番外編67 色葉散る村、森の主
ザッ!
乾燥した風が緑を揺らし、枝を鳴らす。
パチッ、ピシッ、ザザッ。
どこからか聞こえる鳥や獣、魔物の声。
チチチッ!クワーッワッ!グアッ!ボーボー。ボボッ!
まるで転調の多い勇ましい曲のように聞こえる。
色とりどりの枯葉がふわっと舞い上がり、サラサラと集まって踊り、カラリ、ユラリとあちこちに寄り道してから、パサリと地面に落ちる。
落ちる。
落ちる。
舞い上がって落ちる。
あちこち回って落ちる。
数えきれない程、繰り返す。
ヒューッ!
枝葉の隙間を縫う風が高い音を鳴らす。
カサ、ザク、カサリ。
いくら気を付けていても、どうしても音が鳴ってしまう。
枯葉が舞う季節は同時に実りの季節。
森の恵みを狙い、魔物も動物も縄張りを出て来る季節でもある。
降り積もる枯葉のせいで、何の足跡も残らない。踏んでバラバラになった枯葉は風に乱され、すぐに枯葉の絨毯になってしまうのだ。
樹皮に付けられた傷、折れた枝葉、踏まれた草を見逃さないように、変わった音、変わった臭いも注意して、いつもより慎重に動かなくては。
なるべく、木々の音に紛れるように。
五感を研ぎ澄まし、何かあれば、すぐ逃げられるよう心構えもしておく。
目当ては薬草と森の恵みの果実。
まずは薬草より分かり易い、甘い香りを辿る。
風にかき消されても、すぐ立ちのぼる甘い香りを。
それが食べ頃の果実のサインだ。
ザッ!
カララララ……。
パサリ、パサリ、パサ、カサ、シュッ、パチッ、カサ……。
クワーッワッ!グアッ!
ヒューッ!
バササ、カサリ……。
ボーボー。
あまりに自然に溶け込んでいたので、最初は気付かなかった。
木の根元に、影のように真っ黒な艶やかな毛皮に包まれた丸い身体。大きい三角耳が付いた小さい頭。よく見れば、長い尻尾を身体に沿わしている。四肢は足の下らしいが、案外、手足のない生き物、という可能性もあるのかもしれない。
今のように目を閉じて、じっとしていると、毛玉の塊にしか見えない。
猫、っぽい何か。
先程までの気配のなさ、気付いた後の威圧感は、到底、普通の猫ではなさそうだ。
かといって、人間が近寄っても反応がないので、魔物でもなさそう。
精霊か妖精か。
何にしても、強者の余裕を感じられる。
何色の瞳なんだろう?
気になったが、これ以上近付くと敵認定されそうなので、そっとその場を離れる。
大丈夫だと思っていても、胸がドキドキする。
背中を向けず、黒い毛玉から目を離さないまま、ゆっくり後ろに下がる。
どの辺りでくるり、と進行方向に振り向けばいいのだろうか。
つるっと
何とか転ばずに済んだものの、より慎重に足を運ぶ。
黒い毛玉が見えなくなった所で、くるりと反転し、足を早めた。
十分に離れた所で、ようやく、深く息を吸い込む。
自覚がないまま、息を詰めていたらしい。
ひょっとして、あれが『森の主』だろうか。
5m近くある大型熊魔物、クルエルグリズリーを崖の上から見たことがあるが、あの猫っぽい毛玉とは迫力が段違いだった。
今更ながら、冷や汗をかく。
喉の渇きを覚え、持って来た水筒の水を飲もうとしたが、もうなかった。
では、水筒のツルを探さねばならない。
近くに安全な水場がないことが多い森の中。
水分を溜めこむ性質の植物もあるのだ。人間が飲んでも問題ないのは、その中の五種類ぐらいだが、十分だった。
すぐ見付けたのは直径3cmぐらいの太めのツル。細いツルで上下をギュッと結んでから、ナイフで上下をザクッと切り離す。せっかくの水分を無駄にしてしまわない手順である。
少し青臭いが、しゅわっとする水で、割と人気があるクルークと言う水筒のツルだった。
喉を潤した後、多めに切って水筒にも溜めておく。
その後、魔物に遭遇しても上手くやり過ごし、果実や薬草や食用野草、きのこといったたくさんの森の恵みが採取出来た。
******
次に『森の主』に再会したのは、フォレストウルフ二匹に追いかけられている時だった。
フォレストウルフは大きめの人間~二倍ぐらいの大きさで、この時のフォレストウルフは二匹とも小さめ。密集した木々をすり抜ける程、小さくはないので、そこが人間には有利な点だった。
しかし、木々にぶつかり、なぎ倒しながらも、諦めず執拗に追いかけて来る。
罠が仕掛けてある所まで逃げ切れるだろうか。
緊張で更に体力が削がれる。
その時、枯葉で足が滑って転んだ!
咄嗟に転がって受け身を取ったものの、フォレストウルフとの距離は縮まってしまう。
ここはもう覚悟を決めて、反撃するしかない。
ナイフを革ケースから抜いて構えた時――――。
グワォオオオオッ!
大きな
ビリビリと肌がひり付く程の威圧。
後ずさりながら、新手か?と上を見ると、枝の上に尻尾の長い黒い猫。
眩しい程輝く金色の目だった。
フォレストウルフはキャンッと鳴き、慌てて走り去る。
普通の猫と変わらないような大きさで、形も猫だが、この威圧も咆哮一つで追い払った所も、やはり『森の主』としか思えなかった。
しばし、見つめ合う。
キラキラと綺麗な金色の目を見ていたいこともあるが、目を離した後が怖くて視線を外せなかった。
助けてくれたのだろうか?
フォレストウルフが森を荒らしたからだろうか?
単にうるさかった、というのもあるのかもしれない。
どのぐらい見つめ合っていたのか、よく分からない。
気付けば、黒い猫の姿の『森の主』はいなくなっていた。
目を離していないのに、どうやって?と不思議に思ったが、『森の主』なら色んな魔法が使えるのだろう。
しばらく、そのまま動かずに周囲を窺い、安全だと分かってから、深く息を吐いた。
立ち上がり、転がって付いた背中や足の枯葉や土をようやく払う。
そして、油断せず、慎重に周囲を窺いながら、森の外を出た。
助かった。
そう実感したのは家が見えてからだった。
******
このサギール村の『森の主』は輝く金の目を持つ黒い猫の姿。
大きさは普通の猫と変わらず、しかし、誰にでも強者だと分かる迫力がある。
時々、森の中で村人が魔物に襲われそうになっている時、助けてくれる。
気まぐれなのか、何か他の理由があるのかは分からない。
小さな村が細々とでも続いていたのは、森の恵みが一年中豊かだったこと。魔物の群れが村を襲撃することはほとんどなかったこと、が挙げられる。
末永く村の守護をしてもらうために、祠を作ってお供えを……という話がたびたび出たが、『森の主』に遭遇していない村人たちが懐疑的で、いつも立ち消えになっていた。
そのせいか、まったく関係ないのか。
数年後、山津波が起こり、サギール村は廃村になった。
その村の出身なのが義手のCランク冒険者で、猫型精霊獣たちと共にあちこちで活躍することになる。
猫型精霊獣たちと猫の姿の『森の主』との関係は定かではない。
ただ、この冒険者が精霊召喚のアイテムを使う際、『庇護』=『猫の姿の森の主』というイメージが影響を与えていたのは間違いない。
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