番外編14 名もなき転生者は誤解する
目を疑った。
これって「自動販売機」じゃないの?
過去に召喚された勇者や転生者たちが広めて、この世界にもある所にはあったのかと思いきや、画期的な大発明だとみんなが騒いでいる。
自動で「かき氷」を販売する魔道具。「冷水」を販売する魔道具もある。
「おう、姉ちゃん、そこにいると邪魔。並ぶならあっちだ」
「あ、ごめんなさい」
思わず呆然としてしまい、行列に並ぶ人と通行の邪魔になってしまっていた。
わたしは慌てて行列の最後尾へと向かう。
普段はもっと小さな街で暮らしているけど、今回は行商人の祖父の手伝いでパラゴの街まで来た。
見たことがない物が多くて驚いたけど、一番驚いたのがこのかき氷の自動販売魔道具だった。
その場で削ったふかふか氷にシロップをかけ、ストロースプーンを刺した紙コップに入ったかき氷。
シロップは三種類で赤、黄、緑。
どれも美味しいようで、友達、家族同士はお互い違う色にして味見し合ってる。
冷やすことが出来る魔道具はどれも高いのに、たったの銅貨2枚だ。安い肉の串焼き一本のお値段。
「これってやっぱり時間停止のマジックバッグを使ってるよなぁ」
「だろ。凍らせる魔道具なら、こんなにどんどん氷が作れないもんだしな。でも、食べられる氷って氷の魔法使いでも難しいって聞くけど」
「大魔道士様ってこと?」
「なのかなぁ?」
「元々大金持ちだから、小銭で買える値段にした、ってことだろ、多分」
「そりゃ太っ腹だなぁ」
あははははは!と機嫌よく笑ってる。
かき氷を食べてる人、冷水を飲んでる人、みんな、笑ってる。
すごい。
こんなに大勢の人が笑ってる所、初めて見たかも。
わたしも自然と笑顔になった。
わたしには前世の記憶がある。
多分、かつて召喚された勇者や賢者と呼ばれた人達と同郷だ。
味噌や醤油やうどんや豆腐を広めたのが勇者や賢者だって聞くからね。確実だと思う。
食にこだわりがあった平和な国で生きた記憶があるからこそ、この世界の残酷さ、命の軽さがいまだに慣れない。
前世の記憶を思い出したのは十歳、それからもう五年は経つのに。
創作物であり勝ちの転生チートなんて、わたしにはまったくない。特別なスキルも魔法も何もない。
どこにでもいるごく普通の中学生だった。
記憶があるのがそこまでで、そこからすぐに亡くなったのか、ただ記憶がないだけなのかは分からない。
勉強は普通、物作りが得意というワケでもなかったので、何も出来ない。
…ああ、一つあった。
読み書きや計算は大事なのを知っていたし、勉強の仕方も知っていたので、覚えが早かった。そのぐらい。
計算の速さは祖父の方が速いし、記憶力も祖父の方がすごい。祖父こそチートよね。
まぁ、わたしでも大半の人に比べたら「出来」は普通よりちょっといいぐらいなので、女の子なのに商売の後継者になってるけど、これも確実じゃない。
行商はただでさえ、危険なことが多いのに、女だと貞操の危険もあるからね。
事務方や販売、店員の管理をわたしがやって、仕入れはわたしの夫になる人に、なんて、祖父は都合のいい夢を見てるけど、難しいと思う。
わたし、茶髪茶目の平凡な顔立ち、料理は出来ても特に美味しいワケでもなく、普通過ぎるから。
整形並みのメイクの腕もないし、平民が買える化粧品はあまりいいものじゃなさそう。
成人年齢は十五歳でわたしももうすぐ成人。
良い縁があればいいけどね。
みんなの様子を見ながらだと、暑い中、行列に並んでるのも苦じゃなかった。赤はいちご…じゃなくて、ベリー系かな?とか考えるのも楽しかったし。
でも、暑さでやられちゃった人もいたようだけど、大丈夫かな?
そして、行列は進み、わたしの番が来て、やっぱり赤のシロップのかき氷にした。悩んだけどね。
かき氷はふわっふわ、でも、すぐ溶けちゃう程薄くはなくて、絶妙だった!
赤のシロップの味はベリー系だけじゃなく、梨?っぽい味も混ざってて、美味しかった!ミックスだったんだね。
やっぱり、自然と笑顔になる。
暑い夏にはかき氷!
ああ、何年振りだろう!
でも、前世の記憶にあるかき氷より格段に美味しい!
これ、作った人、絶対、同郷の人だよ!
味もバランスもパッケージもロゴもイラストも、クオリティが高過ぎる!
是非、宇治金時練乳バージョンもお願いしたい!
……あれ?でも、自動販売魔道具を作ったのも同郷の人、だよね?
技術者の転移者でかき氷にこだわりがある人?
……んんん?
何かどんな人なのか、全然イメージが固まらない……。
少なくとも大人!
わたしみたいに子供までの記憶と知識しかないと、仕組みが全然分からないから無理!
……ああ、そういえば、小学校の自由研究でダンボールのガチャガチャ、作ってた子がいたっけ。スッゲー!ってヒーローだった。ああいったタイプなら作れたかも、だけど……いや、無理か。
無茶苦茶希少な時間停止のマジックバッグを何十個も用意出来ないって。
作った、んだよね?
ダンジョンからものすごくたまーにドロップするそうだけど、何十個もは絶対無理だし。
時間停止のマジックバッグを作れる錬金術師って、もうほとんど生き残ってないそうだけど……後継者とか?
他の人たちと同じように、空き地の石に座って、シャクシャクとかき氷を食べてるうちに、細かいことはどうでもよくなって来た。
ビバ!かき氷!アイラブかき氷!
食べ終わると、紙コップやストロースプーンをポイ捨てして行く人たちが多くて驚いた。
もー!ゴミ箱も一緒にあちこちに設置してるのに!
マナー悪い!
この辺、異世界だって思い知るよね。
近くにあるゴミだけでも集めて一緒に捨てようっと。
「にゃにゃ!」
ゴミ箱に持って行こうとすると、紺のエプロンを着けた小柄な人間サイズで二足歩行する黒白猫が通りがかった。背中に大きな編みカゴを背負い、ゴミバサミも持っている。
かき氷の自動販売魔道具の『こおりやさん』の従業員さんだ。
手…前足で背中のカゴを指す。
「え、ここに捨てていいの?じゃ、お願いね。ごちそうさま。ご苦労さま~」
「にゃにゃ!」
まいど!みたいな風に鳴く。
可愛い。非常に可愛い。声も仕草も猫そのものだ。
どうやっているのか、耳もヒゲも口も尻尾も動く。
しかし……。
「中の人は大変だね…この暑さに着ぐるみ…」
実は『こおりやさん』は超ブラック商会かもしれない。
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注*にゃーこは学習能力があり自我もあるもふもふゴーレムです!中の人はいませんし、寒暖の影響もあまりありません。
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