番外編02 もし、Bがテンプレの勇者召喚されたら

 直径3mの大きな召喚魔法陣が光を放った。

 その光はどんどん強くなって行き、周囲一帯がパーッと光に包まれる。

 その中心に人影が見えた。


「おおっ!」

「やったっ!」

「成功だ!古代の秘術は正しかったことが証明されたぞ!」

「長年の悲願が達成された!」

「おお、勇者よ!よくぞ、参った!我が国のために……がっ?」


 光が収まりつつある中、国王が玉座から立ち上がり、興奮して魔法陣の方に数歩、歩み寄ったが、言葉がそこで止まる。

 驚いたから言葉が止まったのではない。

 物理的に止められたのだ!

 国王の肩に羽織っていたマントで、ぐるりと腕ごと身体を包まれ、紐状の肩飾りでぐるぐると手際よく縛られ、首だけしか出ていない状態で雑に床に転がされ、背中を踏み付けられたので、その痛みで。

 その時に国王が手に持っていた『守護の錫杖』もあっさり奪われる。

 玉座は五段階段を上った高い所にあった。その距離を一瞬で詰められたことに、国王の理解が追い付かなかった。


 そこで、ようやく、非常事態に気付いた護衛騎士たちが動こうとするが、国王を人質に取られては攻撃するワケにも行かず、悔しさに歯噛みするぐらいしか出来ることはなかった。

 召喚を執り行っていた宮廷魔法使いたちは魔法を使おうと詠唱しかけたが、その前に男に蹴り倒されて発動しなかった。


「バカ過ぎ。誘拐犯に遠慮なんかするワケがねぇだろ。すぐに帰してもらおうか」


 召喚した勇者…と思しき男は、左半身を下に横向きで横たわった国王の喉に『守護の錫杖』の先で触れる。


 随分と身長が高い男だった。

 190cmはあるだろう。

 あちらの世界のフォーマルな服装なのか、黒っぽい上質な布で仕立てのいい服を着ていた。筋肉隆々ではなく細身の身体だが、しなやかな肉食獣を思わせる。

 滅多に見ない程の漆黒の髪、深い深い闇を思わせる漆黒の瞳には強い意志が宿り、高い知性を窺わせた。

 顔立ちは……こんなに美しい顔の男がいるのか。

 不愉快そうに凛々しく優美な眉を潜めていても、この世界の者ではないと誰もに思わせる完成された美貌。

 周囲の者たちは状況も忘れてつい見惚れる。


「それとも、こいつはどうでもいいってことか?」


 男は芋虫状態の国王の背中をガッと蹴ると、「ぎゃっ!」と悲鳴が上がった。軽く蹴っているように見えて結構なダメージだったらしい。


「ま、待て!落ち着け。話し合おう?」


 修羅場慣れしているからか、一番に我に返った護衛騎士が敵意はない、と手を上に挙げながら声をかけた。


「ほう?問答無用で誘拐した連中が話し合おう?頭の中、生ゴミしか詰まってねぇのか。答えろ。おれを元の場所に帰すことは出来るのか?」


「いや、その…」


 どうなんだ?と護衛騎士が宮廷魔法使いを見やると、


「す、すぐには無理です!魔力が足りません!」


と答える。


「集めりゃいいだけだろ。魔力っていうのがそうも使うもんなら貯めておける方法が何かあるんだから。…何で分かるのかって不思議そうだな?ある程度の文明があれば、便利なように発展させねぇ方がおかしいからだ。国ぐるみで誘拐するようじゃ末期だけどな」


「そんなっ!誘拐じゃなくて召喚です!あなたが呼びかけに応えたから召喚されたんじゃないんですか?」


 何かプライドに関わるからか、宮廷魔法使いの一人が躍起になって反論した。


「問答無用だから誘拐だって言ってるんだよ。クソ腹立つことに。勇者とか古代の秘術とかって言ってたな?条件だけで召喚したんじゃねぇのか」


「そ、それがないとは…」


「いや、でも、古代の秘術ですから詳しくは…」


「詳しくは分からねぇことを試したら成功しただけ。だから、責任がねぇとでも?」


 漆黒の男の冷ややかな眼差しに、宮廷魔法使いたちはもごもごと口をつぐむ。


「てめぇら、全然、自分たちの立場が分かってねぇな。他の世界から戦力になる人間を召喚したんだろ?どっかと戦争してるのか、これからなのかは興味ねぇけど、たった一人で戦況をひっくり返す程、力を持った人間を。つまり、おれの機嫌次第でこの国ごと滅ぼされるんだぞ。別に味方じゃねぇからな」


「そんな…」


「どうして、力になってくれないんでしょう?」


「アホか。散々、言ってるだろうが。誘拐犯たちのどこに好感を抱け、と?スゲェ危機感が薄くなる程平和ボケしまくってるんだから、属国なり隷属なりした方が生き残れるぞ。それとも、ここで死んどく?なぶり殺しされるより、あっさり殺された方がマシかもしれねぇし」


 国王たちは召喚された勇者は自分たちに従うと思っていた。

 何故なら、自分たちが大変な時、困ってる時、助けてくれるのが勇者だから。そう伝えられているから。


 漆黒の男に指摘されて愕然とする。

 何故、が召喚されるのか分からないのに、拘束したり、閉じ込めたり、といった対策をしなかったのか。

 魔法陣の周囲を兵士で囲んでも足りないぐらいなのに!



 漆黒の男はグダグダ言われるのが鬱陶しくなったのか、騎士たちの手足をパキパキと無造作に折って無力化、武装解除した。国王の護衛騎士たちは手練れ揃いでこの国最高の戦力のハズなのに、無造作に!

 そして、宮廷魔法使いたちを急かして魔力を集めさせた。

 魔力というのは誰しも持っている力で、魔法石を使えば、魔力は貯められる。

 ちょうど、漆黒の男を召喚したことで空になった魔法石がゴロゴロあるので、それを持って王城中を回り、色んな人に頼んで魔力を集めた。


 あっさり過ぎる程あっさりと騎士たち十数人を無力化し、国王と一緒に人質にしている漆黒の男だが、全員が全員、漆黒の男が無力化した所を見ていない。


 人数を集めて反抗しようとした者たちも出たが、これまたあっさりと鎮圧されただけだった。

 漆黒の男が何か特別な力を使ったワケじゃない。魔力も使っていない。

 体術だけだ。殺さないよう手加減までしていたことだろう。

 まったく格が違っていた。

 だからこそ、『たった一人で戦況をひっくり返せる人間勇者』という条件に適合し召喚されたのだ!

 問答無用で殺して回らないのは、理性的だからではなく、元の世界に帰るために必要な人間が誰か分からないからだろう。


 異世界から召喚される勇者は、特別な魔法やスキルを授かると聞く。

 今はまだ、魔力がどういったものか、魔力の使い方も分かっていないようだが、使えるようになった時にはこの国を滅ぼすのも容易いだろう。


 ―― なるべく早く丁重にお帰り願おう ―――――


 城内の者たちの思いが一つになった瞬間だった。


 そうして、それ以上は被害者を出さず、何とか『送還の儀式』を執り行い、漆黒の男を無事、送り返すことに成功した。


 この失敗を踏まえて、勇者召喚の秘術は闇に葬り、口伝でも代々「召喚するべからず!」と伝え、二度と異世界から召喚することはなかった。



 そもそも、勇者召喚しようとした動機が軽かった。


「隣国が王位争いでちょっと不穏なんで、実績を稼ごうとこっちに攻め込む可能性があるから、戦力増強しとこっか。でも、平和が長過ぎて実戦経験ない者ばっかりなんだよな~。そうだ!いにしえの勇者召喚を復活して…」


 そんなことを言い出した大臣は蟄居ちっきょさせられることになった。

 賛成した他の大臣、国王、幹部は棚上げにして。誰かが責任を取らないとならないのである。



 ちなみに、実は漆黒の男は法律関係の職業に就いていた。

 そして、またしても張り付いたストーカーが鬱陶しく、腹も減っていて機嫌も悪かった。

 異世界での事件は絶対に立件は出来ないので、「自分が法律」でやりたい放題だったのである。

 もう少し機嫌がよければ、誰も怪我せず、拘束だけで済んだ…かもしれない。


 国王たちが漆黒の男の職業や状況を知ったとしても、絶対に信じなかったことだろう。


――――――――――――――――――――――――――――――

注*Bは「快適生活の追求者」の主人公で、番外編のBでもあります。

  異世界通称二つ、略称店員B、本名と四つの名前を使い分ける男。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る