番外編65 黒鷹獅子は真実を暴く!

「だ~か~ら、お願いだよ~。ちょっと乗せて飛んでくれるだけでいいから!ね?ね?お願い!」


 エイブル国北部カンデンツァの街。

 黒鷹獅子グリフォンのデュークがベレットの雑貨屋へ行くと、店内が何やら騒がしかった。

 二歳上の兄貴分である白鷹獅子グリフォンのファルコの時間がある時に鍛えてもらっているので、今日も通信魔道具で連絡をしてから来たのだが。


【却下。諦めろ】


 サクッと言い渡すのはファルコだ。デューク同様、念話が聞こえるマジックアイテムを使っている。人間に育てられ人語を理解しているからこそ、話すことも出来るのである。


「そこを何とか!ファルコにとっては、大したことじゃないんでしょ~?一度でいいからグリフォンに乗ってみたいのに~」


 ヤケに軽い口調の男だった。声音は若い。


【わたしのあるじはベレットだ。主が許可し、更にわたしが許可し、主の安全を確保した上で正当な代価を払えば考えてもいい、のだが、そもそも討伐がメインの話だろう?主は商人であって冒険者ではない。諦めろ】


「何度も言うけど、飛ぶ魔物なんだよ~。既に、機動力でついて行けないんだよ~」


【それならば、尚更だ。慣れない人を乗せていては機動力なんか発揮出来ん。ワイバーンなんか魔法で攻撃して落とすだけだろうに】


「Aランクのグリフォンの魔法と一緒にしないで~。魔法が当たっても落とす程の威力はないんだよ~。そこまで射程も長くないし、だいたい、高ランク冒険者がこの街にいないワケで。魔法使いも」


【はなしはきかせてもらったよ】


 ふっ、とニヒルに微笑む、のがドラマだっけ、とデュークは思いながら、ゆったりと店の中へと足を進めた。

 ニヒルに微笑むのはクチバシでは難しく出来てない。


【ああ、デューク。もう来る時間だったか。少しぶりだな。また、少し大きくなったか】


【うん!ちょっとぶり~。…と、あいさつはそこそこにして、はなしはきかせてもらたよ。ワイバーンがちかくにいるのなら、とうばつしといたほうがいいよね。まちのひともきけんだし。ぼくがとうばつしようか?】


「え、えっと、どちらさま?どちらのグリフォン?」


【レムスとはまだ会ってなかったか。デュークはわたしの弟のようなものだ。今はCランク冒険者の従魔で別の街にいるが、たまに遊びに来る】


 ファルコはデュークの紹介を簡単にした。つまり、『にゃーこや』のことは黙っておけ、ということだ。

 レムスは領主に仕える偉い役人(貴族)の専属護衛で、街道整備の件で二ヶ月ぐらい前にこの街に来たそうだ。二十代半ばで専属は出世だろう。安定を求める冒険者なら。


 それで、まぁ、役人とはいえ、外部の人間なので業務に関係ない街の安全に対しての指図は出来ないのだが、「街の側でワイバーンを見かけた」という噂を聞き、脅威なので何とかしようと動いている。

 レムスはCランク冒険者なものの、かつて所属していた気心の知れたパーティは解散しているし、単独ではまったく無理。かといって、この街にいる冒険者はBランク以上の高ランク冒険者がおらず、護衛依頼で来ている冒険者ばかりなので、強制依頼を出しても集められないらしい。

 依頼を遂行中の冒険者は当然ながら、そちらが優先なので。


 そこで、Aランク魔物たるグリフォンだ。

 しかも、そのグリフォンはマジックアイテムで人間の言葉を話し、意思疎通が出来る!

 これは頼むしかない!

 そういった経緯だった。


「えーと、デューク君はまだ子供みたいだけど、ワイバーンを倒せる自信がある?」


【あるよ。なんどもたおしてるし。むれも】


「……群れ?マジで?かなり被害が出たんじゃない?どこ、そこ」


【だいじょうぶ。ダンジョンだよ。てんいトラップとかモンスターハウスとかあるでしょ?かこまれたばあいのせんとうも、くんれんしてるの】


【こう見えてかなり強いぞ。デュークは】


【かわいいからね!ぼく。じえいしないと!】


「……ああ、うん、そうだね。それで、君のマスターは?マスターに討伐依頼を出した方が早いだろうし」


 グリフォンを従魔にしている冒険者の戦闘力は期待しかない、とレムスは思ったらしい。


【えー?わざわざ?いいじゃん。『かり』してたら、そうぐうした、とうばつした、で】


 依頼以外で従魔が魔物を討伐しても別に問題にはならないが、肉や素材を持ち帰れないので推奨はされていない。マジックバッグ持ちでも、高価な物なのでそう簡単に従魔に持たせないのだ、普通は。

 普通からことごとく外れている規格外なのがデュークのマスター、シヴァである。

 狙われると面倒なので、対外的には「アイテムボックス」持ちにしてある。


 デュークは今までも【ちかくでとうばつした~】と冒険者ギルドに売ってるので、その辺も問題ない。中には討伐依頼が出ている魔物もいたが、その場合、マスターであるシヴァの実績になる。


【デュークのマスターは忙しい人だからな。ワイバーン程度で来てもらうのも申し訳ない話だ】


【ふつーにあっさり、ぼくにまるなげするだけだとおもうけど~】


「ワイバーン程度……Aランク魔物からすると、そんな感じ?ワイバーンもAランクなんだけど」


 レムスは呆然としながらも、そんな確認を入れる。

 ワイバーンがAランクなのは、飛ぶ魔物だからだろう。飛べない人間ばかりなので倒し難い。

 ワイバーンの戦闘力体は、頭が悪いのでそう高くない。


【ランクは関係なく、『強ければ』だ。ワイバーンは頭はあまり使ってないし】


【ぎゃくだよ、ぎゃく。かしこいまものほうがちょーマレ】


【その言い方は賢くなさそう】


【あははは~いってからぼくもおもった~】


 ファルコとデュークがそんなことを話してる間に、レムスは割り切ったらしい。

 もたもたしているうちに被害者が出るかもしれないのだ。まずはワイバーンを討伐してもらおう、と。


 そうして、デュークは単独でワイバーンの討伐に出かけることになった。



 ******



 カンデンツァの街周辺。

 ワイバーンの捜索をしていたデュークは困っていた。

 デュークはまだ飛べなかった時だが、馬やファルコに乗せてもらって何度も来たことがあるので、そこそこの土地勘がある。ワイバーンが近くにいるなら、どの辺に、と目星を付けていたのだが、いない。


 たまたまどこかですれ違ったのか、と一時間ばかり周辺を探していたのだが、ワイバーンの姿どころか、何の痕跡もない。

 ダンジョンと違い、自然は中々回復しないのだから、爪で引っ掻いた痕や何かを食べた痕跡が残るハズなのに。


 もしや、レムスに騙されたのだろうか。

 しかし、それならば、ファルコがとっくに気付いているだろう。箱入りで単純な自分はともかく。


【ファルコ~。ワイバーン、みつからないんだけど~】


 デュークは通信魔道具でファルコに連絡を取ってみた。


【え、まだか?おかしいな、それは。痕跡もまったく?】


【うん、ない。なにかたべたあとも、だれか、おそわれたようなあともない】


【すると、野生じゃなく、使い魔か召喚獣なんじゃないか?】


【え、どうちがうの?よべるもののしゅるい?】


【いや、種類は変わらん。一時的にしか呼べないのが召喚獣。契約したら使い魔、魔物なら従魔。だが、人によっても呼び方が様々のようだ。従魔を外したのは、ワイバーンを従魔にしたのなら、とっくにかなりの噂になってるから。大食らいだろうしな】


【そうだよね。でも、ワイバーンのしょうかんじゅうっているの?…あっ、そうみえるだけの『げんえい』ってこともあるか】


【そうだな。そもそも、ハグレのワイバーンがいるなら、人も食べ物も多い王都に行くだろ。飛ぶ魔物にとっては大した距離じゃない。そこからして、どうもおかしい話だとは思っていたんだが】


【そういわれてみると…じゃ、レムスがうそついてるわけじゃなくて?】


【レムスは不自然さにも気付いてないだろう。レムスが護衛しているのは役人だから、何かを調べられては困る誰かの嫌がらせかもしれんな】


【うわっ、めんどくさっ!】


 貴族関係も権力争いも面倒臭い、というのはシヴァにも聞いてるデュークだが、本当に面倒臭かった。


 ともかく、一度、戻って来い、とファルコに言われたので、デュークは素直にカンデンツァの街に戻った。



 ******



【こんにちはー。きょうのえものはおっきいんだけど、おくばしょがあるかな?】


 夕方。

 デュークは混む時間に冒険者ギルドの買取カウンターに行った。

 依頼達成報告、報酬受け取りで、そちらのカウンターは混雑しているが、皆が皆、討伐依頼を受けていないし、ダンジョンが側にない街でアイテムや素材の買い取りも解体もあまり頼まないので、こちらのカウンターは空いていた。


「あら、こんにちは、デューク君。大きいってどのぐらい?」


 馴染みの女職員が愛想よくそう訊く。


【ワイバーンなの。はねをひろげて5mぐらい?】


「まぁ、それは大物ね!……って、どこで狩ったのっ!?」


【あれ?しらなかった?このまちのちかくでワイバーンみたってひとがおおいみたいだから、さがしてかってきたの。やっぱ、あぶないし】


「まぁ、そうよねぇ。ありがとう。…ってっ!ちょっと待っててね。……ギルマスーっ!」


 女職員が大慌てでカウンターの奥へと走ると同時に、ギルド内が騒然とした。

 ワイバーンなんて滅多に現れないからだ。

 「そういえば、そういった噂聞いた」「こっちも」と噂を肯定する発言もそこそこ多かった。


「なぁなぁ、デューク。マジでワイバーン?Aランク魔物なんだけど」


【ぼくだってAランクまものだよ!】


「…あっ!そういえば!」


「忘れ勝ち」


「まだ子供だし、こうも愛想のいい黒鷹獅子グリフォンって中々いないしなぁ」


「ファルコなら、さすがって思うんだけど、デュークって雛の時の印象がまだまだ強いというか」


「一人…一匹で狩ったのか?マスターは?」


【ワイバーンぐらいはぼくにまるなげだよ~。ダンジョンできたえてるからね!むれをかったこともあるし!えっへん!】


「そこで威張る所がデュークなんだけど…」


「本当かなぁ、とも思うワケで」


【ほんとうなのに~】


 顔馴染みの冒険者たちとそんなことを話して待っていると、すぐにギルドマスターを連れた女職員が戻って来た。そして、一緒の裏の解体場へと移動する。

 暇な冒険者たちも見学について来た。

 一番大きな台の上に出すよう言われ、デュークはマジック収納からワイバーンを出した。風魔法でサクッと首をねてちゃんと血抜きもしてある。


「マジでワイバーンだ…こりゃ、調査隊を結成して他にいないかどうか、確かめないとな」


【でも、ワイバーンだと、いどうはんいがひろすぎじゃない?】


「そこは、鳥系魔物や使い魔がいる冒険者に協力してもらって。デュークも協力してくれるか?」


【ごめーん。あそびにきただけだから、なんにちもかかるようないらいは、ぼくたんどくではちょっと。マスターはいそがしいからむり】


「まぁ、そうだよなぁ…」


 そうして、ワイバーン捜索の調査隊を結成することになったのだが、ワイバーンの痕跡なんてまったく発見出来なかった。



 ******



「うっわ、マズイ、マズイ。ほら、さっさと隠せ」


「さっさと隠せるんなら、とっくだって!まさか、監査が入るとは思ってなかったし……」


「前任者が派手にやってて失脚したから、案外、目立たないと思ったのにな……」


「数字に強い奴は目敏く気付きやがるよな……」


「こっちは辻褄を合わせようぜ。ええっと…」


「もっと時間を稼げ!何かアイディアがないか?」


「注意をそらすような噂を流したらどうだ?大きい魔物を目撃した、とか」


「それ、大騒ぎにならないか?」


「実際に姿を見たことがないんなら、噂は噂で見間違いや誰かの従魔だと判断するんじゃないか?」


 ……そんな経緯で、公費を横領、中抜き、水増しして自分たちの懐に入れていた汚職職員たちは、人を雇って「街の側でワイバーンを見かけた」という噂を流したらしい。

 【幻影】魔法や魔道具なんて使わずに。


 地道に噂の元を辿って目撃者の話を聞いて調べると、あっさり判明したのだ。


 まさか、監査に来た役人の護衛のレムスが、良かれと思ってグリフォンに頼みに行くとは、汚職職員たちも思わなかった。

 しかも、何故か噂通りに街の近くでワイバーンを狩って来る!

 動揺し過ぎたおかげで、さくさくと証拠が集まり、噂の真実を突き止めるのが実にスムーズだったワケである。


 汚職職員たちは全員更迭、罪に応じて処罰と行きたかった所だが、前の責任者が更迭されて間もなく、全員更迭してしまったら役所の機能が麻痺してしまう。

 そこで、後任が決まるまで引き続き働いてもらい、働きに応じで減刑も考慮する、ということになった。

 もちろん、監視はつくが、働けば働く程、罪は軽くなる、となれば、これまで以上に働くに決まっている。

 ちょうどいい落としどころだった。



 ******



 噂はデマだったのに、何故、デュークがワイバーンを持って来れたのか?

 『嘘から出たまこと』というわけでもない。


 単にデュークがワイバーンがいる生息地に行って、狩って来ただけである。

 マスターのシヴァが転移魔法を使え、更に【ディメンションハウス】というマジックアイテムも転移に使え、従魔のデュークも使える…と遠距離移動手段に事欠かないことから出来たことだ。

 わざわざ、そんな手間をかけたのは、目立つグリフォンが地道に噂の元を辿っている間に証拠隠蔽されてしまうので、こっちの方が手っ取り早かったからだ。


 世間知らずでも賢いデュークが、真実を知るためにそんな罠を思い付いた……ワケがない。


 話を聞いたデュークのマスターであるシヴァが提案したのである。


 野生のワイバーンは増え過ぎると悪さをするので、間引きするのにもちょうどよく、ワイバーン肉は美味しい。他の素材も高値で売れる。ダンジョンドロップのワイバーン肉にはない内臓の部位も食べられる。

 色々メリットもあってそんな提案をしたのだった。



 ******



「ほんとーに、ごめん!厄介なことに巻き込んじゃって」


 数日後。

 屋台の串焼きやサンドイッチといったお詫びの品を持って、レムスがベレットの雑貨屋に謝罪に来た、そうだ。

 カンデンツァの街に住んでないデュークは、レムスが帰った後にそう聞き、すぐに分け前を取りに行った。

 せっかくなので!


【わたしたちはちょっと考え過ぎだったな】


【あんがい、じじつはたんじゅんなもの、ってことがおおいらしいよ】


【そうなのか。洗練潔白でマジメな人間は思ったより少ない、というのが分かり、あるじに拾われた幸運さを改めて実感したのはよかったか】


【ほんと、それだよね!もっと、きをつけよーっと】


 滅多に見かけないレア魔物、素材も高く売れるグリフォンとしては、戦闘力だけじゃなく、色んな情報も集めて経験もして、更に精進しよう。



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関連話「番外編63 黒鷹獅子は高みを目指す!」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16818093084867975468


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