番外編53 君が君でいられるように
君のことを守りたい。
それは強烈な願い。
自己満足でもいい。
君を守りたかった。
君をこの手で守りたかった。
君を『自分が』守りたかった。
誰からも何からも、さらわれないように。奪われないように。散らされないように。
君が笑って暮らせるように。
君の心が穏やかでいられるように。
君が君でいられるように。
しかし、その願いはいつだって叶えられることはない――――――――。
******
怖かった。
とても怖かった。
コレットがこんなに怖かったことは、ゴツくて大きい男に押し潰されそうになった時以来、かもしれない。
それも、ワザとじゃなくて、殺意も悪意も害意も何もなく、単にコレットが居合わせただけで喧嘩に巻き込まれ、男にはコレットが小さ過ぎて見えず、コレットの気配にも気付くことなく、で死にそうになった。
性根は悪い男じゃなく、急いで治療院に連れて行かれ治療師に治してもらったからこそ、何の後遺症もなく今も無事に生きているが、あの時の痛みと恐怖は今でも鮮明に思い出せる。
人は悪意も害意もなく、小石を蹴り飛ばすように、何も考えることもなく人を殺せる。
そうコレットは学習したが、あの時は生存本能による恐怖だった。
今は
大丈夫、大丈夫。コレットはあの時とは違う。
身体も成長したし、頑張って鍛錬して強くなった。…強くなってるハズだ。
鍛錬相手たちにはまったく勝てなくても、それは彼らが強いだけで、コレットと一緒に誘拐された子供たちを守れるぐらいには強くなってる…ハズだ。
見た目ではほとんど同じ年頃に見えても、コレットの実年齢は数歳上。
か弱い子供たちにまでうっかり大怪我させないよう魔法は封じられてはいても、スキルは使えるし、万が一の際にはちゃんとフォローもしてくれる…ハズ。
大丈夫、大丈夫。
魔法が使えなくても、どう戦えばいいのか分かるし、魔法が使えない状況を想定しての鍛錬もして来た。
ちゃんと強くなってる。
だから、コレットが選ばれた。
本当に大丈夫。
仕事らしい仕事はこれが初めてでも。
ドキドキする胸を押さえて、空気を吸って吸って吸って、一気に吐き出す深呼吸。何度も繰り返すと、気持ちが落ち着いて来た。
コレットは怖くても震えてはいない。
ゴツイ身体で怖い顔の男たちに、何が何だか分からないまま、誘拐された子供たちの身体は震えていた。大丈夫だよ、と手を握る。
「ちゃーんとおとなしくしてねぇと、見せしめでぶっ殺すからな。こっちは二、三人減った所でどうでもいい。また調達するだけだ」
クズの一人がニャニヤ笑いながら、手に持った鞭をビシバシ振るって、壊れた椅子を更にバラバラにした。
脅しじゃなく本気だ、と子供たちにも分かったからこそ、怖がっている。
その中に一人、平民には見えない可愛い女の子がいた
まだ十歳ぐらいでも、目鼻立ちが整っており、キラキラした金髪に透き通った青い目。
色んな所から誘拐されたようだし、手も肌も髪も荒れていないので貴族令嬢なのかもしれない。平民が着るような服でも質がちょっといいものを着ている。下女の服を借りてお忍びで出かけた所、誘拐された、というのもありそうな話だった。
「お、一人いいのが混ざってるじゃねーか。もっと育った方がいいけど、このぐらいがいいっていう客もいるからな」
「おいおい、マジで貴族のお嬢さんっぽいぞ。あいつら、危機感がないから、お忍びとか言ってほいほい街に出て来るからな。護衛がいた所で同じく危機感がない奴らばっかだから、簡単に離れたりするし」
「マジでお嬢なら、金目の物をどっかに身に着けてるかもしれねーぞ。魔道具とかマジックアイテムとか。ちょっとひん剥いてみるか」
「よしよし、やれやれー」
「どうせ、今は暇だしな」
「こんなちっこいと、大して面白くねーんだけど?」
クズたちは嫌がる女の子を連れ出し、手足を縛ったロープを解き、服を脱がせる。
他の部屋に連れて行かないのは、見せしめも兼ねているからだろう。誘拐された子供たち全員が縛られているので、邪魔されることはない、と。
女の子を助けることは出来ない。
クズたちの人数が多いから、コレット一人が抵抗した所で誰か死ぬ。予想より、誘拐された子供の人数もクズも多かった。
ここにいる四人のクズを何とか全員殺せたとしても、どうしても子供たちは騒ぐだろうし、部屋の外にもクズがたくさんいるのだ。
子供たち全員を無傷で脱出させるのはかなり難しい。
コレットは誘拐された子供がどこに連れて行かれるのかを知るために、子供たちの命を守るために、子供たちに混ざって一緒に誘拐され、ここにいる。ヘタに動いて怪我させては本末転倒だ。
連絡はとっくにしてある。クズどもを捕まえるために、もうすぐ警備兵たちが来る。
分かってはいても、女の子が可哀想でつい動きそうになってしまう。
「な、なんじゃこりゃ!脱がしても脱がしても服…」
「おいおい、一体、何枚着てるんだ…」
しかし、女の子が何枚も服を着ていたことにより、怒りよりも笑えて来た。貴族令嬢はコルセットとかいう鎧のような下着を着るとは聞いたが、子供の頃からたくさん着せるものらしい。
しかも、長い靴下?タイツ?がウエストの紐に吊り下げるようになっており、下着とも繋がっていたので、そう簡単に脱がせられない。
破ってしまうのももったいないような、質のいいものらしい。
そうこうするうちに、やがて、部屋の外が騒がしくなって来た。
何か倒れる音、潰れてしまって聞き取れないが、何か怒鳴る大きな声、慌ただしく移動するような足音。
クズたちの耳にも聞こえたらしく、「ヤバイ!」と女の子を放り出し、短剣やショートソードを鞘から抜き、構えた。
今がチャンス!
コレットはすぐさま動き、服に仕込んでいた【切れ味強化】を付与した特殊繊維の合金糸で、子供たちを縛っているロープを片っ端から切って行く。魔法は封じられているが、魔力を封じるのはほぼ不可能なので、合金糸に魔力を通して手のように思い通りに操ることが可能だった。
ただ、壁板を繰り抜く程の貫通力がないので、扉以外の退路を確保するのが難しかった。出来たら、とっくに脱出口を空けていたのだが。
しっ!
戸惑う子供たちには、人差し指を口の前で立てて見せる。
ほとんど誰にでも伝わる仕草。黙れ、だ。
「もう逃げられないぞ!周囲は警備兵で囲まれている!おとなしく投降しろ!」
部屋の外からそんな大きな声が聞こえる。
「やれるもんならやってみろ!こっちにはかわいー子供たちがたくさんいるんだからな!」
「無事に返して欲しければ、兵を
「真っ向から交渉して何で利くと思ったのやら。あったま、使えよ~」
「『様式美』というのがあるんだよ」
クズどもの煽りに、一人だけ冷静にツッコミを入れた。
四人のクズのうちの一人、だった。女の子の服を脱がせようと提案した男。
なのに、他の三人をあっさり倒して気絶させたのも、この男だ!
何者?
仲間割れ、とは思えない。
どこかの組織の者が潜入していた、ということか?
子供は孤児や平民ばかりだ。…いや、一人、服を脱がせられた女の子は貴族令嬢のようだった。その護衛だったのなら、あんなことは扇動しないだろう。何が目的で?
そんなことより、今は子供たちを守らないと!
子供たちを奥へと押しやり、コレットは前に出た。
あれ、おかしい。放り出された女の子はそのままで、全然動かない。
打ち所が悪くて失神でもしているのかも……。
そこで、正体不明な男が扉を開き、外の警備兵たちを招き入れた。
警備兵たちは男を労いながら、どんどん中へ入って来て、殴り倒されたクズ三人をロープで縛り上げた。
どうやら、知り合い…いや、最初からの計画だった?
すると、この男は潜入捜査をしていたのだろうか。それとも買収されて?
コレットだけじゃなく、子供たちも戸惑い、助かった、という安堵とは無縁で不安そうだった。
それでも、手荒には扱われずに保護され、警備隊詰め所に連れて行かれた時には、ようやく、ホッとした雰囲気になった。
ただ、あの貴族令嬢っぽい女の子だけは別にされた。
本当に貴族だったのかもしれないが、コレットはどうも違和感を感じる。
思い返してみれば、最初からこの女の子もおかしかった。薬を使われたのかもしれないが、泣き喚きもせず、おとなし過ぎていたのだ。本当に貴族なら荒事など、無縁だろうに。
事情聴取が終わり、住み込みの職場に帰った後で調べてみようか。
******
「お疲れ~」
コレットが住み込みの職場の従業員寮に帰ると、出迎えたのはあの「正体不明な男」だった!
「な、何でここにっ?」
「オレはレジャン。コレットは初仕事というのを考慮しても、緊張し過ぎてたから60点といった所だな。まぁ、よくやった方だ」
「だから、何でここに?オーナーの許可なしでは入れないハズ…オーナーの依頼で潜入してたってこと?」
そうとしか考えられない。
そもそも、ここはラーヤナ国王都フォボス。誘拐騒ぎがあったのは、ここからもっと南国、馬車なら何ヶ月もかかるリビエラ王国だ。
転移系の魔法を使えない限り、この長距離を即日に移動出来るワケがない。
コレットはオーナーの従魔で【影転移】が使えるシャドーパンサーのバロンが迎えに来てくれたので、レジャンはオーナーかその妻が連れて来たのだろう。
「まぁ、今は。かつてはマジでああいった連中の仲間だったんで、罪滅ぼしも兼ねて危険な仕事をさせられてるワケ。オレなんて、最初の方は怪しまれて半殺しにされたことが何度もあるんだから、コレットはマジで立派だと思うよ~。オーナーにちゃんと治してもらったけど、痛かったなぁ」
あはははは~…と男は気楽に笑う。
「笑ってる場合?…あ、じゃ、あの女の子も潜入してたってこと?何か色々とおかしかったし」
「ああ、あれは人形なんだよ」
「……は?生きてるようにしか見えなかったんだけど…」
「人形の魔道具、らしいぞ。か弱い子供を痛め付けたいクズが多いから、生贄人形ってことで。実は超お宝なのに、クズはその価値が分からず、手荒に扱いまくる辺りが笑えて仕方ないんだけどさぁ」
確かに、とコレットは大きく頷いた。
ここは『ホテルにゃーこや』。
大魔導師という評判になっている超技術と知識を持つオーナーが経営している高級宿だ。
そのオーナーの作るものは規格外なものばかり。生身にしか見えない人形なんて、オークションに出せば、史上最高額で落札されそうである。
『ホテルにゃーこや』の従業員の大半は子供ばかり。孤児院や保護した子供を雇っているからだ。
似たような境遇で酷い目に遭っていた子が多いだけに、新入りもすぐに仲良くなり、仲間意識も強い。
三食昼寝おやつ、温泉付き、社員寮完備、制服や備品、生活雑貨も支給…といった超好待遇だけじゃなく、客商売に必要な勉強以外も好きなだけ勉強出来る環境で、最低限の自衛として身体を鍛え、魔法も教わることが出来る最高の環境だった。
コレットの仕事はホテルの従業員。お客様の相手だ。
なのに、今回、誘拐されそうな子供たちと一緒に行動していたのは、『研修』の一環だった。
「その辺の
コレット以外は慢心を自覚させる意味もあるらしい。
仲間内でも戦闘向きの者は鍛錬で負けることの方が少ないので、多かれ少なかれ慢心してしまう。
『守る側』になったのを自覚しても、どこまで守れるのか、どこまで手を出すのか、その見極めもしないとならないのも課題だった。こういったことは状況次第なので、実戦じゃないと身に付かないことでもある。
コレットはレジャンに60点と言われたが、緊張の他の減点対象は何だろう?子供たちにもっと声をかけた方がよかったのだろうか。しかし、返ってクズたちに警戒されそうでもあり。
「まぁ、ゆっくり休みなよ。反省なら後でじっくり出来るし」
「うん」
レジャンは軽く手を振って、「また、どこかで」と従業員寮を出て行った。
もう、ここでの用事はないらしい。
コレットは温泉を引いている大浴場に行こうか迷ったが、その前に何だかお腹が減って来たので、もふもふ二足歩行猫型ゴーレムの『にゃーこ』に言って、おやつをもらおう!
いつも、たくさんの種類のおやつも軽食も食事も用意してあって、食べ放題なのだ!
これだけでも給料なんてなしでいいぐらいだが、給料もたっぷり。
学ぶこと、努力することが嫌いな人には最悪の職場だが、そうじゃなければ、理想の職場だった。
******
「うーん?今回も動かずか…」
『にゃーこや』オーナーのシヴァは、レジャンが提出して行った報告書を見た後、そう呟いた。
『ホテルにゃーこや』本館のオーナーフロアである。
コレットにはこの世界では珍しく【神霊】が取り憑いていた。
魔物であるゴーストやアンデッドの一種ではなく、いわゆる、守護霊である。どちらかと言えば、精霊に近い性質だろう。
大半の鑑定スキル持ちには概念がないからか表示されず、元々『
どうやら先祖代々守護しているようなのだが、呑気な性質なのか、人間とは違う時間感覚だからか、まったくもってコレットの役に立っていなかった。
それでも「守りたい」という気持ちは伝わって来るので様子を見守っているのだが……。
コレット本人に教えていいものかどうかも、悩む所だった。
悪意も害意もない巻き込まれ事故でコレットが死にそうだった時にも、神霊は何もしなかったのだ。出来なかったのか、タイミングが悪かったのかは分からない。
それでも、それなりに力がある神霊で、悪いことが起こることを予知し、コレットに避けるよう行動させることは可能だったハズなのに。
シヴァなら追い祓えると思うが、そうした場合のコレットの影響は予想出来ない辺りが困るワケで。
今後も要観察だった――――。
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関連話「416 わたし、からくり屋敷が作りたい!」
https://kakuyomu.jp/works/16817330653670409929/episodes/16817330664144771757
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