番外編66 『恋』から始まる向上心 

 恋に落ちたことがある。

 多分、おそらく、恋。


 出会いは偶然だった。

 寝ても覚めても、その姿を思い浮かべ、思い出すだけで気分が浮付いた。

 姿を見れば、幸せな気分になった。


 これが『恋』じゃなければ、どんな名前が付くのだろう?

 『恋をした』ではなく『恋に落ちた』。

 どうにか落ち着かせたい思いでも、自分にはどうにも出来なかった。

 正に『落ちた』。


 最初は見ているだけでよかった。

 次第に偶然だけでは物足りなく思い、『彼女』が通る道を調べて、さり気なく待ち伏せした。

 しかし、遠くから見るだけで近寄らなかった。

 どうやっても手に入れることは出来ない他人のもの、だから。


 もどかしく思い、何とか出来ないものかと考えを巡らしたが、駆け出し冒険者の自分には分不相応だと思い知るだけだった。


 飾らない外見だが、さり気なく装飾が施されている。そういった所もオシャレでクールでかっこいい。

 大事にされているようで、汚れたり、傷付いていたりしている所を見たことがなく、常に気にかけられている。それが普通、と言えばそうだが、自分なら、もっともっと大事にするのに。


「また見てるし。…ほんっと、好きだよなぁ。手が届かないのが分かり切ってるのに」


 エアが冒険者ギルド併設の食堂で昼食を食べていると、来たばかりの友人…エリダにそう呆れられた。

 分かっていても、つい見てしまうのは自分でもどうにも出来ないのだ。

 

「こんなに『欲しい』と思ったのが初めてで。金を稼いで強くなればいいのか?」


「正しいとは思うけど、時間がかかり過ぎて他に行っちまうだろうな」


 エリダはさっさと店員を捕まえてお昼のランチを注文する。


「どうやっても手放してくれなさそう。だから、『彼女』と結婚すれば……と考えてみたけど…」


「まだ十三歳の駆け出しでほそっこいガキとは結婚しないだろ。五年後ぐらいなら可能性はあるにしても」


「遅い。今、欲しいんだよ」


「地道に口説いたらどう?」


「どうやって?」


「年下ならでは、で可愛く甘えてみる、とか……エアだともーのすごくミスマッチだな!凶暴なオーガがもじもじしてる姿を想像する方が難易度は低そう」


「……分かってる。そもそも、『かわいい』がよく分からないし」


「何でも可愛いと言う女の子も多いからな~。オレも改めて考えるとよく分からん。目をウルウルさせれば可愛い?」


「おれに訊くな。…瞬きを我慢すればいいのか?」


「それはそれで目が乾燥するだけかも。エアももうちょっと小奇麗な格好をすれば…って、それはそれでマズイか。彼女はともかく、他の連中が」


「やっぱり?」


 エア自身もマズイのは分かっているので、色の入ったゴーグルは滅多に外さないし、ぼさぼさの髪もワザとだった。

 服装や装備は食べて行くのがギリギリの懐具合なので、別に偽装しているわけではない。


 パッと目を引く鮮やかな緑の目と整った顔立ち、というエアの顔を知っている人はかなり少ない。

 ここまで綺麗な緑の目はエルフにも滅多にいないらしく、そちら方面から絡まれることも多い。

 そう、「」だ。売られそうになったことも、さらわれそうになったことも、襲われそうになったことも数えきれない程、あった。


 小さな村出身なだけに、危機感が薄かったエアだが、十歳の時、親が死んで村を出てからは危機感を持つことになった。

 村の近くの街で住み込みで働いていたものの、エアとそっくりな容姿の二歳下の妹が怪しい人に売られそうになったのだ。エアと違い、妹は愛想がいいこともあったのだろう。

 兄妹二人で何とか逃げ出したから、このエイブル国スールヤの街にいる。

 妹は食堂で住み込みで働き、冒険者活動をしているエアも雑用をすることで一緒に住まわせてもらっていた。



「あ、そうだ。エアにそのゴーグルをくれた人に相談してみたら?大人なんだからそれなりに口説いた経験もあるだろ」


「離婚された道具屋の親父だぞ?しょっちゅう口説いてるようなタイプでもないし」


 雑用依頼を何度か受けるうちに気に入られて、「余った材料で試作してみたから」と報酬のオマケでこのゴツイフレームの色付きゴーグルをくれたのだ。

 もちろん、顔を隠すだけじゃなく、日差しの強い時や森の中や砂埃が酷い場所で大いに役立つ実用品でもある。


「……そうだっけ。オレはてっきり先輩冒険者からだと思ってた。もらったのはナイフだけ?」


「ああ。ショートソードは鍛冶屋から。本当に有り難いことに」


 食うや食わずの生活だったからかエアは見た目が幼い。そのせいで、より子供に見えるらしく、気にかけてくれる人が何人もいるのだ。この目の前にいるエリダもその一人だった。



 ******



 ある日。

 エアは倉庫整理の手伝いの依頼を受け、その店に向かっている途中のこと。


 いきなり、吹っ飛ばされた!


 咄嗟に身体強化をかけ、衝撃を逃がすために道を転がる。

 誰かに蹴られたのだ!


 ガリガリの子供にしか見えない冒険者エアはからかいと見下し対象で、変にちょっかいをかけて来る輩もいるので、警戒していた。

 なのに、直前まで気付かなかった辺り、相手は隠蔽レベルが高い。


「受け身を取るか。獣人か?」


 蹴った相手はでかくてゴツイ男。

 軽い打撲だけで済んだものの、エアは道に転がったままにする。ダメージがあるから動けない、というように装った方がいい。そっと袖に仕込んである物を左手に出す。


「…何か用?」


「シーミアにまとわりつくな」


「誰それ?」


 どこかで聞いたような名前だが、似たような名前はいくらでもある。知っているのが前提の言い草に、エアは眉を潜めた。


「お前がよく見てる女だ。名前すら知らないのかよ!」


「何のことだ?女なんか見てない」


 エアは砂を払いつつ、ゆっくりと立ち上がった。


「『いつもあたしを見てる子がいる』って、何だかシーミアは喜んでるけど、俺は面白くないんだよ!」


「その人に相手にされないから八つ当たり、ということか。迷惑な」


「何だとっ!最底辺のガキがイキがるなよっ!」


「不意打ちでも倒せなかったのに?」


 野次馬が集まって来た所で、エアは一気に距離を詰め、その太い首の左側面、首を動かす太い筋肉のすぐ側の太い血管に極細の針を刺す。

 すると、男はまるで操り人形の糸が切れたかのようにカクリと膝を付き、頭も地面に垂れた。

 もう少し、行儀よく座ることが出来たのなら土下座だ。惜しい。


 エアは一般人よりは力が強いが、鍛えた大人には敵わないので頭を使う。極細針は暗殺者が使う暗器の一つだが、手段なんか選んでいられない。

 今、使ったのは麻痺毒。しばらく動けない。


「いきなり蹴ったことの謝罪は?」


 麻痺毒は末端から効いて来るので、まだ話せるハズだ。


「うるせぇ!フザケたマネしやがって!殺してやる!絶対、殺してやるからな!」


「その状態で?」


 毒を追加してもいいし、首を切ってもいい。

 野次馬たちの前で堂々と殺意証明をしてくれたので、正当防衛成立だ。


「キュア!」


「ざーんねん」


 エアが煮詰めて作った複合毒なので、一般的な【キュア】では解毒出来ないのだ。

 生活魔法の【クリーン】が人によってそんなにキレイにならないのは、汚れの認識がされてないから。同じように【キュア】も認識してない毒は解毒出来ない。ポーションや薬の毒消しは蜂毒用なら、多少解毒出来るだろう、多分。


 悪あがきと蹴った罰に、ガスッと男の後頭部を蹴る。


「駆け出しのこんな細っこい子供にやられた、なんて恥ずかしくて、もうこの街にいられないな。たくさん目撃者もいることだし?」


 エアがそう言ってやると、野次馬たちからクスクスと笑い声が上がった。

 惜しいのはつい力を込めてしまったせいで、男の意識がはっきりしていないことだ。


 やがて、警備兵が走って来て、まだ麻痺したままの男を台車に乗せて引き取って行った。

 エアが蹴られる所から見ていた人もいたので、事情聴取は実にスムーズだった。

 あの麻痺毒はだいたい半日は効いており、丸一日は普通に動けない。

 煮詰めた結果、かなり濃厚になってしまい、まだ改良中だった。

 なのに、効果をちゃんと知っているのは、エアに絡むバカが事欠かないので、有意義に実験していたワケである。

 つまり、野次馬も警備兵も「またか」で慣れたものだった。



 今までの例からすると、罰金とエアに対する慰謝料を払って釈放された後、凝りもせずエアに襲撃に来るが、警備兵もバカじゃないので後をつけて襲撃直前で再び拘束。    

 今度は犯罪奴隷になり、年季が明けるまで解放されない。

 警備兵を全員皆殺しにして逃走するような凶悪犯は滅多にいないし、そんなに戦闘力が高い冒険者なら、そもそもダンジョンに潜っていたり、有力者の専属になっていたり、他の国へ出かけたりしているのだ。

 街で暴れるようなバカの大半は頭が悪い。

 駆け出しのエアにもやられる程に。


 そういえば、今まで一度だけ、警備兵をまいて襲撃に来た奴がいたが、エアとしても予想していたので罠を張っており、まったく問題なかった。

 冒険者としてはまだ一年そこそこの駆け出しだが、狩人歴は七、八年あるのだ。小さな村育ちなだけに、習得出来なければ、即命に関わる危機感が上達を促したのだろう。

 タイラントボアやブラックベアに比べたら、人間がどれだけ凄んでも怖いと思ったことがない。



 ******



 男に襲撃された日の夕方。

 無事に依頼を終えたエアはギルドに報告に来ると、女の冒険者に呼び止められた。

 『彼女』だ。


「君、ペルダンに蹴られたって?大丈夫だった?」


「誰?」


「あたしはシーミア。でかくてゴツイ男がペルダンで知り合い。ごめんね。何か変な誤解して君に絡んだみたいで」


「あんたが謝ることじゃない」


 ここまで近くにいるのは初めてなので、エアは少し緊張したが、さり気なく観察する。

 うん。やっぱり、近くで見てもいい。

 思ったよりいい素材が使ってあるようだ。

 どうしても、『彼女』…シーミアの腰を見ることになったエアだが、シーミアは何やら誤解したらしい。


「いや、そんなに照れなくてもいいのよ!うん、キレイなお姉さんはつい見ちゃうものよね~なんて」


 ……違う、そうじゃない。

 どうやら、恥じらって目を伏せてると思われたらしい。

 ゴーグルをかけたままで、目がよく見えないせいもあるのだろう。

 せっかく、話す機会があったのだから、訊いてみようか。


「その剣帯、すごくセンスがいいと思う。あんたのデザイン?細工師?」


 エアが寝ても覚めても思い浮かべていたのは、『恋に落ちた』のは『彼女』シーミアではなく、シーミアが持つ『』だったのだ!

 細身のショートソードの剣帯で、本当にセンスがよく、実用的でもあった。

 正に一目惚れだった。


 しかし、どう見ても高価な剣帯だ。

 これ程、素敵な剣帯を作る職人なら、飾っておくのではなく、ちゃんと使って愛用する人じゃないと、とこだわる。ならば、強さも必要。

 そして、『彼女』と結婚がどうのと言っていたのは、夫婦になれば持ち物はほぼ共有になる。

 そこまで親しくなれば、憧れの剣帯を貸してくれることもあるだろう、という考えだった。

 趣味が合いそうなので、やがてシーミアにも恋愛感情が芽生えるかもしれないが。


「ああ、これ?そうなのよ~。革細工師があたしのイメージでデザインして作ってくれたの。評判もいいわ。……あ、君もこの剣帯見てた、の?」


「そう。機能的でかつ、繊細なデザインで使えば使う程、味が出て来るようだし、そのベルトの長さと太さも、あんたの身体に合ってるし、似合う。特に重さが片側だけに偏らないようベルトをもう一本増やしてある所が秀逸。長さはやっぱり何度も調整して?」


「ええ、そこはこだわったわ。…なんだ、そうだったのね。女冒険者からはよく聞かれるんだけど、男の冒険者はなかったもんだから、ちょっと誤解してたわ。……って、そうか!君、まだ手が小さくて細い剣しか握れないから、剣帯も限られちゃうのね。だから、この剣帯が目に留まった」


「ああ。どこの革工房の細工師が作ったものか教えてもらっても?」


「もちろん、いいわよ~。結構、いいお値段だから頑張って稼ぎなさい」


「……やっぱりか」


 今は無理でも、いずれは……と腕を磨き、金を貯めて励みにするしかないだろう。

 『恋に落ちた』のだから、早々諦められない。


 



 数年後。

 エアが貯めた金を握り締めて革工房に訪れた時には、既に腕とセンスのいい細工師は王都の工房へと引き抜かれていた。

 それだけなら、王都まで追いかけたのだが、更に数年後、いざ王都に行くと、細工師は行方不明になっていたのだ!革以外の他の細工の出来もよかったのがあだになり、権力争いに巻き込まれて。


 このことでエアは権力者が余計に嫌いになった。

 そして、『初恋』は本当に実らないものなのだと、学習した。




 また更に数年後。

 色々トラブルがあり、左手を失ったものの、超高性能義手を手に入れ、それに魔力タンクが搭載されていたことにより、魔力が少なかったエアは魔法も使えるようになった。

 更に、好奇心の強い研究肌の男に学習環境を用意されたので、エアは錬金術を覚え、色んな物が自分で作れるようになった。


「……あれ?今なら自分であの理想の剣帯を作れるんじゃ…」


 思い立ったが吉日。

 寝ても覚めても思い浮かべていたぐらいだから、形もデザインも心に焼き付いている。後は自分の身体と愛用のショートソードにサイズを合わせるだけ。

 革はワイバーンを使った。物理耐性だけじゃなく、魔法耐性も高く、耐久性もかなりある。

 ジョイント金具やコーナー金具、調節金具はミスリル。すべての荷物を失った場合の備えにもなる。


 そうして、納得が行くまで作り込み、数年来焦がれていた『理想の剣帯』が完成した。


 エアはドキドキする鼓動を感じながら、剣帯を装備する。

 色は結局、濃紺。他の装備の色にも合わせて。金具は輝きを押さえてつや消し加工。細かい傷を付ける加工だが、錬金術ならすぐ出来る。


 全身鏡で見るだけじゃなく、1cmぐらいの球体の飛行カメラを飛ばして全方向から撮影。

 そして、その映像を白い壁に投影した。


「何か違う……」


 サイズと色は違っても理想の剣帯、そのままのハズだ。

 なのに、受けるイメージがまったく違う。

 これはこれでいいのだが、何だか腑に落ちない。


 ――ああ、分かった。あの剣帯はあくまでシーミアにデザインされたもの。エアが装備すれば、イメージが違って当たり前だった。


「あの革細工師、どこかで生きてるといいな」


 あの革細工師がその人のためにデザインしたからこそ、あんなに輝いて見えたのだろう。

 いつか、どこかで会えることを祈っている――――。



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