度を魔法で操作する。強いて言うなら氷魔法か。

 凍る程には温度は低くせず、脂が固まらない温かい程度で。


『…美味い』


「だろ。肉もゴロゴロ入ってるし、スープにも肉エキスたっぷり。それでいてクドくはない絶妙さ。野菜もダンジョン産だから、売ってるのより格段に味がいいんだよな」


 夢中で食べているイディオスは聞いてなさそうだが、アルは一応説明してみた。

 我ながらいい仕事してる、とアルもカウシチューを食べながら微笑む。…ああ、水も必要だったか、と丼をもう一つ作ってシチューの隣に置き、魔法で水を入れた。

 アルは自分にはハーブティである。

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