435 指先一つで瓦礫の山
五月に入った。
朝夕はまだ冷える時もあるが、昼間はかなり暑くなることもある。
農業が盛んなサファリス国は盆地が多いため、熱が籠もる立地も多かった。
簡単に温泉が出るというのは、それだけ地熱が高いということでもあるのだ。
SSランク冒険者のシヴァが仲間たちと何棟か作った仮設住宅は、あくまで仮設。
半年で取り壊すと最初から仮設住宅の壁に看板を付けたにも関わらず、案の定、このままここに住みたい、とセプルーの街でゴネる住人が十数人出て、ここだけ取り壊し予定がズレていた。
一番被害が酷かったセプルーの街には復興支援で集まって来た人たちのために、全部で三棟作ったが、人が減った時に他の二棟は既に撤去してあった。残っているのは、最初に作った仮設住宅五階建て、五十部屋。
九月の終わり頃に大雨災害で仮設住宅設置、三月いっぱいで取り壊す予定が、今は五月。
問答無用で引きずり出さず、一ヶ月も待ったのは被災者だから譲歩したのと、役人が何とか説得すると請け負ったのもあった。
被災時にかなり活躍した役人ばかりだが、抗議の立てこもりをされてはどうしようもない。
『喉元過ぎれば熱さを忘れる』
このことわざ程、今の状況を的確に表現した言葉はないだろう。
「うるせぇっ!散々、色々寄付した金持ちがケチケチすんな!」
「そうだそうだ!ケチ臭いこと言うな!」
「そうよ!あたしたちはすべてをなくしたのよ!あたしたちがこのまま住んでても、あんたたちにはまったく困らないでしょ!今まで姿を見せなかったんだからさ!」
「取り壊すって言うけど、そんなに簡単に壊せるもんじゃないだろう?仮設だからっていうのは聞いたけど、どこも悪くなってないし…」
「そうよねぇ。悪くなりそうな所だけ補強すればいいんじゃないかしら。やってくれるんでしょう?」
逆ギレ派、現状がいいので補強しろ、とずうずうしい派、どちらも言ってることは自分勝手で、対価の話がまったくない辺り、婉曲な強盗だった。一時的にシヴァの所有になってる仮設住宅を「よこせ」なので。
「…ということなので、問答無用でお願いします。わたしたちも散々、散々、説得した結果がこれで残念です」
有能役人でありツッコミ名人のトルートが神妙に、だが、笑って促した。
「そんなに居座りたければ、そのまま居座ればいい」
久々の夏用黒ずくめファンタジー衣装の派手なSSランク装備を身に着けていたシヴァは、親切に風魔法まで使って声を届かせ、背中の大剣を抜いた……りはしなかった。
パチッ!
指ぬき手袋をはめた左手で、親指と中指で弾いただけだ。別にこんな動作は必要ないのだが、多少の演出は必要。
ゴー………………ガラガラガラガッ!ドガッ!バギッ!グシャッ!ガシャッ!ドシャッ!……ガーンッガーンッ!ガンッッ!!!!
…ガラガラガラガッ!ドガッ!バギッ!グシャッ!ガシャッ!ドシャッ!……ガーンッガーンッ!ガンッッ!!!!
たった、それだけで仮設集合住宅はみるみる崩壊し、瓦礫の山になった!
あくまで仮設住宅なので、基礎部分にシヴァの物理結界が使ってあった。それを解除するだけで、ご覧の通り、瓦礫の山になるのである。
周囲に影響がないよう、ちゃんと結界を張ったので、大量の粉塵が周囲に迷惑をかけることもなかった。
敢えて防音にはせず、音を聞かせたのである。
耳のいいシヴァには大騒音なので、自分の耳にだけ音を絞る結界を張ってあった。
さすがに、ここまで呆気なく壊れるとは思ってなかったようで、立ち会いに来た役人たち、説得の応援や野次馬に来た住人たちも茫然自失だった。
二棟を撤去した時は夜中で、いつの間にか、だったこともあるのだろう。壊してはおらず、そのまま収納に入れただけで、解体はキエンダンジョンの自宅フロアに帰ってからだった。素材は色々と使えるので。
今回も同じようにさっさと収納すれば、いくら立て籠もっていても、空間収納には生き物は入らないので弾かれて取り残された。仮設住宅を収納してから幻影を見せることも出来たが、どれだけ脆い物の中で生活していたのか、思い知ってもらいたかったので。
「基礎の大部分におれの物質化した結界が使ってあった。解除しただけでこれだ。ここまで保つ物質化した結界がそもそも規格外。分析して計算上は問題なくても周囲の環境の影響もある。だから、あくまで緊急措置で、期間限定の仮設住宅だと最初から看板にも書いて警告したのに」
「た…立てこもってた人たちは…」
ツッコミ名人のトルートも、さすがに声が震えていた。
「見ての通り、埋まったな。仮設住宅と運命を共にする程気に入っていたのは、もし、仮設住宅に意志があったら、さぞ迷惑に思ったことだろう」
あくまで、仮設、本来の姿はこれじゃない、と思っただろうから。
まぁ、シヴァも立ち退かなかっただけで皆殺しにする程、極悪非道じゃない。
各自箱型結界に包んでおき、仮設集合住宅が崩れた時に、結界ごと一緒に落ちた衝撃も風魔法で緩和してやった。そうじゃないと、慣性の法則で箱の中身もぐちゃっとなるので。
程なく、パニックを起こして泣き叫ぶ声が聞こえて来た。
こんな自分勝手な連中のために散々労力を使ったのに、更に瓦礫を撤去する救出作業、なんて手間をさせるのは可哀想なので、シヴァは瓦礫の山を粉塵ごと一気に影収納に入れた。
後で捨てるのではなく、素材ごとに仕分けして有効活用するに決まっている。
一旦、影収納に入れてから出す方が簡単なので、自分勝手な立てこもっていた人たちをぽいぽいと出し、結界は解除。
着替え?生活雑貨?そんなのは知らない。放棄したのはこいつらだ。細々あり過ぎてより分けたくもない。
昨夜までに、もう使っていない生活住基のトイレや水道の魔道具、アクリルもどきの窓、各種パイプ類、と抜かりなく回収済だった。
そして、荒れた地面を土魔法で平らに
もう用事がないシヴァはさっさと撤収した。
『恩を仇で返す』
その言葉は、出来ることが人より多いせいか、何かと人助けをすることが多いシヴァは散々思い知っていることでもあった。
慣れているからといって、愉快ではないが。
――――――――――――――――――――――――――――――
空気読まずケーキテロ新作☆
「番外編45 にゃーこや店員Aが教えるふわふわケーキレシピ」
https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16818093075570100689
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます