番外編40 最強種の黄昏(たそがれ) ― 捕食者side ―

【マスター、ティーコです。竜の巣から二匹の竜が飛び立ち、サファリス国へと近付いています。竜は下位種ではなく、火竜二匹ですが、形状と大きさからしてまだ若いと思われます。どうしますか?】


 サファリス国の復興がひと段落したある日の夕暮れ。

 サファリス国の王都ティサーフの側のダンジョンのダンジョンコア…ティーコからそんな緊急連絡が入った。


「すぐ行く」


 シヴァは一瞬で着替えると、キエンダンジョンの転移魔法陣からティサーフダンジョンへ転移し、すぐコアルームへ転移した。このぐらいならすぐ魔力は回復する。


 ティーコは設置した結界スクリーンに、竜の姿と位置をすぐに表示してくれた。カメラ越しでここまで離れていると、鑑定はまだ出来ないが、確かに若い竜のようだ。

 復興ついでに基点となる魔道具を設置し、主要な場所は結界が張れるようにしてあるが、今起動するのは挑発になるだろう。


 基本的に何もしなければ、こちらも何もしない。

 飛行カメラの魔力は浮遊魔力を使っているため、余程、索敵に特化していなければ、見付けられないが、シヴァの隠蔽はドラゴンアイをあざむける程でもないので、ここで静観だ。攻撃をすれば一瞬で転移出来るし、設置してある結界の魔道具は自動防御なので余裕で間に合う。


 火竜二匹は別に喧嘩している様子もなく、かといってふらっと散歩に、といった感じでもなく、目的があって移動しているように見える。


「ティーコ、偵察だと思う?下位水竜三匹が帰って来ねぇから」


 竜の時間感覚なら、十日前に雨がやみ、その一週間前から出かけている下位種水竜三匹は、「ちょっと前に出て行ったきりだな」程度だろう。


【おそらく。竜の巣にいる竜たちは属性の違いなど、気にしていないようですし】


 属性の違いを気にしていたら、毎日乱闘で近辺の国などとっくに滅んでいるだろう。まとめ役の竜はいるようだが、それだけだ。

 火竜二匹はサファリス国へ入った。


「ヴェスカ。火竜二匹がサファリス国に入って来たが、絶対、手を出すなよ」


 何かやらかしそうな元神獣、現在黒虎のヴェスカに連絡を入れて置く。国王と宰相と連絡を取るために作ったヴェスカの通信首輪でヴェスカの方からの連絡は出来ないが、作成者のシヴァは一方的に連絡出来る。


【今の我がどう手を出すと言うのだ。勝てるわけがないのに】


「分かっていればいい。国王と宰相におれが見張っているから、心配ないことを伝えてくれ。直接連絡も出来るが、ヴェスカが伝えた方が信憑性が高まるだろ」


【分かった】


 余計なことを言わなかったのは、いくら失態だらけのヴェスカでもさすがに学習したのかもしれない。


 しばらくは様子見なので、シヴァはハーブティを淹れ、アイスにして喉を潤した。緊張して喉が乾く、ではなく、風呂上がりにそのまま来たのだ。


 キエンダンジョンのコアのキーコは緊急連絡を聞いていたが、アカネにも一応連絡を入れて置く。

 一匹ならともかく、二匹はアカネの手に余るが、目撃するだけでも動揺するだろう民たちを安心させる、という事後処理を手伝ってもらいたいこともあり。

 日はどんどん傾き、そろそろ暗くなっているのだが、淡く発光している派手な火竜なので夜でも目立ってしまうのだ。


 腹減ったなぁ、とシヴァは作り置きストックから麻婆マーボー豆腐丼を出して食べる。マイルドな辛さにハマるので、時々、無性に食べたくなるもので。

 サイドメニューは春巻き、海鮮野菜炒め。ソファーセットのローテーブルにずらっと並べた。


【…マスター、緊張感がなさ過ぎませんか】


 シヴァが美味しく食べ始めると、呆れたらしく、ティーコが声をかけて来た。


「『腹が減っては戦は出来ぬ』という格言が異世界ではあるんだよ。『いては事を仕損しそんじる』というのもな。メシ時に来る方もどうなんだ、だし。竜は知能が高い生き物のハズなのに、来訪マナーを知らねぇ連中だな」


【…来訪マナー…】


「一般竜で何百年、高位の竜なら千年以上生きてるハズなのに、人間の生活やマナーすら知らねぇワケがねぇだろ。見下してはいても暇してるんだし」


【そう言われてみればそうかもしれませんが、暇してる、と言い切りますか…】


「文化も何にもなさそうなんだから暇だろ。神獣たちのように小型化スキルも隠蔽スキルも持ってるんだし。なのに、あいつらが堂々と大きいままで来たのは若いから怖いもの知らずなんだろうな」


 『向かう所敵なし!』という思い上がりは、足元をすくわれるものだ。

 何も戦闘力だけの真っ向勝負をしないとならない、というルールなんかないので、高い戦闘力がない人間でも戦略を練れば何とかなる。ヤマタノオロチの話のように。




 シヴァが食後のお茶を楽しんでいると、火竜たちはやがて王都ティサーフ上空にまで飛んで来た。


 ガァアアアアアアアアァアアアア!


 一匹の火竜が威嚇の咆哮ほうこうを上げようとしたが、


「うるせぇっ!」


と、実際は、ガ…と火竜が言いかけた所で転移したシヴァが蹴り飛ばしたので、


 ガッッ…ギャッ!


という感じになっていた。

 手加減したので20mぐらい上空に飛ばされただけで、竜の顎は外れても凹んでもいない。


「お前ら、何しに来た?敵対するなら討伐して美味しくいただくぞ」


 音声と念話で同時通訳だ。

 シヴァは足場結界を火竜の真ん前に設置し、その上に乗った。

 はぁっ?という感じで固まっているもう一匹の火竜。


「頭が悪いのか。もっと簡単に言ってやる。迷惑だから巣に帰れ。帰らねぇんなら討伐する」


『と、討伐だとぉ?人間ごとき…』


「ごとき?」


 スパンッとシヴァは影斬撃で火竜の左角を切り落としてやった。さすが、切れ味が素晴らしい。落とした角はもちろん、即回収である。慰謝料だ。


「立場が分かってねぇようだな?」


『つ、角が…わ、我の角が…』


「バカの一つ覚え」


 体勢を整えたもう一匹がブレスを吹く前準備で深呼吸しようとしたので、シヴァは転移で間近に移動し、顎を蹴ってやった。こちらの火竜の右角も切り落として、回収して置く。


「まだやるんなら首をねる」


 火竜たちはシヴァごと結界に閉じ込めたので、血や内蔵が街に降ってしまうことはない。そちらも貴重な素材なのだ。しっかり回収するに決まっている。


 シヴァはここでやっと背中の大剣をすらりと抜いて構えた。

 ここで聞き分けがよくなければ、本当に首を刎ね、もう一匹に事情を訊くつもりだったが、簡単に角を切り落とす相手にそこまでの度胸はなかったらしく、火竜二匹は頭を下げて降伏した。


 空中では街の人たちが不安に思うだろうから、ティーコに大部屋を用意させ、ティサーフダンジョン内へ火竜二匹を連れて転移した。


「で、何の用事だ?」


『ええっと…我はリーノス。あーええっと…』


『あの…えっと…こほん。わ、我は火竜ゴーシュと申す。失礼な態度を取って悪かった。おま…貴殿は一体、何者だろうか?』


 火竜リーノスがどう言えばいいのか分からなかったらしく口ごもると、リーノスより数十年年上の火竜ゴーシュがビビリながらも、名乗ってそう訊いて来た。


「SSランク冒険者のシヴァ。下位水竜三匹のせいで大雨被害に遭っていたサファリス国に救援と復興に来ている。何百人と亡くなりこれから収穫するばかりだった食料も台無しになった。おれたちが助けに入らなければ、国家存亡の危機だっただろう。下位水竜たちだけの暴挙ではなく、ドラゴン全体の総意なら殲滅するが、それは?」


『い、いや、まったく!まったく関係ないから!』


『知らんぞ!知らんから!我らの総意じゃないから落ち着いてくれ!』


「そっちが落ち着け。じゃ、目的は?」


『その水竜三匹がいなくなったのは聞いたし、ついでに探して来いとは言われたが、本当の目的は『竜の巫女』という称号を持つ人間の女が本当にいるかどうかの確認だ。予言スキルを持った青竜のおばばが『十年後に我らをべるか、滅亡させる女が出現する』と予言したのだ。予言はズレることもあるし、ついこの前、大きな魔力が動いたので、様子を見に』


 大きな魔力が動いた、というのはシヴァが分身を使い、神獣たちも来て復興していた時だろう。ある地域だけであれだけ魔力が動くことは滅多にない。


「さっき咆哮しようとしたのは?」


『す、すまん。大きな街なら人も多いから、何らかの反応があるかと思って』


「大きな魔力が動いた時に見に来なかったのは、どうしてだ?」


『それは【直感】スキルを持った奴が絶対行くな、と…今日も悪い予感がするからやめとけとは言われたんだが…』


「良くも悪くもお前ら次第だな。下位水竜たちがしでかしたことの一部を見せてやろう」


 シヴァは大きいスクリーン結界を出すと、プロジェクターで下位水竜討伐から各地の被害、復興へのダイジェスト映像を見せてやった。イディオスやカーマインが活躍している所もしっかり入っている。


『神獣まで…』


 二匹の火竜は顔色があったら青ざめていたことだろう。

 竜たちがバランスを崩すぐらい暴れるのなら簡単に殲滅されることは、伝承で残ってるからだろう。元神獣のヴェスカは力が削がれていなくても、単純で変にプライドが高いので難しかっただろうが。


「この落とし前をどう付けるつもりだ?ようやく、復興して来て前向きな気持ちになった所に、お前らがわざわざ姿を見せて混乱させてもいるし?」


『すまなかった…謝って許されることではないのは分かっているが…』


『ゴーシュ!そう簡単に謝るのは竜全体の体面に…』


 シヴァはリーノスの横っ面に蹴りを入れて、ふっ飛ばした。

 迂闊な言動するのは年若いリーノスである。


「魔力すら使ってねぇ素の力と体術だけでふっ飛ばされる竜が、体面がどうのとよく言うな?…ゴーシュ、お前らの仲間はこんなんばっかか?」


『い、いや、誤解しないでくれ。リーノスはまだ若いせいか、どうも血の気が多くて』


「竜にとって五十三年なんか大して変わらねぇだろ。元々の性格だな」


 さて、どうするか。

 『竜の巫女』とやらを探しに来た火竜二匹の行動は迂闊うかつだったが、下位水竜がやらかした責任を負わすのは筋違いだ。竜のまとめ役に話を通すべきだろう。

 しかし、他の竜もいるので戦闘になると、被害が拡大してしまう。バカの一つ覚えのブレスでもかなり広範囲・長距離まで影響があるのだ。

 …よし、影の中に沈めればいいか。


 シヴァは早速、実行した。

 完全に日が落ちた後なので、影魔法最強である。

 抵抗なんてまったくさせなかった。古代竜…エンシェントドラゴンまではいなかったので、尚更だ。


 そして、一匹ずつダンジョンの中に出し、説得…という名の実力行使。

 角が精神的な弱点らしく、スパンッ!と切り落とすと大半の竜は茫然自失で楽だった。

 中には竜もいて、「ちょっとぐらい切ってもいいよ!」と解釈したシヴァは、遠慮なく次元斬じげんざんで付け根からぶった斬って回収した。

 尻尾テールスープは外せないだろう。


 曲がりなりとも竜なので、再生スキルぐらい持っている。ダンジョンの竜よりは再生に時間がかかるだろうが、生えて来るので遠慮なしだ。


 定期的な天然竜肉を入手するため、従魔にしてもいいが、竜の場合だと何匹テイム出来るのだろうか?


 ティーコに試算させてみた所、現在竜の巣にいる34匹全部の竜が余裕でテイム可能だった。

 さすが、竜なだけあって、アイテムボックスもデフォルトスキル。空を飛ぶのは羽があるからというだけじゃなく、風魔法なので背中に人間が乗るなら風の抵抗もなくせる。種類ごとに他の魔法も使えて魔力量も多い。

 どうせ暇だろうし、輸送で役立ってもらおう。


 何も奴隷のように働かせたいワケじゃない。いつものように暮らしながら交替で数時間でいいのだ。わざわざテイムしたのは、万が一でも反抗させないため、というだけだった。



 ちゃんと『鞭』の後は『飴』を用意した。

 パーフェクトヒールで切り落とした角を生やしてやったのである。角だけなら魔力消費はそこまでかからない。

 切り落とした角と繋げるのも出来ただろうが、こちらは慰謝料としてもらうので。素材として申し分ない。

 かなり魔力を蓄えるので、魔力タンクとしても優秀だった。バイクの改良が出来る!拳銃やライフルもっ無茶苦茶パワーアップ出来る。自分の魔力は温存しながらも。


 今回の大雨被害で誰が一番魔力を使い働いたか?と言えば、当然、シヴァなので遠慮なく頂く。

 国王には生え変わって落ちた鱗でいいだろう。これでもかなり高値で売れる。

 アカネが討伐した水竜三匹の素材は「とんでもない!」と受け取らなかったが、ちゃんとした賠償なのでこれは受け取ることだろう。


 暴れて腕力で説得した竜ばかりじゃなかったので、もう一つ『飴』として、それぞれ好みの宝石で通信&念話スピーカー首輪(ステータスが見えない他の人には中々見分けが出来ないので名前入り)を作ってやった。

 「竜は光り物好き」というのは本当で、ダンジョンからも出ない複雑なカットでキラキラ、更に竜には作れなかった装身具だったので大喜びだった。三分の一はシヴァに叩きのめされたのも忘れて。

 …結構、単純である。


 サイズ自動調整のマジックアイテムなので、小鳥サイズになってもちゃんとサイズが合う。石はそのままのサイズだが、竜は小鳥までサイズが調整出来るそうだ。小さいサイズの時はさすがに使える魔法やスキルも限られる。

 羽が生えたトカゲにしか見えないので、そのぐらいの方が行動し易い時もあるのだろう。



 ******


 こんな未来があったかもしれないのに、半端な予知夢を見たせいで夜逃げした竜たちは損をしたのか、それとも賢明だったのか。

 その結論ははるか未来に出ることだろう。

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