番外編45 にゃーこや店員Aが教えるふわふわケーキレシピ

「ねぇねぇ、Aさん。この前作ってくれた、十字が入ったふわふわケーキってどうやって作るの?」


 『ホテルにゃーこや』従業員兼Dランク冒険者のサーシェは、教師役でもある店員A…アカネにそう訊いた。

 本館一階の図書室で客になるラーヤナ国・エイブル国の貴族の階級や勢力図の講義が終わった後のことである。

 子供ばかりの従業員の中では年長組で、もうすぐ十三歳になるサーシェは冒険者活動もしているため、中々時間が取れず、補習講義だった。

 街中の依頼は一人で受けて経験を積んでいるのだ。


「まず材料を量って、小麦粉はフルイかザルでサラサラに細かくして、バターは少し温めて溶かす。卵は黄身と白身と分けて、それぞれよく泡立てて砂糖を入れて黄身の方にバターを入れる。最後に全部合わせて泡を潰さないようさっくりと混ぜて、型に入れて焼く」


「……簡単に言い過ぎじゃない?他のケーキとの違いが分かんないんだけど…」


「ケーキの作り方の基本はほとんど変わらないんだよ。材料の比率が変わって来るだけでね。ふわふわにしたいのなら泡立てて空気を入れる。その代表がシフォンケーキだね。軽い食感なのはバターじゃなく、植物油を入れるから。バターを多く入れるとしっとり。パウンドケーキがそうだね」


「じゃ、この前のふわふわケーキはバターじゃなく植物油だったの?」


「七割ぐらいはね。ちょっとしっとりして欲しかったからバターも入ってたよ。でも、ちょっと物足りない人もいそうだから、食べる時にバターと蜂蜜も添えたワケね」


「うん!バターって言うんだっけ?冷めかけのケーキにバターも美味しかったよ!」


「そもそも材料がいいヤツばかり、っていうのもあるけどね~。市場で簡単に手に入る材料でケーキを作るのなら、まず小麦粉の製粉からやらないと、ちゃんと膨らまないよ」


「え、そうなの?せいふんって?」


「粉にすること、なんだけど、市場の小麦粉は粉になってても荒かったり、別の粉が混じってたりもするから、お菓子作りには向かないの。だから、製粉をやり直してキメの細かい粉にすること。石臼で挽いたり、乳鉢で潰したり、目の粗さが違うフルイを用意して何度もかけたりする。細かく粉砕する魔道具は持ってない人が多いからね。錬金術が使える人はもっと少ないし」


「そういった魔道具もあるんだね。…あ、お砂糖もバラバラな感じだよ?こちらも揃えるの?」


「不純物が混ざってる感じならね。ただ荒いだけなら、砂糖は温めて溶かしちゃえばいいよ。甘いものなら蜂蜜やジャムだっていいんだから」


「それはよかった。でも、市場の物で作ろうとすると下準備からして大変になっちゃうんだね。…あれ?オーナーが用意してくれるいい材料って、どこから手に入れてるの?市場では買ってないの?ダンジョンドロップの食材があるのは知ってるけど、小麦や米まであるの?」


「ダンジョンでドロップしたり、採取出来たりする所もあるけどね。オーナーは人里離れた所に大農園や牧場があるんだよ。食材は市場でも買ってるけど、そのままで使うことはあまりない。そこから増やしたり、美味しくなるよう改良したりもしてるワケ。植物の改良はだいたいわたしがやってるよ」


「植物の改良って?」


「分かり易い所だと、土や水を変えて育ててる。それだけでも育ち具合も味も実の大きさも違って来るんだよ」


「ええ!そうなんだ。でも、植物が育って食べられるようになるまで、時間がかかるよね?じれったくない?」


「そこは成長促進の魔法を使うの。でも、魔法を使い過ぎても普通に育たなくなっちゃたりするんで、程々具合を見極める必要があるんだけどね。逆に意外な効果が出たりすることもあって、面白いよ」


「そうなんだね。その植物の改良でケーキ作りが楽になったりはしないの?果物みたいに、最初から甘いお菓子がるとか!」


「あったらいいけど、そこまでの改良は難しいよ。まぁ、魔法がある世界だから魔法植物にして、とかやれば出来るかも、だけど…」


「それ、すごくいい!」


「ただし、植物だって生き残らないとならないんだから、食べ尽くされちゃいそうだとダメダメでしょ。

 わたしたちの故郷だと簡単にホットケーキが作れる粉が売ってたんだけどね。ホットケーキってパンケーキとも言うんだけど、ホットケーキミックスとは言っても、何故かパンケーキミックスとは言わなかったなぁ。そういった名前の商品もあったんだけど、そんなに知られてなくて」


「え?簡単にケーキが作れる粉って後は水だけでってこと?」


「うん、水だけでも美味しかったよ。粉末にした牛乳とバターが混ざっているミックス粉もあったけど、美味しくなるよう色々と研究されていた商品ばかりだから」


「じゃ、ふわふわケーキも水だけで作れちゃうの?」


「作れるけど、卵と砂糖は入れた方がいいね。でも、泡立てなくてもふくらむよ。ベーキングパウダーっていう重曹から作ったふくらし粉がミックス粉に入ってるから…って、まだ難しいか」


「うん。パンをふくらませるのは何だっけ?」


「イースト菌。こちらでは『パンの種』という名前で乾燥させたのが売ってるよ。家庭でも使ってるのかどうかは、調査不足なんだけど」


「パンは買うものだと思ってる人ばっかりだよね」


「そうなんだって。小さい村だと焼いてるハズなんだけど。あ、『パンの種』とふくらし粉は別物だよ。発酵させなくてもふくらむのがふくらし粉。ふくらし粉を使ってもパンが焼けるよ」


「何で発酵させなくてもふくらし粉はふくらむの?」


「科学的な説明が欲しい?難しーい知識」


「…そっか、遠慮しとく。違うって分かってればいいよね」


「そう。ミックス粉は自作も出来るよ。粘りの少ない小麦粉と砂糖と少しの塩とふくらし粉を混ぜるだけ」


「んん?最初から作るのと変わらないでしょ?」


「量る手間が省けるだけでかなり違うよ。ミックス粉からふわふわケーキを作ってみる?」


「うん!」


 そうして、アカネとサーシェは図書室から二階の客室の一室に移動した。

 キッチン付きの部屋もあるのである。

 従業員寮の食堂で作らないのは、他の従業員たちも作りたがって食べたがって、収拾がつかないのが分かっているからだ。

 みんなで作るのは次回に。


「はい、まずは材料を揃えましょう。わたしが持ってるから、今日はこれでね」


「はい!」


 まず、ミックス粉を作る。

 薄力粉、砂糖、塩、ふくらし粉を混ぜる。薄力粉はフルイかザルでサラサラにする必要はないが、やった方がふくらみがいい。

 作ったミックス粉はアクリルもどき瓶に入れて保存する。

 在庫が十本もあれば、しばらくは大丈夫だろう。


 ボールに卵二個と溶かしバターと油、あれば牛乳、なければ水を入れて、泡だて器で混ぜる。食事系パンケーキも作れるようミックス粉の砂糖は控えめなので、ケーキの場合はここで追加。ふくらし粉があるので、卵を泡立てる必要はないが、偏らないようよく混ぜる。


「で、ミックス粉を入れてさっくりと混ぜる。さっくり、がシヴァオーナーにもよく分からないみたいなんだけど、この混ぜ方で仕上がりが違って来るのは確かだね。混ぜ過ぎないのがコツなんだけど」


 さっくり、さっくり、とアカネはゴムベラで生地を混ぜて見本を見せると、ボールをサーシェに渡す。


「さっくり、さっくり」


 サーシェも声に出して言いながら生地をさっくりさっくりと混ぜる。


「で、チョコチップやナッツ、ジャムやドライフルーツを入れるのなら、ここで混ぜる。型に入れてから上に乗せると焦げ易いから後乗せにした方がいいよ。今日は基本のプレーンね」


「はい!で、型に生地を入れて鉄板に置き、180℃に温めておいたオーブンに入れればいいの?」


「そう。型には油かバターを塗ると型離れがよくなる。故郷だとクッキングシートっていう焦げ付かない便利なものがあったから、それを敷いてたよ。こっちでも耐熱素材はあっても、料理に使うより防具にしちゃうからね」


「…高い素材ってことだね」


「だね。…はい、生地を型の七分目まで入れたら、少し上から落として空気を抜く。で、生地の入った型を鉄板に並べて、火傷しないよう気を付けてオーブンに入れて」


 ミックス粉150gで、直径10cm×深さ5cmのグラタン皿で三つ分出来る。


「はい!」


「で、十分。ふくらみ始めた所で一旦取り出して、キッチンハサミでちょきちょきと十字に切れ目を入れる」


「見た目がいいから?」


「それもあるけど、キレイにふくらませるため。ほら、十分ぐらいだと上の方しか焼けてないでしょ?これが蓋になっちゃうの。それで、変に飛び出たりしちゃうからね」


「そっか。で、切れ目を入れたらオーブンに戻せばいいの?」


「鉄板をくるっと回してからね。どうしても焼きムラが出るから」


「分かった」


 そして、再び焼いて十分ぐらい。焼き時間はその時の気温や室温にもよるので、ちゃんと様子を見ること。


 後は出した物の片付けをして焼き上がるのを待つだけ、だったのだが……。


「がう!」


 テーブルの影から深緑豹が出て来た。

 シヴァオーナーの獣魔のバロンである。

 甘いものが大好きで鼻もいいバロンなので、正に嗅ぎ付けて来たのだろう。


「じゃ、バロンにはわたしのケーキから半分あげるよ。街に行く時に送迎してもらってるしね」


 注目度が高い『ホテルにゃーこや』なので、出入りは慎重にしている。馬車や徒歩だとどうしても尾行がつくので、影転移が使えるバロンやアカネ、シヴァの分身が送迎していた。

 もちろん、バロンには普段から労っているし、ご褒美もあげている。

 まぁ、それ以上に甘いものが大好きなので、機会がれば来るワケだが。


「んん?三つあるんだから、バロンに丸ごと一つあげなよ。しっかり働いてくれてるしね」


「って、Aさん、Bさんの分は?」


 店員B…にゃーこやオーナーであり、アカネの旦那でもあるシヴァのことである。暫定名が従業員たちの呼び名になっていた。


「とっくにお菓子在庫をいっぱい持ってるから問題なし」


「でも、Aさんが持ってる材料を用意したのはBさんでしょ?」


「そうだけど、その程度でごちゃごちゃ言わないって」


 身内や仲間には気前がいい男なので。


 やがて、ふわふわケーキが焼き上がった。

 熱耐性があるバロンには、熱いまま、ふわふわケーキをあげても問題ないので、ちゃんとバターと蜂蜜をトッピングしてから、あげる。

 とろりととろけるバター、甘い蜂蜜の香りが何とも言えない。

 バロンはものすごく嬉しそうに食べ始めた。


 サーシェは熱耐性がないので、もう少し冷めるまでお預け。

 しかし、その待つ時間も楽しいらしく、にっこにこだ。

 どっちも可愛いなぁ、とアカネもにっこにこ。


 とても幸せな空間だった。


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写真あり☆

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