番外編34 爆誕!呪われた村
もう涙も枯れ果てた。
身体はとっくに動かない。
体調を崩したとは思っていたが、まだ動けると思っていた。
その見込みが甘かっただけの話だ。
多分、五日間、何も食べていない。
眠ったのか、意識を失ったのか曖昧な時間が長過ぎた。
長い時間をかけて何とか這ってベッドまで辿り着き、布団の中に入ってはいるものの、この寒い季節、火の気がない部屋の中、どんどん体温が下がって行くのが分かる。
まだ多少でも動ける時に、暖炉の火を点けたとしても薪を足せないので、遅かれ早かれ同じ状況になったことだろう。
誰も来ない。
ここは村外れ。『呪われた一族』だと村人たちは近寄って来ない。
買い物は馬で半日の街まで行っていた。
もう、寒さも感じない。
食欲はこの所ずっとなかったからか、空腹はもうずっと感じない。
下腹が痛かったのも、いつの間にか感じなくなって来た。
息が苦しいのだけが辛いが、どうしようもない。
もう、ダメだろう。
自分でも分かる。
ならば、早く楽にして欲しい。
『呪われた一族』はもう自分ただ一人。これでおしまい。
一部の食べ物を食べると、身体中に赤いぶつぶつが出て、酷い症状だと呼吸が出来なくなり、一族にはそれで死んだ人もいる、という呪い。
それ以外は普通の人たちと何も変わらないのに。
苦しい。もう楽にして欲しい。
キィ。
扉の蝶番が錆びて音がするようになっていた。
その音が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
******
「この辺りで流行り出してたインフルエンザに似た風土病、膵臓と消化器に腫瘍、栄養失調による体力低下、低体温症、手足の末端が重度の凍傷、他にも色々。見本のような瀕死だな」
【生きる気力もなさそうですね。マスター、身寄りもないようですし、このまま、死なせた方が親切では?】
「幸も不幸も人それぞれ。おれはそこまで親切じゃねぇ。患者の意思なんかどうでもいいから『治療ゲリラ』と言ってるんだよ」
【そうは言いつつ、マスターが優しいことなんてとっくに知っております】
「それも勘違いなんだけど、まぁ、幸せな誤解してる分にはいっか」
風土病が流行り出している、という情報を得たシヴァは、認識阻害仮面を装着して、ラーヤナ国北隣のヒマリア国の小さな村に向かった。
村人たちは風土病に罹患していたが、大したことはなく、風土病の原因を探るついでに山菜や薬草、探している穀物があるかも、と周辺の森を散策しようと思った所で、離れた所にある家を発見。
そこで、瀕死の獣人の女の子…レオナを見付けたのである。
まだ十歳。
獣人なので他の人間よりは体力はあるものの、レオナはまだ子供。
体力が戻るまで、ちゃんとした治療は出来ないので、応急手当をし、北部にあるミマスダンジョン、マスタールームに連れて来た。
風土病を治したが、対処療法なだけで、その感染経路や実態がまだよく分からないので、他の人間に接触しない場所がよかった、というのもあるが、レオナはどうも村八分状態のようなので。
レオナを保護してミマスダンジョンのコア、ミーコに預けた後、シヴァは村人たちに事情を聞きに戻った。
風土病に罹患した村人たちを治してやったので、大勢に歓迎されたのはいいのだが……。
「村外れの家で十歳の女の子が瀕死だったけど、どういった事情?」
「あの『呪われた一族』か!放っときなされ!やっと、やっと、いなくなるんだから…ひっ…」
「あんたも『やっと、いなくなる』って言われたいようだな」
暴言を吐いたジジイの肩に、シヴァは重力魔法で見えない『子泣きじじい』を二匹ばかり乗せてやると、立っていられず、這いつくばった。
そういった、虚言、妄言、噂、迷信で、どれだけ罪のない人たちが殺されたのか。そういったものだから、とロクに考えない。無知は罪だ。
「おいっ、何をしたっ!」
「酷い!あんな子なんかいなくなった方がみんなだって喜ぶのに…ぎゃっ!」
偏見ありまくりの女の方にも『子泣きじじい』を一匹乗せてやると、女は転んだ。
「その『みんな』ってたかが数人だろ。病気を治してやった恩人のおれに、なんて失礼な言い草。すぐ調子に乗る思い上がった連中か」
「何だとっ!ちょっとよく効く薬を持ってただけで…」
「だけ?不治の病とされて来た風土病だぞ。まだ治療法も分かってねぇし、おれの薬以外じゃ治らねぇのに、だけ?」
イキがった男の前腕を、シヴァはピンッと人差し指で弾いてやった。
「ぐぎゃぁっ!」
「単なる『骨が折れただけ』だぞ?かなーり手加減したから、複雑骨折じゃなく、位置もズレてねぇから整復の必要もねぇ。中級ポーションならすぐくっつくし、そのまま放置しても一ヶ月もすれば骨もくっつく。こういったのなら『だけ』と言える」
イキがった男は床に転がり、ジジイと女は這いつくばったままだ。青ざめて静まり返る村人たち。
そこに、隣の部屋からガタイのいい男が出て来る。
出番を待っていたのをシヴァは最初から知っていた。
「おい!どうした!…お前、何をした?」
シヴァは笑って見せた。認識阻害仮面を装着しているので、素顔は見えないが、表情は分かるハズだ。
「村長、よく効く薬を持っていた男ってこの細っこい奴か?」
村長は暴言を吐いたジジイではなく、ガッチリとした体格の中年男だった。
「そ、そうだ」
既に腰が引けている。後ろ暗いことを考えてました、とその態度が雄弁だった。
段取りし慣れているのは明白。
シヴァの鑑定様によると、荒事担当らしきガタイのいい男にしか殺人、強盗の称号はないが、村長たちに【詐欺】はある辺り、上手く立ち回ってステータスに出ないようにしていただけだろう。
そもそも、小さな村は入街審査でひっかかるような後ろ暗い連中が逃げ込む先でもあるのだ。
一人で荷物もなく丸腰で訪れたシヴァもそんな輩と思い、躊躇なんかしないのだろう。重ね重ね失礼なことに。
「じゃ、死にたくなければ、持ってる薬、全部出せ。アイテムボックス持ちなんだろう?」
ガタイのいい男が腰のマジックポーチからスラリと槍を出した。まだ【チェンジ】は覚えてないらしい。
手ぶらなシヴァが何もない所から薬を出したのは、アイテムボックスのスキル持ちだと思ったらしい。
服にマジックバッグを縫い付けてあるとか、ガルーポケットのようなポケット型マジック収納があるとか、そういった可能性もあるのに。…ああ、ポケット型は存在を知らないのかもしれない。
「やっぱり、強盗殺人を企んでたか。おれが戻って来たのを歓迎し過ぎてた上、ご苦労なことにその男を控えさせてたしな。
だいたい、お前ら、何か勘違いしてるだろ。誰が無料で薬をやるって言った?代価を払ってもらおうか。まだ治療薬がない病気、しかも、伝染する風土病を治した代価、どれ程、高額になるのか分かってる?」
勝手に治してしっかり請求する、アコギな商売だ。
代価はもらわず、経過観察、実験体の『治療ゲリラ』のつもりだったが、村人たちの性根が気に入らない。
槍の刃先を突き付けられていても平然と話すシヴァに、ガタイのいい男は怯んだものの、「
あいにくと、ステータスが高過ぎて素の状態でも切れるワケがない。それどころか、ガキンッ!とものすごく硬い盾にでもぶつけたかのような音が鳴り、穂先が折れる。
「はぁ?どうなってるんだ」
「見ての通りだ。貴重な薬を持ってる丸腰の人間が、どうして普通の人間だと思うのやら。考えねぇと、どんどん脳味噌が退化してくぞ。
さぁ、金も金目のものもないのは分かってるから、身体で返してもらおうか。全員に『呪い』をかける。これで、めでたく村人全員が『呪われた一族』だな!」
全員が呪われたのなら、「あの一族は呪われてるから」と避ける人も呪われてるので、偏見はどうなるのか、村としてどうなるのか、知りたい。
シヴァは【知的探求者】の称号を伊達に持ってなかった。
ある村の村人たちは、肌荒れがしばらく治らず、一時的に綺麗に治る時期もあるが、またすぐ肌荒れになる人、食べては吐く呪いにかかっていても何故か健康な人、黒い蔦のようなアザが全身に出来、その部分が蛇のように締め付けているのに耐えられるぐらいの痛みしかない人、獣人でもないのに何故か四つん這いしか出来ない人、ちょっとしたことで骨が折れる骨が弱い人、といった様々な呪いにかかった人ばかりの村になった。
接触すると自分たちも『呪い』にかかるかも、と行商人たちも来なくなり、しかし、何故か寂れることはなかった。
呪いは風土病のせいかも、とその地域を治める領主が広まるのを恐れて兵士たちに呪われた村の焼き討ちを命じたが、その兵士たちも行方不明になり、呪われた村は細々と存続することになった。
「村人たちは魔王の機嫌を損ねたから呪われた」とどこからか噂が流れたが、真相は誰も知ることはなかった―――――――――――――。
******
「レオナだ。病み上がりだから無理させねぇようにな」
「よ、よろしくね」
レオナは某高級ホテルの従業員として働くことになった。
生きる気力がなくてもあっても、どうでもいい。
治療費を働いて返してもらうのは当然である。
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