番外編68 想い馳せし夜空の君
ああ、なんてこと!
絶好のチャンスだったのに、あたしったら、あたしったら、もうっ!
『あ、あなたのものになって差し上げても、よろしくてよ!……い、いえ、もし、あなたがよろしかったら、でいいの……残念だけれど、強制はしないわ』
ツンは控えめに、これぐらいはデレて言えばよかったのに!
声もかけられず、もたもたしてるうちに、「夜空の君」は去ってしまったわ!
ああ、もう!落ち着いて、あたし!
声をかけるのなら、まずは挨拶からだったわ。
『初めまして。ごきげんよう』
これでいいのかしら?古過ぎないかしら?
あの人の好みだからって変なことを教えられてる気がするのよ。ええ、かつての主人なんだけどね。結構、横暴な人で。
仕方なく、渋々と何十年もやっていたら、この口調が戻らなくなっちゃってるの。本当にもう!
まさか、あたしに会いに来て下さる人がいるとは思わなかったわ。
主人に命令されて、【物理・魔法攻撃無効】の太古の昔にいたらしい大妖怪『
『窮奇』は東の端の国の北にある国の妖怪と言われる魔物で、色や姿は様々なんだけど、このダンジョンボスは暗く濁った青に黒い縞、所々に銀の筋が入り、額に捻れた赤い角が二本ある黒い翼の生えた虎なの。体長は約5m。
こんなのをどうやって倒すのよ。
しかも、こうも強いボスのせいで、しばらく、節約モードにしなくちゃならないぐらい、魔力を使っちゃったのに、
……ああ、申し遅れたわ。
あたし、ビアラークダンジョンのダンジョンコアよ。
この輝く青緑色の愛らしい小鳥の姿は分身ね。「夜空の君」の瞳の色とお揃いよ!この色なら目に留めてくれると思って!
本体は7cmぐらいの光る珠に宿っている精神生命体なの。
前の
ああ、もう!どれだけダンジョンがあると思ってるのかしら!だったら、みんな『メイ』じゃない!そんな呼び名で呼ばないでよ!
気に入らないから!
ねぇ、通りすがりの精霊さん、聞いて下さる?
前の
「『ツンデレ』が
前は世間知らずだったから、そんなものかと思っていたのだけれど、どうも違うみたいだし!待遇改善を要求したいわ!もう、手遅れだけど。
前の
あの人がダンジョンマスターになった時にした契約も、その時で解消されているから、何かあって死んでると思うわ。あたしはダンジョンの外で活動は出来ないから、「思う」よ。
使い魔を放って大ざっぱな情報は掴んでるけどね。そのぐらいは許されてるわ。
でも、前の
大規模な内乱が起こって、色んな情報が灰になってしまったせいね。
召喚された異世界人だからって寿命が伸びるわけじゃないし、不老不死になるわけでもないわ。
ただ、異世界人の「ニホン」という国から来た人だと、ものすごく食にこだわるのよね。こちらの世界の方が食材はよかったようなの。でも、料理レベルが低かったらしくて、あれこれ新しい料理や調味料を広めるのに熱心だったわ。
え?何のために異世界から召喚されたのかって?
その時はちょっと周辺の国とバリバリやってて戦時中だったから、戦力が欲しかったみたいだわ。数人召喚した所で、戦況をひっくり返すような戦力にはならないのにね。
過去の勇者がすごい力を持ってたそうだから、期待し過ぎちゃったみたいよ。まぁ、史実は大げさに書いてあるのをあたしは知ってるけどね。
だって、ダンジョンに来る人たちもかなり噂してたもの。
「あの異世界人、ちょっと魔法を覚えるのが早いぐらいで、戦力としては新兵よりマシな程度で大げさ過ぎる」って。
なのに、優遇されてたから、兵士たちにも不満がたくさんあったみたいよ。憂さ晴らしついでに、兵士たちもダンジョンに潜ってたから。
そう、前のダンジョンは、こんなに階層がなかったし、難易度も高くなかったのよ!だって、あまり難しくしちゃったら、人が来ないし、それだと淋しいからね。
なのに、前の
……ああ、ごめんなさい。かつての
つい先程、ダンジョンボスの
せっかくせっかく、お近付きになれるチャンスだったのに!
「夜空の君」、思いっ切りのいい狩り具合だから、前から注目はしてたわ。
21階の湖にいるイレギュラーボス「
虹色光沢がある夜空の髪、希少な宝石より綺麗なエメラルドグリーンの瞳、整った顔立ちに中背、細身の身体。
なのに、戦闘力は破格に高く、スパスパと首を
ああ、知らなかったけど、あたし、面食いだったらしいの。
ゴリゴリに筋肉付けてゴツゴツした身体は好みじゃないわ。
しなやかで無駄なく鍛えられてる…そうね、大型猫系魔物を擬人化したら彼になるんじゃないかしら。
目つきの鋭さは猫系より、何か猛禽類っぽい?感じはするけどね。
それで、あの方の髪色から「夜空の君」と呼ばせて頂いてるわ。お名前は存じ上げてるけれど、見知らぬ者に呼ばれたくないでしょうからね。
そういえば、浅層に来る小娘たちが「夜空の君」を「王子」なんて呼んで、キャーキャー騒いでいたことがあるのよ!
「王子」ってあれでしょ?
身の回りの世話を全部、人にやらせて、靴も一人で履けず、生活能力は幼児以下。こってりとした料理ばかりを好んで食べ、ろくに運動もしないから身体もたるんでいて、でも、優雅に振る舞うことだけが仕事の人!
国の舵取りは宰相の仕事、実務は側近とお役人たちの仕事だもの。
「王子」は容姿がいい人が多いかもしれないけれど、それは見た目がいいと外交でも使えるし、「有能そう」にも見えるからよ。
だからって、国費で何人も妾を囲って、更に色々と見目がいい女性に手を出して子供を産ませてもいる身持ちの悪さは、ないわ。
「王子」の全員がこんなん、とは思いたくないけれど、いい印象なんてないわよ!
「夜空の君」と一緒にするなんて、ほんっと失礼よねっ!
ん?「その人は街で噂になってるSSランク冒険者か?」って?
いいえ、違うわ。「夜空の君」はCランク冒険者よ。世間で言う「貴族が面倒臭いから敢えてランクを上げない派」みたい。
人間のランク付けするなら、窮奇はSSSね。
SSSランクの冒険者パーティが討伐出来るっていう基準。
SSSランクなんて聞いたことがないから、実際、討伐不可能よ。いえ、不可能だったハズなのよ。
本当に「夜空の君」、すご過ぎたわ。
窮奇より上の魔物は、島ぐらいある超大型イカの化け物ぐらいじゃないかしら。核がたくさんあって、細切れにしても一欠片さえあれば再生しちゃって死なないのよね。
ウチでは、全然、無理!魔力が足りなくて設定出来ないわ。相当、年を重ねて魔力を溜めこんでるダンジョンじゃないと無理ね。
それにしても、「ダンジョンエラー」って何なの?
あたしが発生してから何百年かなるけど、初めての事態よ。
ダンジョンコアが想定してないやり方で倒すと、エラーになって希望を述べると、希望通りのドロップが出る、なんて。
ダンジョンエラーのドロップはあたしの管理外のドロップだから、「夜空の君」だけ「ヒイキ」したくても出来ないのよ!
まぁ、「夜空の君」は希望通りの物を出して、ほくほくと喜んで持って帰ってるけど!
悔しい!「夜空の君」を喜ばせるのは、あたしでありたかったわ!
ああ、今度、「夜空の君」はいついらっしゃるのかしら?待ち遠しいわ。
「夜空の君」、1階から5階のほぼ食材フロアもお気に入りだけど、23階の海フロアも25階の牧場フロアも気に入って下さってるから、絶対、また来て下さるのは確定よ。
ふふ。こんなに食材ばかりのダンジョンなんて、他にはないでしょうね。
前マスターには「こんな所まで中々冒険者は来ないわ!もっとレアな素材も増やしなさいよ!」と散々文句を言ったけれど、あれでも異世界人、先見の明があった、ということね。
今度こそ、今度、「夜空の君」がいらした時こそ、声をかけるのよ!
頑張れ、あたし!勇気出すのよ!
で、でも、こんな精神生命体に声をかけられると、「夜空の君」、困らないかしら?
出来れば、ダンジョンマスターになって、末永く添い遂げたいわ!……なーんて、引かれないかしら?
ううん!異種族間恋愛なんて、よくあることだものね!
持参金はこのダンジョンすべてだから、かなり破格でしょ?
しかも、「夜空の君」の望み通りの理想のダンジョンに出来るし、あたしだってあの方の望む「身体」を作れる、超優良伴侶よ!
子供だって作れちゃうわ!言葉通りに。魔法生物だけど!
ああ、本当に待ち遠しいわ。
「夜空の君」、なるべく、早くに来訪して下さらないかしら。
指折り数えて待っておりますわ!
あたしに指はないけれど、「夜空の君」も義手ですもの。お揃いですわね!
……あら?いつの間にか、通りすがりの精霊さんがいなくなってるわ。
挨拶もなく、いなくなるなんて失礼ねぇ。
今度来たら、意地悪しちゃおうかしら。
エイブル国ビアラークの街にあるビアラークダンジョン。
食材豊富なこのダンジョンを管理するのは、一風変わったダンジョンコアだというのは、まだ誰にも知られていない――――。
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