番外編07 あの時の裏事情 ― ダン side ―

「…っっ!アルトはっ?」


 いきなり現れた土杭のせいで荷馬車がひっくり返り、待ち伏せていた盗賊たちと乱闘になってしまった。

 土魔法使いと探知妨害、或いは隠蔽出来るスキルか魔法を持った盗賊がいたらしく、後手に回ってしまったのだ!


 初心者よりはマシのまだまだ駆け出し、というEランク冒険者のアルトに三十数人はいる盗賊の相手は荷が重い。

 アルトが護衛に加わるのも本来なら早いのだが、拠点移動ついでの雑用担当で全員Cランクのダンたちのパーティ、Dランクパーティと一緒にこの隊商に加わっていた。

 低ランク冒険者が経験を積めるので、ギルドでも推奨している。


 ダンは乱闘の中、盗賊たちを倒しながら、商人たちを守りながら、大して戦闘力がないアルトのことを気にしてはいたが、盗賊たちが多過ぎ、こちら側も怪我人が出て、アルトがどこにいるのか中々知ることは出来なかった。


 乱闘になってしまったせいで、広範囲攻撃魔法、攻撃スキルが使えないのも痛かった。

 商人たちを馬に乗せて逃がそうにも、すぐ追いつかれるだろう。

 体勢を立て直したくても、既にやられた人が味方か敵かもよく見えない。


 その時だ。


「な、何だこいつ!」

「ぐはっ!」

「何してるっ!撃て…ぎゃっ」

「ストーンバレッ……ぐぁっ!」


 悲鳴が上がった。

 盗賊側から何人も!


(何が起こってる?)


 確認したくても、ダンたちも近くの盗賊を倒すのが精一杯で中々見ることが出来なかった。


「アル……ト?いや、違う!」


「誰だ、あれは…」


「歴戦の戦士にしか見えん…」


「どこか怪我したのか?腹が真っ赤だし、時々ふらついて…あ、ころ…ばなかったな」


「敵じゃなければ何でもいい!一気にたたみ込むぞ!」


「おうっ!」


 パーティリーダーのグロリアの指示に、ダンたちも気合いを入れ直した。

 盛り返したダンたちの活躍よりも、アルトの姿をした「誰か」が三分の一は倒し、その中に魔法使いたち、弓師も潰したので、守り役も最低限だけでよくなり、すべての盗賊たちを倒すのは短時間で終わった。


 そうなると、気になるのはアルトの姿をした「誰か」だ。

 アルトは召喚、憑依系スキルや魔法なんて持ってなかった。

 突然、スキルが生えて動きがよくなることは時々あるが、スキル程度であれ程、動けるようになるワケがない。


「ともかく、捕縛しようぜ」


 アルトの姿の「誰か」もダンたちに疑われるのは分かっているようだが、そう促されて、まずは安全確保優先、と盗賊たちを縛り上げた。

 その縛り上げる手際もかなりよく、ロープの結び方も見たことのなかった厳重なものだった。


 そして、落ち着いた所で話を聞いたのだが、アルトの姿の「誰か」は、自分でもどういった状況でアルトの身体に意識が入っているのか、よく分かっていなかった。

 記憶も曖昧で自分の名前も忘れているので、「アル」と名乗ることになった。


 アルの腹から下は血で濡れていた。どう見ても致命傷としか思えない程に。

 それでも、アルは平気で動いていた。シャツをめくって腹を見ても、傷跡はまったくない。


 アルの意識が入ったことで傷跡がなくなった、と考えられるが、アンデッド化したとも…いや、体温があって呼吸し、あくびも瞬きもし、少ない材料で美味しいスープを作り、パンまで食べるアンデッドなんかいない。



 パーティリーダーのグロリアは警戒して当然の立場だが、念のためだけで気楽に考えているようだ。

 ダンとしてもアルの存在は不可解だが、敵ではないのは分かる。外れたことのない本能的なカンと、誰も殺していないことで。


 アルとアルトは別人、というのは誰が見ても分かることだった。

 まず姿勢が違う。

 ピンと背筋が伸び、くつろいでるように見えても、さり気なく周囲を警戒しているのが分かる。戦い慣れた者ならでは、だ。


 アルトの薄い水色の目はぼんやりとした印象だったが、アルになった途端、金属のように鋭く見える意志が強い目。



 ダンは不意に理解した。

 ああ、アルトは死んだんだな、と。


 アルトはダンたちがよく行っていた街の宿屋の息子だった。

 宿泊客も食堂も冒険者が多かったからか、家族でやってる宿屋と食堂が忙しいからか、アルトは冒険者に憧れていた。


 アルトが冒険者登録しても、宿屋の手伝いに駆り出されていて中々依頼を受けられず、鍛錬もロクに出来てないので、強引に隣町に拠点を移し、そこで冒険者として少し活動していた。

 アドバイスをしたのも、アリョーシャの街に行く護衛依頼を受けたから一緒にどうだ、と誘ったのもダンだ。


 懐いていた弟分を失った。

 悲しいのは確かだが、あそこで「アル」の意識が入って活躍してくれなければ、ダンたちも逃げ切れたかどうか分からない。

 後手に回った多勢に無勢、ロクに戦えない商人たちを守りながら戦うのは難しいのだ。

 冒険者は自由だが、自己責任でもある。


 そもそも、まさか、こんなに大人数の盗賊に狙われるとは誰も思っていなかったのだ。

 しかも、攻撃魔法が使える連中がかなり多かった。あれだけ使えるのは、単なる盗賊ではなく、どこかに雇われてる魔法使いではないだろうか。


 その疑念を晴らしたのは雇い主たる商人だった。

 何故なら、かなり希少なを持っていたのだから。


 ******


 ダンジョンのドロップで出る大半のマジックバッグは、時間停止ではないし、マジックバッグ自体、作れる人が少なくて数も少なかった。

 そして、その中でも更に少ないのが時間停止機能が付いたマジックバッグだ。容量は少なくても、かなりの高値が付く。


 中堅クラスの商人が時間停止のマジックバッグを持ち、そして、どこからかバレた…となると、先祖代々伝わってるものなのだろう。

 金目のものの情報はどこからかバレるものだし、鑑定スキル持ちがいれば、尚更だった。物の鑑定も出来るのだから。


 鑑定しても分からないよう偽装も出来るが、そういった加工が出来る人も少ない。

 宮廷魔法使いか貴族が囲い込んでる優秀な魔法使い、錬金術師、付与術師ぐらいだろう。



 護衛をやる上で危険度合いが上がるこの「希少な物を持っている」情報を開示しなかったことに、ダンたち護衛冒険者は抗議出来る立場ではあったが、アルというイレギュラーな存在にそれどころじゃなかった。


 ちなみに、商人がバラしたのは食事の支度の時にを提供したからだ。

 怪我人だけじゃなく、死者も出ているので良心が咎めたらしい。

 二度と依頼は受けない、冒険者ギルドに「希少な物を持っている」と情報開示するのを条件に和解した。


 盗賊だけじゃなく、即席強盗まで襲って来そうな商人の護衛は、専属を雇うしかないだろう。

 以前は専属護衛がいたそうだが、割の合わなさに逃げられた、大怪我して引退した、といった内情だったのだ。

 もっと大手ならともかく、中堅商人には分不相応、割に合わないのだから手放せばいいのに、その辺りは商人気質か譲れないものらしい。


 ******


「アルトは運が悪かったな…」


 アルトと割と仲良くしていたボルグがそう呟いた。

 アリョーシャの街に到着して数日後。

 少し落ち着いて来ると、ダン以外のメンバーも実感して来たらしい。


「おれたちの運はよかったのか?」


 マーフィがそう訊く。


「よかった、でいいと思うぞ。戦い慣れたアルがいなかったら、依頼主たちを守って戦う以上、酷い怪我をしたかもしれん」


 リーダーのグロリアも色々考えたらしい。

 自分たちのパーティなら戦力的にはあの程度の数と質の盗賊など圧倒出来るが、もう一つのパーティもいたし、依頼主たちもいた。


「こう言っては何だが、魔物に食われるよりはマシだったと思うぜ」


 ヒューズが冒険者に多い死因を挙げて慰める。


「まぁ、それはな。冒険者ってのは死と隣り合わせなのはよく分かってても、いきなり過ぎて何か…さ」


「割り切れない、か。身体は生きてても中身が別人過ぎて、返ってアルトが死んだことが強調されてるような感じだしな」


 上手く言葉に出来ないようなボルグに代わり、ダンは自分の気持ちも混ぜて言葉にしてみた。


「そう、それだ!アルも結構いい奴だから、悲しみ損ねてるっつーかさ」


「まぁ、もやもやしてるのはダンジョンで発散すればいいって」


「だな~。おれは実感薄い派。実はアルトの意識は眠ってて、アルが憑依みたいになってるだけかもしれないだろ」


 ヒューズとマーフィがそう慰めた。

 ダンとしてはアルトの意識…魂?はもう身体に残っていないと思う。

 そうじゃなければ、多少なりともアルの仕草に出るだろうに、まったく出ないのだ。

 そう言うのも無粋なので、ダンは黙って温いエールを飲み干した。



 これ以降、死んだアルトのことを考える余裕がなくなったのは、何かと規格外過ぎるアルのせいだった。

 それがいいのか悪いのかは……。


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