番外編46 療養は仕事 ―434話NGテイク―

 元公爵令息サジェスが生死の境をさまよったのはたった十二日前。

 その前も長いこと寝込んていたので、すっかり筋肉が落ち、体力もない。

 まだまだ療養が必要な自覚はあっても、サジェスは思う通りに動かない身体に苛ついてるようだった。


「ねぇ、スタミナポーション、持ってない?」


 ラーヤナ国王都フォボス。『ホテルにゃーこや』従業員宿舎食堂。

 サジェスの食事のトレーを運んで来た十一歳のマシューに、お礼を言ってからサジェスが訊く。


 サジェスはまだ固形物は負担になるので、消化のいい柔らかい食べ物で栄養豊富な病み上がり特別メニューだ。

 おかゆ、パン粥からようやく、雑炊に。今日は魚介類たっぷりだが、かなり細かく切ってあるものだった。


「Bさんなら持ってるだろうけど、くれないぞ。ポーションの類、体力がなくなってる時には毒になるし」


 自分の食事のトレーをサジェスの隣のテーブルに置いて、座りながらそう答えた。


「え、そうなの?」


「そうだよ。ポーションって元々身体にある治る力を強くするだけだから、病気にはあまり効かないんだよ。治る力も弱まってるから。特に病み上がりは絶対に使っちゃダメ。スタミナポーションは心臓が止まりかけの時だけ、ちょっと使うとリズムが戻ったりするそうだけどな。それだけ強い薬なんだって」


「そう、なんだ…え、それ、こっちの国では普通に知られてることなの?」


「ううん、ウチの…『にゃーこや』の従業員なら知ってること。正しい知識を教えてもらってるから。サジェスの病気を治したことで、知識の正しさは証明してるだろ?」


「うん。でも、みんなもそういった知識があるとは思わなかったよ。いずれは、お医者さんとか薬師とかになるの?」


「いやいや、まさか。可能な限り、ここで働きたいよ。ポーションのことは基礎知識というだけ。間違った使い方してる奴らばっかりって嘆いてたからな~Bさん」


「Bさんって店長?」


「そう。一斉に雇われて、ほとんど子供だから誰でもすぐ覚える暫定名前だったらしいけど、定着してる。…ほら、サジェス、食べなよ。そろそろ食べ頃」


「あ、うん。いただきます」


 食事の時はみんなが手を合わせるので、サジェスもそういった作法に慣れて来ていた。

 ただ大貴族令息だっただけに、毒見役がおり、熱い料理を食べ慣れておらず、何度か舌や手を軽くヤケドし、回復魔法が使える子に治してもらっていた。この程度なら身体の負担にはならない。

 さすがに学習したサジェスは、食事が届いても、湯気がそこそこ治まるまでしばらく手を出さない。

 そして、そろそろよさそうな熱さになったら、息でふーふー冷ましてから慎重に口に運ぶ。


「あ~美味しい…」


「あ、そういえば、サジェスがいた国って辛い食べ物が多いって聞いたけど、味が薄いって思わないの?」


「全然ない。ちょうどいい。ぼくは辛いの、元々苦手だったし。こっちの方って薄味な感じ?」


「ううん、色々。『にゃーこや』の味に慣れちゃうと、食べ歩きはキツイかもしれない~。たまにはああいったのもいいんだけどね。雰囲気で美味しいというか」


「味はイマイチってこと?」


「ここはラーヤナ国の王都だから、色んな食べ物があってイマイチなのも美味しいのもあるけど、『にゃーこや』がやっぱり一番美味しいよ。何かすっごく手間と時間をかけて料理したり、調味料を作ったりしてるだけあって。最初は美味しさに驚いただろ?」


「それはもう!ああ、もうダメかな、と思う所まで行ったから、最初の頃は夢だとばかり思ってたし」


 うんうん、と頷きながら、マシューがニカッと笑う。


「自分で食べられるぐらい、元気になれてよかったな」


「うん。でも、すぐ疲れるし、立ちくらみするし…」


「病み上がりだとどうしてもな。まぁ、焦らずゆっくりと休んで、少しずつ体力も付けて行けばいいって」


「先が長そう…」


「取り戻す方が時間がかかるよな~。大して動けなくても、ここは本も見て楽しむものもたくさんあるから退屈はしないよ。サジェス、読み書き計算は大丈夫なんだろ?」


「うん。政治、経済、歴史、貴族年鑑や紋章まで勉強させられてたよ…」


「あ、じゃ、勉強嫌いとか?」


「そうでもないけど、難しい話はもういいって感じかな。もう役に立たない知識しか持ってないんだね、ぼく」


「えー?そんなことないだろ。どの貴族がヤバイとか知ってて紋章も分かるのなら避けるのも簡単だし」


「ぼくの出身、小国群の方なんだけど……」


 遠いので国名を言ってもマシューには分からない、と思ったらしい。

 従業員たちは地理の勉強もしているし、サジェスの出身も周知してあるのだが。


「役に立つって。サジェス、ここにどうやって連れて来てもらったか忘れた?社会勉強ってあちこちに連れて行ってくれるんだよ、Bさん。実際、見て歩いて食べたり買ったりしてるから、その国の情報、すごく覚え易いよ」 


「……ええっと、将来、みんなには外交官みたいな仕事を?」


「ないない。各国のお偉いさんがお客さんなんで、多少は知っとけってだけみたいだよ。ウチに一度でも勤めちゃうともう他で働けないと思うなぁ。待遇も給料もよ過ぎて」


「そうなんだ?ぼく、研修生扱いらしいんだけど、今までかかった、これからかかる費用とかどうなるのかなぁ?」


「あれ?サジェスって従業員見習いってワケじゃないんだ?…Bさん、サジェスって従業員見習いじゃないの?その辺、聞いてないんだけど~」


 イヤーカフ型通信魔道具…インカムでマシューに呼ばれたので、飛行カメラで様子を窺っていたシヴァは、はいはい、と従業員食堂に【影転移】した。


「教えてくれるだけでよかったんだけど…あ、ついでにサジェスの診察?」


「そう、それもあって。サジェスはどうしたい?まずは療養がメインだけど、その後は?領地で学校を開くにしても、しばらくはゴタゴタするだろうし、資金も根回しも勉強もすぐには無理だろ。その間に色々勉強するなら仲間がいた方がいいから、期間限定の従業員をやってた方が手っ取り早いな、と研修生扱いになってるワケだけど。…ああ、費用は将来払いできっちり付けとくから気にしないように。働けるようになったらもちろん、給料も出す」


「え、学校作るんだ?」


「そう。ウチの助力は最低限で、どこまでやれるか、というのがサジェスを助けて育成する報酬替わり。優秀な人材が足りねぇんだよ。結局、ウチの従業員教育、おれらがやってるから、出来るだけ早く新しい教育者に譲りたいし」


「で、Bさんたちは遊んで暮らす、と?」


「いやいや、本業は冒険者なんだよ、おれもAも。教育者だけじゃなく、ここを任せられる責任者が育たないかな~と各地で色々と恩を売ったり、さり気なく導いたり援助したりしまくってるんだけどさ」


「そう簡単に育たないと思う~。知識量が半端ないじゃん!BさんもAさんも」


「そうそう!しかも、無茶苦茶強いし!魔法もすごいし!」


「戦闘力はそこそこでいいし、知識は全部覚えなくていいんだって。優先順位が分かってて、調べたり考えたりすることが出来れば」


「優先順位って?」


「あ、それはぼく分かる。すべてを同時期にやるのは無理だから、期限が短いもの、早急に対処が必要なものから片付ける、んだよね?」


「そう。補足すると、命が最優先。たとえば、ここを襲撃された時、客を守る必要はなく、自分優先でさっさと逃げろ、ということ。宿泊料金に客の安全確保は含まれてねぇからな」


「分かってるー」


「何度も言われてるもんね」


「え、そうなんだ?お客さんを置いて逃げるって、卑怯じゃないの?」


 サジェスはそう思うらしい。


「何で?ぼくたち、護衛依頼を受けてる冒険者じゃないんだよ?騎士でもないし」


「冒険者もやってる従業員もいるけどね。しょくむはーい、とか言うんだっけ?」


「職務範囲、な。緊急時じゃなくても、職務範囲を逸脱しちまうと、他の人の邪魔になったり、色々手を出し過ぎて自分の仕事がおろそかになったりするワケだ。だから、職務範囲を守ることは仕事の基本」


「はい」


「…いやいや、サジェス、まだまだ仕事やれないからね」


 神妙に頷いたサジェスに、マシューがツッコミを入れる。


「しっかり療養するのも仕事。これはサジェスにしかやれない仕事だぞ」


「…はい」


 渋々ながらも育ちのいいサジェスはちゃんと返事をした。

 しかし、あまりに自分の状態の自覚が薄いため、この後もたびたび倒れることになったのだった。



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関連話「434 ぼくのために争わないで…」

https://kakuyomu.jp/works/16817330653670409929/episodes/16817330664174207499


*どこがNGかと言えば、説明臭いからです(笑)。

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