番外編03 『結婚生活を快適にするベンチ』と『まふぉん』

 結婚式場スタッフがテーブル椅子セットをステージの真ん中に持って来てくれた。

 AとBはピンマイクを服にセットし、ベンチの上のエレキギターと借り物楽器をもう一つの椅子に移し、布はベンチにかけたまま、新郎新婦寄りに持って行き、その横に並び、二人揃って一礼。

 まずはスピーチでBが祝辞を述べ、AとBはベンチの後ろ側に立ち、一緒に布を取り去る。


「結婚のお祝いに、こういった物を用意してみました。『結婚生活を快適にするベンチ』をご紹介します。このベンチ、ただのオシャレなベンチに見えますが、とんでもない。かなりの便利機能を備えているんですよ」


「そうなんですか?」


 Bの口上にAが相槌を打つ。


「はい。このベンチ、組立式で組み立ても簡単、このリュックにすっぽりと入るコンパクトさ、重さもたった数キロしかありません」


 Bがベンチの上に置いてあった紺のリュックを手に取って、新郎新婦、ゲストたちに見せる。帆布で丈夫だ。

 ちょうどいい大きさがなかったので、市販のリュックのリメイク版である。一から作るより手軽だった。


「何故、そうも曖昧なんですか?はかりましょうよ」


「天然木のため、天気や場所や季節、水分量によっても重さが変わりますし、組立式ですから外に持ち出すことも多いでしょう?」


「ピクニックやお花見に行く時にもいいですね」


「そうです。自転車でピクニックに行くにしても荷台にくくりつけますから重さなんて問題になりません。普段はベッドの足下の方に置いて、着替えの時に座ったり、リネンを置いたり、荷物を置いたり出来ますし、軽いですからどこにでも気軽に持って行けますし、来客で椅子が足りないという時も便利に使えます。しかし、このベンチの便利機能はそれだけではありません」


「他にどんな便利機能があるんですか?」


「では、お見せしましょう。婚姻届を出して入籍した法律的にも世間にも認められた夫婦でないと作動しませんので、実際に夫婦のわたしと妻で試してみます。まずはベンチの真ん中に座って下さい」


「はい」


 Aがベンチの真ん中に座る。その間にBはリュックと布を荷物置き用の椅子の背もたれにかけておく。


「ちょうどいい高さと奥行きで座り心地もいいですね。自然と背筋が伸びます。姿勢矯正効果があるんですか?」


「いえ、ありません。しかし、こんなことは出来ます」


 BはAが真ん中に来るようベンチの両端を持って軽々と持ち上げる。実際、Bにとっては大して重くない。


「見て下さい!すごく軽いんです!夫婦の場合のみ、世間に認められたがベンチの反重力装置を作動させ、軽々と持ち上がるんですね」


 Bが言い切ると、ゲストたちから笑いが起こった。


「ステキな機能ですね!でも、軽々と持ち上がるだけなんですか?」


「とんでもない。年数を重ねた夫婦だとベンチを使わなくてもこの通り!」


 Bはベンチを降ろして、今度はAだけ左腕に座らせるよう抱きかかえる。


「ベンチがを増幅して夫婦に返しますから、体内にが蓄積されるんです。今年で結婚六年目になるわたしたち夫婦だからこそ、こういったことまで出来るんです」


 Bは指での力の流れを説明してみた。


「でも、蓄積したを使えるのはあなただけなんですか?」


「とんでもない。ちょっと失礼」


 BはAを床に降ろし、Aの手を取って、くるりと一回転させると、膝丈のネイビーのドレスが足首まであるシフォンでサーモンピンクのロングドレスに早変わりする。ネイビーのレースのボレロはそのままで。


 「え、何で?」「あれ?あれ?」と会場がざわめく。

 してやったり、だ。


「わぁ、すごい!一瞬でドレスが替わりました!一体、どういった仕掛けなんですか?」


「それは企業秘密なのでお答え出来ませんが、夫婦円満が根底にある、とはお教えしておきましょう。

 …さて、この『結婚生活を快適にするベンチ』、もう一つ、最大にして最高の便利機能があるんですよ。作動させるには、喧嘩しないとなりませんので、実際、あったシチュエーションで作動させてみましょう」


 AとBはテーブルセットに近寄り、椅子に腰かけた。

 実際、使ってるトレーと皿と食器に食品サンプルの目玉焼きと鮭の塩焼きと煮物。ご飯茶碗と味噌汁碗には何も入れてない。箸、ケチャップと醤油瓶が並ぶ。


「その喧嘩は一緒に暮らしてまだ日が浅い時でした。

 …はい、じゃ、いただきます」


 二人で手を合わせた後、ふと気付いたようにBが言い出す。


「なぁ、ハニー。このケチャップ何?ご飯に目玉焼きなら醤油だろ」


「わたしはケチャップがいいの。じゃ、ダーリンは醤油ね。はい」


 名前で言うのも何だよな、でこうなった。

 Aが醤油の瓶を取って渡し、Bは受け取ったものの、Aがケチャップの容器を手に取ったので、醤油をかけずに文句を言う。


「って、目の前でケチャップかけんな。違和感バリバリだろ。ケチャップならパンの時にしろよ」


「なんて横暴なの。心が超狭いわ。わたしが何かけたっていいじゃない」


「よくない。ケチャップはハンバーガーやホットドック、ご飯には醤油。卵かけご飯だって醤油だろ」


「めんつゆや白だしだっていいでしょ。ご飯だって炭水化物だし、ハンバーグやチキンのトマト煮込みだってご飯と一緒に食べるし、目玉焼きを載せることだってあるんだから、目玉焼きにケチャップだって美味しいって」


「世間がどうあれ、ご飯の時の目玉焼きは醤油一択」


「何でよ?」


「昔々ある所におじいさんとおばあさん。…という程、年を取ってない夫婦がいました。夫婦には三人の子がいて男男と続き、その男の兄弟がおっとりしていて育て易い子たちだったので…」


「誰がおとぎ話や身の上話を聞きたいって言ったのよ。何でご飯の時の目玉焼きは醤油だけがいいの?」


「何でも。醤油なら昆布醤油でもしいたけ醤油でもダシ醤油でもいいのに」


「じゃ、間を取って塩ね。いい岩塩があるのよ」


「ヤダね。ご飯の時は醤油!生(なま)醤油と生(き)醤油の違いって知ってる?」


「加熱殺菌してあるかしてないかでしょ。してないのが生(なま)」


「ちっ、博識だし。でも、世間一般にはお寿司屋のダシと合わせてある醤油に対して、加熱殺菌関係ない市販されてる醤油のことを生(き)醤油と言う」


「誰も醤油のうんちくなんて聞いてないから!あなたは目玉焼きに醤油をかければいいじゃない。わたしにまで強制しないでよ。せっかく譲歩したのに」


「誰も譲歩しろとは頼んでねぇだろ」


「夫婦なんだから色々話し合って譲って譲られてすり合わせて行くもんでしょ」


「誰がそんなこと決めたんだよ?」


「神様に誓ったじゃない。『病める時も健やかなる時も』ってそういった意味なのよ。知らなかった?」


「知らねぇな。拡大解釈し過ぎだろ。だいたい、たかが目玉焼きに調味料を何かけるかで、神様持ち出すなって」


「こんな時に持ち出さないのなら、どこで持ち出すのよ。あー言えばこう言うし!もう知らない!」


 Aはステージを降りてそこで待機。


「おい、待てよ」


 Bは芝居がかって手を伸ばし、一時停止してからベンチの前に移動し、新郎新婦、ゲストへと向き直った。


「こんな時、このベンチに座って下さい。コツは真ん中ではなく、一人分、空けることです。すると、あら、不思議!」


 Aが引き寄せられるように戻って来てベンチに座る。


「な、何か急にベンチに座りたくなっちゃった。隣に『何か』いるけど」


「何か?」


 Bがムッとしたように見せるとAがじーっと見る。


「…悪かった。くだらねぇことにこだわり過ぎた」


「あら、何のこと?…分かればいいのよ。わたしこそ、短気だったわ」


 Bが手のひらを上に向けて手を差し出すと、Aが手を置き、BはAの手の甲に恭しくキス。


「…とご覧のように、このベンチは簡単に仲直りが出来る便利グッズなんです。喧嘩の原因によって時間がかかることもありますが、その時はオプションの『魔法のYarn Phone』、通称『まふぉん』を使ってみて下さい」


 ベンチのハンモック棚(帆布に画鋲留めで好きな所に好きな大きさで)からステンシルを使い、スタイリッシュにデコッた糸電話を取り出す。

 少し太い糸の色はもちろん赤。糸は長くしないでベンチに座って使うとピンッと張るような長さだ。


「このまふぉん、使い方は簡単です。ピンッと糸が張るよう持って下さい。…もしもし」


「はい。聞こえます。でも、普通に話した方が早くないですか?」


「とんでもない!このまふぉんには『告白しよう機構』が内蔵されてるんです。略して『君が好き機構』!」


「略さなくても字数はあまり変わらない上、恥ずかしい名前ですよ?」


「では、『告レ機能』にしましょう。このまふぉんには『告レ機能』が内蔵されていて、好きな人に受話器を渡して話してみると、あら、不思議。自然に告白することが出来ます。人によって効果は様々です。どんな効果があるかはお家で確かめて下さい。効き目抜群ですよ。今なら『結婚生活を快適にするベンチ』にまふぉんもお付けしています」


「まぁ、お得になってますね。でも、このベンチ、動力は何ですか?別売りです?」


「違います。この『結婚生活を快適にするベンチ』、歌をメイン動力にしておりますので、どなたにも簡単に充電出来ます。ご近所さん方の迷惑にならないような状況で充電して下さい。カラオケボックスに持ち込むのもいいですよ。では、早速、充電してみましょう。歌は何でもいいですが、心を込めて歌って下さい」 


 Bは椅子に立てかけて置いたエレキギターを取りに行くついでに、まふぉんはそこに置き、アンプのスイッチを入れてベンチに戻り、AはAの義兄がサブの「Ax-Synth」を貸してくれたので、同じく持って来てベンチに座った。

 エレキギターのようなショルダーキーボードシンセサイザーなので、あらかじめ入れておいた録音をボタン一つで伴奏。アンプは内蔵しているのでいらない。Aは弾いてるマネとコーラスだ。


 Bは軽くエレキギターを弾いて、朝した調弦が狂ってないことを確認し、


「オズの魔法使いより『Over the rainbow』」


とタイトルを告げた。『Stand by Me』だとAが歌詞が怪しいので変更したのだ。こちらもかなりメジャーな曲である。

 今回、このシンセにはキーボード、ドラム、ベース、パーカッションで音が入れてあるが、オーケストラがやれるだけの音源が入っていた。大サービスでキーボードはAの義兄の演奏である。

 単なるショルダーキーボードだと思っていた人たちは、色んな音がするので驚いていた。


 元がゆっくりした曲でアレンジしても中盤にロックアレンジした部分を入れたりしても四分弱でそう長い曲じゃないが、十分の持ち時間なら妥当だった。

 弾き終わると、拍手の中、アンプを切り、楽器を元のように椅子に立てかけ、再びベンチに戻る。



「この『結婚生活を快適にするベンチ』今なら収納リュック、『魔法のYarn Phone』、通称まふぉんもお付けして、いくらでご提供…と言いたい所ですが、どちらも受注生産非売品ですので現品限り、ご了承下さい。新郎新婦のお二人にプレゼント致します。後程、都合のいい時にお届けますのでご心配なく。ご結婚、おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます」


 二人揃って一礼すると、更に盛大な拍手が贈られた。


 ******


「もーアドリブばっかりだし~」


 席へ戻りピンマイクを外すと、Aに文句付けられた。


「普通に答えてたじゃねぇかよ」


 時間を計るためもあってリハーサルも練習も少しはしたが、そのたびにアドリブで変わるのが面白くてつい。

 第三者的な立場からを見るためにビデオに録画したので、声だけ取り出して効果音も付けて口パクにしようと思わないでもなかったのだが、空々しいのでやめた。


 ご飯の時、目玉焼きに何かけるかで言い争いはしたが、喧嘩はしてないし、同棲した当初のことなので結婚式を挙げておらず、神様には誓ってない。その辺のアドリブはAだ。


「ナンプラーはどうなのよ?魚の醤油って言わなかっただけよかったね」


「生臭くね?厳密に言うと、ナンプラーと魚醤って違うらしいし。…あ、でも、ガパオライスはナンプラー味付け、目玉焼き載せか」


「ナンプラーだけじゃなく、他の香辛料もホーリーバジルも炒めてあるんだから、その辺でも違うんじゃない?」


「まぁな。オイスターソースは普通に美味しい」


「知ってる~」


「Aさん、Aさん、ドレス、どうなってたんだ?」


 Bの友人が興味津々で質問した。


「企業秘密です~」


「っていう程でもねぇんだけどな。『回転ドレス』で検索」


 Bはあっさりバラしてやった。

 Aのドレスは既製ドレスを改造して、手芸が得意なBの母とも相談して様々な工夫がしてあった。シフォンとサテンでも重ね着だったので余計に暑かったワケである。


「でも、一瞬でくるりと変わる、みたいな風にするのは難しいんじゃないの?」


 同じテーブルのBの義姉(B兄の妻)も種は知っていた。


「素材にもよりますが、子供服だと重さが足りないんだと思いますよ。なので、裾に重りを付ければ上手く出来るんじゃないかと。飾りみたいにして」


「そっか。じゃ、ちょっと工夫して作ってみようかな。それにしても、アドリブでここまで出来ちゃうのもすごいよね」


「普段がいかにコントみたいな楽しい毎日か、っていう話だな」


「とちったら後でお詫びすればいっや、という割り切りも出来てましたしね」


「Aちゃんが可愛いだけで百万点でした」


 Bの義姉もAに甘い。


「満点は何点なんだよ、それ」


「百点」


「プラスが多過ぎだろ~」


「なぁ、キーボードってAの義兄さんの?ちょっと長いけど」


 Bの友人がそんな質問をした。


「ああ。改造バージョンがAの義兄さんが使ってるので原型はこれでサブ機。初期は原型でテレビにも出てたけどな。『楽器売りのおじちゃん』が泣くから二台買ったそうで」


「『楽器いらんかね~』って行商に来るのかよ~」


「そう言ってた。ピアノは担げねぇけど、ノリとしてはそんな感じだったぞ、マジで。プロが使うとハクが付くし、同じのが欲しいと売れるし、いい宣伝にもなるし、でウチのピアノもかなり負けてくれたしな」


「お買い得だったよね」


「っても、ピアノなんて中古でも何十万とするだろ」


「ウチのは輸入ピアノでその筋にはファンも多いペトロフだし、中古でも状態がよかったんで、八十万だけどな。チェコスロバキアのメーカー」


「普通クラスの中古車が余裕で買えるお値段だなぁ」


「中古車もピンキリ」


 ******




 朝、目覚めたアルは盛大にため息を漏らした。

 今の夢は、おそらく、自分が忘れていた記憶の一部だろう。

 こんなに絶対楽しい生活をしていたのに、何で強制単身赴任転移なんかに……。

 しかも、自分(B)も妻(A)も義姉(B兄の妻)も友人も名前がすべて記憶から抜け落ちている。なのに、シンセサイザーやピアノの名前は覚えているのは何でだ。


「元凶が分かったら半殺しに」


 そうして、アルは日々の鍛錬も魔法の研究も欠かさないのであった。



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注*商品化する際にはご一報下さい(笑)

  もちろん、個人的に使う分には構いません。



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