番外編64 遅牛でも早牛でも『ぎゅうー』っとしたい

松阪まつさかぎゅうをぎゅうーっとしたい」


 ラーヤナ国王都フォボスにある『ホテルにゃーこや』の本館最上階のオーナーフロア、そのリビングにて。

 シヴァは大型犬サイズのフェンリルのぬいぐるみゴーレム一号を、『ぎゅうー』と抱き締めた。

 ポーズなだけで力は入れてない。『日常モード』でもヘタすると抱き潰してしまうからだ。比喩的表現ではなく、物理で。

 一号は大喜びでぱたぱたと尻尾を振っている。

 よし、ちゃんと元気だ。


「はいはい。極上の霜降りカウ肉が食べたいのね」


 シヴァの妻のアカネは唐突話に慣れているので、あっさり流された。


「あっさり流すなよ~」


「ミノタウロスは違うでしょ?サシの少ない赤身肉だし。角牛タウルス・フロンディフェルも、牛肉っぽくはない。豚肉とのいいとこどりで、赤身とサシのバランスがよくてジューシーで美味しいけどね~」


 角牛タウルス・フロンディフェルは三本角の牛っぽい魔物だが、Bランク。5m級で戦闘力も高い。適度に引き締まったその筋肉が美味しさの理由だろう。

 簡単に狩れるのは、アカネがドラゴンスレイヤーだからである。


「そうだけど、そういったことじゃなくて。松阪うしをぎゅ~っと、だと生きた牛に抱き着くようなイメージにならねぇ?」


 シヴァは一号専用ブラシを取り出し、ブラッシングしてやる。改良に改良を重ねた銀の毛皮はもっふもふで柔らかく、ブラッシングで更に艶が増すのだ!

 一号としても気持ちいいらしく、ブラシを見せるだけで走って来る。


「それは確かに。食材として見てるか、生き物として見てるか、という差?それとも、ある時、いきなり『松阪まつさかうし』という呼び方になったのが気に入らないの?」


 アカネの足にすりっと頭をこすり付けたのは、足元にはべっていた深緑に銀色の斑点の豹、シャドーパンサーのバロンだ。構って欲しくなったらしい。

 はいはい、とアカネはバロンの頭を撫でる。日頃の手入れと食生活もいいので、もふっとつやっつやだ。


「どっちも。どっちの言い方も正式で、松阪まつさかうしと言うようになったのは、ぎゅうだと響きが悪いとかいう『他のぎゅう呼びのブランド牛に喧嘩売ってんのか』な理由らしいけどさ。『勝者の景品は松阪ぎゅう!』だと『おおおおおっ!』となるけど、『勝者の景品は松阪うし』だと『へーそう、いいね』とちょっとテンションが落ちるような気がしねぇ?」


 シヴァは分かり易く具体的な例を出してみた。


「あーそれはあるかもね。語感の違い?『うし』だと流れをぶった切ってる感じがする」


「そうそう!じゃ、『ビーフ』はどうよ?って話になるけど、ビーフはビーフだよなぁ」


「うん。それも何となく分かる」


 アカネの手にも足にも身体を寄せたバロンは、【幼獣化】して子豹になると、そろりとその膝に上がった。アカネの作る極上の甘いお菓子の大ファンなので、バロン的に大いに敬ってる行動なのである。


 バロンはシヴァの従魔だ。

 一般的な豹サイズなので普通の食堂や店に連れて行くと、他の客に迷惑なので【幼獣化】スキルを覚えさせていた。

 もう一匹の従魔、子供白鷹獅子グリフォンのデュークは【小型化】スキルがあるので、バロンを仲間外れにしてしまうのも、というのもある。

 もちろん、「可愛いから」というシンプルな理由もあった。


 そんな可愛い姿で甘えられて勝てなかったアカネは、ピスタチオ風ナッツクリームを挟んだラングドシャのサンドクッキーをマジック収納から出し、「一枚だけね」とバロンの口の中に入れる。

 「ふみゃー♪」と美味しい声が上がった。


「もはや、かつては野生だったとは誰も信じなさそうななつき具合。しかも、マスターじゃねぇアカネに」


 マスターのつがいだから問題ない、とバロンは思ってそうだ。

 それで確かに問題ない。この集団のうち誰がボスなのかの判断は、群れを作る生き物の本能で分かる、というのもあるのかもしれない。


「たとえ、野生の魔物でも、甘い物好きの魔物は懐柔出来ることが分かったのは成果でしょ」


「まぁな。アカネだから、というのもありそうだけど。……あーはいはい」


 そこで、一号がおもちゃが入ったボックスからボールを咥えて持って来て、シヴァの前に落とした。誰もが分かる「遊んで♪」である。


 シヴァは一号だけじゃなく、アカネとバロンも連れて『地下』だと言い張ってる人工海エリアへと転移した。

 ボール遊びをするのなら海辺が一番である。

 デュークは冒険者活動をしている十三歳のリミトとサーシェと一緒に出掛けているが、非番の子供従業員たちはいるので、声をかけて一緒に遊ぶことにした。



 ******



 青い青い空。白い雲。

 エメラルドグリーンの透き通った海と真っ白な砂浜。

 ビーチにはヤシの木パームツリーが並び、強い日差しに濃い影が落ちる。

 その木陰やタープの下にはデッキチェアが並ぶ。

 誰が見ても南国の海だと分かる光景だった。

 しかし、ここは人工海であり、ダンジョンの中。このヤシの木はいつでもヤシの実ココナッツが収穫出来るようにしてあった。


 ヤシの木の花言葉は「勝利」「平和」「家族愛」「守護」といったいい意味ばかり。だからこそ、南国にはヤシの木が付きもので『楽園』と言われるのだろう。

 この辺に詳しいのは、家庭菜園歴約二十年で中高園芸部、土木工学科卒で元庭師のアカネだった。



 

 海でたくさん遊んだ後の昼食は、もちろん、日陰でバーベキュー。

 メインは松阪牛っぽい上位種のカウ肉だ!

 今まで何度もやっているバーベキューだが、炭火焼の美味しさは飽きることなんてあり得ない。


 定番の肉と野菜を刺した鉄串をバーベキューグリルに並べ、別のグリルには網を置いて網焼きもし、また別のグリルには鉄板を置いて焼きそばも焼く。

 肉の味付けはシンプルに塩コショウ、バター醤油、ステーキソース、あっさり大根おろしタレ、オニオンソース、ミネラル豊富な岩塩、柑橘塩、ブレンドハーブ塩も、どれも違ってどれも美味しい!


 焼くのは焼きのスペシャリストになっている『にゃーこ』たちが担当してくれる。なので、焼き係だけ中々食べられない、うっかり焼き過ぎた、といったこともない。

 『にゃーこ』は小柄な人間サイズで二足歩行の猫型モフモフゴーレムなのだが、いつの間にか魔法生物化しており、個性まで芽生えている。

 焼き過ぎそうな肉や野菜は、一旦、時間停止のマジック収納に収納し、食べられる余裕が出来たら出してくれる有能ぶりだ。


「ん~っ!!!」


 バーベキューは、どんどん舌を肥やしている従業員たちも、悶えるような美味しさだった!

 「大きくおなり、健康に害がないのなら横にでもいい」と常々思っているシヴァとアカネだが、運動量も多いので、中々そこまでにはならなそうだ。

 より美味い肉、美味い物が食いたいのなら、戦闘力も相応に鍛えねばならないこともある。


「そういや、『遅牛おそうしよど、早牛も淀』ということわざ、知ってる?遅かれ早かれ淀に行き着くっていう意味なんだけど、美味い牛肉に辿り着いてるんだから呼び方なんか『ささやかなこと』なのかもな。…っつーか、今分かった!牛肉は『ぎゅう』だから、松阪ぎゅうの方がしっくり来るんじゃねぇかと!」


「へー」


 肉を食べる合間にサラダを挟むと口の中がさっぱりリセットされ、永遠に食べられそう!と、せっせと食べているアカネはさらりと聞き流した。

 別に大食いじゃなく、一人前はぺろり程度だったアカネだが、異世界こちらに来てからは魔力の関係か、運動量が増加したからか、よく食べる。


 ちなみに、淀は京都の地名で港町だ。当時、陸路で牛車ぎゅうしゃで運んで来た荷物を淀で船に積み込んでいたことから、このことわざが出来たらしい。


 シヴァは小さめの丼を取り出し、ご飯をよそい、サンチェっぽい野菜を中心としたサラダを載せ、その上に焼き立ての角牛タウルス・フロンディフェルの牛タンを盛り、特製ソースと粉チーズをかけたミニ丼を作り、アカネにそっと差し出した。


「ありがとう。…って、なんて罪深い丼を!」


 そう言いながら、そそくさと食べるアカネである。

 牛タンは角牛タウルス・フロンディフェルのものが一番美味しい。

 どの肉もどの部位もみんな違ってみんないいのだ!


 もちろん、シヴァは自分の分も牛タン丼を作って食べる。

 後で『にゃーこ』にレシピを教えて、従業員たちにも食べさせよう。

 バーベキューにも焼肉にも白いご飯がなければ、始まらない、とシヴァは思う。



 そうして、みんなで存分に『遅牛おそうし』も『早牛』も種類の違う牛っぽいものも、『ぎゅー』っと堪能したのだった。



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