番外編69 手をとりて 煌めく古都や ささめ雪

 今日は寒いな、と思っていたら、日が落ちる頃には小雨が雪になっていた。

 傘は差さなくてもいい程度のパラパラと細かい雪に。


「いや~雰囲気が盛り上がって来たね~♪」


 クリスマスのイルミネーションやツリーに積もって行く粉雪。場所は京都。

 古都の風情ある街並みに、緑と赤と金は意外に映える。


 少しフォーマル仕様で英樹はカジュアルスーツ、茜はワンピースにパンプス、爪もワンタッチで付けるネイルチップ。行き先は洋館のフレンチレストランだ。

 おお、デート日和だ♪とレストランもホテルの斜め前の超近距離で、タイツの足でも寒さが気にならないだけに、茜は大喜びした。

 愛する旦那と手を繋いでるだけでも嬉しいが、デートでこれ程いいシチュエーションに恵まれたことはない。……嘆くべきだろうか、と少し思ったがスルーする。


「日頃の行いがいいおかげだな、茜の」


「でしょ~♪」


 すごいクリスマスプレゼントをもらった気がする。

 イルミネーションも楽しみながら少しゆっくり目に歩いても、信号が変わるまで待って道を渡り、すぐにレストランに到着。


 結婚式場と併設されたレストランだが、分かり易く案内板が出ている。

 平日の七時少し前という夕食時に、何かの集まりやパーティなんてやってるわけがなく、式場の方は打合せに来たと思しき人たちが数人いる程度だった。レストランへと流れて来てるカップルも当然いるだろう。


 クロークでコートを預け、席に案内してもらうと、だだっ広いフロアの真ん中の真ん中といった位置だったが、天井が高くテーブルとテーブルの間が広いので、狭い印象はない。


 季節のおすすめコースにグラスシャンパンが付いてお一人様五千円(通常約七千円)というお値打ちさなものの、何も選べないワケじゃなく、前菜とスープと食後の飲み物が選べるようになっている。


 迷ったが、前菜は茜は海の幸マリネに、英樹はクラシックミートパテにし、スープは二人ともオニオングラタンスープにした。食後はコーヒーで。

 メインは季節の魚のパン粉焼き、フルーツトマトサルサ、仔牛とパルマ産プロシュートのバルケット、とメインが二つでデザートのクレープシュゼットで五品となっている。

 すぐにグラスシャンパンが運ばれて来たので、まずは乾杯。


「少し早めにメリークリスマス」


「乾杯」


 コンッと軽くグラスを当てて口を付ける。


「うん、アルコールキツイわ」


 はい、と茜は英樹にグラスを寄せた。

 味自体はまぁまぁだと思うが、「シャンパンってこうだっけ?」な感じもする。


「結構度数が高いシャンパンみてぇだな。でも、口当たりのいいものだったら、度数が高くても中々気付かねぇから気を付けるように。シャンパンでもカクテルでもワインでも何でも」


「そうも飲まないし飲めないよ~。まぁ、就職したら飲み会に出ないとならないこともあるだろうけど、今のご時世、無理に飲ませたら問題だし」


「一応注意な。女の子を使って酔い潰すゲス野郎もいるから」


 そして、酔い潰した所でゲス野郎にバトンタッチということか。


「…犯罪じゃん。こわ~」


 男女問わず、よく知らない人との食事には気を付けよう。

 ゆっくり目に前菜が来て、すぐにスープ、メインの魚料理と肉料理はほとんど一緒に来たのは、季節のコースだから仕上げするだけになってたからだろう。

 悪い口コミもあったが、それから改善したのかサービスも悪くないし、味も美味しかった。すぐ側に結婚式がやれるホテルがゴロゴロある、という立地なので切磋琢磨したのかもしれない。

 しかし………。


「英樹君、全然足りないよね?単品で追加する?」


 コーヒーが届いた所で茜は訊いてみた。茜でちょうどいいということは、大食らいな英樹にはまったく足りないということで。最低でも二人前は食べるのだ。

 口コミでもボリュームがないというのはあったが、コースによると思っていた。コース料理は品数も多く、普通の一人前より量が多い所が多いが、ここは少し多い程度だった。


「いや、コンビニでいいって。どうせ、夜食も買うし」


「せっかくの旅行なんだから居酒屋に行くのもいいんじゃない?徒歩圏内にも何軒かあるよ。まぁ、かなりお値段がいいホテルのバーはさすがにダメだけど」


 さすがに予算オーバー過ぎる。


「そりゃ分かってるって。そうじゃなくて茜が食わねぇんじゃつまんねぇし、茜は腹いっぱいなんだから美味そうなのが目の前にあったら辛くね?」


「あーまぁ、それはそうか。じゃ、明日はお腹いっぱい食べてね」


 朝はホテルのビュッフェ、昼に予約してるのはリーズナブルな豆腐料理店なので、たくさん食べても全然問題ない。


「ああ。どのぐらい美味いのかも楽しみだな~」


「期待は裏切らないと思うよ。寒くなって来たし」


 豆腐料理店は少し離れた所にしか駐車場がないので、店まで歩く時にしばし寒風にさらされることにもなるだろう。そうなると、温かい料理が尚更美味しいものだ。




「…あ、あのさ…」


 最初の「あ」が大きい声だったので、何事?と茜は思い、さり気なく横のテーブルを見る。

 こちらもカップルだが、年の頃は二十代後半ぐらいか。まだデザートを食べてる所だ。


「うん?…あ、足らんかった?もうちょい足す?」


「足す?…あ、追加か。いや、そうじゃなくて…えーと…転勤する人と結婚しようと思う?」


「相手や転勤する場所によるやろな。相談されたん?一般論?」


「…いや…あー…コホン。結婚して欲しいんですが、いかがでしょうか?転勤は関東でまだ打診の段階だし、独身者で身軽だからってのも理由で候補に挙がってるから、こっちに就職してる彼女と結婚予定だと外されるかもしれない。あ、いや、転勤が嫌だってことじゃなくて、君と離れるのが嫌で…あ、どうしてもこっちにいたいのなら単身赴任でも仕方ないと思うけど、出来れば付いて来て欲しい。転勤でもこっちに残っても社宅になるけど、家族向けは結構広いそうだし、家賃も激安で生活にも余裕が出来ると思うし…どうかな?」


 恥ずかしいからか男は早口で事情を説明した後、恐る恐るといった感じで彼女を見やった。

 クスッと彼女は笑う。


「よかった。こっちにも転勤して来たんやから、また転勤になるかも、その時ウチはどうしよかって思ってたん。うん、結婚しよ」


 彼女は男の手を握り、ニッコリ笑った。笑顔の可愛い人なので男はメロメロっぽい。


「よかった~。ありがと~。じゃ、転勤になっても付いて来てくれる?」


「それとこれとは別やで。いきなり辞めるのは職場にも迷惑やし、あんさんも転勤が本決まりしてるワケやないやろ。こっちも希望を出せば転勤出来るかもしれんから、まずはそこからやで。で、親に挨拶に行って婚約しとこか」


「うん!…って、転勤ありな会社だっけ?」


「たまにあるんや。こういった結婚や親が病気で近くにいたいとかも」




 何とか上手く行きそうなカップルに、小耳に挟んだだけの茜の方がホッとした。それが顔に出てたらしく、英樹が笑いを堪えるかのように手で口を押さえていた。


「何よ?」


「面白いなぁ、と思って。茜、こういったレストランでプロポーズされてみたい?」


「全然。もう間に合ってますんで」


「えー、つれねぇなぁ」


「結婚して三年目なのに何言ってるやら。すぐ事あるごとに口説くし」


 自分の反応が見たい、というだけだろうが。

 茜がそう言うと、隣のカップルだけじゃなく、逆側のもう少し年代が上の夫婦も咳き込んだ。

 会話が聞こえて勝手な想像を否定されただけなのだから自分が謝るのも何か変と、茜は少し戸惑う。



「思い返すと結構惜しいことしてたなぁ、と思って。婚礼衣装の写真どころか、ドレス選びでウンザリして『もう見本写真と顔すげ替えとくだけでいいじゃん』などと嘆かわしいこと言ってた誰かさんだから、シチュエーションに凝ったプロポーズしてたらどんな反応してたか、予想出来ねぇし。ま、実際はそんな余裕なんかなかったワケだけど」


 英樹はまったくスルーして、そんなことを言った。


「すごいさらっと『一緒に暮らさない?』って言ったクセに~」


「言ってから自分でも納得してたようなだったんで。改まってならさすがに緊張したかも」


「えー?それは嘘臭いって~」


 英樹が緊張したのはグアムのチャペル挙式でベールを上げた時ぐらいだ。それも「ティアラにひっかけて破ったらどうしよう」という別の意味での緊張だった。


「分かんねぇぞ。物心付く前から注目されまくりで神経が細かったらとうに病んでるような環境でも、挙式でベール上げる時、思った以上の繊細な作りに『ティアラにひっかけて破ったらどうしよう』とらしくなく緊張したワケだし。だから、改めてプロポーズってなると、この先の人生左右するような言葉なんだからって色々考えただろうし、予想外の反応しかしねぇ茜だと『恋愛と結婚は別』とか言うかもしれねぇから、怖くもあって、でさ」


 ベールのことを英樹も思い出してたらしい。


「そんなこと言わないよ~。ベールは違う緊張じゃん。相手の返事が怖い緊張とは違うでしょ。ベール破ってもそれはそれで思い出になるからよかったけど、親身に選んでくれたお店の人にはちょっと申し訳ないとは思っただろうね」


「え、茜は別にショックとか哀しいとかなかったワケ?幸先悪ぃし」


「それで厄落としになった、という解釈も出来るじゃん。だいたい、わたしも怖くてものすごくドキドキしながら触ってた繊細なベールなんだから破らないようにする方が難しいのが分かってるし、ワザとじゃないならショックは何にも受けないって。あ、でも、その程度のことで英樹君が落ち込んでたりしたらウザイな、とは思うかも」


「ウザイとか言うしさ~。おれの方がデリケートだよな」


「わたしと比べれば、ね。今は結婚式してよかったと思うよ。準備は大変だったけど、過ぎてしまえばそれもいい思い出だね」


「まぁな。結婚したのもよかったし?」


「もちろん。こうやって旅行も出来るし。…あ、来年もクリスマスプレゼントはなしで前後に旅行にしようよ。就職したら中々になっちゃいそうだし」


 そのぐらい奮発しても全然いいと思う。

 就職したら今までのように日にちをズラすことも出来なくなり、混雑しまくりのゴールデンウィーク、お盆休み、年末年始に出かけるしかなくなるだろう。新人が有給休暇を使いまくれるワケがないだろうし、その辺は就職してみないことには分からないことだ。


「いいな、それ。恒例にしたい所だけど、ちょっと厳しいか。じゃ、来年は北海道?」


「北海道もいいよね~。毛ガニが食べたい」


 冬の北海道なら毛ガニを始めとした海鮮でしょう。


「冬場は飛行機が飛ぶかどうか、着陸出来るかどうかって辺りが気になるけど、早い時期でも雪があってスキーが出来るって辺りがいいよな。夏も涼しいそうだから惹かれるけど」


「無茶苦茶広いから、限られた旅行日程の中、どこに行くか迷いまくっちゃうだろうけどね。その辺は下調べして予算と照らし合わせてじっくり選ぼうよ。同じ予算ならもうちょっと近い所で連泊というのもありだと思うし」


「日帰りと混ぜて色々行くのもありか。そういったことを考えるのも楽しいよな」


「うん♪」


 ゆっくりと食後のコーヒーを楽しんでから精算してレストランを出ると、もう雪はやんでいた。

 お腹いっぱいだし、温かい室内で十分に温まったので寒さも気にならない。

 末端冷え性な茜は近距離外出でも手袋を持って来ていたが、いらないぐらいなので、なしで手を繋ぐと、ん?と英樹が手を引き、他の客の邪魔にならないよう道の端に寄った。


「手、いつになくぬくいんだけど、体調悪い?」


 英樹は茜の前髪をかき上げて額同士をくっつけた。


「ううん、絶好調。十分温まったからじゃない?」


「それにしたって、ちょっと飲んでるおれが分かる程体温高いって…あ、茜もちょっと飲んだからか。最初の一口だけ」


「あははははは」


 なるほど。そういえば、そうだった。あのシャンペンは、思った以上に度数が高かったらしい。


「よし、さっさとコンビニに行ってホテルに戻ろうぜ」


 英樹は茜の手を引いて歩き出した。


「え、平気だよ。そんなに酔ってないって。ちょっとゆっくり散歩しようよ。それと、歩くの速いよ。こっちはスカートでパンプスなのに」


 茜はあまり履かないパンプスで、路面が濡れているので滑らないようにも気を付けないとならない。足が長い英樹にしてはゆっくり目に歩いているのだが、それでも速い。


「あ、ごめん」


 ゆっくりペースに歩く速度を落とすと、すぐにすいっと肩を抱かれて引き寄せられた。前後して男が足早に追い抜かして行く。


「…あ、邪魔してた?」


 人通りが結構あるので特に変わった音もなく、茜は全然気が付かなかった。


「いや、相手が急いでただけ」


 気にし過ぎと笑った英樹は、茜の頭を撫でてから手を繋ぎ直した。改めて何かいつもと違うような気がするのは、茜の体温が上がってるからか。


 社会人になると、どうしても会える時間が減るので、手を繋ぐ時間も減ってしまうことだろう。その貴重な機会は大事にしたいと茜は思った。




  ******




「…ということがあったのは覚えているよね?もちろん?」


 アカネはまずは確認をしてみた。

 プロジェクターの魔道具『ロジェ』で結界スクリーンに、『就職する前の年のクリスマス旅行の時の映像』を映し、旦那に見せたのだ。

 魔法のあるこの異世界では、簡単に記憶から映像が作れる。


異世界こっちに来てからは、一緒にいる時間はたっぷりあるのに、手を繋ぐ機会が減ってるのは、どういったことでしょうか?」


 そして、問題提起する。

 旦那の本名は「英樹」なのだが、あまりにこちらではそぐわない名前なので、呼び名はシヴァ。

 そのシヴァと手を繋いでゆっくり散歩することが、アカネは相変わらず好きなのだ。


「街中だと何かあった時のために、手は空けておいた方がよくね?おれはともかく、まず物理攻撃をしようとするアカネは」


「この超安全なマスターフロアでも、同じくな『ホテルにゃーこや』のオーナーフロア、客も従業員もいない時でも、手を繋がないから言ってるんだけど?つまり、のんびり過ごしてないってことだよ!」


「……あー確かに、何だかんだと立て込んでたしな。じゃ、早速、お手を拝借」


「それは一本締め!」


「奥様、お手を」


「よろしくてよ」


 優雅に手を差し出すシヴァに、アカネも気取って手を置くと、手を握られた。そして、温泉宿風自宅を出て、すぐ側のプライベートビーチへと散歩に出かける。


 こんな茶化した会話も久々なのだ。

 好奇心旺盛で研究者気質で物作りも大好きな旦那を持つと、ちゃんと休ませるのも、構ってもらうのもズバッと指摘せねばならない。

 気が利かない旦那を持つと、中々に大変である。


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快適生活の異世界【番外編】 蒼珠 @goronyan55

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