番外編44 育ての親心、白鷹獅子知らず

 常在戦場の魔物が溢れる異世界この世界でも『普通』の猫もいる。犬もいる。

 過酷な弱肉強食な世界で、生き残れたのは人間が保護したからである。

 …とはいえ、些細なきっかけで村や街が滅ぶことも珍しくない世界で、何百年もさかのぼれるような純血種の猫や犬は極少数。

 大半の猫や犬は魔物の血が入っていたり、新たな力に目覚めた個体がいたり、極限状態で急速に進化したり、で生き残って来た。


 まぁ、つまり、街でよく見る猫や犬は純血種ではない。

 純血種のほとんどは貴族が保護し、その辺の平民より遥かにいい暮らしをしている。

 それも、もう種として限界が来ているらしく、血が濃過ぎる弊害で弱い個体が増え、繁殖力も衰えているので、十年と経たずに歴史から消えることになるだろう。



 街にいる大半の猫や犬は飼い主がいる。

 危険な生き物ではなくても、食べ物を奪う、畑を荒らす生き物は討伐対象になるので、所有者を明確にしているのだ。その肉が食用に出来、素材として有効活用出来るのなら、尚更に。

 逆に食料に余裕がある街では、猫や犬だけで気ままに歩いていても、誰も気にしない。小さな街なら、どこの誰の飼い猫、飼い犬だと分かっているのもある。


 ただ、まぁ、人間でも同様だが、見栄えのする、人懐こい猫や犬は誘拐される可能性が高いので、自衛が必要だった。

 魔物の血を引く猫や犬なら、鍛えてない人間に捕まるようなとろ臭さはない。

 そもそも、街にいる猫や犬は愛玩用ペットではなく、狩りのパートナー、危険察知の斥候、小型魔物や虫系魔物や害虫に対する戦力、等々で働いているのだ。

 優秀な個体は貴族や権力者に召し上げられることもある程に。


 猫や犬の方も食べ物が豊富で外敵がいない安全な環境は歓迎なので、余程のことがない限り、飼い主から離れることはなかった。


 それは少し頭のいい小型動物、小型魔物も同様なので、猫や犬だけじゃなく、小型の鳥系魔物、小型のネズミ系魔物、小型のトカゲ系魔物、等々が勝手に家に住みつき、なし崩し的に飼い主にされてしまうケースもあった。

 まぁ、どうしても嫌なら冒険者に頼んで追い出すなり、貰い手を探したりすることになるが、そういったケースは滅多になかった。懐く動物・魔物は誰だって可愛く思えるものだからである。



 そんな色んな小型動物・魔物も住んでいるカンデンツァの街。

 エイブル国北部に位置するこの街は、規模は大きくはないものの、森の恵みが豊かで街中でも野菜の育ちがよく、農家と行商人が多い街でもあった。


 行商人は日持ちする野菜や日持ちするよう調理した加工品を持って街を出て、他の街や村で売り、衣類や生活雑貨その他を仕入れて戻って来る。

 商人護衛を専門でやっている冒険者パーティも多く、もし、魔物に襲撃されても難なく退けられる程、腕が立つ冒険者が多かった。

 山の奥地は難所も魔物も多く、冬場は寒さが厳しくなるため、街以外をアジトにするしかない盗賊は滅多に住み着けない。


 他の地域よりは安全だからか、「行商を始めるのなら北部へ」と言われるようになっており、他の街から来た商人見習い、護衛をして来た冒険者たちも多くなっている。

 新参者が原因で時には揉めることがあったが、大した揉め事にはならなかった。


 ―――――――今までは。


「…ひっ!ぐ、グリフォンだ……」


 ある雑貨屋の看板子供グリフォン(大きめの猫サイズ)を見て、腰を抜かす。


 それぐらいなら笑い話だが、違う新参者は、問答無用で持っていた槍でグリフォンを突こうとしたのだ!

 この街に住む商人の左肩の上にいたのに!


 しかし、そこはまだ子供で飛べないとはいえ、Aランク魔物たるグリフォン。

 ぴょんっとジャンプすると槍の柄を鳥前足でへし折り、一旦地面に降りた後、再び高くジャンプして攻撃して来た人間の首を狙い、鳥前足を振りかざした!

 普段はしまわれている爪が一気に長く伸びる!


「わーっ!待って待って、ファルコ!殺さないで!」


 グリフォンのマスターである商人…ベレットが止めに入ると、子供グリフォンのファルコは、仕方なさそうに爪をしまい、新参者の頭を獅子の後ろ足で蹴る。

 体重は軽いが、さすがAランク魔物。結構な衝撃だったらしい。

 体勢が崩れた所で、すぐに側にいた通りすがりの冒険者が蹴り飛ばし、地面に這わせて取り押さえた。


「何なんだ、こいつ。どう見ても従魔だろうが。素材狙いか?」


「いきなりで何がなんだか。…あ、ありがとう。助かった。いくら正当防衛でもミンチはマズイ」


 まだ飛べないファルコだが、行商にはベレットと一緒に馬に乗って連れて行っており、道中現れる数々の魔物をミンチにして戦闘力の高さを証明していた。

 肉も素材も取れないので、手加減を頼んではいるのだが、ファルコはまだ身体が小さく重さもないため、中々手加減するのは難しいらしい。


「……ミンチか。さすが子供でもAランク魔物」


 助けてくれた冒険者は襲って来た新参者の商人?冒険者?を縄で縛り上げ、巡回していた警備兵へと突き出した。目撃していた人も割といたので、事情聴取はすぐ終わる。

 ベレットからは助けてくれた冒険者にお礼として、いくらあってもいいポーションを渡した。

 ベレットの雑貨店の商品だが、効き目は保証する。


 たまたま性根タチの悪い人が流れて来た、のではなく、何かやらかした貴族の私兵が解雇され、こちらの方に流れて来ているらしい、とベレットは後から知った。


 雇い主が雇い主なら、でロクな人材がいなかったらしく、カンデンツァの街ではしばらくトラブルが続いた。

 女子供が連れ去られそうになった所、飼い猫、飼い犬が反撃し、飼い猫・従魔が誘拐されそうになって反撃し…と怪我人だけじゃなく、死人も出るようになった。犯罪者側に。


「ファルコも気を付けろよ。ファルコは強いけど、まだ子供。中には強力な魔法とかスキルとかマジックアイテムを使う人もいるかもしれないからな」


 ベレットは注意したのだが、ファルコはこてんと首をかしげていた。

 落ちぶれて盗賊になった連中なら、大して強くなく、アイテムも持っておらず、頭も悪いが、そうじゃない人たちが狙うかもしれない。

 ファルコは希少なグリフォンなのだから。


 従魔契約のおかげか、だいたいはベレットの言ってることが分かるファルコだが、何でそんなことを注意されるのかの理由がよく分からなかったらしい。

 いくら賢くてもまだ子供、世間知らず、経験不足なのはどうしようもない。


 かといって、閉じ込めておくワケにもいかない。

 行商で街から街へと移動していない時は、雑貨店にて販売をしている。ガラスが希少なので使ってあるのは最小限、客の出入りも多いので寒い時期以外は店の出入り口は開けっ放しだ。


 そういった次第で、近所の小動物や従魔が勝手に入り込んでることも多い。強い魔物たるファルコの庇護を求めていたり、単に仲良くなっていたり、慕われていたり、なので追い払うワケにもいかなかった。



 ******



 もうすぐ春も終わりだとばかりに、汗ばむ陽気の日が続いたある日のこと。


 ファルコがいなくなった!


 居心地がいいのか、頼りなく思われてるのか、ファルコは何時間もベレットから離れたことは今までない。更に、昼食を食べにも帰って来なかったのだ。

 これは従魔狙いの誘拐犯の仕業しわざかと、ベレットはすぐさま警備兵に通報し、馴染みの冒険者たちにもファルコの捜索を依頼した。


 そして、ベレットはベレットで商人仲間に目撃情報を募り、商人ギルドにも目撃情報を募集する依頼を出した。ファルコはギルドにも商人仲間たちにも可愛がられていたので、親身になって情報を集めてくれた。


 しかし、今日の目撃情報はなかった。

 ファルコはベレットと朝食を一緒に食べた後、遊びに行ってそのままだった。


「ファルコは強いから大丈夫、大丈夫」


 これだけ目撃情報が出て来ないと、ベレットはかなり心配になって来た。いくら、Aランク魔物とはいえ、ファルコはまだ大きめの猫サイズぐらいの飛べない子供なのだ!

 魔法だって使えない……本当にそうだろうか?

 魔物の膂力りょりょくは強いとはいえ、ファルコはジャンプだけでもかなり高く跳べるし、高い所からも平気で飛び降りる。それに風魔法を使ってない、と言えるのだろうか?


 飛ぶ魔物は翼や羽自体で飛ぶのではなく、風魔法を使って飛ぶものの方が多いと聞く。かといって、翼や羽は飾りではなく、バランスを取ったり、舵取りの役目があったり、魔法が使い易かったりするらしい。

 多分、ファルコもそうだろう。


 斥候の役目の冒険者は、風魔法で情報収集をする、とも聞く。

 ファルコは人間の言葉をそこそこ分かっているような素振りをするので、従魔・ペット誘拐犯たちのことを何か聞いた、という可能性はないだろうか?

 小型の魔物や小動物に慕われているファルコなので、そちらからの情報というのもあり得る話だ。

 ……いや、友達の魔物か小動物が捕まったのか?

 それを聞いてファルコが誘拐犯たちのアジトに襲撃したのなら、いくらファルコでも危険にさらされているかもしれない。


 いても立ってもいられなくなったベレットが、街中を探して回ろうと店を出た時、馬に乗った顔見知りの警備兵が駆けて来た。


「べ、ベレットさん!ちょっと来て下さい!ファルコが…」


「ファルコがどうしたんですか?無事ですか?怪我してますか?どこにいたんですか?」


「ファルコは無事ですが、大暴れしていて近付けないのです…」


「……はい?」


「路地裏のボロ屋が壊滅してましてね。すごい音がしたそうなので通報があり、駆け付けるとファルコが暴れていました。どうも、従魔の誘拐犯たちのアジトのようですが、壊れた檻がいくつもあったから、そう推測出来ただけで、後はバラバラの人間の死体が……」


「…そ、そうですか……でも、それなら何でまだ暴れてるんです?敵はもういないハズですよね?」


「さぁ、分からないです。ともかく、来て下さい!」


 ベレットを警備兵の後ろに乗せると、警備兵は馬を走らせた。

 途中でファルコを捜索していた警備兵たちとも合流し、現場へと向かう。


「うわ……」


 現場は元が何だったのか、分からない程、破壊されていた。正に『壊滅』の見本のように。壊れた檻がたくさんあるが、血痕はないので捕まっていただろう従魔や小動物は無事だろう。


 ファルコは建物の残骸の床、何か蓋のような物に鳥の前足の爪でガンガンと攻撃していた。

 かなりの切れ味を誇るその爪でも、引っかき傷しか付かないらしい。

 何度もジャンプして翼を使って勢いを付けてるようだが、それ以上に風が吹いており、小さなつむじ風のようになっていた。これは、風魔法だろう。


 離れて現場を見ていた警備兵が報告する。


「分かりましたよ。ファルコがまだ暴れている理由。地下室があるみたいで、そこの出入り口らしき蓋が何やら硬い鉄だか岩だかで覆われていまして」


「すると、土魔法使いがいるのか、どこかの怪しい団体と繋がっていたのか」


 新参者の犯罪者が、硬い蓋の地下室や地下通路がある都合のいいアジトなんて、見つけられないだろう。


「ファルコー!落ち着け!破壊するのはやめて、こっちにおいで!」


 とりあえず、ベレットは呼びかけた。白い頭や翼、薄茶の毛皮も赤くなっているが、返り血のようで怪我は…すり傷ぐらいはあるだろうか。


「グァゥッ!グァゥッ!」


「分かってる。その下にまだ敵がいるんだよな?もう後はプロに任せればいいって。ほら、ファルコもお腹が減っただろ」


「グァ……」


 暴れたので余計に空腹だったのだろう。

 ファルコは渋々とベレットの側に来る。

 ベレットがファルコに【クリーン】をかけてやると、やはり、擦り傷ぐらいはあった。もう血は止まっているが、後で改めて治療しよう。

 ベレットは干し肉を持って来たので、まずは食べさせた。自宅にはちゃんとしたお昼が用意してあるので、とりあえず、だ。


「そうそう、任せろ任せろ!こういった時は力押しだけじゃなく、他の方法があるんだぞ。こういった悪い連中はもっとたくさんいるから殺して終わり、じゃなく自白させて全員捕まえた方がいいだろ」


 警備兵たちは周辺を見て回ると、全員配置につき、土魔法が使える者が硬い蓋から離れた所に穴を空けた。地下道ではなく、そう広くない地下室だった。食品貯蔵に使っていたものを広げたのかもしれない。


「おとなしく投降しろ!暴れたらミンチになるぞ!」


「Aランクのグリフォン様が激怒中だからな」


 そんな風に脅していた警備兵たちだが、地下室にいた三人は既にげっそりと憔悴していたので、暴れる気力もなくあっさりと捕縛。

 地下室に隠れてはいても、硬い蓋を攻撃するガンガンという大きな音は聞こえていただろうから、震え上がっていたのだろう。

 …ああ、それと、仲間が既にファルコにバラバラにされているからか。


「グギャーゥッ!」


 ファルコが白い翼を広げ、頭のトサカ?も大きく膨らませ、胴体の獅子部分の薄茶の毛皮も尻尾も逆立てて威嚇した。

 縛り上げられた誘拐犯たちはガタガタ震え出す。


「こんなに怒ってるということは、ファルコの仲間の臭いがするのかも?…あ、やっぱりか」


 仲間は無事だった?というベレットの言葉に、ファルコが頷いたので一安心だった。殺していようものなら、とっくにミンチにしていただろう。もう戦意がない者までミンチにしたのなら、さすがに正当防衛とは言えない。


 後は警備兵たちに任せ、ベレットはファルコと一緒に自宅へ帰った。

 まずはファルコの傷をポーションで治療してから、昼食を出す。ファルコの好きな肉野菜炒めだ。冷めてしまったので温め直した。

 ガツガツと食べるファルコの姿に、ベレットはようやく肩の力を抜いた。


「もう心配したんだぞ。せめて、おれに『何かあったから行って来る』と伝えてからにして欲しかった。まぁ、話せないから、服を引っ張るとか、前足でシュシュッとやっつけるマネをするとか、いつもはしないようなジェスチャーでさ」


 そんな感じなら何とか分かると思う。

 しかし、ファルコはガツガツ食べたままでスルー。まぁ、聞こえてるし、意味も分かっているようなので、多少は反省した、とベレットは思いたい。


「あ、そういえば、ファルコ、風魔法、使えるようになったのか?」


「グァ」


「やっぱり!じゃ、飛べるようにもなるのも、もうすぐかもな」


 グリフォンがどのぐらいで飛べるようになるのか?は誰も知らなかった。

 個体数が少ない、どころか、歴史上の目撃情報すら滅多にないので、その生態なんて知られているワケがない。

 そもそも、グリフォンは希少で強くて賢くてカッコいいことから、他国の王家や貴族の紋章に使われていることが多いのだ。

 そのせいで、好意的に思ってくれる人が多いのも助かっていた。


「そうだ、ファルコ。遠くまで飛べるようになっても、おれに黙って遠くまで行くなよ。心配するから」


「グ?」


 何言ってるんだ、とばかりにファルコに呆れた目で見られた。

 遠くまで飛べるようになった時には成獣で、Aランクに相応ふさわしい強さにもなってることだろう。

 それは分かっているベレットだが、心配なものは心配なのだ。飛ぶ魔物は飛ぶ蛇、人型に翼が生えたハーピーから大型のワイバーン、最強種のドラゴンだっている。

 そして、群れを作る魔物も多い。

 いくらファルコが強くても、一匹ではかなわないことだってあると思う。


「グリフォンって群れを作る魔物なのかな?」


 グリフォンの生態は謎が多い。

 ベレットも偶然、卵を拾っただけなので、ファルコの親が探しているのか、勝手に育つものなのか、他の魔物が育てるのか、はたまた卵がかえるまで時間がかかるのか、安全な場所まで孵らないのか、すらも分からない。

 一応、気にしてはいるのだが、目撃情報なんてなかった。


「ファルコは少なくともおれよりは長生きするんだろうな…」


 同種ではないとはいえ、ファルコは魔物の友達も多い。ベレットの死後も淋しくはないだろう。

 ちょっとせつなくなってしまった。



 ******



 ファルコが従魔誘拐グループを壊滅に追い込んだため、近隣に噂が広がりまくったものの、グリフォン自体、幻の存在だと言われている地域もあるため、「子供のグリフォン」という時点で噂を本気にしない人が多かった。

 もし、本気にして調査に乗り出したのなら、見栄張り、目立ちたがり、珍しいものが好きな好事家こうずか、冒険者や錬金術師たちには素材を狙われ、王族にはグリフォンの献上をいられたかもしれない。


 この事件のおかげで、ある意味、ファルコとベレットは守られたのである。



――――――――――――――――――――――――――――――

コラボ4コマ(18,19,20,21)

https://kakuyomu.jp/users/goronyan55/news/16818093075093102173


関連話「番外編32 運命は白い翼と共に」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16817330668798089229


他、「快適生活の追求者2」の140話以降。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る