番外編32 運命は白い翼と共に
幌の付いた荷馬車は酷く壊されていた。
底板までバッキバキに折られている。
魔物に襲われたのだろう。
盗賊なら荷馬車ごと奪うだろうし、いらなくても荷物は放っておかない。
散乱する荷物から商人四人は目ぼしい物を拾って行く。
荷馬車の残骸も乾いた木なので薪として使えるし、鉄製の物は溶かせば使える。
運がよければ、魔物に襲われた人たちは逃げただけで、いずれ戻って来るかもしれないが、一定時間放置されている今の状況の場合、所有権を放棄したとみなされるので、早い者勝ちだった。
四人の商人全員が同じ商会、ではなく、つき合いのある商会三つで合同での隊商を組んでいるだけだ。普段から協力しているため、自分がいらない物と何かを交換する場合でも揉めるようなことはない。
護衛の冒険者たちはその間も周囲を警戒している。
両手のひらに余るぐらいの大きな深緑色の卵を見つけたのは、ベレットだった。
底が丸い背負いベルトが付いている収穫カゴの中、
商人四人、護衛の冒険者八人、全員で十二人もいたのに、その卵を見つけたのが商人の一人たるベレットだったのは、何か運命的なものがあったのかもしれない。
「何の卵だろう?」
持ってみると温かい。
中に生命が宿っている証拠だ。
鑑定スキルを持っているベレットだが、魔物素材ではなく、卵、となると自分が見たことがある物しか分からない。
これだけ大きい卵なので魔物の卵だとは思うが……。
「騎獣になるトカゲ系や大きい鳥系だといいなぁ」
これだけ大きい卵なのだから、その可能性もある。
馬よりもエサ代はかかるが、その分、タフで丈夫、他の魔物に対する戦闘力も期待出来るのだ。
他の商人も欲しがるかと思ったが、意外と人気がなかった。
商品にするにしても、何か分からないのでは売れないこともあり。
それに……。
「もし、とんでもなくでかくなったり、凶暴な魔物だったらどうする?テイム出来るとは限らないんだぞ」
「それはそうだが、生まれたばかりの魔物がものすごく強いってことはないだろ」
その辺、ベレットは楽観していた。
「おれは変に情がわいちゃうのがちょっとなぁ。魔物なんだから言うことを利かなかったり、人に危害を加えたりしそうだし、そうなると責任取って処分しないとならないことだってあるだろ」
ベレットはその指摘に面食らった。
人間に友好的な魔物の方が稀、と失念していて。
「……ま、まぁ、その時はちゃんと責任取るさ」
なるほど。ちゃんと考えてみれば、躊躇するだけの理由が様々あった。
しかし、そこそこ当たるベレットのカンが「相棒になりそうな魔物」だと教えてくれているのだ。躊躇する理由なんかない。
そう思っていたが、この深緑色の卵はまず温めればいいのか、そのままの方がいいのか、で試行錯誤することになった。
******
ベレットが拾った深緑色の大きな卵は、一週間も経つと更に大きくなり、ゴロゴロと動くようになった。
見つけた時のまま、毛皮に包み、収穫カゴに入れて温かい窓際に置いた所、ゴロリとカゴが倒れ、卵が床に落ちていた時、最初は風かと思ったのだが、卵が転がり出したので、卵か!と慌てて拾い上げた。
排水溝に落ちたら大変なことになる。春とはいえ、朝夕はまだまだ冷えるのだ。
ずっと卵の世話ばかりをしていられないので、ベレットは収穫カゴを背負ったまま、働くことになった。
同業者や店の客が面白がって、あれこれ調べてくれたり、人に聞いてくれたりしていたが、何の卵かはいまだに不明。同じ種類の魔物でも卵の柄や色や大きさは実に様々で、特定なんてまるで出来なかったのだ。
生まれれば分かるさ、とベレットは気楽に構えた。
ただ、何を食べるか分からないので、鳥のエサやトカゲのエサの準備はした。雑食なら人間が食べる食べ物でいいだろう。
卵を拾ってから約二週間。
朝、ベレットが開店準備をしていると、とうとう、卵に亀裂が入った!
卵から生き物が生まれるのを見たことはないベレットだが、騎獣持ちや騎獣屋から話は聞いている。そんなにすぐには生まれない。
中にいるのは雛、もしくは赤ちゃん魔物。生まれる前から力が強いワケがないので、ゆっくりゆっくり殻を壊して行くのだ。時間がかかって当然だった。
あまりに進みが遅いようなら、殻をどけたり、殻を壊すのを少し手伝ったりした方が、と聞いたが、下手に手を出すと怖いことになりそうで、ベレットは手が出せない。
深い収穫カゴからもう少し浅いカゴに移したい所だが、それも出来ない。
店は臨時休業にして、ただただ孵化を見守る。
そうそう!部屋を暖かくしないと!と、慌てて暖房魔道具の温度を上げた。
ふと、卵の殻の隙間から『クチバシ』が見えた。
「おお、鳥なのか!頑張れ!」
これだけ大きな卵なのだから、乗れるぐらいの大きい鳥になるだろう!
まぁ、別に乗れなくても相棒になってくれるだけでいい。
男の一人暮らしの味気ない生活も楽しくなるだろうから。
よいせよいせ、とばかりに足や身体で殻を押しやり、クチバシを突っ込んで隙間を大きくしようと頑張っているが、中々殻が取れない。
カゴの中で場所が狭いこともあるのだろうが、あちこちコロコロ転がってしまう方がやり難いような気も……。
ベレットは割れて落ちた殻をそっと取り除いて、手伝ってみた。
破片の殻も大きいので邪魔になっていたのだ。
雛はコツが分かったのか、徐々に上手く殻を割れるようになり、隙間が広がった時に一気に殻が割れた!
ころり。
雛が殻から出る。
ピイピイ。
細い笛を吹いたような声。
まだ濡れている白い頭、黄色のクチバシ、大きな黒い目はまだ見えてなさそうだ。体は思ったより大きい!
想像よりみっちりと卵に詰まっていたらしい。
羽も白いが、トゲのようにつんつんとなっている。飛べる翼になるのはもっと後のようだ。
「ええっと、拭いた方がいいのかな?ダメ?それより先にエサ?水?」
部屋は暖かくしてあるが、体温調節もまだ出来なさそうなので雛を布で包んで温めることにした。
それにはカゴから出さないとならないのだが、つつかれないだろうか。
「痛いことはしないから、おとなしくしててな。寒いだろ?」
雛をカゴから出す前に布で軽く拭いて、無害アピール。
まぁ、そんなことをせずとも、雛はきょとんとしていたので、今だ!とそっと掴んでカゴから出した。
ギリギリ両手を揃えると乗るサイズだが、卵の殻がなくなったせいか、軽い。
そういえば、鳥は結構軽いんだった。飛ぶために。
少しずつ拭いて行ったが、全然、嫌がらないので普通に拭く。
尻尾がある鳥らしい。
種類は何だろう?
「って、あれ?四足だ………キメラ?」
この雛は頭は鳥、前足は鳥の足、後ろ足は犬や猫のふわふわ毛皮の足。尻尾も同じく。毛皮の背中に鳥の翼。
様々な動物の特徴を持つ魔物はキメラ。そして、この組み合わせは……。
「後ろ足は…うさぎ?」
もふもふした感じ、脚力が強そうな足が似てる気がする。
「ベレット~。何で店を閉めてるんだ?体調でも崩したか?」
そこに、同業者の友人が訪ねて来て、店側じゃなく自宅側の裏口から声をかけて来た。
「おお!クルト、いい所に。さっき、卵が生まれた所なんだ」
「いやいや、卵が
一人暮らしで家族もいないベレットは何かあった時に備えて、クルトに鍵を渡してあった。前に流行病に
今、ベレットは動けないので、こういった場合もちょうどよかった。
「ああ。そっとな、そっと」
ベレットが注意したからか、音にも気を使ってクルトは部屋に入って来た。
ピイピイ。
「おお、鳥系か。よかったな……ん?あれ?頭は鳥でも四足で何か尻尾があるけど」
「キメラじゃないかと。鳥とうさぎ、或いは猫かも?」
「…って、まさか、グリフォン、か?鷹頭、獅子の体、背中に翼だし…」
「いやいや、まさか~。こんなに可愛いし。グリフォンって言えば、かなりの高ランク魔物で街の一つや二つ、簡単に滅ぼせるっていう……ないない。目撃されたって噂も聞かないのに、その辺に卵が転がってるワケがないし」
あはははは、とベレットは笑い飛ばす。
街から街への行商に行っているので、ちゃんと情報収集はしているのだ。
「そうだよな。まさか、だよな。おれたちが知らないだけで、似たような魔物もいるのかも」
「そうだよな!」
クルトも笑い飛ばした所で、ピイピイと雛がエサを請求しているようだったので、まずは鳥のエサをあげてみたら、ぐいぐい食べた。
この分なら丈夫で大きくなれそうだ。
******
「うわっ、細い筒みたいなのがたくさん抜けた!…おお、羽になるのか」
「え、ここにあった肉、食っちゃった?腹壊さない?雑食でもまだ早そうなんだけど…」
「え、どうしても預けられるのは嫌?行商に連れて行く方が危険なんだけど…まぁ、護衛の冒険者たちもいるから大丈夫か」
雛は鷹に似た白い頭から、古い言葉で鷹という意味の『ファルコ』と名付けられ、ベレットに懐き、生活も色々と慌ただしく忙しくなったので、どんな種類の魔物かは気にしなかったのだが……。
「従魔は冒険者ギルドで登録して下さいね~」
ファルコを肩に乗せたまま、ベレットが冒険者ギルドに護衛依頼を出しに行くと、受付嬢にそう言われた。馴染みの冒険者はいても冒険者ギルド経由がマナーだ。
「でも、おれ、テイムスキルは持って……あれ?あれれっ?いつの間に」
ベレットにはいつの間にかテイムスキルが生えており、ファルコが従魔になっていた。
そして、冒険者ギルドでは従魔登録するのに魔物の鑑定まで出来るスキル持ちが呼ばれ、結果……。
ファルコはグリフォンだと判明した。
そうして、グリフォンを従魔にした
それ程、ダンジョン以外でのグリフォンの目撃例は中々なかった。
なのに、数年後、ファルコがグリフォンの卵を拾って来るとは、誰も想像しなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます