番外編10 あの『玉座』は今…?―冒険者side―
Bランクパーティ『双剣の槍』の名前の由来となった三人…リーダー槍使いのガラド、剣士のスルト、女剣士のメイサの三人は瀕死だった。
斥候のハダル、魔法使いのクレインは軽傷だったものの、クレインは魔力が枯渇寸前で、目の前にはイレギュラーボス、5m級キングサイクロプス。
まったく勝ち目はなかった。
絶望しかなかった。
そんな時、一瞬でキングサイクロプスが細切れになった。
ハダルとクレインは何が起こったのか分からなかった。
それは前の階で会った冒険者が、ほんの一瞬で切り刻んだからだった。
その後、すぐ瀕死の三人の治療に移り、伝説の万能薬エリクサーをガラドとスルトにそれぞれ一本ずつ、二本も使い、切り落とされたメイサの右腕も高度な回復魔法であっさり繋いだ。
潰れていたからか、関節が変に固まって完治してしまったスルトの足は、再び砕いて正常な状態に戻してから回復魔法で治したようだ。
そして、ミマスダンジョン21階から1階まで、1階からミマスの街の港まで、よく分からない何らかの手段で一瞬で五人とも移動させてくれた。
そこまでの大恩、一生働いても返せない。
ダンジョンの下層でエリクサーがドロップする、とは言われるが、伝説になっているだけあり、もう何十年もドロップした話を聞かない。
王侯貴族や有力者が優秀な錬金術師を囲い、作らせようとはしているが、製法は秘匿されるあまりに失伝しており、失敗ばかりだと聞く。
その伝説のエリクサーをアルと名乗ったCランク冒険者が持っていたのは余程、ドロップ率がいいのか、奇跡のめぐり合わせで手に入れたのだろう。
代価には足りなくても、それでも、出来る限りのことをしようと思ったハダルだが、大恩人のアル自身にこう言われてしまった。
「金銭はいらない。おれに助けられたことは黙ってろ。おれのことは詮索すんな。おれの話もするな。仲間内だけでもダメだ。おれにも話しかけるな。一生恩に感じて謙虚に過ごせ。誰かが困ってたら、出来る限り助けろ。変な噂になった時点でダンジョンに戻す。おれの力は見たな?簡単なことだろう?おれに関してはすべて黙れ、だ」
ハダルもクレインも頷くしかなかった。
詮索されたくないのなら、何故、名乗ったのか、と思ったのだが、すぐにその理由は冒険者ギルドで知れた。
マーダーシャークのせいで定期船が故障した所、Sランク冒険者が助けてくれて討伐もした。
そのSランク冒険者はすらりと背の高い美人な男で、女ギルマスも職員たちも見惚れていた。
そんな話を聞いたからだ。
このタイミングでSランク冒険者……。
いや、だが、話を聞くと、ハダルたちが助けられた日の夕方のことだ。
Sランク冒険者はちょうど通りがかったワケではなく、飛行魔道具持ちの冒険者が「ダンジョンにいたから」と呼んで来てくれた、と。
どういったことだろう?
仲間内で話すことも禁止されてるので、ハダルとクレインは声には出さず、顔を見合わせて首を捻った。
「ああ、その飛行魔道具持ちって成人したてぐらいの細い少年だろ。三つのパーティが失敗した『天女の羽衣』の納品をあっさりこなしてたぞ。何か称号持ってるとかで」
「ああ、アルっていう名前のCランク冒険者か。底知れなさを感じる強さだったから、『ランク上げると面倒臭いことが増えるから嫌』な派だな~。どう考えても」
「あ、分かった!地味に目立ってた人か」
「何?その矛盾」
「見かけは地味。顔を思い出せって言っても爽やか系で特徴は特になし、な感じ。でも、装備は超いいヤツ、身ごなしもタダモノじゃない感ありあり過ぎ」
「えー怪し過ぎない?敢えて目立たない外見に偽装してるとか?」
「かもなぁ。鑑定阻害がバリバリにかかってたそうだし」
飛行魔道具持ちの、ドロップ率のいい目立たない外見のアルという名の冒険者。エリクサーも持っていて、高度な回復魔法も使える。
すらりと背が高い美人で目立つSランク冒険者。
この二人が何故かタイミングよく、ミマスダンジョンに。時間もかぶってないし、二人同時に見た人はいない。
アルが名乗ったのはギルドで噂になってるだろうから、それ以上、噂の元を提供するな、ということだろう。定期船とその乗客を救ったのはハダルたちを助けた後で予定外。
伝説級アイテムを持っており、高度な回復魔法も使えて、戦闘力も高く、人助けもさらっとこなす人がそう何人もいるワケがない。
つまり、そういったことだから、詮索するな、ということか。
ハダルが頷くと、クレインも頷いた。同じ結論になったらしい。
しかし、気が付いたら瀕死の怪我が治っていた三人は、ハダルとクレインが詮索するなとたしなめても黙っているワケがなく……。
******
「助けてくれたの、本当にあの少年だってば!わたし、途中まで意識があったし!ガラドがポーションを譲ってくれって交渉したら、忠告してくれた人!でもって、スルトが『図に乗るな!』とか何とか偉そうに言っちゃったけど、どっちがよ!床に頭すり付けてしっかりと謝りなさいよ」
女剣士メイサが同じく剣士のスルトを睨む。信じられない、と文句を付けたのがスルトだ。
「だから、話すなって言ってるだろ!メイサの話は正しいけど、そうじゃなくて…」
「恩人からの希望ってのはさっきも聞いた」
ハダルがたしなめると、ガラドがそんなことを言うが……。
「希望じゃなく、命令だって!詮索するな、話すな。ほら、この話はここでおしまい!」
無理矢理、話を終わらせようとしたハダルだが、瀕死だった三人は黙らなかった。
「命の恩人のことを詮索するなというのも無茶じゃないか?そりゃまぁ、エリクサーが本当に使われたのなら到底代価は払えんが…」
「あのキングサイクロプスを倒したのがあいつだってことも、おれは信じられないぞ!だいたい…」
ガラド、スルトがそう言うのを、バンッ!とクレインが机を叩いて止めた。
「だから、話をやめろって言ってるだろ!」
「クレインまで。何でそう止めるの?仲間内で話してることなんて、他に知られない…」
「黙れ!見られてる気配がするんだ。あれからずっと。斥候のおれと魔法使いのクレインは気付くように」
これ以上話さないよう、ハダルはメイサの疑問に答えてやった。
「……気のせいじゃなくて?」
「【遠見】か【千里眼】スキル持ちということか?」
「そこまで手間はかけないと思う。多分、使い魔」
「仲間内でも話すなっていうのは、風魔法が使える人なら宿内の声ぐらい拾えるからだ。そうやって情報を集めてる魔法使いも斥候も結構いる。それぐらいも知らないのか」
どうやって情報を集めると思っていたのか。ハダルも風魔法を使って情報を集めることが多い。
ガラド、スルト、メイサの三人の意外な無知さに、ハダルは舌打ちしたくなった。
「何で見張られてるんだ。何も悪いことはしてないぞ!…いてっ」
大声を上げるスルトの頭を、ガラドが殴った。
「だから、声がでかい!」
「お前もだ。よく考えてみろ。伝説級の希少なもの、希少な魔法の使い手は誰が欲しがる?見られてるのは警告だ。あの人に繋がる情報はおれたちが思うよりかなり貴重なんだろう。だから、二度と話題にするな」
「そんな大げさな…」
「大げさじゃない。国と敵対するつもりか?なら、おれはもうパーティを抜ける」
意識が朦朧としていたから仕方ない、と思っていたハダルだが、いい加減、危機感がなさ過ぎる。巻き込まれるのはごめんだ。
「同じく。おれとハダルは救出してもらった恩義はあるけど、治療費はかかってないからな」
クレインが便乗したが、認識が少し間違っている。絶体絶命だったので細かいことは気にしていられなかったにしても。
「いや、ヒールをかけてもらったって。多大な治療費はかかってない、だな」
ハダルの訂正に、「そうだったんだ」とクレインはあっさり頷いた。思い返せば、頷ける所があったのだろう。
二人のパーティ脱退は、ガラドは思ってもみなかったらしく、何か言いかけては口を閉じる、ということを繰り返す。
「パーティを抜けたいのなら抜ければいい!ビビリな斥候と魔法使いじゃ、物の役に立たんしな!」
そう言い切ったのは色々と考えが浅いスルトだった。
こんな奴を庇って絶望的な戦いをしようとしていた自分に、ハダルは色々と冷めて行くのを感じた。
「ちょっと、スルト!」
「『双剣の槍』は元々三人で始めたパーティだ。元に戻るだけの話だろ」
「罠にひっかかったり、物理攻撃が通じん相手に苦戦したり、情報を知らなくてしんどい思いをしたからこそ、ちゃんとしたメンバーを入れたんだろ!」
「スルトが単純バカなせいで、しなくていい苦労もしたよね。今もね!」
当然、自分の意見が通るもんだと思っていたらしいスルトが、驚いた顔でガラドとメイサの顔を見返す。その後は言い争いだ。
付き合っていられないハダルとクレインは、ガラドの部屋を出た。
並びで部屋を取っているが、宿も変えた方がいいだろう。
しかし、二人は部屋に戻る前に目の前が暗くなった。
そして、地獄がどんな所なのか、知ることになった―――――。
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関連話*本編「123 図に乗るな、小僧っ!」
https://kakuyomu.jp/works/16817330653011554221/episodes/16817330653103370490
どうなったのか、は番外編09へ。
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