433 落ち着いたら遊びに来てね!
「ま…マルセー?」
大きな声で呼ぶと消えてしまうのを恐れるかのように、夫人はそっと愛称を呼んだ。
「うん。母上の大事にしていた花を切って持って行ったら、一時間以上怒られたマルセリーノだよ。五歳ぐらいだったかな。黄色のキレイな花だったね。喜ぶかと思ってたから何で怒られたのか当時は分からなくて、悪夢見る時っていつもあの時の夢。一番怖かったんだろうな。改めてごめんなさい」
子供がやり勝ちな失敗である。
「ど、どうして…確かに死んだのもマルセーだったのに…」
「あれ、作り物の人形なの。すごいよね?呼吸して発熱して産毛もあって血も流す人形だよ。生きてないだけで。ひょっとして、ぼく、とっくに死んでる?ってじっくり見た時に思ったぐらい。
ちゃんと生きてるよ。まだ完全じゃないけど、歩けるぐらいには回復した。誰に助けられたか、母上には思い当たることがあるんじゃないかな?たくさん情報を集めてたよね」
マルセリーノはゆっくりと近寄って手を伸ばし、父と母の手を握った。
「『奇跡』…が起こった、の?」
「奇跡じゃないよ。高度な医療技術と薬学、回復魔法のレベルがかなり優れてるから助けられる人が多いだけ。…だけじゃないけどね。店長はそう言ってる。
母上のおかげでもあるんだ。Aランクの冒険者パーティ『裁きの火炎』を呼び寄せてくれたから目立って、この街に来たばかりだったにゃーこやの店長がぼくに気付いた。ぼくはかなり衰弱してたからすぐに保護されて、『裁きの火炎』が最初にぼくに会った時は、もう人形だったんだよ。出来がいいからって回収してたから気にしないで。燃やしたのはいらない物の寄せ集めだって」
「…それは『にゃーこや』の人が言ってたの?」
「そう、にゃーこや。自動販売魔道具で色々売ったり、高級宿を経営してたり、治療ゲリラをしまくって薬も研究しているちゃんと商業ギルドに登録している商会、なんだって。決して謎の組織じゃないからって強調してた」
ふふっとマルセリーノが笑う。
「…聞いてたの?あの時…『裁きの火炎』のリーダーとの会話」
夫人はまだ警戒している感じで訊く。
「そう。店長の目も耳もたくさん、色んな場所にあるけど、その時は使い魔・従魔対策で隠れて待機してたそうで。人間以外の方がカンが鋭いから。…ああ、『裁きの火炎』は人形に気付いてないよ。使い魔と従魔を店長が懐柔して情報を流してたけどね」
「…道理でさくさくと情報が集まると。いくら有能だと名高い冒険者パーティでも、到着したばかりで運良くこれ程の情報を集められるものかと不審に思い、まだ片付けてない勢力のちょっかいかと…」
「ちょっと待って!マルセー、どうしてここに入れたの?今まで以上に警備を固めているハズなのに」
「店長には無意味だよ。どこでも入れる。【影転移】の使い手だから」
「…で、伝説の魔法じゃなかったのか…」
「うん。何か難しい理論を勉強して理解しないといけなくて、覚えるのはかなり難しいそうだよ。それはともかく、今日はお願いがあって来たんだ」
「報酬か!どれだけ払えばいい?いくらでも払うぞ!それこそ、生活出来る最低限だけ残して…」
「いやいや、そこまでいらないって。領地に平民も通える学校を作るための資金と人材が欲しい。ぼくはそこの責任者になって、知識と技術を学ばせて、店長が欲しい物を作れるようになってもらうんだ。
ぼくの病気も医療が発達してたら、どこかの本に治療法が載ってたら、とっくに治せてたのに、そうはならなかったのは貴族が知識や技術、技術者を囲い込んでるからで、失ってしまった知識も技術も多い。それをすぐになくすのは無理でも、少しずつでも改革したいし、ぼくもたくさん学びたい。店長がそういった話をしたからじゃなくて、ぼくも本当にそう思った。
…ああ、ぼくは顔を隠すマジックアイテムで別人になるから、心配いらないよ。新しい名前は父上、母上、どちらかが決めてくれる?」
「では、サジェスはどうかしら?古い言葉で知恵という意味。文献を色々調べた時にいいなと思ってて」
「おお!いいじゃないか。サジェス」
「サジェス。うん、呼び易いし、気に入った。じゃ、ぼく、うちの遠い親戚ってことで、調べられても分からないよう偽装してくれる?そうじゃないと、父上たちと繋がりがあるのが不自然だし、会えなくなっちゃうから」
「早急に手配しよう!遠縁の子がうちを頼るのは普通のことだ」
「上層部の風通しをよくしたら、マルセーに戻ってくれる、のよね?」
「ううん。マルセーはもう死んだままの方がいいと思う。また狙われるだけだし。その辺はおいおいね。まだぼく療養中だから」
「あ、そうよね。椅子も
こちらに、と夫人が斜め左横の一人掛けソファーを示し、マルセリーノはそちらへ座った。
どうしても、どさっとなってしまうのは、まだ筋力が回復してないからだ。
「本当にマルセーなのだな。病み上がりにしか見えん」
「そのままだよ。浮遊魔力を吸収する呪いのせいで魔力制御が壊れちゃって、魔力暴走を起こすようになっちゃってね。今は魔道具で安定させてる。これはすぐには無理だから、じっくり取り組む必要があるそう」
「では、制御出来るようになるまで魔法は使えないのではないの?」
「ううん。そこは調整してくれて生活魔法ぐらいなら問題ないよ。魔力を使わなさ過ぎなのもダメみたいで。しみじみとことん、店長には頭が上がりません。あれだけボロボロだったんだから内蔵も酷かっただろうに、国宝級の霊薬使ってるよね?」
「…そうとしか思えんな」
「にゃーこやの店長は大魔導師だという噂は本当に本当だったのね…」
「あ、その言い方、本人嫌がるからやめてあげて。『よく分からない仕組みで、どうしてこうなるのか分からないけど、思った通りに動くんだから、多分これでいいんだろうな、とか曖昧なこと言ってるのが大魔導師?』だそうで。え、そうなの?と思うけど、事実らしくて」
「…そ、そうか」
「『学習するゴーレムを作ったのに何かそれぞれ自我が芽生えたぞ?』とかもあるらしく。それがぼくぐらいのサイズの猫型ゴーレムのにゃーこなんだけど、すごい可愛いの!本当の猫みたいにそれぞれ個性があって。ロクに動けなかった時にご飯を食べさせてくれたり、着替えさせてくれたりもしたんだけど、もふもふ、ふさふさだし」
「え、人間は?」
「店長以外は見てない。忙しい人なんだよ。でも、もう歩けるようになったんで、ラーヤナ国王都フォボスにある高級宿『ホテルにゃーこや』の従業員寮で療養することになった。にゃーこたちと子供従業員ばかりで変に気を使わなくていいし、温泉があるから身体にもいいんだって」
「ラーヤナ国までっ?どうしてそんなに遠くに。病み上がりなのに何ヶ月もかかる旅は……あっ!【影転移】で?」
「そう。身体の負担は全然ないよ。従業員寮も安宿みたいな汚い古い狭い所じゃなくて、すっごくキレイで便利で機能的だとか。遠くなのは僕の精神的にもいいから、だって。たとえ、影転移でも使い魔でも精霊でも外部からは店長の許可なしで絶対入れない安全な場所だとか。すごいよね。ぼくが落ち着いたら父上も母上もホテルに遊びに来ればいいって。もちろん、送迎付き。高級宿だから覚悟しなよ?」
「…それはもう楽しみにしてるが……聞けば聞く程、にゃーこや店長のメリットがないように思えるんだが、その辺は訊いているのか?」
「うん。長期的に見れば十分なメリットがあるそうだよ。無茶苦茶賢い人の考えは難しくてよく分からないけどね。慈善に見えて打算も入ってるってことじゃないかと。ぼくを救ったことも、これで公爵家の弱みを握り繋ぎも出来たってことだし。まぁ、そんな繋ぎなんてなくても、店長なら革命ぐらい軽くやっちゃうだろうけどね。どう見ても権力に興味ないタイプ」
「それはそうでしょうね。マルセーを救った手段やアイテムがあれば、国家転覆ぐらい簡単に出来るもの」
「そもそも、収穫期に大雨被害が酷く穀倉地帯の半分以上が全滅したサファリス国を立て直した程の大量の食料と資材を、にゃーこやが提供したのだろう?話半分で聞いてたが、それが本当なら世界征服ぐらい簡単に出来そうだ」
「興味ないだろうけどね」
それから、家族でこの先のことをあれこれ話し、侍女が追加の飲み物を持って近寄って来た所で、今回は引き上げることにした。
影の中にいたシヴァはマルセリーノに念話通話で連絡し、明日の夜にまた、とマルセリーノを連れてホテルにゃーこや、従業員寮ロビーへと転移。
既にマルセリーノ、改めサジェスの部屋も服も雑貨その他も用意してあったし、従業員たちにも連絡しておいたので歓迎された。
サジェスは大病した後でまだ療養中なのも教えてあるが、再度、念押しし、後は頼んでおいた。
サジェスは貴族特有の傲慢さはないので、子供たちで勝手に仲良くなるだろう。
「サジェス、お風呂に入ろ~。すごいんだぜ、ここ。温泉だから!」
「身体にいい成分が入ってるから回復も段違いだよ!」
時々、シヴァやアカネが保護して来るからか、従業員たちの対応も慣れたものだった。
サジェスもまずは療養メイン。無理のない所から勉強して行くことになる。
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空気読まずケーキテロ新作☆
「番外編45 にゃーこや店員Aが教えるふわふわケーキレシピ」
https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16818093075570100689
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