番外編42 ホラーから始まる青天の霹靂

 シヴァはステータスと知力が上がったおかげか、さらりと流していた記憶も鮮明に思い出せるようになった。

 これを活かさない手はあるまい!と前から取り組んでいたのは……。

 記憶による映画・ドラマ・アニメ・音楽ライブ・プロモーションビデオの再現である。

 思念で絵が書けるのだから、詳しく思い出せば動画だって問題なく作成出来るのだ!


 何十本かをもう作ってあり、妻のアカネやダンジョンコアたちがとうに楽しんでいるが、娯楽が少ないこの世界。少しだけでもこちらの人間に見せてやりたくもある。

 異世界なので著作権はオールクリア!


 そこで、高級宿『ホテルにゃーこや』にシアタールームを作るべく、色々と作ってるワケだ。場所は地下、フォボスダンジョンの領域なので自由に作れるが、自由に作れるだけに悩む所なのである。

 それに、ホラーやほのぼのアニメは家族だけで見たいだろうから、宿泊部屋で見れるように、となるとサウンドシステムも構築したくなるワケで。


 それに、映画のチョイスも問題だ。

 ファンタジーはこの世界基準だと日常で、

「何でスカート?」

「その装備はねぇだろ」

「露出狂か!」

だし、

「何でそんな悠長なことやってんの?」

「話してる間に攻撃したら?」

「足手まといをわざわざ連れて行くのは、後腐れなくすっぱりと森の奥やダンジョンで処分するためか…なんて残酷な…」

等々で、創作物にあり勝ちのお約束が通じず、変な解釈になったりもすることだろう。


 バトル物アニメは、こちら基準だと攻撃がしょぼい。会場が丈夫過ぎで観客も逃げなさ過ぎるし、延々と延々とバトルシーンが長い。

 本物のゴーストやアンデッドがいる世界で、ホラーの怖さは分かってもらえないだろう。夜は暗いのが当たり前なので、暗がりだけを怖いと思う人たちも少数だ。


 …いや、本当にそうだろうか?

 手のひらサイズの再生専用携帯プロジェクター『ロジェ』にホラー映画を数本入れて、友達のCランク冒険者…ダンたちにモニターしてもらうか。…ううむ、女性目線が欲しい。

 そうなると、また冒険者ギルドや商業ギルドに依頼して、試写会参加者を募集して見せてみるか。


 初心者向けホラーとなると、「エル○街の悪夢」だろうか。

 フレディの長い爪、駆け出し冒険者でも怖がりそうもないんだが……。

 邦画で「○ング」か。

 テレビとビデオというものがないので、イマイチ状況は伝わらなさそうだが、迫力はあると思う。演出と俳優がよかったので。


 ……ん?逆にトラウマになるかもしれない。この世界にも大きな街以外なら、釣瓶つるべ式の井戸がある。

 酷いトラウマになっても平気どころか、素直になって色々白状するかもしれない、囚人でちょっと試してみたい。

 囚人が多い、となると、違法奴隷商人たちを自首させたリビエラ王国へ行くか。エイブル国の南隣の国である。


 シヴァは隠蔽をかけてダイレクトにリビエラ王国王宮に転移。そこから、地下牢詰め所に移動した。

 リビエラ王国王宮の地下牢。

 ここに入れられるのは余程の政治犯か凶悪犯罪者だ。

 調書を拝借して、しっかりと冤罪じゃないことを確かめてから実験しよう。


 真っ昼間の午前中だが、地下なので薄暗く、詰め所の明かりもさほど明るくなかった。

 扉の隙間から覗くと四人いる看守全員、何だか気鬱そうで表情は暗い。看守が陽気だったら不気味過ぎるが、それにしても何かあったらしい。


 ちょうど調書らしき書類を読んでいる看守がいたので、シヴァは彼の後ろに転移した。気配も殺して息も止めているので気付くまい。看守の肩越しに書類を覗き込む。


――――――――――――――――――――――――――――――

 名前:アドルミデーラ・デ・カノッソ

 年齢:十八歳

 所属:カノッソ侯爵家令嬢 / ブルガリーテ学園三年生

 罪状:王族に対する暴行・不敬罪

 経緯:アドルミデーラは第三王子のラニエーリ殿下の婚約者だったが、身分をカサに着て取り巻きを引き連れ、ラニエーリ殿下の友人の男爵令嬢スカーヤをイジメ、イジメを煽り、男爵令嬢スカーヤの持ち物を壊したり、男爵令嬢スカーヤに水をかけたりした上、とうとう階段から突き落とすという殺人未遂まで犯した。

 あまりに素行が悪いため、ラニエーリ殿下が何度も注意をしたが、聞き入れられず、言い訳ばかり。

 ブルガリーテ学園創立記念パーティにて、ラニエーリ殿下が婚約破棄を申し渡した所、アドルミデーラが殿下を殴ったため、衛兵が取り押さえて収監。

 アドルミデーラはイジメの件は冤罪で、その証拠もあると言っている。

――――――――――――――――――――――――――――――


「…可哀想に。派閥争いに巻き込まれてしまったんだろうな」


「証拠も取りに行かせてもらえず、貴族牢でもなく、最底辺の地下牢だし…」


「投資に失敗して侯爵家の財政が苦しいって噂だから、家ごと切られたんだろうな…」


 ……なんてきな臭い話だ。

 シヴァはさくっと転移で詰め所を出ると、その侯爵令嬢がいる牢へと歩いた。

 アドルミデーラはパーティドレス姿のままで牢に放り込まれたらしく、寒そうに腕をさすりガタガタと震えていた。明かりも何もない真っ暗な闇の中。夜目が利くシヴァだから見えるだけだ。


 シヴァは牢の中に転移してクリーンをかけると毛布をアドルミデーラの華奢な肩にかけ、同時に回復魔法をかけると、そのまま、アドルミデーラを連れ、最寄りのドリフォロスダンジョン、マスタールームへ転移した。

 認識阻害仮面を装着してから隠蔽を解き、ドリフォロスダンジョンのコア…ドーコに頼み、室温を少し上げて置いた。


「災難だったな。まぁ、温かい飲み物でも飲め。食べられるようならこちらも」


 ふらついたアドルミデーラをソファーに座らせると、シヴァは滋養強壮にもなるハーブティを淹れてやりテーブルの上に置いた。

 腹が減ってそうなので、一口サイズに切ったサンドイッチとスープカップに入れたミネストローネも。

 状況がまったく分からない、といった感じで呆然としていたアドルミデーラだが、温かい飲み物は嬉しかったらしく、丁寧にお礼を述べて口を付けた。


「おれは通りすがりの部外者だ。『店員B』とでも呼んでくれ。どうやら、君は派閥争いに巻き込まれてハメられたようだが、家族は味方なのか?」


「違います。わたくしだけを切ればまだ何とかなると思っているのではないかと。…ん?通りすがり?えーと、あの、地下牢に通りすがるとは、一体どんな状況でしょう?」


「細かいことは気にするな。それより、ここがどこか、どうやって連れて来たのか?という方を気にしたらどうだ」


「はぁ。ごもっともですが、何だか現実味がなくて。ずうずうしくも、こちらもいただきます」


 アドルミデーラはサンドイッチに手を伸ばした。かなりお腹が減っていたらしい。看守たちは彼女に同情的だったが、何も指示されておらず、食事を出していなかったのかもしれない。


「別に断らなくてもいい。行くアテがないのならウチの高級宿で住み込みで働くか?読み書き出来て貴族のマナーも知ってる元貴族の従業員を募集してる所だ。衣食住、おやつ、必要な生活雑貨も全部支給で高給高待遇。場所はラーヤナ国王都フォボス。没落した元侯爵家を全面改修して高級宿にした。隔離された場所だから行方をくらますのにもちょうどいいだろ。…いや、死んだことにした方がいいか」


 密室に侵入出来る、何の手がかりもなく脱獄させられる、となると、どうしても『にゃーこや』の関与が疑われるので。


 シヴァは一時しのぎ用の身代わりに、分身に変幻自在魔法をかけてアドルミデーラそっくりに化けさせ、牢屋に転送しておいた。

 アドルミデーラの座るソファーの背後に分身を出して、本物を見ながら調整したのだが、食べるのに夢中だった彼女はまったく気付かなかった。


「え、どうやってです?」


「有機人形を作って。鑑定を誤魔化すことも出来る。君に余計なことをしゃべられると困る奴らが殺した、ということで」


 身代わりとはいえ、誰か来ない限り暇な分身が本物そっくりの有機人形を作るだろう。よく使う素材が入ったマジックバッグは持たせてある。


「でしたら、父を…カノッソ侯爵を犯人にして下さい。役立たずなは用済みで、本当に殺したいと思っているでしょうから」


 殺伐とした親子関係らしい。

 聞けば、カノッソ侯爵は夫人と政略結婚で、嫌々作った子供がアドルミデーラ。跡継ぎになれる男じゃなかったことから冷遇され、貴族に必要な教育は家庭教師に丸投げ、一方的に罵倒されることは日常茶飯事、それ以外にちゃんと話したことは数えられる程度、だと。


 結局、跡継ぎに恵まれず…というか、お互い愛人と好き勝手に過ごしたせいで跡継ぎは不在。遠縁の男子を養子に迎えようと打診しているのだが、カノッソ侯爵家を継ぎたくない、と親戚間で揉めている。

 アドルミデーラを何とか第三王子の婚約者に押し込んでも、カノッソ侯爵は威張り散らすだけで中身がない才能もない評判も悪い、何のアテもないのに贅沢して負債ばかりを増やしており、跡継ぎになれば、負債も肩代わりさせられるのでは、まったく旨味がないので当然だった。


 ちなみに、牢にいたアドルミデーラに食事は出されたのだが、色んな料理が混ぜてある残飯で、どうしても食べられなかったそうだ。これも誰かの嫌がらせだろう。

 食事を持って来たのは、今いる同情的な看守たちではなく、前のシフト担当の看守らしい。


『マスター。少しよろしいですか?』


 事情を聞き終わった後、ドーコがシヴァだけに念話で話しかけて来た。アドルミデーラに聞かれたくないのだろう。


『ああ。何か不審な点があったか?』


 シヴァが保護した時点で、ドーコがアドルミデーラの素性を調べるのは分かっていた。指示していなくても、遅かれ早かれだ、と。


『はい。彼女がロクでもない親と使用人に囲まれているのにマトモに育っているのは、家庭教師のおかげのようです。その家庭教師は評判のいいベテラン女性で、婚約者だった第三王子が手配したものでした。婚約は十年前ですが、おかしくありませんか?』


『婚約破棄騒動は陽動で、第三王子の本当の目的は彼女を家から解放すること、だと?そうだとしたら、やり方がマズ過ぎだろ。地下牢にまで入れられてるんじゃ、誰に殺されてもおかしくねぇぞ』


『そこは世間知らずの坊っちゃんの計画だから、ではないでしょうか。貴族令嬢として育てられてる彼女が殴ったのも、味方だと思っていた王子に裏切られたからでは?』


 なるほど。一理あるかもしれない。


「元婚約者の第三王子をどうして殴ったんだ?」


 シヴァがストレートに聞いてみた所、おかわりのハーブティを楽しんでいたアドルミデーラは目を伏せた。


「…殿下が諦めたから、です。貴族社会の闇は大きくて、でも、負けずに頑張ろうと、少しずつでも風通しをよくして行こう、とおっしゃっていたのに。おそらく、カノッソ侯爵家の不正の証拠固めが終わり、捕縛まで時間の問題になり、ならば、わたくしだけでも逃がそうと、あんな茶番を仕組んだのだと思います。殿下の詰めが甘いのはいつものことですわ」


 苦笑するアドルミデーラ。口ぶりからして、恋愛をしていたのではなく、友情を育んでいたらしい。


「初対面の素性も知らねぇ相手に内情をバラすのは、もうどうでもいいからか?」


「いいえ。どうしようもない状況から助けてくれて、食べ物まで与えてくれる方々に心当たりがあるからです。貴方様は違法奴隷を解放した方々の一人でしょう?それとも、怪我や病気を治して回っている方でしょうか?やはり、同じ団体です?」


 アドルミデーラは王子妃教育を受けていただけあり、ちゃんと情報を掴んでおり、分析力もあるらしい。

 まぁ、「他の誰があっさりと地下牢に侵入し、一瞬で脱出出来る?」という話だが。


「さて」


 どう答えようと、勝手に解釈するだろう。


「では、貴方様にメリットはないように思えるのですが、本当に助けていただけるのですか?有機人形を作って死体の偽装といった手の込んだことまでするのでは、いくら、わたくしが働いても収支はまったく合わないのではないかと」


「そうでもねぇぞ。まぁ、分かり易く言えば、リビエラ王国貴族の必須の教養は調べられても、実際の社交界では違う知識や技能が必要、といったこともあるだろう?流行りのドレスだの好まれるアクセサリーの組み合わせだの、この曲は誰それの好む曲だの何だの、そういった体験談だけでも中々得られない情報だ」


「ですが、そういったことを知った所でどうなさるのですか?別に秘密でも何でもないことばかりですし」


「情報として溜めておけば、いずれ役立つこともある」


 潜入捜査をする場合、よりリアリティが出せるし、手土産の参考にもなるし、さり気なく盗聴、スパイカメラを仕込む際にもお役立ちである。そもそも、デザインを色々知っているだけでも歴史的文化的な検証も出来るワケで。


「分からなくもないのですが、やはり、収支が合わないような気がいたします…」


「ウチがやることは、一見、メリットがないように思えるかもしれねぇけど、全部、しっかりとメリットがあることばかりだから、気にすんな」


 今の時点でもシヴァと分身の物作り意欲を満足させ、コアたちの娯楽にもなっているのである。メリットだらけだ。


 とりあえず、アドルミデーラには色々と勉強してもらわないとならないので、『ホテルにゃーこや』に連れて行くのは、勉強が一通り完了してからになるだろう。

 まずはシンプルだが、そこそこ質はいい平民服に着替えてもらい、新たに解放された違法奴隷たち、まだまだ療養が必要な元違法奴隷たち、の世話を手伝ってもらおう。

 元気になっても行き場がない人たちにも手伝ってもらっているものの、人間の手は少ないので。



 ******



 アドルミデーラ・デ・カノッソは謎の獄中死を遂げた。


 数日後、公式文書にはそう記されることになった。

 彼女の元婚約者である第三王子…ラニエーリ殿下が、しばらく、かなり落ち込んだという噂が流れたが、その落ち込みは「自分の手でケリを付けたかったからだろう」と解釈された。

 親しくしていた男爵令嬢のスカーヤとは、身分差からか徐々に疎遠になり、新しく婚約者を探すことになった。


 カノッソ侯爵家は重大な不正により強制捜査が入り、取り潰された。罪人になった元カノッソ侯爵とその夫人は貴族籍も剥奪されて国外追放、となる予定だったが、近隣諸国に迷惑だという意見が通り、厳しいことで有名な修道院に送られることになった。



 それで、大団円かと思いきや、予想外のことが一つ。


「わたくしの天職だと思いますわ!」


 王子妃になるべく、色々と勉強していたアドルミデーラ、改めミラは元々回復魔法の適性があり、そこそこ使えた。

 だからこそ、シヴァは元違法奴隷たちの世話をしてもらったのだが、予想外にもミラは回復魔法の才能がかなりあったのだ!


 回復魔法を使えば使う程、ぐいぐいと右肩上がりに効果が高まり、比例して魔力も増え、それならば、とシヴァがもっと効果が高い回復魔法のスクロールをビシバシ与え、人体の構造を教え、怪我や病気が治る仕組みも理解させた結果、短期間でエリアハイヒールまでマスターした程だった!


 魔法の適性がなければ、いくらスクロールがあった所で覚えられないので、元々、ミラの素養が素晴らしかった、ということである。


 そうなると、ミラを『ホテルにゃーこや』の従業員にするにはもったいないので、時々従業員たちの講師をしてもらう程度にし、『治療ゲリラ』のメンバーに加えることにした。

 水腹にならずに魔力回復が出来る改良新薬、MP錠剤をたっぷりと与えて。



 ミラが【聖女】と呼ばれるようになるのは、これから数年後のことである。



 ちなみに、ジャパニーズホラーは異世界人たちの大半も怖がった。


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