番外編08 異世界に歯科医師はいらない

「歯磨き?しないぞ。【クリーン】があるし、臭いが気になる物を食った時は【浄化】する。子供は親が【クリーン】を使う。歯に何かひっかかってる場合も、意識すれば【クリーン】でキレイになる」


 アリョーシャの街へ向かう道中、アルが異世界の歯磨き事情を訊いてみた所、ダンからそう返って来た。


「え、そういった使い方も出来るんだ?…っつーか、なのに、何で歯磨きは知ってるんだ?」


「歯ブラシはあるから。異世界人が広めてな。何でも口の中の肉?」


「歯ぐきな」


「そう、そんな名前だった。その歯ぐきの健康のために、とかで。歯が食われる病気も…」


「虫歯な。…あ、こっちだとポーションで治るのかっ!」


「そうだ。歯が抜けた場合も中級ポーションで生え変わる。ただし、ある程度の年齢まで。年寄りは治らない。中級や上級ポーションでも。何か『もと』が不足するかららしい」


「だろうな。ポーション自体、元々身体が持ってる治癒力を促進させるもののようだし、治癒力が衰えてるんじゃ…って、歯は治癒力じゃどうにもならねぇような…ああ、そこは魔力で補って再構成っていう感じ?」


「言ってることがよく分からん」


「それは失礼。まぁ、つまり、こっちには歯医者はいねぇってことだな」


 臭いの粒子までクリーンで除去、歯槽膿漏や他の口腔の病気もポーションで治るのなら、口臭も問題ない。

 こんな環境なら歯並びなんて気にしている人もいなさそうだ。


「ハいシゃ?」


 ダンは首を捻った。こちらにはまったくない単語らしく、発音もおかしい。


「歯の医者。でも、歯がなくなったお年寄りはそのままってこと?」


「いや、歯の替わりになる道具がある。前は義歯と言っていたが、異世界人が広めたマウスピースの方が今は一般的な呼び方だな」


「なるほど。そういった形状なワケだな。本来のマウスピースはスポーツ…殴り合い遊戯用だけど」


「殴り合い遊戯?喧嘩じゃなくて?」


「殴り合いや格闘でどっちが強いか、と競う遊びがあったんだよ。ルールを決めて死者が出ねぇように、怪我もあまりしねぇようにして。殴られると口の中が切れるし、時には歯も折れるから、それを防ぐのがマウスピース」


「へぇ、それは知らなかった。平和な世界でも殴り合う遊びがあるのは不思議な感じがするが」


「闘争本能が強くて血の気が多くて乱暴な人間もいるから、健全な遊びで発散させよう、ということだな。おれのような温厚な人間は中々いねぇし」


「確かに温厚だよな。盗賊たちですら一人も殺してなかったし」


 ダンの判定ではそれだけで「温厚」判定らしい。

 盗賊を生きたまま捕縛した場合、賞金首なら斬首か縛り首、それ以外は犯罪奴隷に落とされ、「死んでもいい労働力」としてこき使われ、死んだ方がマシという程の酷い目に遭うそうだが、どちらが酷いかは状況によっても違うのでよく分からない。

 つまり、殺さない方が酷い状況の場合も多いワケだ。


「だが、アル。多数を相手にする時は確実に潰しとかないと自分たちがヤバくなるから…」


 話が出たが幸いとばかりに、ついでにダンは忠告をしてくれる。しみじみと善良だ。


「ああ、分かってる。ここは魔法のある世界で、すぐに怪我が治せるポーションもあるんだから、手足を折ったぐらいじゃ安心出来ねぇって話だろ」


「分かってるのに敢えて殺さなかったんだな?」


「そう。文明も医学も進んでる世界にいて、どれだけ生かすのが難しいかを分かってるだけに、そう簡単に殺しちまうのももったいないかな、と思うだけでさ。おれがいた世界の人間と内臓は違ってたり、構造や役割が違ってる臓器があったりするかもしれねぇし。

 移植…健康な臓器と病気の人の臓器と取り替えれば、助かる人も増えるかもしれねぇんだぜ?」


「おいおい、何だそれは。悪魔の所業か?痛みは麻痺させるか、深く眠らせるかするにしても、臓器を取り替えられた人は病気になるんじゃないのか?」


「それ以前に、不適合…他人の内蔵じゃ機能しなくてどっちも死ぬかも、なんだけど、その辺はポーションで何とかなるかもしれず。まぁ、健康な臓器を持った悪人がいたら、色々とやってみようかな。医学の発展のための尊い犠牲、というのはかなりの有効活用だし」


 ニヤリとアルは笑う。

 なんだ、冗談か、とダンはほっとして笑った。

 まだつき合いが薄かったからこその誤解だった。


 ******


 アルは一応、倫理観念はある。

 しかし、育った環境がサバイバルだったため、自分や家族や友達に危害を加えて来る連中に容赦しない。

 ただ、正当防衛になるようには考える必要があった。

 人権?こちらが侵害されてるのに、敵に人権なんかあるワケがない。


 そして、ここは『死』が身近な異世界。行方不明になった所で、誰も探さない、探せない。


 魔法や呪いがあり、よく分からない生態の魔物もいる世界だからこそ、アルの知らない病気や怪我も多いだろう。

 生き残りたければ、研究は必須なのに、文明自体がそう進んでいないため、重要視されず、医療分野は特に遅れているようだ。

 それでは、大事な人も助けられないかもしれない。


 内緒の場所と『快く尊い犠牲になってくれる実験体』と薬草や素材、そして、速く移動出来る手段を確保出来るのなら、解体も解剖も実験も新薬作りも投与もやりたい放題か。


 後日、条件が揃い、アルが実行に移すことをダンは知らない。

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