番外編35 取って来ーい!
注*護衛依頼の時
(2−183~)
https://kakuyomu.jp/works/16817330653670409929/episodes/16817330657766495483
のパラレル話。
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何事もなく進んでいると、横倒しになった箱馬車に遭遇した。
馬車の向きからして、この馬車も王都フォボスからマンジャノの街へ行く途中だったのだろう。
馬車が壊れた方が先か馬が足を滑らせたのが先かは分からないが、馬も怪我しているようだ。
荷馬車ではなく、箱馬車。護衛は軽鎧の騎士六人。どう考えても平民の可能性は極めて低い。
こちらの護衛リーダーのジバロスが向こうの護衛と話し、こちらの雇い主たる商人の許可を取って、取りあえず、歪んでしまった馬車の扉をジバロスが力尽くで開けた。
中から出て来たのは十代前半の少女とその少女とよく似た兄らしい少年、二十代半ばぐらいのシンプルなドレスを着たおそらく侍女の三人。
馬車が横倒しになった時に、どこかぶつけたらしく、頭や腕を押さえている。
痛がりようからして馬の方が重傷だ。捻挫だけじゃなく、骨折したのかもしれない。
箱馬車の護衛騎士がまず馬のくびきを取ろうとしていたが、変にねじれてしまい、馬が痛がって中々取れないようだった。
「ジバロスさん、手伝っていい?」
一応、こちらの護衛リーダーにお窺いを立てて許可をもらってから、アルはくびきを手刀で切って馬を二頭とも解放してやり、ついでに怪我の具合を【診断】すると、やっぱり折れていたので馬を眠らせてから整復して回復魔法をかけた。
もう一頭はヒビが入っていたので、こちらも回復魔法をかける。
起こしてから、ついでのついでに桶に入れた水と飼い葉をやった。
うん、元気になったようで何より。
「…回復術師?…って、おい、待て。何勝手に治してるんだ。こっちもポーションを持ってたんだから、治療費なんて払わないぞ!」
すると、少年がそんな風にいきり立つ。
下級ポーションでは治らなかった怪我だが……。
「別に治療費なんかいらねぇよ。そういったボッタクリ詐欺もあるから、警戒するのはいいことだけどな。でも、まず、言うことがそれか?」
「うるさい!貴様、何者だっ?名乗れ!」
「周囲になーんにもない所でその態度でいいのかな?貴族の権威なんかゴミより価値がねぇぞ。ゴミはまだ焚き付けに使えるし」
「わ、わ、若様、おやめください。我々にはどうやっても勝てない相手です…」
護衛騎士の一人はガタガタ震えつつも、たしなめた。一応忠誠心はあるらしい。
「せいかーい。世間知らずの坊っちゃんに大サービス」
アルが少年の襟首を掴んで、ぽいっと軽く投げただけでも30mは飛んだ。街道沿いなので木々にはひっかからない。まだ成人前の少年にしても予想より肉付きが薄かった。
「デューク、取って来ーい!」
【ここでそれ?】
ツッコミを入れつつも、デュークはダッシュしていたので余裕で着地地点に間に合い、風魔法で減速させつつ、マジックハンドでキャッチした。
まだ飛べないデュークだが、風魔法は多少使えるようになっている。
そして、少年をマジックハンドで抱っこしたまま、戻って来た。
「よしよし。ちゃんと服で首が締まらないようキャッチしたな。落してもバラバラになっても、死ぬ前に治すからよかったけど」
まったく無傷の茫然自失の少年を護衛に放り投げたアルは、デュークの鷹頭を撫でる。
【こわいこというし~】
「アル、お前、やりたい放題過ぎだろ…」
ジバロスは護衛リーダーとしてか、一応、たしなめた。呆れつつ。
「礼すら言えねぇの、ジバロスさんだってムカっとしたクセに。建前が大事な大人は大変だなぁ。護衛以外、眠らせて沈める?」
「沈めるって何?」
「こう」
箱馬車の乗員三人を眠らせてゆっくりと影に沈め、一緒に壊れた馬車も沈めた。
「…はぁっ?」
「影魔法の影収納は生き物も入るんだよ。空気はあるけど、他には何もなく真っ暗で精神異常を起こすこともあるから、大半は眠らせてるワケだ。サファリス国へ救援隊を運んだのもこの方法。容量制限ないみたいだし」
「そうなのか。でも、影収納?に入れたまま、どうするんだ?」
ジバロスが六人の護衛騎士たちに視線をやる。
護衛騎士たちは口を開けたまま棒立ち、幻や見間違いだと思ったのか指や手の甲で目をこすってもいた。
「どうせ、馬車も壊れたし、怪我は治したとはいえ、馬もダメージはまだ残ってるんだから、マンジャノの街へ行くのはやめて、フォボスに戻った方がいいだろ?」
アルがそう言うと、護衛騎士たちはすごい勢いで首を縦に振った。
【あのわかさまたち?はどうするの?おんなのことそのおとも?はとばっちりだし】
デュークがそう言う。
「騒ぐだけだろう、と思って。女二人は壊れた馬車と一緒にフォボスに送ってやるよ。で、生意気なお子様の罰は王様に任す。影収納を目の前で使ったんだから、もう、おれが誰だか分かるだろう?」
「にゃ…」
「にゃー…」
「にゃ~…」
「に、にゃ…」
護衛騎士たちが言いかけるものの、震えて最後まで言葉にならなかった。
【にゃあ?何がにゃあ?】
デュークは何が言いたかったのか、分からなかったらしい。
「にゃーこや。誰彼構わず威張り散らすアホに
『にゃーこやに手を出すな』という勅命はまだまだ有効だ。
まぁ、アホはにゃーこやだとは分からなかっただろうが、グリフォン連れで、あっさり馬の怪我を治した相手に、食ってかかる辺り、何も考えてなかったのだろう。
あ、平民、貴族の方が偉い、という単純さのようだ。
貴族とはいえ、爵位のない貴族の子息に身分はない。
数々の貴族の屋敷や王宮に出入りする大手の商会の会頭だと、叙爵されていたり、子爵扱いされていたりするのに、その辺りも知らないのだろう。
是非、躾直しはしてもらいたい。
アルは護衛騎士六人も一緒に、影転移でフォボスに送ってやった。
怪我を治した馬二頭を対価に。
結構、年なのに、すぐ壊れるような重い馬車を、これからも曳き続けるのは可哀想なので。
馬はまずはゆっくり休ませよう、とキエンダンジョンのマスターフロアへ転送し、ダンジョンコアのキーコに任せておいた。
生意気なお子様は、目覚めさせた後、アルが国王の執務室へ転送してやったので、侵入者だと拘束され牢屋行きになった。
こんなことをやれる相手は限られているので、国王たちも誰の仕業か分かっただろうが、説明は依頼が終わってからでいいだろう。
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