番外編47 難癖から始まる女王戴冠
注*あったかもしれない未来の話。
ザイル国王都カルパブート。
シヴァが人工騎竜から降りて入街審査の行列の最後尾に並ぶと、いつものように順番を譲られたのだが、今日はちょっと違っていた。
どう見ても高そうな貴族の馬車がいたのだ!
他国と違い、ここでは徒歩も馬車も一緒の出入口に並んでおり、貴族専用の出入り口も特にないようだった。
どうなるのか、とシヴァも内心ワクワクしながら、歩みを進めると、貴族の馬車の護衛が譲り、御者も譲ったが、通り過ぎた所で、
「ちょっと待ちなさいよ!何であんたなんかに順番を譲らないとならないのっ?わたくしは王女よ!わたくしだって並んでるのに、何で並ばないのよっ?何で譲られるのっ?おかしいじゃない!だいたい、平民のクセに…平民?」
とそんな風に馬車の中の主が窓を開けて叫んだのだが、シヴァが振り返ると疑問系で逆に訊かれた。
「ひ、姫様!おやめ下さい」
「も、申し訳ございません。世間知らずの姫がとんだ失礼を致しました。些少ではありますが、心ばかりのお詫びを…」
騎士のリーダーらしき人が懐を探る。金で済まそう、と?
「いらん。おれはどう見える?」
シヴァはちょっと訊いてみた。
「SSランク冒険者のシヴァ様でいらっしゃいますよね?」
「わたしも噂のSSランク冒険者は貴殿だと思いました」
認識阻害仮面をしてないと、やはり、何か補正が働いているらしい。
「…え、えす、SSランク冒険者ぁ?うっそ、今はずっとずっと南のサファリス国にいるって聞いてるわ!ここにいるワケないじゃない!」
思い込みが激しいからか、姫には補正が利いてないのだろう。
「姫様、シヴァ殿はものすごく早い騎竜に乗っている、というのも有名でしてな。先程、後方で騒いでいたのもそのせいでございましょう」
「空から直接街に降りられるにも関わらず、律儀に列に並ばれるのですから、順番ぐらい譲るものでしょう」
「そうじゃなくても、次々とダンジョンを攻略してスタンピードにならないよう防ぎ、貴重なレアアイテムを放出し、時には無償で人助けも数々しておられるのですから敬意を払って当然です。数年前のサファリス国の大雨災害でも多大な尽力をなさったとか」
…何か違う人の話が混ざってそうだ。
いや、間違っていないのだが、公にはしてないことの方が多いので。
「だからって、全員が全員、それを知ってるワケじゃないでしょ!何で順番を譲られるのよ?」
スキルのせいだが、スキルを切ってもスキルが生える前からも、順番を譲られているので、その理由は不明としか言えない。
「おれにも理由は分からん。何なら訊いて回ったらどうだ。この騎士たちのような理由があるのか、理由なんかなくて何となくか、他の理由か、気になるのならな。そんな暇があるなら王族の勤めとして、民の生活をよりよくしようと尽力したり、災害対策や生活困窮者に対する支援体制の見直し、とやることは山程あるように思えるが?話題になってる公爵令嬢のように。
平民に食わせてもらってる分際の王族が平民たちの前で見下す発言するのも、国の顔としてマズイと考える頭もなさそうだ」
「なっ…何様よっ?不敬だわっ!お父様に言いつけてやるから!」
またそのセリフか。
「はっはっは。間に合うといいな?そのお父様」
引きずり出さなくても影の中に落とせるのだが、周囲に見せつけるためである。
「先に行くぞ。製造元に返して来る」
騎士たちは怒られるだろうが、王女の暴言も止めなかったのだから仕方ない。
あんな態度で今までよく生き残ってたものだ。世間の厳しさを知らなさ過ぎる。王女だからこそ、平民のような砕けた口調では権威も気品も何もない。
シヴァに順番を譲るのがおかしい、という意見だけは同感だが。
「騒がせたな」
他に並んでる人たちにそう言うと、シヴァは軽く地面を蹴って跳び上がり、足場結界を蹴って更に加速した。向かう先は王宮だ。
スタンピード被害が重なったので、ダンジョン側の街から離れた所に王都を移した、という歴史的背景がある。だからこそ、空からの魔物も当然警戒している、と思っていたのだが……。
この王宮もザルだった。
王族を守る近衛や宮廷魔法使いが何故いるのか、問い詰めたいぐらいに。
決して、シヴァが求めるレベルが高いワケではない。
ダンジョンが他の国よりもたくさんある、というだけで、夏が短く雪に閉ざされる期間が長いザイル国は、攻め込んでも旨味がないので、外敵がいない、ということもあるのだろう。
国土は広くても山ばかりで人口も少ないため、比例して目ぼしい人材も少なくなり、更に栄達を望む者は国を出る、という悪循環となっている。
改めて考えてみても、第三王女程度でよく威張れたものだ。第三王女だからこそ、教育にも力が入っていないのか。歴史的にもザイル国王族は他国と政略結婚するのは稀で、欲しがられもしないため、臣下に降嫁するのが大半だった。
だからか、ザイル国の王族は容姿的にも普通過ぎる程普通。品種改良のごとく美男美女がかけ合わされて行くため、一般的に王族と言えば美形で、歴史のある貴族も同じくなのだが。
…ああ、だから、美形とよく言われる素顔のシヴァを見て「平民じゃないかも?」と迷ったのか。
まぁ、ともかく、国王の執務室にお邪魔しよう。
【魔眼の眼鏡】や【千里眼】で探らなくても、王宮の構造はどこも似たり寄ったりなので、目星を付けた所に『国王の護衛』がいたので、すぐに執務室が分かった。出入口で揉めるより、その前に中に入ろう。
十人並みの容姿のくたびれた中年のおじさんが書類を見ていた。
ここが役所でも違和感のない光景だが、ステータスチェックするとちゃんと国王だった。気苦労が多そうだ。
「こんにちは。執務中の所、いきなり悪いな」
「…だ、誰だ?」
「SSランク冒険者のシヴァだ。貴殿の娘に絡まれたので製造元に文句を言いに来た。世間知らずにも程がある。よく今まで殺されなかったな、と感心する程だ。…ああ、この娘だ」
シヴァは影収納から頭だけ出して見せた。国王の執務机の上で。
うるさそうなので、口から下は影の中だ。ぎょっと目を見開いてはいるが、人相は分かる。
「と、トロワーヌ……。なっ?どういった状態なんだ?これは」
「影魔法だ。影の中が収納として使えるのは知っているだろう?途中で止めているだけだ。痛い目を見ないとこのタイプは学習しない。おれが温厚でよかったな?」
「…ああ、すまん。申し訳ないことをした。どうもワガママに育ってしまって。貴殿にどういった失礼を働いたのか教えてくれないだろうか」
一国の国王が簡単に頭を下げる。
まぁ、シヴァが簡単に侵入していて、見たことのないような魔法を使っている所からしても勝ち目がない、という判断は正しい。
「じゃ、最新技術で見せてやろう」
飛行カメラでちゃんと録画していたので、白くした結界をスクリーンにして映し出して見せた。ちゃんと音声も拾っており、最初からやり取りが映し出される。影に沈めて騎士に声をかけた所までだ。
「…トロワーヌ…お前は……」
リアルな映像に驚いていた国王だが、終わる頃には頭を抱えていた。
「シヴァ殿。本当に申し訳なかった!娘はまだ子供で…」
国王も甘やかしてるのか、やはり。あのセリフからしてもそうだろうとは思ったが。
「十七歳が子供、か。十五歳で成人なのはどの国も同じなのに。精神的に幼いという意味にしても、迷惑をかけられた相手には関係ない。そんなことが理由になると思うなよ。で、どうするつもりだ?一国を消し去ることも可能な相手に対しての暴言の代価は?」
「け、消し去るとは…」
「比喩ではなく、言葉通り。この街すべてを消し飛ばす極大殲滅魔法を撃ち込んでもいいが、罪のない民が可哀相だ。王族全員、反抗する貴族全員を殺せば、国として成り立たなくなるだろう?」
シヴァがそう言うと、国王は深々とため息を漏らした。
「トロワーヌに責任を取らせよう。いかようにしてもらっても構わん」
「アホか。こんなバカがどう責任を取れると?金も権力も腕力も教養すらないのに。厄介払い出来て喜ぶ連中は多いかもしれんが、おれには何の得もない。かといって、国王の首にも価値なんかない。どうも危機感が足りんな」
窓の外、誰もいない所を狙って雷を落としてやった後、シヴァはトロワーヌをそのままに街中へ転移した。
話し合っても無駄なので、トロワーヌは三日ぐらいそのままにしとこう、と思ったワケである。ドサクサ紛れに少し引き上げ、飲み食い出来るよう口は出るようにして。
日頃の恨みで使用人や見下していた貴族に殺されるかもしれないが、それはそれで命運が尽きていた、ということで。
こうしてSSランク冒険者の恐ろしさが広まる……ことはなかった。
事実が広まってしまえば、同時に不出来な第三王女だと宣伝することでもあるので、箝口令が敷かれたからだ。
しかし、雷が落ちたことで、
「天罰だ!」
「何かしでかしたに違いない!」
「あの威張り散らした姫か!」
「そうに違いない!」
「門の所で揉めたという話だぞ!黒ずくめででかい剣を背負った怖そうな人と!」
と、民たちはほぼ真実に気付いてしまい、その結果、第三王女トロワーヌは戒律が厳しい修道院送りになった。
首だけ出したまま三日間を過ごしたトロワーヌだが、全然反省せず、文句ばかりで数時間後には猿ぐつわを噛まされ、頭には袋をかけられていたぐらいだったのだ。
修道院送り程度では「甘過ぎる」という意見も多かった。
甘やかし放題だった国王にも責任を取らせ、数々の改革案を率先して実施し、民たちの人気も高い王弟の娘、国王の姪の公爵令嬢ディアンサに譲位させ、ザイル国は女王が治める国となった。
このザイル国は北国のためか、女性の寿命の方が長く、従って人口も女性が多いこともあって建国以来、女王が治める国だった。
女王の方が女性の意見をまとめ易いだけじゃなく、女性特有のきめ細かい配慮が雪に閉ざされることが多い風土に合っていたのだろう。
しかし、十代前に男の賢君が現れて国王に、次代も優秀な人がいて、その子孫も…と男の国王が続くようになり、十代後の現在は女性王位継承者が軽視される風潮になっていたのだ。
ただの慣習というだけの世襲はどうしても破綻する、ということだろう。
******
「さり気ない内政干渉」
「全然、さり気なくないから!まぁ、でも、穏便に譲位出来たのはよかったね。不満が溜まり過ぎて、わずかなきっかけで内乱になりそうだったし」
ラーヤナ国キエンダンジョンマスターフロア。
温泉宿風自宅のリビングにて。
三段のケーキスタンドに見目よく盛り付けてある『本日のアフタヌーンティーセット』を食べつつ、シヴァは妻のアカネに今回の件の報告をしていた。
そう、内乱になりそうだったのでシヴァが動いたのである。
王弟の娘、国王の姪の公爵令嬢ディアンサの優秀さは昔から知られていたが、国王と王太子を含めた『無能の働き者』たちがこういった時ばかり一致団結してディアンサの邪魔ばかりをし、民たちの人気が高いことから危機感を覚え、いよいよ暗殺にまで乗り出してたのだ。
ディアンサが殺されていたのなら、内乱で国が滅んだことだろう。
「SSランク冒険者がザイル国王都カルパブートに何の用で?」と大半の人たちは疑問にも思わなかったようだが、さすがに女王に
数年後にこの恩はきっちり返してもらうことになる。
食生活の向上と普及、それが達成されたのなら観光地化で。
『行ってみたい国』になることは、双方にメリットのあることだった。
国の根幹から立て直さないとならないディアンサには、是非とも頑張って働いてもらいたい。
ヤバそうな時はさり気なく『新薬』を盛ってあげよう。
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