番外編43 均衡の崩壊
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注*アルがフェニックスの神獣……カーマインに会わず、ブルクシード王国のスタンピードの前の【パラレルワールド】話。本編とは関係ありません。
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視界の端に細かい粉が舞う。
アルは強化耐熱ガラスのマグカップを傾けて熱いハーブティを飲んでから、テーブルの上に置いた。
カップの中とお茶請けのカップケーキに粉が入らないよう、自然に風魔法で操作はしていても、動作の停滞はない。
小指からか。
そう思っただけで動揺もしなかった。
左の小指にしていた【防毒リング】が外れ、ソファーの上に落ちていたので空間収納にしまっておいた。
【マ、マスター……】
キエンダンジョンのコア…キーコがいつになく動揺した声を上げ、アルの近くでゴロゴロと転がっていた人間サイズの猫型もふもふゴーレム…にゃーこたち、フェンリル型ぬいぐるみゴーレムの一号も動きを止める。
「落ち着け。遅かれ早かれだと、分かっていたことだろ?」
誘拐して来た魂を、違う世界の死んだばかりの人間の身体に入れる。
いくら、魔法や異能や不可思議現象がある世界でも、何事もなく定着するワケがない。
まして、誘拐して来た魂は元の世界でも規格外だと言われていた人間の魂。死にたくないので出来る限りの情報を集め、短期間で魔法も錬金術も覚え、ステータスも上げた。
死んだ身体の主は、特別変わった所のない普通の人間だったそうなので、三ヶ月もよく保った方だと褒めるべきかもしれない。
キエンダンジョンのマスターフロアにある温泉宿風自宅、そのリビングにてお茶している最中、いきなり、アルの左手の小指が指先から粉になって崩れた。
砂漠の砂よりもっともっと細かい灰で、遠くからなら煙のようにも見えたかもしれない。
肉体は魔力で強化しているものの、薄い風船の中にぱんぱんに空気を詰め込んだような状態なのだから、いきなり肉体が爆散する、苦しくなって心臓が止まる、身体が溶け出して崩れる、腐って来る…等々と色々と可能性を考えていただけに、痛みもなく小指が粉になって崩れたぐらいなら、驚きはしなかった。
手のひらまでは崩れず、なくなったのは左の小指だけ。
断面はスパッと切断したかのように、なめらかで、単なる人形の指の断面のようだった。
血肉を感じられないので、アルが魔力で探ってみると、左手全体はもう生身ではなくなっていた。それでも、支障なく動くのは、やはり、魔力のおかげらしい。
ふと思い付いて、全身を魔力で探ってみた所、右手も足も耳も血が巡っていない。足の指ももう生身じゃなかった。
そもそも、生きてるように見せかけていただけで、死体に魂が入っているのだから、血が巡らなくても動きに支障はないのだろう。痛みもまったくない。
【マスター、もう有機人形の方に移られた方がいいのではありませんか?】
キーコがそんな提案をする。
アルが身体を失っても大丈夫なように、キーコを始めとしたコアたちが人間そっくりな有機人形を作ってくれていた。
今のアル…アルトの姿ではなく、【変幻自在】魔法で化けた本体のシヴァの方の姿で。
「どうやって?この身体を壊した所で、魂はこの身体に縛られてるのかもしれねぇし、普通に死んだ人と同じように『魂のあるべき場所』にさっさと行くかもしれねぇのに」
何度も繰り返した問答だった。
壊した時と自然に身体が機能停止になった時とでは、魂のその後の行き先も違ったり、行動を制限されたりする可能性が高い、とアルは思う。
ステータスを上げたことで、生身の身体を必要としないコアたちのような精神生命体になれる可能性だってあるのだ。
少しでもリスクを減らすのは、やはり、自然に機能停止になった時なので、その時を待つしかない。
【……ネクロマンサーの勉強をしておくべきでした】
悔しそうにキーコが言う。
死者の魂を呼び出し、
キーコが勉強していたとしても、何かと規格外なアルの魂を扱えたかどうかは分からない。
「まぁ、そう気にすんな。何とかする」
未練がある魂がこの世に残る地縛霊や悪霊になるのなら、アル程、未練が残っている魂は中々ない。愛する妻にもまだ会えていないのだ!
何をやるにも意志の強さは必要だろうから、肉体がなくなっても何とかなりそうな感じだった。
あくまで感覚なので、根拠を示して安心させてやれないのは残念だが。
【…マスター、落ち着き過ぎでは?】
「慌てた所でどうにもならねぇし。そもそも、この程度で動揺しねぇって。目が覚めたらいきなり違う身体に入ってて、盗賊に襲われてた、という状況でパニックになってたら、とっくに死んでるし」
ワケが分からなかったが、とりあえず、倒してから状況を把握したワケだが。
【…確かにそうですが、どうして、そこまで動揺せずにいられるのですか?】
「慣れ。踏んでる修羅場の数が違い過ぎるんで。子供の頃の方が危険な目に遭ってたぞ。当時と違って非力じゃなく、知識もそこそこあり、やれることが多いだけ、かなりマシな状況」
……とはいえ、身体が崩れた後、どうなるかは不明なので、色々と予想し、出来る限りの準備しか出来ない。ジタバタした所でどうにもならないので、無駄なことはしない、というだけなこともあった。
アルがカップケーキを食べ終わると、左手全体が粉になって崩れ、中指のリングが落ちた。
何の予兆もなく粉になったのは、左の小指と同じだ。
咄嗟に右手でリングを掴む。
【マスター…】
「にゃ…」
いつの間にか、にゃーこたちもコアバタたちも集まって来ていた。他のダンジョンのコアバタたちを緊急で呼んだらしい。
「おいおい、早くに集まり過ぎじゃね?まだ時間がかかりそうなのに…って、そうでもねぇかも?」
いつの間にか、心臓の音が聞こえない。
内臓の動きも止まっているだろうに、味覚を始めとした五感すべてが普通に働き、飲み食いも出来て、考えられるし、話せもする不思議。
いや、痛覚はなくなっているのか、無意識に遮断しているのか。
【マスターが普通過ぎるので、逆に怖いのですが……】
キーコがツッコミを入れる。
「そう言われてもなぁ。痛みもねぇし、この身体自体、生きてるように見せかけてあるだけなのは分かってたし」
そういえば、落ちそうになった【リバイブリング】を右手に持ったままだった。
【リバイブリング…復活の指輪。身に着けていれば、瀕死の際に自動発動して欠損を治し、HPMPも完全に復活する。現在、魔力充填率100%。アル専用装備】
機能が壊れたワケではないのに、まったく働かなかったということは、瀕死でも欠損でもないらしい。あくまで、リバイブリングの基準では。
ステータスも通常通りで数値も減っていない。
魂に付随しているようなので、
いつ他の部位も崩れるのか分からないので、リバイブリングはテーブルの上に置いた。発動条件の「身に着ける」を「近くにあれば」と改変しておく。
これで、一応、保険は出来た、と思う。
左小指、左手と来て、いきなり、右半面の視界がなくなった。
目玉が崩れたらしい。
【マスター…】
カラフルな蝶の姿のコアバタたちがアルの肩、頭にとまる。
「にゃあぁ……」
にゃーこたちは人間なら泣いていただろう、哀しそうな声だった。鳴けない一号はしょんぼりと耳を伏せている。
「大丈夫。この身体は見せかけだけなんだから、普通に見える」
アルも少し驚いてしまったので、視界がなくなったが、それはしばしの間だけで、両目で見る視界がすぐに戻る。実際には、肉体の目で見ているのではなく、他の能力で感知しているのだろう。
ポケットコイルで低反発素材を色々使い、座り心地にもこだわった極上のソファー。
目の前のローテーブルも木目にも仕上げにもこだわり、つや消しの上品な天板。テーブルの脚は猫脚でさり気なく猫の彫刻も刻んである。
どちらかと言うと、感情がストレートな犬派だったんだけどなぁ、とアルはぼんやりと思う。今も犬は好きだが、猫も好き。
まだ無事な右手で一号とにゃーこたちを撫でる。どちらももふもふだ。
「大丈夫。これで『終わり』にするつもりなんざ、まったくねぇし」
「今まで有難う」とか「お前たちに会えてよかった」とか「無事にやり過ごせた後は…」とかフラグが立ちそうな言葉も言わないし、言う必要もない。
次は右足のつま先が粉になって崩れた。
靴下の中が粉だらけなので、脱ごうとした所で、足の甲、足首、かかと、と粉になって崩れて行く。
その次は耳。
そこで人の形を取っていられなくなったのか、内部が崩れたのか、地すべりするかのように崩れた。
粉が舞う。
大量に。
コアたちが何か言ってるようだが、もう何も聞こえない―――――――――――。
――――――――ピコンッ!――――――――――――――――――――――
→スムーズに有機人形に魂が定着して、めでたしめでたし。これからも快適生活は続くエンド。
→有機人形に魂が定着出来ず、アルの豊富な魔力で魔力体を作り物質化。半精神生命体になる。これからも快適生活は続くパート2エンド。
→「この機会を待っていた!」とばかりに、この世界の神が介入して来て、アルは元の世界に帰され、元の身体に入ることが出来た。
ただし、ステータスはそのままなので、いずれコアたち、にゃーこたちのいる異世界と行き来出来るようになる大団円エンド。
→超越者たちがいきなり異世界送りにし、魂に負荷がかかっていたため、そのまま昇天。既に神々により元凶の超越者たちは処分済み。
「神族にならないか?」勧誘がウザイことになり、振り切って愛妻の守護霊に就任。
死後、幸せになりましたエンド。
→何も出来ない幽霊になってしまい、世界を呪って力を得て大魔王に!
闇落ちエンド。
→身体が崩壊すると同時に、大量の魔力が爆発するかのように放たれ、ある場所の古代魔術具が発動し、時間が巻き戻った!
ループエンド。
→リスタートしますか?
ゲームエンド。
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