番外編25 文字は縁(えにし)を繋ぐもの
「文字の読み書き出来ない冒険者募集!ランク問わず!」
ギルド職員がカウンターの空いてる場所に特設カウンターを作り、そう言い出した時には、何だ何だ?と冒険者たちは戸惑っていた。
「『分かり易い教科書を作るためにモニターをやって欲しい。報酬は教材と昼メシ』という依頼だ。場所はギルドの2階会議室、午前中四時間、合間に休憩あり」
そんな条件を聞いた途端、その受付のカウンターに希望者が殺到した。
タダで読み書きを教えてもらえるだけじゃなく、教材と昼メシ付きなんて、かなり美味しい依頼だからだ!
四時間もあれば、ちゃんと読み書き出来るようになる確率が高い。
オマケに、依頼主はあの自動販売魔道具でかき氷を売っていた『こおりやさん』、街の外に店舗を作って保存食を自動販売魔道具で売っていた『カップらーめんやさん』を出した商会『にゃーこや』店長!
昼メシもかなりかなり期待出来るし、高報酬過ぎる!
定員三十人なので、それぞれ、自分たちの判断の早さに感謝した。
そして、依頼受注した三十人は、充実した時間を過ごしてしっかりとモニターの役目を果たして依頼を達成した。
全員がちゃんと読み書きを覚え、その達成感を感じたまま、ギルド併設の食堂にてお茶することになった。
「いやぁ、スゲーいい依頼だった!読み書き出来るようになって、むちゃくちゃ美味しい昼メシもご馳走になって、完成した教科書もペンとかいい紙とかももらったし。しかも!おれって実は頭よかったんだよ!」
「オレも思った思った!今まで特に物覚えがいいとは思ったことはなかったんだけど、本気出したらスゲェな、オレ!って感じ」
「そもそも、教え方が上手いんだよな、店長さん。どの辺でひっかかってるのか、上手く言えなくても色々あれこれ出してくれるから、あ、そこそこってなったし」
「その言い方、ちょっと頭悪そう」
「悪かったな!」
「あれだ、あれ。言葉を知らない?単語?」
「
そこに、冒険者ギルド男性職員が通りすがって口を挟み、ついでに営業した。食堂には休憩に来たらしく、近くの席に座り、果実水を注文する。
いかにも元冒険者といった感じのガタイのいい職員だった。
「そうなんだ?いくら?」
「一時間で銅貨2枚。中々のリーズナブルさだろ。こういった設備の充実にも冒険者から取ってる手数料は使っているワケだな」
「へー!思ったより安い。串肉一本分ぐらいかぁ」
「恋文の書き方とかある?ある?」
「……何で恋文」
「いや、だって、面と向かって言うのは恥ずかしいだろ~。恋文なら思い切って渡して逃走出来るし!」
「…おいおい、何で逃げるんだよ!」
「だから、恥ずかしいんだって!」
「恋文の書き方、文例集があるぞ。高ランクになると貴族や有力者とのつき合いが増えるから、失礼のないよう手紙の文例が色々と。恋文まであるのは、守ってくれる冒険者に憧れる令嬢もいるから、貴族風の難解な手紙の意味や無難な断り方の文例だな」
すると、ギルド職員がそんなことを教えてくれた。
「えー?貴族の令嬢が?冒険者なんて、と
「馴染みがなさ過ぎて返って新鮮、ということもあるらしいぞ」
「あー珍しいワケか。それなら、何となく分からなくも…」
「で、恋文は誰に?」
「訊くな!」
「東3の通りの…名前、何だっけ?宿屋の娘さんで可愛い系の…」
「違う!おれが狙ってるのは西4の雑貨屋のお嬢さんだ!」
ポーションや服類だけじゃなく、装備の手入れ用品、野営に必要な物等々を扱っている冒険者御用達の店である。そう大きい店ではないが、品揃えがいいので、他の冒険者たちも「ああ、あの…」と頷くぐらい知名度が高かった。
「言ってるし。…って、ハルちゃんか。彼氏いるぞ」
「別れたって!ハルちゃん本人から愚痴られた!」
「嘘!マジで?すっごく仲良しなカップルだったのに」
「彼氏、浮気したんだってさ~。それが最初じゃなくて、もう二回目なんだとか。その点、おれは超誠実!」
「モテないだけとも言うけどな」
「言うな!」
「一度の浮気は許したんなら、またよりを戻すんじゃないの?」
「今度はないって言ってたし!」
「女心は分からんしなぁ。人にもよるし」
「ごもっとも。まぁ、まずは手紙を書かないとな。頑張れ」
「頑張るよ!」
そして、片想いしている冒険者…ギナルは冒険者ギルドの資料室の本で勉強してから、恋文を書き、想い人たる西4の雑貨屋のハルちゃん…ハルリーンに渡した。
やはり、照れてしまって走り去ってしまったが、ギナルとしてはミッションコンプリートだった!
便箋も封筒もワンポイント花の柄が描いてある可愛いデザインで、何度も書き直し、出来る限りの丁寧な文字で書いたのは、資料室の本「心を奪う恋文100選」「恋愛の達人マッスルーが教える恋文講座」といった本のおかげだった。
そうじゃなければ、気が利かない、女の子が喜ぶ物が分からないギナルは、まったく味気ない事務封筒と便箋…どころか、単なるメモ紙、しかも、大きな紙から切り取って端がギザギザ、といったメモ用紙以下に走り書きをして渡していたことだろう。
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拝啓
秋風の
平素は格別のご
さて、このたび、
貴女様は、いつも明るく優しい笑顔で、私を励まし、支えてくださいます。貴女の存在は私の人生にとってかけがえのないものです。
「人は見た目ではなく、中身だ」と古来から言われておりますが、貴女様は外見だけでなく、内面もとても魅力的です。
貴女様といると、いつも前向きな気持ちになれます。
私は貴女様に恋をしていること、そして、貴女様と共に歩んでいきたいという強い想いがあります。
しかし、その想いは、あまりにも大きく、あまりにも純粋であり、あまりにも深く、あまりにも複雑であるため、それを言葉で表現することは、とても難しいのです。
私は、貴女様に想いを伝えるために、何度も手紙を書き直してきました。しかし、どれも、私の想いを十分に表現することができませんでした。
私は、貴女様に想いを伝えるために、何度も言葉を探してきました。しかし、どれも、私の想いにふさわしい言葉を見つけることができませんでした。
私は、貴女様に想いを伝えるために、何度も自分の心を見つめ直してきました。しかし、どれも、私の想いを完全に理解することができませんでした。
私は、貴女様に想いを伝えるために、何度も自分の魂を見つめ直してきました。しかし、どれも、私の想いを完全に表現することができませんでした。
私は、貴女様に想いを伝えるために、何度も神様に祈ってきました。しかし、どれも、私の想いを叶えてもらうことができませんでした。
私は、貴女様に想いを伝えるために、何度も神様に問いかけました。しかし、どれも、私の想いに答えてもらうことができませんでした。
私は、貴女様に想いを伝えるために、何度も神様に懇願しました。しかし、どれも、私の想いを受け入れてもらうことができませんでした。
私は、貴女様に想いを伝えるために、何度も神様に許しを乞いました。しかし、どれも、私の想いを許してもらうことは、できませんでした。
私は、貴女様に想いを伝えるために、何度も神様に誓いました。しかし、どれも、私の想いを果たすことは、できませんでした。
もし、貴女様も私と同じ気持ちでいらっしゃるのであれば、どうかおつき合いいただけますでしょうか。
ご多忙のことと存じますが、ご検討のほど、
敬具
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しかし、残念!雑貨屋のハルちゃん…ハルリーンにはギナルの想いは伝わらなかった!
「……????どういった意味?この単語、何?遠くの国の言葉?」
恋文は貴族向けの本を参考にしたせいで、読み書き出来る一般平民でも馴染みのない単語、馴染みのない言い回し、変な引用も満載になってしまったのである。
『難解な手紙』だとギルド職員が言っていたのに、ギナルはすっかり聞き流していた……。
しかし、しかし、だ!
手紙の内容が分からなくてもまったく問題なかった。
ギナルが単語ぐらいしか読めなかったことを、ハルリーンは知っていた。短期間で読み書きが出来るようになっただけじゃなく、手紙の書き方の勉強までして、ギナルが初めて書いた手紙を一番に自分にくれたのだ!
そして、手紙の内容は分からなくても、ギナルが顔を真っ赤にして走り去った態度からしても…いや、普段の態度からとっくに好意を持たれていることは知っていたので、内容も簡単に推測が出来た。
そもそも、意識してない男に元彼氏の愚痴なんかこぼさないワケで……。
結果、ギナルはハルリーンという可愛い彼女をゲットしたのである!
******
数日後。
『読み書き出来れば、彼女も出来る!』という噂が王都を駆け巡った。
思わぬ方向に行ったが、現に読み書きを覚えるには本人の努力が必須、頑張る姿は好感度アップなのは間違いない。
読み書きが出来れば、今まで以上に稼げるようになるので、交際相手に経済力を求める女性たちの希望にも合致し、カップル成立が続出したため、そう間違った噂でもなかった。
予想外に小冊子が飛ぶように売れたことで、小冊子の増刷ともっと多くの在庫が入るよう自動販売魔道具の改良を余儀なくされた『にゃーこや』が少し面倒だっただけの話である――――――。
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関連話「101 読み書き出来ない冒険者募集!」
https://kakuyomu.jp/works/16817330653670409929/episodes/16817330657636543849
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