番外編23 強欲商人は大成しない
アカネが依頼掲示板を見に行くと、そこにちょうど至急で依頼が貼り出されたので、それを受けた。
依頼主はカウンターの脇にいて、冒険者が受けたら、すぐ手紙と商品を渡すため待機していたので、気の毒に思ったのもあるのだろう。
パラゴの街から馬車で三、四日の所にあるトボッロの街へ向かっている商人に、速達の手紙と商品を届ける依頼だ。
昨日、行商に行った商人が一番大事な商品を別にしていたせいで、忘れて行ったらしい……。
飛脚のような専任の人もいるが、街から街へはちょうど行く商人に頼むことが多い。至急の場合こそ、冒険者ギルドの出番だ。高いが、確実に届く。
アカネは街を出る前に市場へ行き、すぐ食べられる食料だけじゃなく、食材も買い込んでからパラゴの街を出て、人工騎馬のマロンに乗った。
どれだけのんびり行っても、商人がトボッロの街に到着する前に渡せるだろうが、今頃、気付いて青くなってると思えば、速度も早くなる。
馬車の速度は遅いので一時間もあれば追いつける、とアカネの影の中で作業をしながら、アカネを見守ってるシヴァは思ったのだが、もっと早く四十分程で追いついた。
道端で馬車が故障していたので。
馬車は一台。二十代後半の商人と店員らしき若い男一人、護衛の冒険者は男女二人で四人だ。
先日の護衛依頼の時といい、こちらの商人は『損して得を取る』ことはないらしい。メンテ代を惜しんで損害を出すとは本末転倒過ぎだった。
手紙と商品を渡し、受け取りサインをもらった後、さっさと帰る程、アカネは薄情じゃない。
「引き返すのなら手伝うけど、別料金ね」
一応、タダ働きはしないらしい。
「それより、貸し馬車を借りて来てくれんか。ギリギリになってしまうが…」
「馬車を直す職人を連れて来た方が早くない?貸し馬車だってそう都合よく空いてるとは限らないし」
「確かにそうなんだが、職人もすぐ来てくれるわけでもなかろう」
「直せる人ならすぐ来てくれるよ。いくら払う?」
「すぐって今すぐどうやって?本当に今すぐ来て直してくれるのなら金貨10枚でも払うぞ」
「本当ね?金貨10枚。嘘だって言ったら後が怖いよ」
アカネは荷馬車を馬から外してから、荷馬車を重力魔法で持ち上げ、宙に結界を張ってそこに下ろした。150cmぐらい上げたので、馬車の下が見易い。
「あ、やっぱ、車軸か」
アカネは結界を車軸部分が空くように張り直してから、最初の結界を解除し、折れてる車軸を力技で元に戻してから錬成で繋ぎ、硬化も付与。
『シヴァ、鉄で覆った方がいいかな?』
念話でアカネが訊いて来た。
『そこまではサービスし過ぎだ。しばらくはこれでいい。腕を上げたな』
『特殊弾を作るより楽だよ』
アカネは特殊弾作りで錬金術の腕を上げ、この程度の修理なら簡単にこなせるようになっていた。
元通りに荷馬車を地面に下ろし、結界を解除してから、一応、馬と繋ぎ直し、問題ないか少し進めてみた。大丈夫だった。
「はい、金貨10枚」
アカネは唖然としていた商人に手を差し出す。
店員も護衛冒険者二人も驚きで目と口を開けっ放しだった。
「…あ、有難う。君、錬金術が使えたのか」
「代金は?」
「…ああ、すまん。今はちょっと持ち合わせが…」
「じゃ、現物で馬をもらって行くね」
二頭立てなので一頭いれば、何とか荷馬車は引けるが、当然ながら馬の疲労が激しくなるので、こまめに休憩を入れないとならなくなる。つまり、移動速度がかなり落ちるのだ。
「……え、ちょっと、それは!」
「それとも、身体で払う?」
アカネは商人を影拘束で軽く締め上げた。
「わ、分かった!払う!ちゃんと払うから!」
「あわよくば踏み倒そうとしといて、その態度?まずは謝罪でしょ。金貨10枚も持たずに街の外に出るなんてあり得ない。盗賊が出て来たら渡すお金がないと殺されるもんね?」
アカネは商人をすとんと影の中に落とした。口まで。
「このまま帰ると多分、魔物の餌食だね。護衛さんたち、わたしの敵に回る?」
男女の冒険者は慌てて首を横に振り、敵意はまったくない、とばかりに両手も挙げた。
「…そう、賢明ね。もう一人は?」
「お許し下さい!二代目はちょっと、いや、かなり欲深いだけで、悪い人では…悪い人ですけど…えーと…」
店員もフォローし切れないらしい。
「代わりに払うとは言わないワケね」
「…お金を持ってないんです…雇われですから」
「そう。じゃ、宣言通り、ちょっと怖い方を呼ぼうかな。
…先生、お願いします!」
パンパンッ!とアカネは手を叩く。
悪乗りで非常に楽しそうだ。
では、とシヴァは【変幻自在の指輪】で西洋竜ではなく、胴体が長い黒龍になり、スモークで演出して登場してみた。
全長10mでアカネの周囲にとぐろを巻く、イメージ。見せかけだけなので。
『…こんな小汚い
【ボイスチェンジャー】で黒龍に相応しい渋い声を出してみる。
「いえいえ、先生には呪いをかけてもらおうかと思いまして」
アカネの背中に回した手は親指を立てていた。お気に召したらしい。
『ほほう。どのぐらいの呪いだ?ハゲ散らかして皮膚が腐り落ちて行くようなものか?』
「金貨10枚分、楽しませてくれるような呪いがいいですね。のろのろと動く軟体動物がずーっとずーっとこの商人について来て、簡単に倒せてもすぐ復活し、でもって増殖してどんどん増えて行くんです。どこに逃げても無駄で、倒せば倒す程、またどんどん増える。しまいには街を追い出され、放浪することになっても、のろのろぞろぞろと軟体動物はついて行く。最後はどうなるのか面白くありません?」
…恐ろしいことを考える奥様だ。何かこういった怖い話があったような気がする。
『ふむ。そんな生態なら伝説のゴールデンスライムゾンビが適任だな。既に死んでいるからもう死なぬ』
などと、シヴァもノリノリで話していたのだが、観客達が全然聞いてない。へたり込んでて茫然自失で。
影の中に落とされ首だけになってる商人は、白目を剥いて失神していた。
「ちゃんと見てなさいよ。大サービスなのに!」
「誰得の大サービスだよ。じゃ、アカネにもサービスしとくかな」
黒龍から銀髪赤目白バージョン装備のシヴァに【変幻自在】魔法と【チェンジ】で化けた。【変幻自在の指輪】は収納する。
「わっ、白バージョン白装備だ!初めて見た!羽は?羽。…いや、ふわふわ鳥の翼にしてよ、そこはさ」
白コウモリ羽を出したら文句を言われたので、鳥のふわふわ白翼を出した。
「カメラカメラ」
アカネは飛行カメラで白バージョン羽ありシヴァを撮影して行く。予想以上に喜ばれてしまった。
ちなみに、見せかけだけでも、そこは魔法なのでちゃんと見せかけが映るのだ。
「じゃ、帰ろっか」
「そうだね。元通り、車軸を壊してから。お金くれないし」
そこで、ようやく、ヤバイ!と思ったらしく、店員が我に返り慌てて止めた。
「いやいや、お待ち下さい!ちゃんと払わせますから!ちょっと二代目、出してもらえますか」
「いくらくれる?そこから出すのも魔力を使うんだけど?魔法を保つ魔力がなくなったら自然に吐き出されるから、そのまま放っといた方が手間なし」
「…ええっと、財布を身に着けてるハズなので、そこから手間賃と金貨10枚と失礼な態度を取ったお詫びを出しますから」
店員の懐はまったく痛めず、雇い主に恩を着せるらしい。
しかし、錬金術が使える相手とお近づきになっておけばメリットだらけなのに、失礼な態度を取り続けた所からして、雇い主に商才があるとは到底思えない。
大事な商品を置き忘れた所からしても。
アカネはその辺で手を打つことにしたらしく、失神したままの商人を影から出してやると、店員がさっさと懐を探ったが、やめさせた。
商人が後から詐欺だの何だのゴネないよう、キュアをかけて目覚めさせてから、しっかりと払わせる。
約束した馬車を直す修理代金貨10枚、失礼な態度と手間賃で金貨5枚、合計金貨15枚。
金額は商人が決めたのではなく、アカネの提案がそのまま通った形だ。
思ったより金を持っていたのに踏み倒そうとしたので、まったく遠慮なし。
商人もこれに懲りて反省し、謙虚に行動すれば…いや、そんな改めるような殊勝さがあれば、最初から踏み倒そうとは考えまい。
またどこかでやらかすことだろう。
数日後。
SSランク冒険者の妻に対して、修理代を踏み倒そうとした上、かなり失礼な態度を取ってしまった、とようやく知った商人は、しばらく寝込んだらしい――――――。
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関連話「065 メンテの費用を惜しむから馬が可哀想なことに!」
https://kakuyomu.jp/works/16817330653670409929/episodes/16817330657587742509
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