016 戦闘狂気味の熊に地獄を見させられる

 エアが左手を失くしてから、四ヶ月経った。

 左前腕に付ける小型盾の扱いにもかなり慣れ、足りないリーチを補える槍も片手でもそこそこ使えるようになった。

 装備も物理・魔法防御力が高く、動き易いものにどんどん替えた。

 稼げるようになったおかげで、憧れだったスパイダーシルク製のもので。

 スパイダーシルクは丈夫で軽量、斬撃衝撃軽減効果があり、薄布一枚挟むだけでかなり違って来るし、魔法付与もかなり出来る優秀素材だった。

 エレナーダダンジョン53階以降の森林フロアに、スパイダーシルクが出て来て糸をドロップするそうなので、エアはとても楽しみにしている。


 マジックバッグが二つあるので、予備の武器も入れられるし、日持ちする食料もたっぷり、調理器具もある。便利なアイテム、各種ポーションの備蓄、体力気力、健康状態も万全。


 そろそろ、エレナーダダンジョン下層…41階以降に挑戦しても大丈夫だろう。

 冒険者ギルドの職員からもすすめられていることもある。

 エアのドロップ率は本当にいいので。


 エアはソロだからこそ、他のメンバーに影響されずにドロップ率がいい。

 エアは片手になっても大半の冒険者より戦闘力が高いし、ソロだからこそ身軽に動ける。

 そういったことが他の冒険者たちに割と知られるようになり、いいドロップをよりたくさん納品して欲しい、売って欲しいギルドがたしなめたのもあり、パーティメンバーの勧誘がようやく治まった。


 では、準備万端整えてダンジョン下層にチャレンジしようとしたエアだが、邪魔が入った。


「いや、おれはダンジョンに…」


「待て待て。まだまだ鍛え方が足りんぞ~特に槍はな。模擬戦だ、模擬戦をやるぞ!はっはっはっ~」


 エアは熊獣人でCランク冒険者のパーシーにとっ捕まった。

 前の前のパーティにエアがいた時に、パーシーのパーティと一緒に護衛依頼を受けたことがあり、それ以来、親しくしてはいるが、『戦闘狂』気味なのである。

 ここ二ヶ月程は護衛依頼と他のダンジョンへの遠征でいなかったのだが、王都に帰って来てしまった。

 売るにも買うにも王都が一番都合がよく、商品も職人も揃ってることもあるのだろう。


 パーシーは槍使いで、明るい茶髪茶目の陽気な人好きする顔、丸い熊耳で愛嬌があるが、ガッチリとした身体で身長210cm。ガタイ通りに戦闘力はとんでもなく高かった。

 年の頃は三十前後に見えるものの、古いつき合いの人いわく、ここ数十年ぐらいは変わってないらしい。老けにくい種族なのか、パーシーが特別なのかは分からないが。

 パーシーはエアの槍の師匠とも言えるのだが、エアの体調や体力が問題なくなったのを見て、では、鍛えねば!と思ったらしい……。

 

 パーシーとその仲間たちは、病院に見舞いに来てくれた上、かなり過分な見舞金ももらってるだけに、エアも強く突っぱねられない。 

 こうなったパーシーはまったく引かないので、エアも覚悟を決めた。

 もうダンジョン下層は後回しだ。片手になったことで戦い方が変わって来るし、パーシーに鍛えてもらう機会は貴重なのだ。

 本当にタイミングが悪かっただけで。


 そして、エアは連日地獄を見ることになった―――。



 ******



「スゲーな、エア!あのパーシーさんの槍を何度もよけられるなんて!」


「見かけによらず、エアが強いのは知ってたけど、目で追えない程とは!素早くて身軽過ぎだろ!」


「…ハイレベル過ぎて見えん…」


「それにしたって、エア、体力もかなーりスゲーし!熊獣人のパーシーさんが相当タフなのは知られてるけど、ついて行けるエアも相当だって!」


 エアとパーシーが模擬戦をやっているのは、冒険者ギルドの訓練場なので、見学者多数だった。

 そんな賛辞にエアは全然喜べなかった。

 かなり手加減されている。そうじゃなければ、エアはとっくにミンチだった。

 訓練場が壊れるので飛ばす魔法や広範囲スキルは元々禁止だが、パーシーは身体強化すら使っていなかった。

 レベルとステータスが上がったエアとて、周囲の被害を考えて全力ではなかったものの、何でもありで全力を出してもまったく勝てないのが分かる。


 万全だった武器も装備も大分、ボロボロで修理が必要になってしまい、用意したポーション各種もかなり数を減らしてしまっていた。

 エアの装備を見れば稼げるようになってるのは明白なので、パーシーもその辺の遠慮なんかしなかったのだろう。

 どう考えてもダンジョン内魔物の方が、パーシーより遥かに弱い気がする……。


 ちなみに、通常の模擬戦なら木剣、木槍、棒、鉄棒を使うのが一般的だが、パーシーとエアの膂力りょりょくではすぐ砕ける、折れるのが分かっているので、どちらも通常使っている武器になっていた。



――――――――――――――――――――――――――――――

関連話「番外編49 熊に吹く導きの風」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16818093078009942557

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る