番外編19 幸せの一輪の花
「…え?お花は?」
「お花?何の?」
「結婚式にお花がいっぱい必要でしょ?…え、知らなかった、とか?」
コクリと頷く彼氏に、ルソラはきゅっと眉をしかめた。
「そんな……あ、ねぇ、ちょっと聞いていい?結婚式ってお花をいっぱい飾るよね?花嫁さんにも花婿さんにも式場にも」
ルソラは近くの席の子供連れの女性にそう質問した。
「え?平民で?裕福な商人か貴族だとダンジョンからお花を持って来て飾るっていうのは聞いたことがあるけど…」
「だ、ダンジョンから?」
「違うんだ?」
「うん。街の近くにお花がたくさん咲いてる場所があって、寒い時期以外は咲いてるから気軽に
「ルソラ…。じゃ、冒険者を雇ってお花を集めてもらおうよ」
「でも、新居にもまだまだお金がかかるし…」
「大丈夫!知り合いの冒険者に頼んでみるから。他の依頼のついでなら、そんなに高くないと思うし」
「セルージョ……」
「いい加減、セルって呼べって」
「うん。セル、嬉しい!」
安心させるかのように手を握るセルージョに、ルソラはもう片方の手も重ねた。
「ちょっと、待って待って!話が聞こえちゃったんだけど、ここのパラゴダンジョンなら、花がある草原フロアって5階よ?急に魔物が強くなるフロアからよ?それに、少なくともCランク冒険者じゃないと、マジックバッグを持ってないだろうし、花の採取依頼は他の依頼のついで、で受けないと思うよ。かさばるし、扱いが大変だし」
盛り上がる二人に水を差したのは、側の席にいた女冒険者だった。
ピークは過ぎたとはいえ、ここは食堂なので、ルソラとセルージョ以外にも客はたくさんいたのだ。
「え、5階なんだ?それはちょっと…どころじゃなく、難しいか…」
「春なら街からそう遠くない所で花が咲いてるぞ」
商人風の男がそう教えた。
「花屋で買えば?」
商人の連れの女性がもっともな提案をする。
「…そうだ、花屋!」
「この時期、暑さですぐダメになるから高級品になってるぞ。冷やす魔道具と魔石が必要らしいし」
ゴツいガタイだが、冒険者ではなさそうな三十歳前後の男がそう教えた。
「…ダメだね…」
ルソラはがっくりと肩を落とす。
「って、何でそうも詳しいんだ?花なんて縁がなさそうなのに」
ガタイのいい男の連れがそうツッコミを入れる。
「娘の誕生日にどうかと思ったんだよ!高過ぎて却下したけどな!」
「なるほど」
「ルソラ、お母さんの故郷ってどこなの?そちらへ行って結婚式を…」
そこで、セルージョがそんな提案をするが……。
「ダメよ。もう村はないし、ちょっと遠いって話なの。お花だけのために遠出は出来ないわ。そっちを選んでも護衛に冒険者を雇わないとならないんだから、更にお金がかかるし」
「それぐらいだったら、花の採取依頼を出した方が安いだろ」
「結婚式を春にしたら?花にこだわるんなら」
「いや、それは、お互いの親たちも楽しみにしてるんでちょっと」
セルージョにとっては論外だったらしい。そうよね、とルソラも同意する。
「まぁ、そうだよなぁ。一年近く待たせるっていうのも」
「じゃ、布の花を作ってもらったら?洋装品店か雑貨屋で」
商人風の男がそう提案する。
「それしかないか」
「ううん、諦めるわ。費用がかかり過ぎるもの。みなさんも、色々考えてくれてありがとう。でも、セルージョ…セル、春には一緒にお花を摘みに行ってね」
ルソラの言葉にセルージョは感激したらしく、両手でがしっとルソラの手を握った。
「もちろんだとも!」
周囲の人たちから自然と拍手が起こった。
******
「いやぁあああああああああっ!」
数日後。
ルソラは血だらけのセルージョと対面することになった。
その血だらけの手には赤紫の一輪の花。
「何で……」
ルソラは医務室のベッドに寝かされているセルージョの手を取った。
よく見れば一輪の花は
「いくら何でも花が一輪もない結婚式は、ルソラが可哀想だって、何度も言ってたぞ」
「そんなのどうだっていいのに!セルが無事な方がどんなにいいか……ああ、ごめんなさい!助けてくれて、ありがとうございます!」
血だらけで意識がないセルージョだったが、怪我自体はポーションで治してもらっていた。
まず、ルソラはお礼を言わないとならなかった。
治療師ではなさそうな中背細身のこの男…少年?がセルージョを助けてくれた人だろう。
ルソラの自宅に来たメッセンジャーの十歳ぐらいの少年はこう言っていた。
「セルージョさんがダンジョン内で怪我した所を、通りがかった冒険者が助けて、今、冒険者ギルドの医務室にいます。ルソラさんを呼んでいるのですぐに来て下さい」
どうしてダンジョンに?怪我ってどうして?セルは一人でダンジョンに潜ったの?
色々と訊きたいことは多かったルソラだが、メッセンジャーの少年が知っているワケがない。それよりも、と冒険者ギルドまで走って来たのだ。
医務室に入るなり、悲鳴を上げてしまったのもセルージョの恩人には失礼だった。
「どういたしまして。それで、ポーション代なんだけど…」
「…あ、はいっ!もちろん、支払います。おいくらでしょうか?あ、メッセンジャーの料金も救助のお礼もいくらか…」
「いや、そういった話じゃなくて。まず、名乗ろう。おれはアル。Cランク冒険者だ。セルージョ、今は疲れて眠ってるけど、ちょっと前までは起きてて事情を話してくれてさ。
商売上、付き合いのある人の口車に乗せられて、元冒険者という触れ込みの三人と一緒にダンジョンに潜り、5階に到着するまでは順調だったんだけど、狼系魔物の群れに襲われた時、その元冒険者の一人がセルージョのふくらはぎを切り付けて突き飛ばし、囮にして三人は逃げたらしい。予定通りだと笑って。
つまり、最初から亡き者にするつもりだったんだろうな。その知り合い、長男で跡継ぎのセルージョじゃなく、あまり出来のよくない次男の方と懇意にしてるから邪魔に思ってたんだろう、と」
「そ、そんな……あれ?でも、よく助かりましたね?セル、魔法がちょっとだけ使えますが、魔力量があまりないのに」
「そのちょっとで九死に一生を得て、おれがたまたま偶然、通りがかったワケだな。…ということで、ポーション代その他の請求先はその騙した元冒険者たちと主犯の知り合いってワケ。セルージョさんに対する賠償金もぶんどれるし、殺人未遂で警備隊にも突き出せるぞ」
「ええっ?どうやってです?もう逃げちゃってるでしょうし、何とか捕まえて問い詰めてもしらばっくれるだけでは?証拠なんてまったくない気がしますが…」
「ここで使うのは『素直になるお薬』だ。またの名を『自白剤』と言う」
「……はい?」
ルソラは耳がおかしくなったのかと思った。続いてセルージョの怪我で動転して自分の頭がおかしくなったのかと。
「おれ、副業で『こおりやさん』の店長をやってるんだよ」
そのアルの言葉でルソラはすべてを納得した。
時間停止収納を使ってるとしか思えない、画期的なかき氷の自動販売魔道具を作った大魔導師様だと名高い人なら、自白剤ぐらい余裕で作れるに決まってる、と。
それからは、もう、目まぐるしく事態が動き、どうやって捕まえたのか、悪人たちはあっさりとすべて捕縛されていた――――――。
******
「結婚、おめでとう!」
「おめでとう!お幸せに」
「美人な花嫁で果報者だな!セル!」
「おめでとう!」
数日後。
たくさんの人たちに祝福され、予定通りにセルージョとリソラの結婚式が行われた。
リソラの茶金の髪に飾るのは一輪の赤紫の花。
摘みたてのように瑞々しいのは、ダンジョン産の花は魔石を入れた水に浸けておくと、普通の花より日持ちがする、よれている場合は少しポーションを混ぜると復活する、とどこからかセルージョが聞いて来て実行したからだ。
リソラが子供の頃から夢見ていたような、花がいっぱい飾ってある結婚式ではなかった。
しかし、寂しい結婚式とはまるで逆!
祝ってくれる人たちの笑顔が眩しく、女性招待客の装いがカラフルで花よりも華やかだった。
こんなに、こんなに心から祝われる結婚式を挙げられるなんて、幼い頃には想像もしてなかった。
輝く笑顔の花嫁花婿に招待客も更に笑顔になる。
笑顔の相乗効果が幸せな空間を作る。
ただ、夏の日中。日陰も十分とは言えない教会前広場。
そろそろ、解散にして、軽い食事を用意している会場に移動しようとした時……。
ひらり、ひらりと小さな白いものがゆっくりと舞い落ちて来た。
季節外れの雪?
違う。白い花……雪で出来た花だ!
小さい雪なので身体や服が濡れることなく、すぐ溶けてしまうが、この周囲だけ温度が下がり、過ごし易い気温になる。
その白い花の間をどこからか現れたカラフルな蝶が何匹も優雅に舞い、祝福するかのように花嫁花婿の周囲をぐるりと回る。
「すごいすごい、綺麗!」
「本当すごいな。……あ、『こおりやさん』?こんなに見事に氷魔法使う人って他にいないよ」
「……あ、お祝いしてくれた、のかな?」
周囲を見渡しても『こおりやさん』店長の姿は見えない。
リソラがセルージョを見上げると、コクリと頷いた。
せーのっ!
「ありがとーっ!幸せになるからっ!」
どこにいるかは分からないが、感謝の気持ちを伝えたかった。ならば、叫ぶしかないだろう。
何年経っても、この時の綺麗な光景も嬉しい気持ちも決して忘れない。
******
「どういたしまして。おかげで、稼がせてもらったし、ちょっと危ないかもしれねぇ新しい『自白剤』の臨床試験がたくさん出来たし」
『マスター。身も蓋もないですよ~』
『こおりやさん』サイドでそんな会話があったとか、もっと黒い話をしてたとか……はご想像にお任せする―――――――――。
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