434 ぼくのために争わないで…

 サジェス(マルセリーノ)が生死の境をさまよったのはたった一週間半程前。

 その前も長いこと寝込んていたので、すっかり筋肉が落ち、体力もなく、立ちくらみも起こす。


 だから、食事は消化のいい栄養豊富なものから、運動どころか行動範囲は従業員寮内のみ。それ以上は誰か一人は付き添い、倒れた時に備える。

 結果、サジェスは何度も倒れることになった。


「だから、無理させんなって言ってるだろ!」


「無理はさせてないったら!サジェスはチャリタクに乗せてたし!」


 後部座席に客を乗せることが出来るようになっているので、『チャリタク』と命名していた。

 ドイツで開発されたベロタクシーのように、ロケットのように運転席と座席を庇と風防で覆ったスマートフォルムの三輪自転車である。


「それ!原因それだって!多少なりとも揺れるんだぞ!病み上がりにはキツイに決まってるだろ!」


「そんなの分かってるよ!だから、サジェスを座席には乗せたけど、自転車の運転はせず、横で歩いてゆっくり引いたの!」


「見たことない乗り物に乗せられるのもストレスが…」


「まぁまぁ、二人共落ち着いて。自分のことで言い争われちゃ、サジェスの方がいたたまれないからさ」


 そこで、子供従業員の中では年長になる十二歳のリミトが仲裁に入った。

 サジェスは自室で休んでいて、ここは小上りになった和室の従業員休憩室だが、ちゃんと仲直りしないと、今度会った時、従業員たちの雰囲気がおかしいことぐらいは分かるだろう。


「そうだよ。『療養』とBさんが言ってるのに、ぼくたちがちゃんと分かってなかったのがいけなかったんだよ。いくら、サジェスに頼まれてもね」


「寝込んでたサジェスも、死にかけた実感は薄いワケでさ」


 まぁ、それもあるだろうな、と飛行カメラでやり取りを見ていたシヴァは同意した。一応、サジェスの診察をした後、本館最上階のオーナーフロアに戻ってからのことである。


【寮で何故か喧嘩してるのですが…】


 戸惑ったようにフォボスダンジョンのコア、フォーコから連絡があったので。

 いつも仲がいい従業員たちだが、気心が知れて来たこともあって、時には遠慮なく喧嘩もする。

 お互い善意からの言い争いで、どちらももっともな言い分なのに、どうして言い争うのか、フォーコにとっては理由がよく分からなかったのだろう。


 サジェスが倒れた、と言っても、パタリと倒れて失神してしまう程でもなく、立ちくらみが酷くなって自分で立っていられなくなり、慌てて支えて、身体強化かけてサジェスを背負って運び、寮の自室ベッドへ寝かした…が倒れた内容である。

 体調が悪い時は三半規管も正常に動かないこともあるのだ。


 それに、サジェスは無理矢理、魔力を取り込みさせられていたため、魔力調整器官が上手く働かなくなっており、魔力を安定させるマジックアイテムを着けているが、それでも時々、魔力調整が上手く行かないこともあった。

 生活魔法で魔力を使うことで、その辺りも上手く行くのだが、今日はまだ使ってなかった。


 まぁ、魔力調整器官を鍛えるためにワザと不安定な部分を残した、というのもある。いずれは、自力で何とかしてもらわないと、一生マジックアイテム頼りになってしまうので。

 それでは、万が一、マジックアイテムを誰かに取り上げられた場合、魔力が暴走して何も出来なくなってしまうし、命も危険になる。


 元大貴族令息でも偉ぶった所がなく、ここでの生活で分からないことは年下の平民たちにも丁寧に訊くサジェスは、すぐに他の従業員たちからも好かれていた。

 すっかり痩せてしまった庇護欲をそそるサジェスの外見、境遇の同情も好意的な理由にあるだろうが、その配分はさほど大きくなさそうだ。


 実家のザイサバス公爵家の使用人たちにも好かれていたので、大貴族の血筋だからこそ、そういったカリスマもあるのかもしれない。




 そのザイサバス公爵だが、マルセリーノの葬儀の後、積極的に動き出し、兄の国王が退位して、自分に譲位するよう議会や有力貴族に根回しをしていた。

 やっと動き出してくれたか!と弱腰国王に不満が多かった貴族たちは歓迎し、弱腰国王の方がメリットが多い貴族たちは反抗し、マルセリーノ暗殺に間接的に加担した過激派も暗躍を始め……とかなりゴタゴタしていた。


 甥を失ったことで弱腰国王もさすがに意気消沈し、このままではダメだと動き出したが、退位するのは揉めそうだった。権力にしがみ付きたいのではなく、国が割れるのはよしとしないからだ。

 魔物や他国からの脅威はなく、内政に力を入れられた平和な時代なら、名君と呼ばれる国王になったかもしれない。


 元マルセリーノ、現サジェスの母国…ティアマト国が落ち着くまでは、まだしばらくかかりそうなので、サジェスがしっかり療養し、知識と力を身に着けるには十分以上に時間があった。



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