番外編61 家事妖精の暇つぶし
『
人間の都合のいい妄想、自分がやったことなのに忘れている、実は家族がやってくれていた、のだと思われがちですが、違います。
全部、家事妖精の仕事です。妖精は案外『世話焼き』なのです!
食事はお腹がふくれればいい。
不味くても食べられればいい。
時々、腐った物を食べてお腹を下しても、学習しない。
服は寒くなければ、色もデザインも何でもいい。
キレイに洗ってあるか、清潔か、なんてことは気にしない。
通いのメイドがやめると困るので、身体は仕方なく洗う。
研究の邪魔になるので、爪の手入れはこまめにやる。
しかし、ぼさぼさの髪はブラシで
部屋が散らかっていても気にしない。
大事な研究論文や草稿、貴重なデータもあるので触られたくない。
掃除はメイドがしてくれるが、大事なものを捨てられるのは嫌なのでゴミ捨てはなし。ゴミ箱から拾うこともしばしばある。
そして、中々捨てられないゴミがゴミ箱から溢れる――――。
「もーいい加減、片付けなさいっ!」
あまりにもだらしない人間に、
こんなにだらしない人間は中々いないので、妖精間でも話題になり、見に来たのですが、想像以上にだらしなかったのです!
ふさふさふかふかでつやつやの毛皮を逆立てて、シマシマの尻尾を太くしてキレます。
大きな金色の目の周り、鼻周りが黒く、背中はシルバーグレー、腹側は白、ピンッと立った大きなふさふさの耳。大きさは一般的な子猫ぐらいの可愛らしい姿で、ぷんぷんと怒りました。
しかし、妖精の姿は普通の人には見えません。声も届きません。
だらしない人間にも見えず、声も届きませんでした。
だらしない人間の適当に紐でくくっただけのぼさぼさの髪は、前髪も長いので、前がよく見えていないのかもしれません。
そうだ!まずは前髪を切ってしまいましょう!
ついでに、泡立つ木の実で髪を洗って、つやつやサラサラになるオイルを塗ってあげます。
何にも気にしてないのだから、キレイにしたり、いい香りにしたりしても別にいいですよね!
わたしはすぐに実行しました。
だらしない人間はまず、服を
髪も身体もちゃんと洗いましょう。指と指の間、爪の裏、関節の裏や耳の後ろも、しっかりと。
だらしない人間が何か叫んでいるようですが、気のせいですね。
水魔法で水分を適度に取り除き、風と火の魔法で温風を作って乾かします。
髪にも肌にも保水するオイルを塗り込みましょう。
磨き過ぎで赤くなってしまった所や、
――よし、傷跡がなく、しっとり、つやつやになりました。
ですが、一時的に取り繕っただけで、まだまだ肌も赤茶の髪も傷んでいます。今後に期待ですね。
そして、だらしない人間にキレイな服を着せると、椅子に縛り付けて、前髪をカット!
重くならないよう縦に
切った髪はまとめて燃やしましょう。
おや?
あんなにだらしないのに、案外、可愛い顔をしていますね。透き通ったヘーゼルブラウンの瞳が潤んでキレイです。
そういえば、あまりにもだらしないので性別なんて気にしていませんでしたが、この子、女の子ですね。
なんてもったいないことをしていた人間なのでしょう。
女の子なら、尚のこと、荒れ放題の部屋はちゃんと掃除して整理整頓して過ごし易く快適に、身だしなみもちゃんと整えて、髪を編んで花やリボンを飾ってキレイにするものでは?
……だらしなさ過ぎの人間には、そういった「人間の常識」もないようですね。
妖精にこんなことを思われているのは、かなり恥ずかしいことですよ?
どうやら、この子の親は「成果」だけを期待していて、この子がどう過ごしているのかは関心がないようです。
薬作りに必要な物、薬草や素材がたくさんある森の側に住まいや、生活に必要なものを与えていても、まったく会いに来ないのですから。
こんな環境では、マトモな情緒も育っていないのでしょうね。
この子、まだ十歳ぐらいですのに、無邪気な子供らしさの欠片もありませんし。
薬作りの才能に恵まれただけかと最初は思っていましたが、この子の場合はどうも違いますね。
おそらく、前世持ち。
人間は死んだ後、その記憶もなくなるのが通常ですが、稀に前世の記憶を持ったまま、転生してしまうこともあるのです。
そういった人間は「前世持ち」と呼ばれ、有用な知識が多いことから大事に保護されています。
大金を稼ぐ知識や技術の持ち主であることも多いからです。
誰にも教わったことなどなさそうなのに、調合が難しい薬を錬金術を使って作れることから、どうやら、この子は優秀な薬師の生まれ変わりなのでしょう。
他の前世持ちと同じく、この子にもちゃんと護衛がついていて守っているのはいいのですが、話すことはありません。やたらな人間と会わせるわけにも行かないので、この子は大半が一人です。
だから、この子は余計に我が道を
この子が少しでも話す相手も、だらしなさ過ぎだと指摘するのも、通いの中年メイドの三人ぐらいしかいません。
そのメイドたちも最低限の仕事を適当にしかやらないので、危ない腐った食べ物がその辺に置いてあったり、いつ洗濯したのか分からない服が散乱していたり、といった状況になっているわけです。
料理人はおらず、買った料理をメイドが運んで来ているだけでした。面倒なのか、まとめて何日か分を。
……おや?前世持ちならば、他の人と比べて自分がどのぐらいだらしないのか、ぐらいは分かっていませんか?
……だらしないのが元々の性格ならば、手に負えませんね……。
メイドすら通わなくなってしまうと、この子はカビが生えて病気になって、あっという間に死んでしまうことでしょう。
一応、貴族の娘なのに、令嬢教育はまったくされておらず、かといって街の生活も平民の常識も知りませんから。
……ん?ひょっとして、使用人がこの子の教育費を着服しているのかもしれません。両親が確認なんかしない、と分かっているのなら、まずバレませんからね。
この子がやっているのは薬を作ることと薬の研究です。
かなり価値のある薬もありますので、売れば余裕で生活が出来るでしょうが、あいにくと、そんなツテも売り込むような才覚もなさそうです。
そもそも、十歳の少女が作った薬なんて、怪しいことこの上ないですね。前世持ちだとバレたら、どこかに監禁されるだけでしょう。
一応は親元にいる今でも似たようなものです。
可哀想に。
――そうですね。
特にこれといった使命や仕事はありませんので、わたしの『暇つぶし』にちょうどいいかもしれません。
これ程、手のかかる人間は中々いないでしょうから。
そうと決まれば、姿を見せることにしましょうか。
わたしのこの可愛らしい姿に悶えるといいのです!
「…え、ぬいぐるみ?」
ふんわりと飛んで、女の子の目の前に現れてやると、女の子は不思議そうに目を瞬きました。
「生きてますよ!あなたがあまりにだらしないので、契約してあげようと姿を見せたのです!わたしはギューテ。
「ええっと、フォリエ・ワイスブロット、だよ。シマシマ尻尾の可愛いおサルさんじゃなくて妖精なの?」
フォリエのヘーゼルブラウンの瞳がキラキラと輝きます。
そうでしょう!そうでしょう!滅多に見ることが出来ない妖精、更にこうも可愛い子ザル型妖精なのですから!
「妖精ですよ。可愛いおサル、までは正解ですが、子ザル型の妖精です。こう見えてかなり長く生きてます。普通のおサルは飛びませんよ」
「……あっ!そうだった…。でも、羽はないのに飛べるの?」
「見た通りに。では、契約しましょう。この契約はお互いを縛るものではなく、共生するための契約です。あなたはこのままだとメイドたちに金目のものを全部持ち逃げされて、のたれ死ぬだけですよ」
メイドたちがフォリエの価値をよく分かっていないのは、幸いなのか不幸なのか、ですね。
「やっぱり?そろそろヤバイかもと思わなくもなかったんだけど、面倒で。あなた、ぎゅーて?」
「はい、ギューテです。呼び捨てで結構ですよ、フォリエ。わたしのメリットはこの屋敷を好きに出来ることです。あなたを何とかしない限り、散らかり放題のゴミ屋敷ですから、あなたの面倒もみて差し上げますよ」
「そうなんだ。でも、もうちょっと丁寧に扱ってくれない?さっき、野菜を洗うみたいだったよ~」
「もっと丁寧でしたよ。どこも痛めていないでしょう?フォリエが汚れ放題でしたから、中々汚れが取れなかったのです」
「うん、それはごめん。でも、わたしを椅子に縛り付けてる何か、そろそろ解いてもらえる?」
「ああ、そうでしたね」
忘れていました。
フォリエが怪我しないよう、柔らかい布で縛り付けていただけですので、すぐ解いてあげます。
わたしの小さな手ではなく、見えない魔力の手で。便利なのですよ。自由自在に大きくも小さくも出来ますから。
お風呂上がりなので水分補給をさせようと、ガラスのコップに果実水を注いでフォリエに渡しました。
わたしのアイテムボックスに色々と入っているのです。
「ありがとー」
「お礼が言えるのはいいことですね」
まだ契約もしてないのに、初対面の妖精が出した物に疑いなく口をつけるのはどうなのでしょう?後で説教ですね。
大半の妖精の性質は『いたずら好き』ですから、用心した方がいいのです。
わたしは食べ物を使ってのいたずらはしませんが、初対面のフォリエにはそんなこと分かりません。
そうそう、時々、お酒を水に変えることはありますよ。本人は飲み過ぎているので気付いていませんし、それは親切であってイタズラではありません。
そして、わたしはフォリエと額と額をくっつけて契約しました。
どこを触ってもいいのですが、そんな気分だっただけです。よくあることですね。
さて、わたしがまずやることは、屋敷内の掃除ですね!
伊達に
貴族の別荘に
これだけ荒れ放題ではわたしだけでは時間がかかり過ぎますので、まずは眷属を召喚します。
わたしのようなサル型からアライグマ型、羽のある小さな人型、昆虫型、決まった形のない雲のようなもの、と眷属は実に様々な姿です。
お掃除好きが集まってるだけですからね。
さぁ、踊りましょう!
(ノ゚д゚)ノ゛(ノ゚д゚)ノ゛(ノ゚д゚)ノ゛(ノ゚д゚)ノ゛ソイヤ!
この踊りは妖精特有の集団魔法なのです!
この広いお屋敷でも、ちゃんと一気に掃除が出来、傷んだ壁紙も家具も修復してキレイになりますよ!
契約したおかげで、フォリエの必要な物も分かりますから、ちゃんと仕分けも整頓も出来ます。
お庭にも薬草が生えていますから、手入れは後回しにします。
ちゃんと働かない金目の物をくすねているメイドはもういりませんから、ゴミですね!ぽいっしましょう!
ちゃんと食料も食器も仕入れましょう。
わたしは美味しい料理も作れますから、フォリエには出来立ての温かい料理を食べてもらいます。痩せ過ぎですからもっと太るといいのです。
ついでに、マナーも覚えさせましょうね。身に着けていて無駄になることはありませんから。
え、費用ですか?もちろん、親に請求致しますよ。
屋敷のフル清掃、庭の整備と手入れ、専属ハウスキーパー、フォリエのお世話係兼教育係の代金もきっちりといただきます。
無償労働なんて致しません!
精霊と違い、妖精は実体化しているので、魔力だけではなく人間のように食事もします。そうなると、お金が必要なのが分かるでしょう?人間の街に行けば、色んな物が簡単に手に入るのですから。
妖精にもちゃんと売ってくれるのですよ。中には騙そう捕まえようとして来る悪党もいますが、そんな心ない人間ばかりではありませんからね。
それでも、人間と妖精とは考え方からして違います。
交渉が難航するようであれば、長年、使い魔をやってる蝶の羽を持つ小人型のマルティカに頼みましょう。
マルティカのマスターはAランク冒険者の召喚士ですからね。人間世界での権力も武力もあるのですよ。
妖精にも人脈は大事ですね!
そうして、順調にフォリエとの生活が始まったのはいいのですが……。
「もー離して下さい!『すりすり』はしなくていいですから!」
フォリエはわたしを両手のひらで包み、少しふっくらすべすべになった頬でわたしの自慢の毛皮に『すりすり』とするのです!いい笑顔で。
わたしが可愛らしいのは事実ですけどね!
こんなに身動き出来ないのでは
「もうちょっと!」
「はい、ちょっと。終わりましたよ!」
「えっとえっと、もっとたくさんたくさん」
「フォリエ、森に採取に行くのではなかったのですか?ほら、着替えなさい」
「あっ!そうだった」
フォリエは非常に名残惜し気にわたしを机の上におろすと、パタパタと走って行きました。
走れるぐらいに元気になって来たのはいいですが、屋敷内では走らないようシツケないとなりませんね。
相変わらず、フォリエは夢中になると散らかしますが、その後はちゃんと片付けるようになりました。
作業に集中することでずっと淋しかったのを我慢していたようです。
ことあるごとにわたしに触るようになり、笑顔も増えました。
短時間で用事がない時ならいいのですが、長いのですよ!
「ギューテ、帽子の紐、何か絡まっちゃったんだけど~」
フォリエは本当に手がかかります。しみじみと暇つぶしにはもってこいですね!
「今、行きますよ」
さぁ、今日も元気にお仕事を致しましょう!
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関連話「430 さくっと捕まえて餌付けして交渉した結果」
https://kakuyomu.jp/works/16817330653670409929/episodes/16817330664167138049
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