番外編37 努力の先にあるもの

 むかーし、むかし、ある所にエルノービという、弱虫で気弱で自信がない、要領の悪い子供がおりました。

 掃除もお遣いも物を運ぶのも、カゴを編むのも、木で小物を作るのも、何をやっても上手く出来ないか、時間がかなりかかるエルノービは、一つ上の要領のいい兄と比較され、親からも「ダメな子ね!」と何度も何度も言われ、更に失敗して怒られていました。


 しかし、一番上の姉アイナだけは、エルノービのいい所が分かっていました。確かに、エルノービは要領がよくありませんが、時間がかかっても一つ一つやれることを増やしていたのです。一度、完全に覚えたことは二度と忘れないぐらいで、仕事も丁寧でした。


 ある日のこと。

 突然、アイナがいなくなってしまったのです!

 もうすぐ成人の十五歳になるアイナは、花が開くように日々美しくなっていました。

 懸想したどこぞの男の仕業しわざかと、両親も弟たちもエルノービも近所の人たちも心当たりを探して回りましたが、アイナは見付かりません。


 探して回るうちに、いなくなったのはアイナだけじゃないのが分かりました。他の見目のいい女の子、男の子も、全員で十人以上もいなくなっていたのです!


 小さな村ならすぐに行方不明になってる子たちがいるのも、見かけない人がいるのも分かったのですが、ここは街道の途中にあり、徐々に大きくなりつつある交易の街。

 人の出入りが多過ぎました。

 警備隊も街の外までは探してくれません。そんな権限もありません。せいぜい「行方不明者が出ている」と領主に報告するぐらいしか出来ませんでした。


 行方不明になった人の家族も諦めるしかなく、嘆くことしか出来ません。

 その時です。


「ぼくは諦めない!お姉ちゃんを絶対探し出すから!絶対に!」


 気弱なエルノービがかつてない程、きりりとした顔をして、拳を握って宣言しました。


「バカっ!弱虫なお前なんかが探し出せるものか!よく考えろ!」


 一つ上の兄がたしなめますが、エルノービの意志は固かったのです。

 そして、エルノービは家族の反対を押し切り、冒険者ギルドに登録出来る十二歳になったばかりなのをいいことに、登録して冒険者になりました。

 登録手数料が必要ですが、そのぐらいはお小遣いを貯めてあったので問題ありませんでした。



 駆け出し冒険者はFランクから始めます。 

 街中の雑用や薬草採取がメインの仕事になりますが、冒険者としての自覚をして街中の情報を集め、街の外の危険を知り、装備を揃えられる程のお金を稼がないとならないので、おろそかにしてはいけません。

 地道な下積みはエルノービの得意分野でした。手際はよくなくても時間がかかっても、最後まできっちりやります。


 時には怒られたり罵られたり、理不尽に殴られたりもしましたが、エルノービはせっせと依頼をこなしました。丁寧な仕事は褒められる、とここで初めて知りました。

 姉のアイナは褒めてくれましたが、身内だから評価が甘いのかと思っていたのです。


 すぐにでも街の外へ姉を探しに行きたいエルノービでしたが、焦った所で上手く行くことはありません。我慢して力を付けないことには、すぐに死ぬだけです。

 剣と槍の鍛錬を必死に続けました。


 駆け出し冒険者の大半は大部屋の安宿に泊まり、そこで、お金と実績を稼いで護衛依頼を受けて他の街に行くのですが、エルノービは自宅があるので、今まで通り、自宅で過ごしていました。

 家族に反対されているので家を出ることも考えましたが、これだけは譲れない、と家を出ることは出来ませんでした。その分、装備の方にお金を回せるので、有り難く甘えています。


 頑として諦めず、鍛錬と冒険者活動ですり傷生傷が耐えないエルノービに、母親の方が折れて「そこまで本気なら」と料理を教えてくれました。野営の時にとても役に立つことでしょう。


 そして、地道にコツコツと頑張ったエルノービはEランクに昇格し、低ランクの魔物の討伐依頼もソロで受けられるぐらいに強くなりました。

 大半の人より時間はかかったかもしれませんが、身長も伸び身体も逞しくなって来たエルノービを侮る人はもういません。

 他の冒険者たちと合同なら、近くへ行く商人の護衛依頼も受けられるようになったので、エルノービは早速、依頼を受けました。


 同じ依頼を受けた他の冒険者は四人のDランクパーティ(Dランク二人、Eランク二人)、Eランクソロ一人、エルノービを合わせて六人です。

 馬車一台商人二人で、隣街までの二泊三日。一泊は途中の村で泊まるので野営は一泊だけ。初めて護衛依頼を受けるには手頃な依頼でした。


 圧倒的に若いエルノービは荷物持ち扱いをされましたが、別に構いませんでした。荷物持ちも鍛錬になるからです。

 割と安全な道中のはずでしたが、どこからか流れて来た盗賊に襲われてしまいました!


 しかし、エルノービは喜びました!

 悪い人たちはどこかで繋がっているもので、悪い人たちの噂にも詳しいからです!


「あはははははっ!やったーっ!やったーっ!」


 エルノービは口と顔では大喜びしながらも、戦闘は冷静でした。

 喜びの声にビビった盗賊たちと、一気に距離を詰め、盗賊の一人のふくらはぎを剣で切り付けました。

 続いて側にいた盗賊の腹を蹴り、詠唱をしかけた盗賊の頭を殴りました。

 兵士や冒険者になれなかったのが盗賊なので、エルノービのようにマジメにコツコツと鍛錬しているわけがありません。

 盗賊十数人のほとんどがエルノービに倒されました。


 人さらいのことについて訊いてみましたが、盗賊たちは素直に教えてくれません。何か知っている様子なので、更に問い詰めます。

 やはり、教えてくれません。

 そこで、問い詰めた盗賊の右耳が飛びました。遅れて盗賊から悲鳴が上がります。

 この隊商の護衛リーダーにして、Dランクパーティのリーダーの仕業しわざでした。


「まどろっこしいことしてるなよ。わざわざ連れて行って犯罪奴隷として売った所で大した額にならないんだから、サクサクと痛め付けて吐かせろって。人さらいの情報の方が高く買ってもらえるぞ」


 なるほど。それはそうかもしれません。

 護衛の冒険者は六人しかいないので、捕まえた盗賊を十数人も連れて行くのは危険度も上がります。

 指名手配されていそうな年季の入った盗賊を三人ぐらい、残せばいいでしょう。


 盗賊の何人かが死体になった所で、ようやく情報を得ました。

 大きな人身売買の組織がいくつかあり、見目のいい者、特別な技能を持っている者が高く売れるので、盗賊だけじゃなく、悪いことをやっている人たちの大半が副業で人さらいもやっている、と。


 なんと、雲を掴むような話でしょうか!

 それでも、もう何人か死体にした所で、この盗賊たちの人身売買ルートを教えてもらいました。辿れば、姉の消息が分かるかもしれません!


 希望を見いだしたエルノービでしたが、目的地の街に到着し、警備兵に生き残りの盗賊を引き渡し、人身売買の情報を教えると顔色が優れません。

 調べてくれないのでしょうか。


「…ここだけの話。色んな貴族が関わってるから、おれたちでは手出しが出来ないんだ…」


「そんなっ!」


 貴族の怖さはエルノービも分かっています。

 どれだけ理不尽なことでも通ってしまいますし、気分次第で殺されてしまうこともあるのです。


 がっくりと肩を落としたエルノービですが、姉を取り戻すことを決して諦めませんでした。

 もっと強くもっと強くなって冒険者ランクも上げれば、貴族の依頼も受けられるようになります。貴族だからといって悪い貴族ばかりではないはずです。


 エルノービは更に困難な道を歩き始めました。

 コツコツと鍛錬して強くなろう。

 決して諦めない。

 それがエルノービに出来る唯一のことだと信じて。



 ******



 ある日。

 違法奴隷たちが次々と解放され、人さらいや人身売買組織の人間たちは自首し始めた。

 違法奴隷にされた人たちは、大怪我をしている人、死にそうになっていた人も多く、そういった人たちはちゃんと治療され動けるようになってから帰って来た。


 何で?どうしていきなり?と大騒ぎになったが、すぐに人々は思い当たる。

 解放された元違法奴隷たちは、当分、困らないだけのお金と物資をもらっていた。奴隷の首輪を着けられていたり、奴隷紋を付けられたりしていても、すべて解除して。

 そんなメリットがなさそうなことをする、高度な技術を持った団体は一つしかない。


「にゃーこや、か」


「他にやれないだろ。でも、サファリス国の大雨災害の時、かなりの援助物資を出してるそうなのに、今回でもって思った以上にでかい組織なのかもなぁ…」


「っていうか、こんなすごいことをさらっとやれちゃうって、国でも無理じゃ…」


「その気になったら世界征服楽勝、ってことだろうな…」


 一部で怖がられることになった『にゃーこや』だった。



 エルノービの姉…アイナは、突然、帰って来た。

 痩せてはいるが、人の良さそうなお婿さんも連れて。

 気合を入れていた所だったエルノービは、いつまでも呆然としていた。

 呆然とするしかなかった……。

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