番外編39 最強種の黄昏(たそがれ)
ある日の夕暮れ。
カウラナ王国の南の山岳地帯『竜の巣』から赤い竜が二匹、飛び立った。
赤い体は夕日の朱に紛れ…るワケがなく、長大な体を包む鱗が夕日を反射して目立っていた。
曇天や青空の時よりはマシ、かもしれない。
火竜二匹はサファリス国へ入り、やがて王都ティサーフの上空に近付いた。
ガァアアアアアアアアァアアアアッ!
一匹の火竜が威嚇の
…いや、咆哮を上げたかったのだが……。
『うるせぇっ!』
下から顎に衝撃があり、20m程吹っ飛ばされた!
ガッッ…ギャッ!
実際の音はこれである。
『お前ら、何しに来た?敵対するなら討伐して美味しくいただくぞ』
火竜二匹の頭の中に声が響く。念話か。
いつの間にか、吹っ飛ばされなかった火竜の前に黒髪黒服の人間が立っていた。何も足場がない空中なのに!
何だこれは。
人間の形をしているだけで、実は人に化けた、或いは見せかけただけの高位の魔物だろうか。それとも、実体化した精霊か?
火竜は戸惑った。
『頭が悪いのか。もっと簡単に言ってやる。迷惑だから巣に帰れ。帰らねぇんなら討伐する』
『と、討伐だとぉ?人間ごときが図に…』
『ごとき?』
スパンッと火竜の左角が切り落とされた。
その角はすぐ消える。
『立場が分かってねぇようだな?』
『つ、角が…わ、我の角が…』
最初に吹っ飛ばされた火竜が体勢を整え、ブレスの準備ですーっと深呼吸をした瞬間、顎に衝撃!
直後、右角が切り落とされ、その角はまた消える。
『バカの一つ覚えだな。まだやるんなら首を
火竜たちは周囲に魔力を感じた。結界か。
黒い人間はここでやっと背中の大剣をすらりと抜いて構えた。
今まで武器を持っていることすら気付かなかった火竜たちは、震え上がった!
一体、どうやって角を切ったんだっ!?
どんな魔法でも武器でも、魔力の塊たる竜の角をこうもスッパリ切れるハズがないのだ!
ここで反撃すれば、言葉通りに一瞬で簡単に討伐されてしまうだろう。
そんな度胸はなかった火竜二匹はすぐさま頭を下げて降伏した。降伏するしかなかった……。
次の瞬間、火竜二匹は別の場所にいた!
大きな洞窟の中のような場所。出入り口はない。
転移魔法か!
20m以上ある竜二匹を連れての転移は、莫大な魔力を使うハズ……。
何だこいつ、賢者とやらか?それとも、神の使いか?
『で、何の用事だ?』
大剣を背中の鞘に戻した黒い人間は、大量に魔力消費をしたとは思えない程、まったくしんどそうでもなく、普通に訊く。
『ええっと…我はリーノス。あーええっと…』
『あの…えっと…こほん。わ、
火竜リーノスが口ごもると、リーノスより数十年年上の火竜ゴーシュがビビリながらも、念話で名乗ってそう訊いた。
「SSランク冒険者のシヴァ。下位水竜三匹のせいで大雨被害に遭っていたサファリス国に救援と復興に来ている。何百人と亡くなりこれから収穫するばかりだった食料も台無しになった。おれたちが助けに入らなければ、国家存亡の危機だっただろう。下位水竜たちだけの暴挙ではなく、ドラゴン全体の総意なら殲滅するが、それは?」
『い、いや、まったく!まったく関係ないから!』
『知らんぞ!知らんから!我らの総意じゃないから落ち着いてくれ!』
『そっちが落ち着け。じゃ、目的は?』
『その水竜三匹がいなくなったのは聞いたし、ついでに探して来いとは言われたが、本当の目的は【竜の巫女】という称号を持つ人間の女が本当にいるかどうかの確認だ。予言スキルを持った青竜のおばばが『十年後に我らを
「さっき咆哮しようとしたのは?」
『す、すまん。大きな街なら人も多いから、何らかの反応があるかと思って』
『大きな魔力が動いた時に見に来なかったのは、どうしてだ?』
『それは【直感】スキルを持った奴が絶対行くな、と…今日も悪い予感がするからやめとけとは言われたんだが…』
『良くも悪くもお前ら次第だな。下位水竜たちがしでかしたことの一部を見せてやろう』
黒い人間…シヴァは白くて薄い大きな板のようなものを出すと、映像を映し出した。
下位水竜討伐から各地の被害、復興の映像だ。
炎のように赤い大きな鳥、白銀の大きな狼は……。
『神獣まで…』
二匹の火竜は更に生きた心地がしなかった。
竜たちがこの世界のバランスを崩すのなら、簡単に殲滅される。伝承で残っているのだ。
『この落とし前をどう付けるつもりだ?ようやく、復興して来て前向きな気持ちになった所に、お前らがわざわざ姿を見せて混乱させてもいるし?』
『すまなかった…謝って許されることではないのは分かっているが…』
『ゴーシュ!そう簡単に謝るのは竜全体の体面に…』
いきなり、リーノスが離れた壁にぶつかった。
シヴァが蹴ったらしい。
『魔力すら使ってねぇ素の力と体術だけで吹っ飛ばされる竜が、体面がどうのとよく言うな?…ゴーシュ、お前らの仲間はこんなんばっかか?』
『い、いや、誤解しないでくれ。リーノスはまだ若いせいか、どうも血の気が多くて』
『長命な竜にとって五十三年なんか大して変わらねぇだろ。元々の性格だな』
何でそんな正確な年齢を知っている?
そう思ったゴーシュだが、目の前の男なら熟練度の高い鑑定スキルを持っているのだろう。
この男には絶対に勝てない。
竜全部を集めたとしても、日頃から戦闘訓練なんかしてないし、気ままに自分勝手に生きている竜に連携なんか出来るワケがないし、長大な体と強力な魔法で返って同士討ちをするだけだろう。
竜は最強種ではなかったのだろうか?
怖いと思ったのは、生まれて数百年、初めてのことだった。
これから、どうなるのだろうか……。
……あっ!最初に『美味しくいただく』とか言ってなかったか?
これが『絶望』というものか――――――――――――――――。
おばば…テラリスによると、予言というのは未来が変わるため、常に変動しているもの。その中で一番可能性の高い未来を読むのがテラリスの予言だ。
―――――――【竜の巫女】という称号を持つ人間の女が現れ、竜を統率するか、滅亡させる。―――――――
この二つの未来が一番可能性が高い。
そう聞いていたのだが、何なんだ、この状況は……。
時期がズレることがあっても、千年以上生きてるおばばの予言が外れたとは聞いたことがないのに。
予言を聞いた後に未来が変わった、ということだろうか。
******
ガァアアアアアアアアァアアアアッ!
ガァアアアアアアアアァアアアアッ!
うわぁああああああああああああっ!
『うるさい!』
ガコンッ!
頭に衝撃を受けてゴーシュは目を覚ました。
『…お前もか』
『何が、だ?……って、ここは…』
見回せば、竜の巣の自分が気に入っているいつもの岩場だ。
目の前には雷竜トニトルス。まとめ役をやっている竜だ。この竜の巣の中で一番魔力量が多く、魔法もスキルも多い。人間なら『王』と呼ばれるだろう。
『絶望する夢を見たんだろう?』
『な、何で分かるっ?どうして?…あ、あれは、夢?え、夢?夢なのか?本当に?角は?角はある…ある!』
『ああ。ただの夢ではなく【予知夢】だ。あるかもしれない未来の夢。シヴァという名の黒い服を着た人間の男に叩きのめされる夢を見ただろう?』
『なななな、何でそれを?』
『他の竜も似たような夢を見ている。我もな。おばばによると、竜の強い生存本能が見せた夢だろう、と』
『生存本能…』
『シヴァという男、何百年かごとに復活する【魔王】なんか比べものにならん程の脅威となるが、対応さえ間違えなければ問題ないらしい。間違えれば、首を
ブルッとトニトルスは体を震わせた。
ゴーシュはそれ以上に身体を震わせる。皆、似たような夢を見た、と実感したからだ。
『関わらないようにする、でいいのか?』
『忘れたか。水竜三匹がすでにやらかし、人間が何百人か死んでいることを。我らは知らん、関係ないと言っても、通らんだろう。人間は一部の人間の争いが国同士の争いになることも多いのだ』
『では、どうしろと?巣の中に閉じこもって過ごせ、とでも?』
『その程度で生き残れるものか。総力戦になった所で勝てる相手ではない。ならば、この巣は放棄して他の土地に行くしかないだろう。人間たちに見られないよう【小型化】スキルで出来るだけ小さくなって【隠蔽】スキルを使い、夜のうちに移動だ。敵対するつもりはない、と行動で示すのだ』
小型化スキルは小鳥ぐらいまで小さくなれるスキルで大半の竜は持っているが、戦闘力がかなり落ち、魔法やスキルも制限されるため、普段は中々そこまで小さくはならない。
『そ、そこまで?……いや、見逃してくれるのだろうか…』
あの絶望的な夢がちらつく。
本当に人間なのかと疑う程、感じられた大量の魔力。
黒い瞳には何の感情も浮かんでおらず、虫を退治する程度の感情で狩られる、と思った。
『こちらからちょっかいをかけなければ、大丈夫らしいが……』
トニトルスもかなり怖い夢を見たらしい。恐ろしくて、ゴーシュはその内容は知りたくなかった。
そうして、竜の巣の竜たちは、かつてなく慎重に【夜逃げ】することになった。
強い生存本能のおかげで、竜たちは命拾いをした、かもしれない。
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関連話「103 災害は突然に」
https://kakuyomu.jp/works/16817330653670409929/episodes/16817330657637628547
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