065 メンテの費用を惜しむから馬が可哀想なことに!
『今日は宿取ってねぇからキエンに帰る?』
冒険者ギルドを出た後、シヴァはアカネに念話でそう訊いてみた。
『帰るのもちょっと早いんで、野駆けに行かない?アリョーシャの街方面にもう一つ街があったし』
『ああ、トボッロの街な。そっちで泊まるのもいいかも。おれも通り過ぎただけで街には入ったことねぇし。休憩なしでいいのか?』
『馬上で平気!』
…ということで、アカネは再び街の外に出て、シヴァも影から出て人工騎馬で野駆けすることにした。
ささっと乗り込み走らせたが、行列していた人たちは不思議に思わなかったらしい。目を離している間に連れて来たのか、と人は信じ易い方を信じるものである。
気持ちよく三十分程走らせた所で、横転している馬車に遭遇した。
馬車も商売道具だろうに、半数ぐらいの商人はメンテ費用を惜しんで酷使するため、壊れて横転することはよくあった。
先日の依頼の商人のように。
「大丈夫?…あー捻挫しちゃってるか」
アカネが声をかけたのは馬車の馬である。横転した馬車に引きずられ足を傷めたらしく、座り込んでいた。
三台ある荷馬車はどれも一頭立てで、そのうち一台が横転している。
冒険者か商人が馬車からは外してあった。
商人三人は散らばった荷物をかき集めており、護衛の六人パーティは周りを囲み護衛していた。こういった時が一番狙われ易い。盗賊にも魔物にも。
「有料で馬の怪我を治すよ」
「それは助かります!おいくら程で?」
「金貨1枚」
まぁまぁ相場だが、
「是非とも!」
と商人たちは食い付いた。こういった場合は足元を見られるものだし、出張料金が入ってないので。
稼ごうとは思ってないアカネなのでまぁいいのか。
前払いで金貨をもらってから、回復魔法で馬の足の捻挫を治す。たびたび自分に回復魔法をかけて疲労回復していただけに、結構、レベルが上がっている。
お礼とばかりに立ち上がった馬に鼻を付けられそうになってさけ、アカネの方から撫でた。
マロンが「ぶるるるるん!」と不愉快げに鼻を鳴らす。
人工騎馬なのだが、こういった至極馬らしい反応をするのだ。すると、飼い主は更に可愛がるワケで。
「ごめんごめん、マロン」
「じゃ、行くか」
シヴァは人工騎馬…アオから降りることもしなかった。
余計なことはしない。壊れた荷馬車は置いて行くしかないだろうが、荷物は二台の馬車と馬に更に積んでそれでも載り切らないのなら、冒険者に追加料金を払って運んでもらえばいいだけだ。
それに、商人たちはパラゴの街へ行く途中。速度の遅い馬車でも二時間もあれば街に到着するだろう。
「まったく。馬車の手入れをロクにしてないから、馬が可哀相なことになる所だったし!」
「サスペンションもタイヤもなし、な元々壊れ易い構造でもあるけどな」
「うん。シヴァは改良馬車を広めるつもりはないの?…まぁ、物作りレベルが低過ぎて作れないかもだけど」
「そう。そこがネック。自転車も差し止めてるぐらいだしな。普及させたいのなら人材育成から。国王に国家事業としてやらせることも考えている。主だった貴族が近くなら馬車を使わず、自転車で護衛がその前後を走って行くってシュールじゃね?」
「それが見たいがために国家事業とか言ってるの?…いや、まぁ、わたしも見たいけどさ…」
アカネも想像して笑ってしまっていた。
「豪華な衣装、でも、自転車。…自転車タクシーみてぇなのを作ってもいいかも。ごってごての裾が広がったドレスだと後部シートにも乗れねぇけど」
「馬車の乗り心地の悪さから、ファッションの方が変わって行くんじゃないかな?歴史を見てもそうだし。でも、国家事業で自転車を作らせることなんて出来るの?いくら、ふらっと王宮に侵入して、王様たちと割と気安くしてても、国家事業ともなるとかなりの大金が動くワケでしょ?」
ふらっと侵入している所を咎めたりしないのがアカネである。
「最初は主だった貴族家ごとに一台は行き渡るように配る。タダじゃなく、レンタルでな。材料費自体は大したもんじゃねぇし、強盗たちだって貴族相手にそこまで強行しねぇだろ。電動ならぬ魔道具アシストは一般の錬金術師が作れるようになってから、ってことで、最初はすべて人力。現物があれば、欲しいって思う人も多く出て来るから人材育成にも力が入るってワケ」
「でも、シヴァのメリットがなくない?…シュールな光景が見たいっていうのがメリット?」
「それと、乗り物と物作りと娯楽の発展のために。自転車はただのきっかけだな。身体強化かけた騎士や冒険者がレースするのって、スゲェ見たくねぇ?」
「見たい!でも、自転車の方が壊れそうなんだけど…レベル高いのなら大した怪我しないか」
「ああ、その辺も安心。人力で速く移動出来るってことは、コスト削減になるし、雇用も増えるし、情報網も発達するし、流通も発展する。まぁ、デメリットももちろんある。既存の交通手段たる馬車屋や馬屋の客がどんどん減るし、恨みも買うこと。ここで自転車を参考に改良しようとなるなら、とっくにもっといい馬車を作ってるからな。この辺で揉めるのは仕方ない」
「まぁ、何でもかんでも文句付けて来る人ってどこにでもいるしね。シヴァが世界最高の大金持ちなのは知ってるけど、そこまでお金も物も技術も提供しちゃうのはどうかなぁ?技術の一部提供ならともかく。王様の権威がなくなっちゃうし、本当の文明の発展にもならないし、実質、シヴァの独裁と変わらなくなっちゃうよ」
「それ、キーコたちにも言われたんだよなぁ。性急に事を進め過ぎてるっていう自覚はあるから、まだ考えてるだけで保留」
「さすが、賢明だね。それより、この世界って動物レースはあるの?」
色んな動物、小型魔物でのレースはたくさんある。
そんな風に話が変わって行き、楽しい道中を過ごし、トボッロの街に到着した。
本当に小さな街で冒険者ギルドも商業ギルドもなく、店も宿屋も少なかったので、シヴァとアカネは今日はキエンダンジョンの自宅に帰ることにしたのだった。
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関連話「番外編23 強欲商人は大成しない」
https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16817330664798560771
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