番外編49 熊に吹く導きの風 

「んん?」


 いつの間にか、ちっこい生き物が俺の左足のすねにくっついていた。

 大きさは12cmぐらい?木のマグカップに入れると頭が出るぐらいだ。

 頭は丸く白い毛のふさふさした三角耳は顔の斜め上に付いてて、鼻周りとつぶらな黒い目の上と頬は白く、目の下から鼻を囲んで濃い茶。頭と体は赤茶。腹側と足は黒い。胴体は長く体長と同じぐらい長い尻尾は太くてシマシマもっふもふ。全体的にもっふもふ。足の裏までもっふもふ。

 ひっじょ~に愛くるしい生き物なのだが、何故、俺の足にくっついてるんだ?


 敵意はないにしても、気配にも音にも敏感な俺が今まで気が付かなかったのもおかしい。

 そこまで鈍ければ、とっくに死んでるぞ。

 しかも、ここは森の中だ。果物・薬草採取と薪拾いに来ただけだが、油断なんてしてなかった……ハズ。


「って、おい、手を離せって」


 引き剥がそうとしたのだが、爪を伸ばして俺のズボンにしがみ付きやがる。強引に引っ張るとズボンの方が破れそうだ。それはマズイ。


「俺に何か用事?」


 人間の言葉が分かる、とは思えないが、雰囲気ぐらいは伝わるかも、と話しかけてみた所、小首をかしげられた。「なぁに?」みたいな感じで。


「俺、パーシー」


 俺は自分を指差す。茶髪茶目、ちょこんと丸い熊耳がチャームポイントの熊獣人の冒険者だ。

 まぁ、顔はそうよくないが、みんなに嫌われるような悪相でもなく、愛嬌のある顔、とはよく言われる。


 そして、おれは自分の丸い耳を指差す。


「形は違うけど、俺もふさふさ耳だから仲間だと間違えたとか?」


 大ざっぱなくくりで手二本、足二本、目二つ、鼻一つ、口一つ、茶髪、ふさふさ耳あり、という共通項辺りで。

 俺は尻尾はあいにくとないタイプの獣人なのだ。長くて器用に物を掴め、枝に巻き付けてぶら下がることも出来るサル系獣人の尻尾なら是非とも欲しかったが。

 だが、ちっこい生き物はこてんと逆方向に首を傾げた。

 「何か言ってる~?」な感じか。こんな仕草も愛くるしい。


 俺の足にくっついてるのは、別に深い意味はないのかもしれんな。木に抱き着くのが好きな魔物もいるし……っつーか、魔物じゃないな、これ。

 この小ささなのに魔力がかなり多い。実体化している精霊のような……?獣型もいるのは知ってるし、前に狼型の精霊獣を見たことがある。でも、精霊獣ともまた違うような気もしなくもない。

 何だろう?


 考えた所で分からんので、俺はそのまま薬草採取を続けることにした。

 あまり儲からんのに慣れないと時間がかかり、運ぶ時にも潰れないよう気を使う薬草採取は、低ランク冒険者がやるのが定番なのだが、だからこそ、どうしても上質な薬草の集まりが悪い。

 なので、金に困ってない、森に行く用事がある冒険者についでに頼まれる。

 つまり、おれだ。


 獣人は鼻もいいから、あまり入ったことがない森の中でもすぐ探せるしな。

 おっ!あった!俺の目線より少し上、真っ青で粒粒した実で一塊ひとかたまりになっている果物だ。ルレザンとか言ったか。

 そうそう、そろそろ時期だと思ってたんだよな~。北の方なら食べ頃の時期も早いかも、と思ってたが、正解だったようだ。

 赤いと熟してる、青いと未熟、というのが大半の果物だ。

 だから、真っ青のこの果物は、まだ熟してないと思ってる奴の方が多いだろうが、これで完熟。獣人の鼻は食べ頃もよく分かるので便利だ。


 口に入れると、ぷちっと外側の皮が破れ、中の柔らかくて瑞々しい甘い果肉がとろりと口に入る。皮も薄くて甘いが、少しすっぱくて、それがまたいいアクセントになる。

 うん、美味い!今回のは前食ったヤツより出来がいいんじゃないか?


 くいくいズボンを引っ張られる。ちっこい生き物も欲しがってるらしい。

 はいはい、と粒を外して渡そうとしたが……どう見ても、果物の方がちっこい生き物の頭よりでかい。ちっこい口に入るワケがない。

 ナイフで口に入るようなサイズに切ってやって差し出すと、くんくん匂いを嗅いでから、豪快にぱくっと食い付いた!俺の左足にしがみついたままだ。果汁が小さな口から溢れるので、俺は慌ててハンカチを出して口の周りを拭ってやった。


「甘くて美味いだろ?」


「みゃ!」


「みゃ?猫っぽいのか?」


 よく分からん生き物だが、鳴くのと飲み食いすること、それに少しは言葉を理解しているのは分かった。

 熟したルレザンをせっせと集めてマジックバッグに収納して行くと、木の上の方にあっさりな甘味なもののシャクシャクと歯ごたえがいい果肉のラプワールを見付けた。下の方にっていたのは魔物か動物が食べたようだ。さっさと木に登り、味見しながらこちらも収穫。

 甘いものばかりだと飽きて来るので、干し肉もかじる。

 ちっこい生き物にも時々与えつつ、果物収穫にいそしみ、さて、次は薬草だ。


 回復ポーションだけじゃなく、スタミナポーション、毒消しに使う薬草も足りないと言っていたので、あちこちに移動して集めて行く。

 もちろん、根こそぎ採るようなことはしない。残して置けば、しばらく経つとまたわさわさ生えて来て増えるのだ。それが駆け出し冒険者には分からんくて、採取場があちこち潰されて喧嘩になったりするワケだな、うん。


 ちっこい生き物はずっと俺の左足の脛にひっついていた。

 同じ態勢だとしんどくなるものだが、この生き物はそんなことはないらしい。

 見た目と違和感がないぐらいの重さがあるので、物質化している生き物なのは分かるが、一体、何がしたいのか。


 ……んん?あれ?最初はほとんど重さを感じられなかったのに、少しずつ重くなってる?気のせいか?

 どうしても、ちっこい生き物は足から離れないので、森での用事が終わり、街へ戻る時も連れて行くしかない。




「おいおい、パーシー。何だそれ?」


 防壁門の入街審査担当の馴染みの警備兵が、パーシーの左脛を指差した。

 俺だけに見える、とかもあるかも?と思っていたが、そんなことはなかったらしい。

 12cmぐらいとはいえ、明らかにもふもふ、どう見ても愛くるしいちっこい生き物。


「俺の方が聞きたい。離れないんだって」


「何だろうな?見たことがない生き物だし、万が一があっても怖い。鑑定持ちを連れて来るか」


 正しい判断だった。

 万人受けする生き物も植物も警戒した方がいい。稼ぐ詐欺師は穏やかそうないい人そうな見かけばかり、というのが定番だ。


「ああ、頼む」


 そして、商業ギルドから鑑定スキル持ちの職員を連れて来たのだが……。


「…は?妖精?」


 商業スキル持ちの職員も戸惑っていた。


「え、妖精?じゃ、ケットシーみたいな感じ?」


 動物型の妖精といえば、猫型のケットシーが代表格だ。


「えーと、【サン・ストゥー】という種族らしい。異世界で『レッサーパンダ』と呼ばれている動物に形はよく似ているが、別物。『隠れた宝石』という異名もある……おれの鑑定だとここまでだな」


「ものすごくレアってことが分かっただけ?生態は?飲み食いはしてたけど」


「おい、餌をやるから離れないんだろ!」


「でも、この可愛らしさだぞ?お預けに出来るか?」


「……あーまぁ、仕方ないかもな…撫でても?」


「さぁ?」


 屈んだ警備兵が、ちっこい生き物…サン・ストゥーにそっと手を伸ばすが、別に嫌がらず、普通に撫でられていた。


「うぉっ、もっふもふ…」


「あ、じゃ、おれも…」


 羨ましかったらしい商業ギルド職員もしゃがんでサン・ストゥーを撫でたが、やはり、嫌がらなかった。

 しかし、この二人も俺の足からは引き剥がせなかった。


「【直観】スキルも持ってるけど、別に悪意は感じられないから、この子の気が済むまでひっつかれてるしかないんじゃないか?」


「やっぱ、それしかないのか。着替えと水浴びする時は離れて欲しいんだけどなぁ。あ、トイレと」


「それはさすがに大丈夫だろ~」


「だよなぁ」


 結果、大丈夫だった。

 最低限の人としての尊厳は守られたのはいいが……一体、何なんだろうな?このちっこい生き物は。



 ******



 サン・ストゥーは種族名であり、名前がないと不便だったので、俺はルーレと名付けた。ルレザンが好きだったから、という単純な理由だが、本人…いや、本妖精も気に入ってるらしい。


 ルーレは最初は左足の脛、次は右足の脛ではなく、左の二の腕と場所を移したが、何となくルーレが何をやりたいのか分かって来た。


 俺を鍛えたいのだ!


 どんどん重くなって来た?と思ったのはまったく気のせいではなく、ルーレはどんどん重くなった。もちろん、それだけ俺の動きは鈍くなるのだが、慣れて来ると更に重くなる。一気に重くなるのではなく、あくまで徐々に。


 しがみついてる部分だけならバランスが悪いのだが、ルーレはどうやら重さを操れるようで、左足にしがみ付いていても、すぐに右足にも同じぐらいの重さの負荷がかかるようになった。


 やっぱり、これ、どう考えても俺を鍛えようとしてるよな?

 ルーレが何で俺を選んだのかは分からん。

 もう片方の足の重さも操れるのなら、近くにいればいいだけで、俺にくっついてる必要がないのでは?と思うが、まぁ、可愛いので問題ない。

 細かいことを気にしない辺りも、俺が選ばれた理由かもしれんな。


 自己鍛錬で鍛えるのは限界がある。友人知人と模擬戦で鍛える、というのもお互い仕事をせんと食い詰めちまうから、時間のすり合わせが中々上手く行かない。

 こういったの、好都合とか『導きの風』とか言ったっけな?

 更に強くなれるのなら、大歓迎だ!



 しかし、数ヶ月、筋力アップ鍛錬が続いた後、ルーレは俺にくっつかなくなった。

 夏になって暑くなったこともあるだろうが、次の段階らしい。


「はっや!」


 ついて来い!とばかりに手招き、振り向き振り向きルーレが逃げまくる。

 ずんぐりむっくりもふもふなのに、ものすごく素早い!身体強化だけじゃなく、風魔法も使ってるらしい。

 目で追えないので魔力探知するが、身体がついて行けない!そうなると、行動の先読みをせねば!


「がぁ~っ!捕まらん!もふもふが!俺にもふもふをくれ!さぁ、もふもふを!俺にもふもふを!」


 そう簡単に捕まらんので、こう叫ぶことになる。

 もう数ヶ月も存分にもふもふしていたのだ!今更、手離せるかっ!

 なんて、恐ろしい鍛錬なのか!

 否応なく、「もふもふ中毒」にしてしまうとは!


 さぁ、俺にもふもふをっ!



 そうして、ルーレと鍛錬を続けた俺は歴史上でも有数な槍の使い手となる……ハズ。





 【導きの妖精サン・ストゥー】

 その愛くるしい外見ともっふもふな極上の触り心地、そして、「あざとい」仕草を武器に、強制的に鍛錬させるパーソナルトレーナー。サン・ストゥー自身の戦闘力も高い。体育会系なので弟子を鍛えることが楽しい。

 しかし、予想外に相性が合わなければ、身体をぶっ壊される恐ろしい妖精でもあった。



――――――――――――――――――――――――――――――

注*パーシーの若い頃の話。

関連話「戦闘狂気味の熊に地獄を見させられる」

https://kakuyomu.jp/works/16817330658550287434/episodes/16817330659136932856


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