番外編04 「雪山なら勝てる!」と妻は言った

「…あ、そっか。あのログハウスの別荘、Aとスキーに行った時に泊まったコテージか」


 ふと思い出した。

 アルが野営に便利だから作ろうと思っていたログハウス、ヤケに具体的に思い浮かぶな、と思っていたが、曖昧になっていた記憶の中にあったワケだ。

 Aというのは暫定名でアルの愛妻。自分の名前も愛妻の名前も覚えていなかったので。

 愛妻のイニシャル、だったような気もする。


 ログハウスのコテージに泊まったのは、確か、大学生の頃だ。

 忙しい一回生の春ではなく、多分、時間の余裕が出来た一回生の後半から三回生の前半ぐらいだろう。

 つまり、二十歳前後。今のアルは二十四歳なので四年ぐらい前か。


 雪国出身で小学生まで雪深い地域で暮らしていたA。あまりに不便で学校もないので、Aが中学に上がる時を機に家族でアルが暮らしていた地域に引っ越して来た。Aには姉がいた気がする。

 雪国育ちなのでAはスキーが上手かった。

 練習して上手くなった人とは全然違い、呼吸するかのようにすごく自然に身に付いていた。

 アルも上級者だったが、Aと比べるとレベルというかカテゴリが違っていたように思う。


 もし、Aがこちらに来ていれば、ダンジョンの雪フロアでは無双するのではないだろうか。


 ―――――雪山なら勝てる!―――――――


 あれ?何だっけ。Aがそう言って笑っていたことがあった。

 「一体、何の勝負だよ」とアルは笑ったが、どういった話の流れだったか……?

 目を閉じて考える。



 ******


 スキー場のレストハウスに入ると、おやつの時間にもまだ早いからか、割と空いていた。


「カフェオレにしよっかな~。…あ、でも、たい焼き食べたい」


 自販機の前で小銭を出しながら、A(愛妻)は側の軽食メニューを見てちょっと迷う。


「食べれば?」


「なら、お茶でしょ~と思ったりも。ま、いっか。B君はコーヒー?」


「おう。微糖で」


 缶コーヒーなのでどこで買っても同じだが、さすがスキー場。ちょっと高い。

 Bというのはアルの本名のような気がするが、思い出せないのでやはり暫定名で。


「で、たこ焼き?」


「焼きトウモロコシ」


「え、あるの?どこ?…あ、ホント。ちょっともらおっと♪」


 Aの位置からではちょっとズレないと見えなかったらしい。

 そして、たい焼きと焼きトウモロコシを買って適当な席に座った。


「あ~足だる~」


 Bは座ると足がずっしりな感じだった。

 Bたちは1mに満たないショートスキーで、昔のスキー用品と比べるとかなり軽量化がされていても、こういった所は変わらない。

 普段は使わない筋肉を使うからだ。


「そうもだるい?お風呂でマッサージしないと筋肉痛になりそうだね」


 Aがたい焼きをちぎってBに食べさせてくれる。お疲れには甘い物、らしい。


「Aは全然平気?」


「全然平気」


「よし、じゃ…」


「運べないから!」


「おれをかつげるとは全然思ってねぇって」


「荷物ぐらいは運ぶよ?」


「そうもお疲れじゃねぇっつーの。Aに車の運転を任せても平気?ってだけの話で」


 雪道なので念のため元気なAに。行きはBと交替で運転して来た。

 兄に温冷庫付きのラウンドクルーザーを貸してもらったので、パワーもあって揺れも少ないのでかなり楽だった。


「あ、うん、それは全然オッケイだよ。日が落ちたらスタッドレスだけじゃマズイかな?」


「その前にコテージに到着してるって。凍りそうならチェーン巻くだけだし」


「長湯しそうな人が目の前にいるじゃん~。それに山は日が落ちるのが早いんだよ」


「あーまぁな。じゃ、そろそろ引き上げて温泉行く?コテージのチェックインも始まるし」


「うん、そうしよっか。明日も天気は大丈夫そうだしね。今の時間ぐらいまで滑って温泉に入っても余裕で夕食前までに帰れそう」


「渋滞は?」


「渋滞は度外視するとね。で、温泉はコテージの最寄りだと牧Kの里かS鳥温泉かUの平温泉かどれにする?わたしはシンプルな設備なのにネットでも評判がいいUの平温泉イチオシ。百円引きクーポンもあるし」


 楽しみにしてたのでちゃんと情報誌を暗記していて、クーポン類のチェックにも余念がないAである。場所的にはコテージからどこもそう大差ない。


「じゃ、Uの平で。スキーシーズンは早めに引き上げてもどこも混雑してるかも、だけど、その時は回ればいっか。スゲェたくさんあるしな」


 コテージから車で十五分ぐらいの最寄りでも三つもあるのだ。


「だよね~。コテージも楽しみだな~♪」


「コテージはよくても何かのサークルで来てる奴らがスゲェうるさかったりウザかったりして」


「…すぐにそうやって水を差すようなことを言うしさ~。まぁ、確かに年末近くに旅行してるのは若い人たちばっかだろうけど…いや、スキー場近くってだけでもスキーをやる年代なワケで」


 そうだ。ログハウスコテージ泊のスキーに行ったのは、年末の話だった。


「だろ?周辺も混むから、つき合い以外じゃわざわざスキー場近くの温泉にはあんまり来ねぇだろうし。かといって家族連れもアホなのも多いけどな~」


 いくら空いてても長椅子に寝転ぶおじさんも常識がないが、通路に足が出て邪魔になってたり、セルフサービスなのに片付けもせずに席を立ったり、子供を泣かせたまま放置して素知らぬ顔をしてたり、とこのレストハウスでも結構な非常識な家族がいる。


 泣いてる子供は赤ちゃんではなく、小学校に上がるか上がらないかぐらいの子供で癇癪を起こしてるのか、障害があるのか、といった感じだが、公共の場で他の客の迷惑になると思ったら席を外すのが常識のある人間だ。

 それらはスキー場のスタッフやフードショップの店員が、何とか治めたり片付けたりしている。


「まぁね。でも、悪ノリしちゃう学生よりは多少マシじゃないかな。何だかんだとつき合いで居酒屋に連れて行かれて、お酒強要、お酌もしろとかいうフザケんな話もよく聞くし、居酒屋で嫌われるのは大学生の団体とも聞くし…って、明るい話題にしようよ~せっかく浮かれてたのに~」


「ごめんごめん。じゃ、どうぞ」


 ごもっとも、とBは珍しく素直に反省して、焼きトウモロコシを差し出した。結構大きいので値段もいいが、炭火で焼いてあってかなり美味い。

 Aもお気に召したらしい。にっこにこだ。

 こういった顔を誰にでも見せることも男がひっかかる原因だろう。

 Aは感情表現がストレートで犬並にかなり分かり易く、顔立ちも整っているだけに更に可愛い。

 本当に一口でよかったらしく、Aはすぐに焼きトウモロコシをBに返した。


「夜の飛騨牛すき焼きも楽しみだよな」


 Bがよく食べるので、もちろん、予約時に増量してもらっている。


「うん、楽しみ♪すき焼きも久しぶりだよね~。牛丼やカレーやシチューになってたし」


 二人だとどうしても鍋物が少なくなる。

 別に避けてたワケじゃないのだが、特にすき焼きをやるならちょっといい肉が食べたくなるし、さっさと片付けられないし、アレンジ料理が限られるので。


「すき焼きは結婚披露パーティの目玉景品お試しで買った以来かな。もうあそこまで安くねぇのは年末だからか」


「お正月過ぎたら安くなりそうだよね~。…ん?」


「何?」


 ふと、AがBの斜め後ろを口を開けて見ていたので、Bも気になったが、振り返るとマズイかもとまずは訊いてみた。


「いや、すごい格好の人が…」


「あっつ~もっと薄着にすればよかったよ~」


「やーん、髪バッサバサ~。ブラシ持ってるぅ?」


「あるあるぅ。しっかし、超ハズレばっかしだしさ~やんなっちゃうね~」


 …これはどう考えても超ウザイギャル人種か。

 Bはそそくさと脱いでいた帽子を目深に被った。つばが長くて深く被れるキャスケットである。既製品だ。


「あ、ちょっと見て見て、これ」


 通り過ぎる時に、Aが機転を利かして通路側とは逆方向の右手を握り、何か持ってる風を装ってBの顔をそむけさせた。落としたり忘れたりすると嫌だと、Aのアクセはシンプルなフープのピアスと結婚指輪しかしてない。


「…ちょっとあからさまじゃね?」


「しっ」


 かくれんぼなのか。

 …いや、近いか。何故、すぐ側で立ち止まり「そっちにする?」「こっち空いてるじゃん」「そこ、ちょっと日が射し込むからさ~」とか言ってるんだ。しかも、ダラダラとメニューを見て選び始めてたりもするし。


「…トイレに行きたくなった」


 ぽつりとAが言う。


「行けば?」


「気付かれた場合、粘着されそうなんですけど?」


「スゲェ嫌。じゃ、車で待ち合わせってことでトイレの近くまで一緒に行かねぇ?板はおれが持ってくから」


「お土産は?」


「明日じゃねぇの?」


「チーズケーキをデザートかおやつにしたいと思わない?せっかくキッチンがあるんだからちょっと温めたりもして」


 チーズケーキはこの辺の売れ筋土産だ。


「…いいな、それ。よし、じゃ、土産物売場な」


「了解。変更があれば携帯にて」


「オッケイ」


 ルートを無言で机に指でなぞって確認してから、空き缶と空きパックをまとめ、さり気なくを心がけて席を立ち、ウザイギャル系三人を迂回してゴミ箱に回り、トイレに行くコースを取った。

 そして、Aをトイレに置いてBはホッとしながら土産物売場に行くと…。


「…分裂したのか?」


 スキー場で頭盛るか?ジャラジャラ身に着けるか?目がパンダだぞ、な派手派手ギャルが二人いた。

 イートインエリアにいたウザイ人種は声からして三人、顔は見てないが、どうせ区別なんか付かないものの、Bたちを追い抜かずにこちらに来るにはかなりの大回りになるので、どうやら別件だ。

 よく見れば、こっちは似たようなチャラ男二人と一緒である。


 しかし、こういった輩は総じてアホで弱いのにちょっと目立つ奴には絡む習性がある。

 TPO?何それ?で妙に着崩してジャラジャラ着けてるのも特徴か。

 さすがに、スノボウエアだが、転んだら刺さらないか、それ、というゴツイアクセが首にも手首にも耳にも指にもニット帽にもである。


 さっさとチーズケーキを買って場所を移動しよう、とBは思ったが、遠目でも見えるPOPによるとチーズケーキが置いてある所は、どんなルートを取ってもギャル×チャラ男の四人の前をどうしても通ることになる。

 他にも客がいるが、他の客に紛れるワケがないし、攻略なんかしたくないので、Bはレジへと向かった。


「お忙しい所すみません。チーズケーキのセットってどこにありますか?有名だからすぐ分かるって頼まれたんですけど」


 替わりの勇者に頼もう、だった。

 勇者は歴戦のツワモノっぽいふくよかなおばさん店員は、あ、はいはい、こっちですよ、と目論見通りに案内してくれ、ギャルたちもおばさん相手じゃ分が悪いと思い知ってるらしく、奥の方へと移動して行った。

 色んなセットと種類があるので、Bがついでにどれがお薦めか訊こうとした所で、おばさんと目が合ってしまった。


「まぁっ!いい男ね~あんた!え、あ、何?何かの撮影?カメラどこ?いやぁね、もう、先に教えてくれないと…」


 おばさんは手で髪を整え始めた……。

 歴戦のツワモノは空気を読んでくれないこともある欠点持ちだった。

 奥へと行きかけたギャルたちが振り返る。

 目が光ってるように見えるのは気のせいにしたい…。


「いえ、撮影でも何でもなく、ただの一般人なので騒がないで下さい」


 おばさんの声が大きかったせいで、他の客も見てるので、Bは遅いかなと思いつつ、スポーツグラスをかける。そんなに色が濃くはないのだが、ないよりマシである。


「まぁ、そんな謙遜けんそんなんか返ってイヤミよ~。どこがイケメン?と言う俳優なんかより、遥かに美形さんじゃない。テレビで見たことがないからショーのモデルさん?外国暮らしとか?地方暮らしだとしても、こんな逸材、日本のマスコミや芸能界が見逃してるワケがないわよねぇ。あ、これからデビューとか?」


 おばさんは何だか勝手に一人で盛り上がってるのをBはシカトし、買うのは諦めてギャルたちを警戒しつつ、さっさとレストハウスを出てその前の板置き場でチェーンを外して担ぎ、駐車場の方へと歩きながら携帯電話をかけると、Aはすぐに出た。


【はいはい。場所変更?】


「変更。真の敵は土産物屋のおばさんだった。わざわざ覗き込んで騒ぎやがったんでチーズケーキもゲットならず。そっちにもギャル&チャラ男四人がいるんで気を付けろよ」


【はーい。じゃ、わたしが買ってくよ。板はまだ?】


「いや、持って来た。車でな」


【分かった】


 簡潔に答えて通信が途切れた。Aは既にトイレを出た所だったのだろう。

 Bは割と近くに駐車出来た車までは順調に来てスキー靴をスノーブーツに履き替え、雪を払って軽くメンテをして積み込むと、Aが足取りも軽く歩いて来た。


「お待たせ~」


「いや、全然待ってねぇけど、どうだった?」


「まだ騒いでたおばさんが他の店員に怒られてた。何か前にも似たようなことをやらかしたらしい。で、ギャル&チャラ男は『いまだにあるやん。この土産はないっしょ~』とかって盛り上がってた。三角のペナントを見ながら。思わず頷きつつ、チーズケーキ買って来たワケね」


「…何でAだとスルーされちまうんだろ…ナンパ野郎は隙がありそうって誤解しただけっぽいし」


「B君が目立ち過ぎだって話でしょ。スキー場だと人相が分からない格好の人が多いから、見間違えでしょ、みたいな扱いになるのはいいね。…あ、板、ありがと~」


「どういたしまして」


 暖気も十分なので、BもAも車に乗り込んだ。Aが運転である。


「Uの平温泉な」


 かなり近いが、一応、Bがナビをセットして、Uの平温泉に向かった。


 ******


「…当たって欲しくねぇ予想は何故か当たるよな~」


「当たって欲しかった予想も当たってたんだからまだマシでしょ」


 Uの平温泉は評判通り、田舎の民宿風でこじんまりはしていたが、湯の質がふわっとしていて気持ちよく、露天風呂の温度もちょうどよくて、あまり長湯出来ないAでものんびりと楽しめた。


 その後のコテージは、義姉たちから聞いてた通り、ログハウス風で二~三人用の一番小さい所でもちょっとしたロフトが付いてて、思ったよりも広かった。

 キッチン、リビング、寝室がすべて繋がっててワンルームということも広く見える理由でもあるが、それにしたって広かった。


 夕食までまだちょっと時間があったので、スキーウエアのメンテや調理道具のチェックをして、コテージから約250メートルの小さいスーパーまで、徒歩で買い出しに行くと、四人の男女大学生たち(大学やレポートの話をしてたので確実)もワイワイと買い出ししてた…まではよかった。


 Aたちも精算して歩き出すと、前方に先に出て行った大学生たち、まさかな…と思わないでもなかったが、やはりコテージの敷地に入って行ったので上記の会話になるワケである。


「プチホテルの方かもよ?」


 Aが可能性を挙げる。

 そちらはコテージとはちょっと離れているし、まだ改装して日が浅い。


「今の連中は買い出し班で袋の数からして十人以上いそうだけど?」


「…えー」


 それはうるさい決定ということにしか思えず。


「一番でかいコテージだとちょっと離れてるけど、マジで一軒家風作りだから何か期待出来なさそうだな~」

「テラスで繋がってるコテージっぽいね、やっぱり」

 Aたちの泊まるコテージのすぐ側だ。


「何が嫌って、今日は朝早かったから早寝しようとしてもうるさいことだよな」


「早寝するんだ?」


「え、ダメ?」


「ダメなワケがないけど、そうもお疲れだったのかと思って。よしよし、たっぷり寝なさい」


「…何でそう嬉しそうなワケ?」


「珍しいじゃん~。海やプールで遊んでグッタリってのも無縁だったしさ~。雪山なら勝てる!」


「……そりゃそうだけど、何の勝負?」


「任せてどうぞ勝負?だって、中々勝てないし~。去年っていうか昨シーズンは泊まりじゃなかったから気付かなかったけど、よく考えたらB君は雪道を歩くのだって慣れてないんだよね。地元だと積もっても数センチぐらいだし。帰りの運転も任せて寝てていいよ」


 慣れてないと余計に疲れるのはAにも分かるのだろう。


「いや、そこまで疲れてねぇっつーの。Aってツレが寝てても全然平気なんだ、やっぱ」


「そりゃね。眠そうにしてる方が可哀想じゃん。自分も眠かったらヤバイんでどっかで停まって仮眠するし。寝られるのが嫌って人は何でか分からないんだって」


「淋しがり?」


「寝てても側にいるのに?」


「おれも分からねぇしなぁ。今の車の大半はナビがあるんだから道に迷う心配はねぇだろうし。あ、余程の山奥なら見失うけど、行く時に寝ちまう人もあんまいねぇよな」


「それはねぇ」


 その後、無料の車メンテ目当てで突撃訪問されたり、夜中にうるさい学生どもに押しかけられて撃退したり、とB(アル)は思い出したくないことまで思い出してしまった……。


 思い出したい記憶だけ思い出せればいいのだが、そう都合よくは行かないものらしい。



 アル(B)が元の世界に帰るか、Aを召喚するか。

 どちらが容易いかと言えば後者のようだが、その方法もまだ見つかっていない。

 そもそも、意識だけ異世界転移した理由もまったく分かっていないのだ。じっくり地道に情報を集めるしかない。

 焦った所でどうにもならないのは分かっているが、時々は無性に苛立つこともある。


 Aに会いたい。

 最悪、こちらの世界を壊せば、強制単身赴任転移した元凶が出て来るだろうか。


 誰かを困らせたわけでもないので、口には出さない。




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