番外編30 誰にも奪えないもの

 えにしがないのに諦めない人、というのは案外多いものである。


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あなたが来てくれるまで、いつまでも待っています!

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 自分の名前が書いてある封筒に入った手紙が自分の教室の机の上に置いてあり、読まずに捨てた……のだが、わざわざゴミ箱から拾い上げて読み上げた、自称サバサバ系、手紙の送り主とは友人のおせっかい女がいたので、内容を知ることになった。

 知りたくもないのに。


「勝手に待ってりゃいいじゃねぇか」


 「○○しないと△△しない・或いは□□する」というのは脅迫行為である。

 心の底からそう思ったので本当に行かなかったら、警察沙汰になり、事情聴取を受ける羽目になった。


 手紙の主が待っていた場所がF駅北改札口の側なので、何時間もいる女子高生を駅員が不審に思い、帰るよう説得したら泣き叫ばれたので通りすがりの人が通報したらしい。

 こんなくだらないことでも、通報があったからには事件性がないことを確認しないとならない、公僕の方々には誠にご苦労なことである。



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言うことを利いてくれない場合、あなたの大切な人がどうなっても知りませんよ。

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 完全に脅迫の手紙なのに、どうして通報しないと思うのか、その精神構造も分からない。


「何で通報するのよ!警察なんて関係ないじゃない!」


 そして、こういった輩は違法行為だという自覚がまったくない。

 そういった所も典型的な本人以外は誰がどう判断しても完全にストーカーだったので、証拠も合わせて提出しておいた。

 男がストーカーでターゲットが女の場合は、警察の動きも早いのに、男が被害者の場合は中々動かないので、証拠を集めていたのだ。


 かつて、父の時代は鼻で笑われ、まったく相手にされなかったそうだが、ストーカー規制法が出来た現在も、男が被害者の場合はまだまだ対応が厳しかったりする。



 そもそも、下駄箱に手紙やプレゼントや食べ物を入れる神経が分からない。

 土足の靴や上履きを入れる箱が下駄箱だ。衛生面でも臭いの面でも不向きなのが分からない相手とは話したくもない。

 その人の靴に袋菓子の中身を直接詰めて「プレゼント」すれば、どれだけ嫌なものか分かるかもしれないが、そんな手間暇以前に、他人の靴なんて出来る限り触りたくない。



 まぁ、そんな感じで手紙にいい思い出はまったくなかったのだが、たった一通の手紙でそれが一変し、「人生で一番嬉しい手紙は?」と質問されたら、迷わず真っ先に挙げるだろう。


 その手紙をもらったのは、まだ高校生…高校二年生の終わり頃、年明けのことだった。



 ******



「…む、英樹ひできの彼女は料理上手という項目を追加だな」


「勝手に食ってんなって」


 何か言ってけよ、せめて、と嵯峨さが英樹は苦笑しつつ、買って来たコーヒーのプルトップを開けた。


 年が明け、学校も始まった木曜の朝。

 電車内で英樹がつき合い始めたばかりの茜にもらったのは、カップケーキだった。

 朝食を食べた後でも、学校に着く頃には小腹が減ってる食い盛りの男子高校生には楽勝である。


 その辺をよく知ってる茜なので、ミニカップケーキで、結構、種類と量があり「みんなで食べてね」とは言ってたが、何にも言わないウチにさっさと食べるか。英樹が一口食べてから、なのがまだマシかもしれない。


 ほぼイベント前だけの付け焼き刃ではなく、自分が食べたいがために頻繁にお菓子を作っている茜なので、腕前はかなりのものですごく美味しかった。

 前にも茜自身のおやつのおすそ分けでもらったことがあるが、更に精進しているらしい。


「自慢しに持って来たんじゃねーの?」


「朝もらったばっかりだって」


「おーいい彼女だな~。頂戴、頂戴~」


 早めに来た野郎どもが、事後承諾でさっさと持ってくし。


「やるとは一言も言ってねぇだろうが。こら」


「だって、怒らねーし~」


「機嫌いいのってすぐ分かるしな~英樹って」


「その辺、どの男も単純」


「マジで美味いって。いいな~料理上手か~」


「英樹自身料理上手なんだから、こっちに回せよな~」


「努力と気持ちは嬉しいけど~という女がいっぱいいるのにさ~」


 たしなめても全然無駄だった。

 結局、英樹が食べられたのは二つだけで。


「また作って貰える余裕か?」


「その前に別れなきゃいいけどな~」


「大穴狙いの一年に賭けてるんだから、保たせろよ~英樹」


「じゃ、おれは一生な」


 ふっと余裕の笑みで英樹は言ってやった。情報が錯綜さくそうする程特定しにくいだろうし、信じる奴も少ないだろう。


「……マジで?」


「…結婚前提かよ?」


「……今度こそ、賭けに負けるんじゃねーか?」


「…なぁ、いくら今までの賭けは負けなしでも、女の件じゃ負けっっ放しのクセしてさ~」


「それが証拠に、女の件だと絶対賭けを持ち出さねーしなぁ」


「負ける賭けは乗らねーから、負けなしなだけだし」


「相当自信があっても、今度ばかりはさ~」


「逃がさねぇんで。家族総ぐるみなんで相当疑わしいワケかよ、と複雑ではあるけどな。ま、何でもいっや、手に入るなら」


「…どんな子なワケ?」


「自分の価値が全然分かってねぇ子」


「抽象的過ぎる~」


「…何?意外とデキ婚とか?」


「医学的に無理。結婚は先の話だっつーの」


「……ええっ?まだ手ぇ出してねーの?」


「……そこまで大マジメっつーこと?」


「…いやいや、意外と男じゃ…あり得なさ過ぎか…」


「…英樹ってどー見ても女好き…」


「その通り、女」


 英樹は簡潔に答えて、冷めて来たコーヒーを飲む。


「……おうおう、それだけかよ?」


「続くんじゃないかと、待っちまっただろ~」


「プラトニックなワケ?」


「だとすると、何かスゲェ偽善臭い…」


「けど、つき合ってまだ日が経ってないんじゃね?冬休みだろうし」


「案外、身体の相性が合うから、つき合おっか、だったりして~」


「そんな軽い女にひっかからねーだろ。懲りてたワケだし」


「で、医学的に無理っつー意味は?」


「プラトニック」


「……嘘だ~」


「…それは嘘だと思うな~」


「…どう考えても、無理あり過ぎ…」


「いや、マジだって。将来考えりゃ、夜の生活より性格に重点を置くだろ?一緒に生活して行くワケなんだから」


 そう深く考えてたワケじゃないのだが、まぁ漠然と思っていたことでもある。


「あーまぁ、そりゃそうか」


「でも、つき合って日が浅いんだから、性格もそう知らなくね?」


「…あっ!前からの知り合いか?」


「……その可能性をうっかり失念してたな」


「しかし、どんだけいるよっつーものもあったり。小中高だけじゃなく、近所、よく行く店やら何やらと」


嵯峨先輩英樹の兄関係の交友関係を含めたら、全然絞れないって。元々顔広いワケだし」


「いや、ウチの高校はねーだろ。邪険にしまくり」


「卒業生の可能性はあってもなぁ。あ、義理のお姉さんの友達とか?」


「いい加減、詮索すんなって」


「気になるに決まってるだろ~。いくら、英樹のファンにイジメられるっていっても、どこも出かけず閉じこもりってワケにも行かねーから、いずれはバレるワケで」


「そうそう、コソッと教えてくれたってさ~。どこまでマジな話か分からねーけど」


「至って大マジメ。牽制にスゲェ公表してぇんだけど、どう考えても彼女が大変だしな」


 英樹は携帯を出して『ご馳走様、美味かったよ。大半奪われたんで今度また作ってな』とメールを送って置いた。今までは気にしてなかったが、念のためにロックをかけて置く。登録名は変えてあるが、内容を見て行けばバレるし。


「…っつーことは、やっぱスゲェ可愛いワケだな?」


「何だかんだ言いつつ、面食いだしさ~英樹って」


「だから、余計に気になるっつーもんが」


「…あ、英樹、何か手紙が入ってるぞ。見ていい?いい?」


 ミニカップケーキが入ってた紙袋をまだないかと漁っていた男子が、折り畳んである紙を手に取ってそんなことを言う。


「ダメに決まってるだろ」


 英樹はさっさと取り上げる。中学の時に女子たちの間で流行ってた凝った折り方なのに、ちょっと笑った。まだブームは廃れてないのか。

 しっしっと周囲を追い払ってから、開ける。


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大丈夫だったかな?甘過ぎなかったかな?

スイーツの好みは人それぞれだから、好みに合うかどうかちょっと心配。

季節柄、暖房が入ってると思うので、傷まないうちに早めにどうぞ♪

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 綺麗な読みやすい文字でそう書いてあったが……さすがに照れる。

 文頭、縦読み、か。

 茜は何でこうも可愛いことをしでかしてくれるのだろう。

 英樹はさっさと畳んで、制服の内ポケットに入れて置いた。


「何なに?何だって?」


「うわ~珍しい~照れてるし~」


「…そうか、こうした偉業をあっさり成し遂げちまうような彼女だから、逃がしたくねーと」


「それ言ったら、いい加減懲りて、三年もフリーだった英樹がつき合う気になった子、ってだけでもスゲェだろ。散々懲りてるんだから」


 その通りだ。


「だから、余計に気になるんだって~手紙の中身だけでもさ~」


 勿体なくて教えたくもない。


「絶対嫌。ほら、予鈴鳴るぞ」


 さっさと散らして、英樹は缶コーヒーを飲み干し、ゴミ箱に捨てに行った。



 ******


 急に異世界転移させられてしまった時は魂だけで記憶が曖昧、再び元の世界に行けた時も自分の身体と結婚指輪以外は何も持って来ることが出来なかった英樹…シヴァだが、一言一句覚えている手紙の内容、アカネとの思い出だけは忘れなかった。


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