番外編63 黒鷹獅子は高みを目指す!

 濃紺の空から星が消え始め、徐々に濃い紫、紫、濃い青、青、薄青と色を変え、夜明けの光が優しく大地を照らし始める。

 澄んだ朝の空気は朝露を生み、しっとりと緑を潤して鮮やかに、少し冷たい空気と緑の香りが立ちのぼる。

 宙を漂う魔力が朝露に多く含まれるのは、この静謐せいひつな空気のおかげだろう。


 黒鷹獅子グリフォンのデュークの朝は早い。

 誰にも起こされなくても自然と起きるのは、育ての親の行商人ベレットの生活サイクルに生まれた時から合わせていたからだ。


 お気に入りの蔓編みの籠型ベッドから出ると、ぐいーっと鷹の前足を伸ばし、 獅子の尻尾とお尻を高く上げてぐぐっと伸びをする。

 続いて、後ろにぐいーっと伸び、逆に鷹頭を高く上げ、獅子足を伸ばし前へと。

 更に、手羽に白いラインが入った黒い翼を広げ、ぐいーぐいーっとあちこち伸ばす。ついでに、普段は縮めている黒い『マジックハンド』も、伸ばしたり縮めたり、手部分の大きさも色々と変える。

 マジックアイテムを使うのに準備はいらないのだが、使用者側は感覚をすり合わせる必要があるのだ。



 デュークは軽く鷹頭を左右に振り、前後の足首も振ってから、生活魔法の【クリーン】を全身にかけて身支度を完了した。

 しっかりと温泉にも入っているだけじゃなく、『にゃーこや』が開発した羽毛用毛皮用シャンプーやトリートメントを使っているおかげで、つやつやふわふわ。クチバシや爪の手入れもバッチリ。

 可愛がられて育ったデュークは前から可愛さが売りだったが、更に磨かれ自信満々になった。


 デュークと従魔契約をしているマスターであるシヴァ、その妻のアカネはまだ寝ている…いや、分身は出かけているかもしれないが、本体は多分、寝ている。

 その頃になると、同じ従魔のシャドーパンサーのバロンが起き出して来た。

 バロンは金目を閉じてくわっとあくびをし、軽く前足で顔を撫でて身支度完了だ。深い緑色の毛皮はふっかふかつやつや。ことあるごとに毛繕いをしているため、特に改まった身支度はいらない、らしい。


 朝ご飯…前軽食に今日はサーモンと野菜マリネのサンドイッチ一切れ。マフィンやスコーンやパンケーキのこともある。何も食べないと動けないからだ。

 デュークはバロンにも朝ご飯をあげる。時間停止収納機能が付いてる首輪に作り置きがたくさん入っているので、選び放題だ。

 よく出来た従魔たちは、これから自主鍛錬なのである。


 

 ここはラーヤナ国キエンの街側、キエンダンジョンマスターフロア、その中にある温泉宿風自宅。

 このフロアには魔物はおらず、露天風呂も海もあって快適に過ごせて遊べる環境なのだが、鍛錬には向かないので、ダンジョンコアのキーコに頼み、適当なフィールドフロアに転送してもらう。


 キーコとしてもダンジョンマスターであるシヴァの従魔、となれば、それなりの戦闘力は欲しいので協力してくれるのだ。シヴァたちに言ったことはないが、おそらく、知っていることだろう。


 ベレット人間と人間に育てられたグリフォンに庇護されぬくぬくと育てられたデュークは、戦い方がよく分からない。

 その点、野生だったバロンの戦い方は、より実戦的で、デュークとしては参考になることが多い。

 ただ、グリフォンは飛ぶので、戦闘に上手く組み込む必要がある。

 二歳上の育ての兄の白鷹獅子グリフォンたるファルコにも教えを乞いたい所だが、ベレットの仕事を手伝っているファルコには、中々空いてる時間というものがない。


 しかし、シヴァがファルコに通信アイテムを渡しているので、いつでも連絡は可能。ベレットが街にいる時にすり合わせれば何とかなるだろう。 

 デュークは久々にファルコたちに会えるのも楽しみだった。


 今、デュークが暮らしている自宅はラーヤナ国キエンダンジョンのマスターフロア。

 ベレットたちの自宅は東隣のエイブル国北部にあるカンデンツァの街。

 馬車で移動するなら一ヶ月半はかかる距離だが、デュークが移動する場合はほとんど時間がかからない。

 翼があって風魔法も他の魔法も使えるグリフォンなので飛んで行く、というワケではなく、レベルの上がった【ディメンションハウス】経由で、一度、シヴァが行った所ならデュークも自由に移動出来るのだ!


 ただし、当然ながら、デュークが出かける時はマスターであるシヴァに報告する必要があるし、デューク単体で街に行くのは無用な混乱を招きかねないので許可されない。

 まだまだ子供なのでつい忘れ勝ちだが、グリフォンはAランク魔物なので。


 しかし、唯一の例外がカンデンツァの街である。

 デュークが卵の時代から育った街なので、馴染みの人がたくさんいるし、育ての兄のファルコが自由に飛んでいるため、グリフォン自体に慣れているのだ!

 Aランク魔物を倒して名を上げよう、素材が高く売れるから討伐しよう、とするバカもいるのだが、そういった輩はとうにファルコが始末している。


【ぼく、ファルコとおじさんにあいにいってくるね~。あ、おみやげに、おにくとやさい、わたしていい?】


 デュークたちが転移であちこちに行っているのはファルコたちも知っているが、一人暮らしのベレット。差し入れが食べ切れないとご近所さんにおすそ分けするので、一応、支障がないか、シヴァに確認を入れてみた。

 一般人には中々手に入らないものばかりなので。


 デュークとバロンが鍛錬の後に温泉宿風自宅に帰ると、シヴァとアカネはダイニングで朝食を食べていた。

 デュークたちの分もちゃんと用意してあり、和食の朝食を食べる。

 一汁三菜が基本で、朝食のメインは魚が定番。今日は旨味が多い白身のムニエルだった。おいしい!


「おう」


「ん?デュークだけで行くの?大丈夫?」


 シヴァは返事をしただけだが、アカネがその辺のツッコミを入れた。


【うん!ぼくがうまれそだったまちで、ファルコもいるからね。それと、ぼくが『にゃーこや』のてんちょうにもらわれたのは、まえにあったおじさんの『ゆうかいじけん』でしられてるし】


「あ、そっかそっか。そうだったね。でも、流れ者も多いんだから十分に気を付けて」


【わかってる~】


 そうして、朝食後、デュークはちゃんとファルコに連絡をいれてから、単独でカンデンツァの街を訪れた。




 【ディメンションハウス】経由で移動する時は、周囲を驚かせないよう【隠蔽】をかけて出て、物陰で解除する、というのが定番だが、デュークがカンデンツァの街に行く時は、街の側に出てから飛んで行く。

 前触れとして、というのもあるが、一応、防壁を守る警備隊に挨拶するからだ。生まれ育った街とはいえ、新顔もいるので顔見せも兼ねている。


「あっ、デューク!おはよーっ!久しぶり!」


「おう、デューク。また大きくなったなぁ。朝メシは?」


【だいじょーぶ。ちゃんとたべたてきたよ~。あたらしくおすすめのやたいがある?】


 美味しい物の情報収集も兼ねていた。


「あるある。調味料に漬けて置いてから焼く串焼きが人気。柔らかくてしっかり味が付いててうまいぞ!」


【それはおいしそう!どこのやたい?ならんでる?】


「ああ。早めに行った方がいいぞ。すぐ売り切れるから」


【わかった~。すぐいってみるよ】


 デュークを知っている人が多く順番を譲ってくれ、かつ、屋台の主もいい宣伝になると承諾したので、デュークはほとんど待たずに評判の串焼きを手に入れた!

 【マジックハンド】の手で串焼きを掴み、かぶりつく。

 パクッ!


【うっまっ!】


 甘辛いタレにピリッとするスパイスとかすかに柑橘っぽい香り。タレに漬け込んだ肉はジューシーで柔らかく、ちゃんと適度な弾力もあり、炭火で焦がした皮もパリッとしていて香ばしい!


 デュークが今まで食べた串焼きで一番かもしれない。

 スパイスの配合に秘密がありそうだが、今度、マネして作ってみよう。


 他の客の迷惑にならないよう、買えるだけ買って時間停止のマジック収納に入れておく。

 デュークは【アイテムボックス】スキルを持っているフリをしているので、まとめ買いをしていても誰もツッコミを入れない。

 まぁ、時間停止のマジック収納を利用したかき氷の自動販売魔道具を使っている『にゃーこや』なので、事実を教えても周囲の反応は「へー」だったかもしれないが。



 ******



 油断したつもりはなかった。

 しかし、ダンジョンの魔物とは違う、というのは本当には分かってなかったのだろう。


【バカッ!まだ終わってないぞ!】


 ファルコの注意が飛ぶ!

 ザクッ!

 ほぼ同時に長細い生き物がデュークの獅子の後ろ足を切り裂く!



 ヴィントヴィーゼル。風属性のイタチの魔物だった。

 咄嗟に身体を捻ったので足を落とされずに済んだが、Aランクグリフォンの防御力を上回る程、切れ味のいい風の刃を使うのだ!

 体長30cmぐらいの小型の魔物だから、とあなどると痛い目に遭う。


 デュークとファルコはカンデンツァの街の側の山に移動し、鳴き声が笑っているように聞こえるファンモンキーの群れを、デュークが討伐した所だった。

 ファルコに戦い方を教わっているので、背中に付けた【マジックハンド】も武器も使わず、鷹前足での物理攻撃と魔法との組み合わせで倒していた。


 ファンモンキーは連携して襲って来るので、周囲を警戒しており、討伐後、マジック収納に回収している最中は、その警戒が切れたこともあったのだろう。


 デュークは足の怪我の手当てをする前に、【マジックハンド】をぐいーっと伸ばしてヴィントヴィーゼルを捕らえ、風刃ウインドカッターでその首をねる。


【いたたたた……】


 そして、デュークは首輪のマジック収納から【チェンジ】で下級ポーションを出し、傷口にかけた。毒はないと思うが、念のため、自分のステータスのチェックをする。ちゃんと状態異常になっていなかった。

 そう深くなく、シヴァがレシピを改良した効果が高い下級ポーションなのですぐ治った。作ったのは錬金術も修業しているデュークである。


【まったく。ちゃんと気を付けるんだぞ】


【はい】


 未熟で実戦経験不足だと自覚があるデュークは、どうにもうっかりな怪我が多かったりする。

 ……そう、こういった怪我は今回が初めてじゃないのだ。

 だからこそ、慌てたりせず、優先順位を考えて行動出来たワケだ。学習能力はちゃんとあるので。


【それと、どうして【身体強化】をしない?避けられないのなら、防御力を上げるべきだろう】


【……え、ぼうぎょりょくもあがるんだ?しんたいきょうかで?】


【おいおい、知らなかったのか。バロンから教わってないのか?】


【ないね。バロンはちゃんとはなしができるわけじゃないし~】


 この辺は話を聞かないことには分からない部分だとデュークは思う。ずーっと魔力の流れを見ているわけでもないので。


【その分では【硬化】スキルも知らないのか?】


【スキルのなまえはしってるけど、はなしのながれからして、しんたいきょうかでぼうぎょりょくをあげてるとおぼえるの?】


【ああ。トカゲ系魔物で使える奴がいてな。わたしもやってみたら自然と覚えたから、デュークも同じだろう。部分硬化が出来るようになれば、魔力の節約にもなる】


【そうだったんだ……】


 デュークは思っていたよりも、過保護に育てられていたらしい。

 人間のベレットに卵を拾われ、周囲にまったく見本がなかったファルコは他の魔物と交流することで覚えたことが多い、とは聞いていたが、想像以上に苦労したに違いない。


 これからも、どんどん鍛えてもらって、実戦で覚えた色んなことも教えてもらおう。


 しかし、そのファルコもデュークの二歳上なだけで、長い寿命を持つグリフォンとしてはまだまだ幼年期で未熟。

 Aランク魔物としての強さの根幹は、たゆまぬ努力をする所にもあるのだろう。


 更なる高みを目指そう。

 美味しい料理の研究の方も。


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