番外編54 仮想世界の深淵

「あーあ、もう完結しちゃったか。この流れなら、ずっと続けて行けそうな感じだったのに~」


 1と2を合わせて753話となると、大大長編なので、この辺での完結は妥当だったかもしれないが、章ごとに話が完結する感じだったし、WEB小説は長期連載のものも多いので、もっと続くと思っていた。

 プロじゃなく、小説投稿サイトの無料で読める素人小説に、求め過ぎだろうか。

 いや、書籍や漫画化デビューしている人もたくさんいるし、広告費が作者に入るようなシステムになってるので、セミプロ、になるのだろう。


 この作品はそこまでは行ってないが、そこそこの評価の割に閲覧数がかなり多いので水増し評価がなく、ハマる人はハマるタイプの話を書く人だと思う。

 女ばかりが言い寄って来るような不自然さもないし、「え、何で?」という定番テンプレ展開にツッコミを入れ、滅私奉公なタダ働きなんかしない、正義の味方とはちょっと言い難いそんな感じのストレスフリー。

 

 もっと続いて欲しかったが、番外編は今後も連載で現在50話以上。

 本編裏話、モブ、人外視点、この異世界の面白い生き物や食べ物、テンプレ話のオリジナルアレンジ、といった興味深いテーマが多く、すっきり読み切り短編なので今後も期待したい。

 惜しいのはランダム更新な所か。まぁ、それはしょうがない。



 数日前、そんなことを思っていたのは確かだ。

 いや、数日前なのか?

 自分の感覚としては数日前だが、実際はどのぐらい前なのだろう?


 気が付けば、行列に並んでいた。

 夏の行列と言えば、かき氷!

 しかし、この行列はかき氷の自動販売機…ならぬ、自動販売魔道具へと並ぶ行列だった!


 ここは機械なんてない剣と魔法の中世ヨーロッパ風世界。

 街の外を一歩でも出たら魔物が襲って来るような殺伐とした地域なので、行儀よく並ぶような人間の方が少ないのだが、ちゃんと並んでいるのは『シツケ』が入っていたからだ。

 肉体言語で。

 騒ぐ、暴れる、横入りするような輩は放り投げられたり、いつの間にか



 それにしても、この世界で自動販売機のような魔道具を作る人がいたのか、と感心した所で、変な記憶があるのに気付いたのだ!

 自分はこちら生まれこちら育ちのハズ、なのだが、かつての勇者や賢者たちがいた世界、のような記憶を思い出した。

 これはいわゆる『異世界転生』というヤツか。

 前世の名前や職業、何歳でどうやって亡くなったのか、といった個人情報の記憶はほとんどないが、便利な生活で夜も武装せずに独り歩きが出来るぐらい平和で、文明も進んでいた国にいた記憶が断片的にあった。


 その中に、WEB小説を色々と楽しんでいた記憶もあり…………。

 かき氷と冷水の自動販売魔道具、ここはアリョーシャの街。冒険者ギルドのギルドマスターはリック、副ギルドマスターはトーリ…他にも思い当たるものが満載だったのだ!


 WEB小説の世界に転生、なのだろうか?

 似たような世界なら、ここまで名称や物が一緒じゃないだろう。

 流行りのテーマとして腐る程、こういった小説があった。

 乙女ゲーム、RPGゲームの中や、小説、漫画といった創作世界の中に転生、と。


 創作物が先ではなく、世界の方が先で、違う世界の人間が創作物にしよう、と何らかの力が働くもの、創作物を面白いと思った神だか超越者がその世界を作った、シミュレーション世界を誰かが作ってそこに精神だけ、といった感じで原因は様々なれど、まぁ、だいたい転生した主人公はハッピーエンドだ。


 自分の場合、どう考えてもモブ。

 冒険者だが、特に上を目指してもいない、名誉欲もない「ちょっといい生活をしたいな」程度の望みしかない。

 ここが本当にあの小説の世界なら、自動販売魔道具を作った元異世界人愛妻家が作った団体『にゃーこや』が大災害は何とかしてくれるだろうし、戦争も阻止してくれるだろうから、そう危険な目に遭うことはないだろう。


 いや、それどころか、どんどん食生活が豊かになり、生活面でも便利になって行くに違いない!


 えーと、今は八月の終わり頃。

 カップラーメンは既に開発されてて、かき氷の自動販売魔道具がアリョーシャの街に設置された所だから……。


「国王暗殺計画が発覚…?今日か明日に」


 まぁ、それは王都エレナーダの方なので関係ない。

 それで、主人公は色々忙しく色んな場所に転移してて、仲間のダンジョンコアに「以前、ダンジョンツアーに連れて行った子爵令息の様子がおかしい」と聞いて……。


「あ、カーラちゃん、誘拐されちゃうんじゃ…」


 子爵令息は周囲が不穏だったので主人公に護衛依頼を出そうとしていたが、どこにいるか分からず、でやがて、子爵令嬢のカーラが護衛と一緒に誘拐された、と。

 まぁ、さくっと助けるから別にいいか。


 で、バタバタしてるうちに、南のブルクシード王国がスタンピードになりそうで、時間がないから主人公がぶち抜いて反則攻略して、それでも間に合わずに一つのダンジョンでスタンピードが起こってしまう。


 それも主人公が分身と共に頑張って治めて、『カップらーめんやさん』の店舗がいくつかの街に、確か、アリョーシャダンジョンの側にも設置されて……。


「お、後一週間ぐらいで、この街に奥様を連れて来るか!」


 約三ヶ月も離れ離れだった主人公夫婦が再会し、こちらの世界に奥様を連れて来るが、ステータスが超低いため、アリョーシャダンジョンにパワーレベリングに来るのだ!

 隠れて見学は無理だろうが、冒険者ギルドには来るので、是非、見てみたい!

 この頃は、まだ認識阻害仮面の装着はしてない素顔のままなのだ!主人公も奥様も。


 よし、かき氷を堪能したら、用事は早めに済ませて備えておこう。



 ******



 およそ一週間後。

 小説通りにアリョーシャの街の冒険者ギルドに主人公夫婦が来た。

 少し勘違いをしていたことに気付く。

 主人公は茶髪薄い水色の目中背の平凡な少年姿のCランクのアルではなく、黒髪黒目長身のSSランクのシヴァの方の姿だったのだ。

 そちらが元々の姿で、ようやく、こちら時間で三ヶ月ぶりに元の身体を取り戻し、最愛の妻をこちらの世界に連れて来たワケで。ついで、が元の身体を取り戻す方だったようだが、気持ちは分かる。


 奥様、本当に清楚美人!色白!

 旦那の欲目も入ってるかと思っていたが、表現の方が控えめだった!

 あれだ、あれ。外国人が浮かべる日本人美女のイメージ!

 つまり、日本人からすると、ハーフ?と思う目鼻立ちが少し洋風に整っている。

 華奢なのと繊細な目鼻立ちな辺りは、北国美人!

 天然茶髪に琥珀色?蜂蜜色?っぽい瞳。

 派手さはないが、密かにクラスの男子生徒の一番人気な女生徒な感じ。本当にモテる人種だろう。


 それにしても、シヴァ、想像以上の超美形。しかも、派手。

 静まり返ったりする不思議現象、単に見惚れてただけなんじゃないだろうか。

 日本人には見えない顔立ちだが、かといって黒髪黒目が多くりが深いラテン系でもなく、ゴツさとも無縁で…何と表現すればいいのか、分からない。

 規格外なのは地球人じゃない血を引いてるから、とかだったら面白いかもしれない。


 そして、この夫婦、かなり仲睦まじい。

 柔らかく微笑み合うのが呼吸するように自然で、二人にとっては普通のことだと誰もが分かる。

 強制単身赴任転移で引き離されていたから、というのはあまり関係なさそうだ。



 ふと、シヴァが何気なくこちらを見る。

 「減るからジロジロ見るな」という牽制するような鋭い視線ではなく、自慢の宝物を見せびらかすような余裕のある誇らしげな視線。

 そちらの方がゾッとした。

 番外編でもあったが、この男、本当に世界を滅ぼしかねない。

 ものすごく簡単に、かつ利己的な理由で。

 極端過ぎなものの、人間らしい感情と言えなくもないが、巻き込まれるこちらとしては堪ったもんじゃない。


 怪しいことこの上ないので小説知識を持ち出さず、さり気なく何とか仲良くなって食べたい物を分けてもらったり、便利な物を開発して欲しいなぁ、という下心を持っていたからこそ、尚更に背筋が寒くなったのだろう。


 離れようとした所で、シヴァが近付いて来た。小声で囁く。


〈無駄口叩くと破滅するぞ。【憑依】スキルを持った異世界人君?〉


 憑依?転生ではなく?

 日本語だった。


〈おれの『鑑定様』は優秀なんで。夢オチだといいな?〉


 夢オチ?

 一体?

 そう思った所で意識が途切れた――――。




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