番外編28 主様(ぬしさま)の花嫁は幸せを掴む

 生贄いけにえ

 神への供物とされるが、大半は宗教や伝承や思い込みが絡んだ自己満足である。

 村の利益のための犠牲という建前で、単なる口減らしや娯楽の少ない村でのイベントであることも多い。


 しかし、剣と魔法のファンタジー世界だと、神のような力を持った者は実在する。


 生贄を引き渡せば、村への利益が約束される、となれば、安易に頼ってしまう村もあった。


「どうして…こんなことに……」


 流行はやり病で家族を亡くし、孤児院に引き取られた後、トビアード村での働き手を探していたので雇ってもらい、一生懸命働いた。

 なのに、生贄に選ばれるなんて!


 プリシラは震える手で顔を覆った。まだ十六歳。成人して一年しか経っていないのに……。

 同じ時期に雇われた人たちは気の毒そうな顔をしているか、俯いていたが、内心、誰もが自分が選ばれなくてホッとしているのが透けて見えた。


 選ばれた日から監視の人がついたので、逃げることも出来ない。

 いや、何とか村から逃げたとしても、村の外は魔物がうろついている。戦う力のないプリシラでは、すぐ餌食になってしまうだろう。


 生贄は表向きは「主様ぬしさまの花嫁」だ。

 「主様」と呼ばれる富をもたらす存在に、定期的に花嫁を用意することで、この村は恩恵をもたらされる。

 その恩恵は、鉱物や魔物の素材だったり、力仕事が得意な働き手だったり、行商に行く護衛だったり、とその時々で違っていた。

 働き手や護衛たちは同じく主様を信仰する人間のようだが、必要な時にどこからともなく現れるので実は違うのかもしれない、と言われていた。


 嫁入りの日は選定が終わった数日後。

 村の女たちが花嫁衣裳を縫い上げ、旅支度を整えるまでの短い間だ。

 旅立つ日までの数日、プリシラにはご馳走が用意されていたが、とても喉を通らなかった。水と少しの果物がせいぜいで。


「プリシラ、もっと食べておくれ。これでは身体が参ってしまう。

 …ああ、もう、仕方ない。これは内緒の話なんだがな。生贄ではなく、本当に花嫁なのだ」


 弱った村長がそんなことを言い出したが、プリシラは到底信じられない。


「本当だ。お前は見初められたのだよ。時々手伝いに来る働き手が何人かいるだろう?その一人に。なら、普通に求婚すればいいだけだと思うか?逞しい好青年たちばかりだからか、きゃーきゃーと女どもが騒いでおるのに。旦那持ちたちも」


 逞しくて強くて働き者の働き手たちの人気はかなり高かった。


「……それは、本当に本当の話、ですか?」


「本当だとも。神に誓ってもいい」


 くー。


 希望が見えて来た途端、プリシラの胃袋は素直になった。


「……詳しい話は食べながらにしようか」


 村長は笑いながらプリシラに食事を勧めた。



 昔から、このトビアード村と働き手たちのモリンズ村とで、嫁・婿交換をよくやっていた。

 大きな街まで遠い地域では、どうしても血が濃くなり過ぎて子供が生まれなくなってしまうので、嫁・婿交換は昔の人たちの知恵だった。


 しかし、ある時、モリンズ村は崖崩れと大型魔物たちの争いのとばっちりで地形が変わってしまって孤立し、周囲は難所ばかりになってしまい、トビアード村との行き来が難しくなってしまった。

 モリンズ村は森の恵みが豊富な割に魔物は少なく、土地も肥沃。それは地形が変わってしまった後も変わらず、他の場所へ行く方が困窮するだろう。

 モリンズ村内で自給自足は出来るが、やはり、血が濃くなり過ぎる問題があるし、刺激の少ない生活にも村人たちは飽きて来る。


 そこで、モリンズ村人たちは難所を越えられるよう身体を鍛え、少しずつでも難所を整備出来るよう魔法も覚えてせっせと周辺を整備した。

 村の外へ出られるようになると、当然、外で所帯を持ち、居着く人たちも出たが、子供たちがある程度育ってから戻って来る人たちもいた。


 それでも、まだ嫁不足なので、このトビアード村との交流も再開したのはいいのだが……問題が持ち上がった。

 トビアード村の年頃の女たちが、モリンズ村の意中の人の嫁になりたいと争い、怪我人が続出したのである。


 環境が厳しくなってしまったモリンズ村人たちは逞しい身体付きになり、様々なことを自分たちで解決して来た自信が精悍せいかんな好青年を作り上げたのだ!

 ごくごく普通の村人ばかりのトビアード村の男たちなのだが、比較対象が悪かった。


 それに、そうも花嫁希望が出ても、モリンズ村人にも選ぶ権利があるし、一夫一妻、複数の嫁を娶るつもりもなく、まして、なりふり構わず過激な争いをするような女は願い下げだった。


 そうして、考え出されたのが生贄風の「主様ぬしさまの花嫁」である。


 見張りが付くのは、過去に「苦しんで死ぬぐらいなら」と自殺しようとしたり、村の外に逃げ出して亡くなった「主様ぬしさまの花嫁」がいたので、様子を知るためだった。


 同じ村の男が「主様ぬしさまの花嫁」に恋慕してさらいに来る、という状況も想定しているが、両思いの場合はさっさとくっついてるので、このケースはまだないらしい。



「事情は分かりましたが、わたしに嫌だという権利はないんですか?」


「今回の『主様ぬしさま』はトルステンだぞ。どうしても嫌なら…」


「まさか!…やだ、そうだったの……」


 トルステンは何度か畑の手伝いや防壁の整備、建物の補修に来ていた。

 その時に『あなたのような人は素敵ですね』とか『可愛らしい髪型だと思います』とか言われたので「いい感じかも!今度会った時に『つきあって』とか言われるのかな」などと夢見ていたプリシラだが、トルステンははっきりとは言ってくれず、ひょっとして自分が勘違いしてるだけかも、と冷静になった時に思っていたのだが……。


「やだ?」


「嫌じゃないです!歓迎です!でも、すぐ結婚っていうのも急だし……えーと……はい…」


「お前を連れてだとモリンズ村までは更に日数がかかるから、到着までには覚悟も決まるだろう。ああ、二人きりじゃなく、他にもサポートしてくれる働き手たちもいるから目移りはしないように」


「しませんよ!……あ、わたし、土魔法が得意なのも選ばれた理由の一つだったりもします?」


 なので、トルステンと一緒にプリシラも作業したのである。周囲が難所だらけなら、プリシラはかなり役立つだろう。


「さぁな。聞いてみるといい」


「そうします」


 そうして、今回の「主様ぬしさまの花嫁」のプリシラは花嫁衣裳をまとい、ベールを頭にかけ、神妙なフリして旅立った。迎えに来た働き手の四人と共に。

 その一人がトルステンで、プリシラを馬に乗せる時、その手をキュッと握って満面の笑みを浮かべ、プリシラは頬を染めて俯いた。

 それは、近くにいた人たちにしか分からなかったことだろう。



 ******



 「主様ぬしさまの花嫁」を馬に乗せ、働き手の四人は手綱を引いてある程度進み、村が見えなくなった所でプリシラは木陰で動き易い服装に着替えるよう促された。

 え、もう?と驚いたが、日が明るいうちに出来るだけ進んでおきたい、とそうゆっくりしていられる時間はないらしい。


「プリシラさん。今回の主様ぬしさまは俺だ。どうか、俺の花嫁になって下さい。話は聞いてるようだけど……」


 トルステンから村長から聞いたのと同じ話をされた。

 しかし、村長がまだ知らないことも教えてくれる。


「まだ最近のことなんだけど、通りすがりの冒険者が手伝ってくれて、こちらのトビアード村の方向じゃなく、逆方向に道を通すことが出来たんだ。だから、ちょっと迂回になるけど、そちらの村長が知ってる程、難所だらけじゃなくなった。つまり、モリンズ村から出るのが前よりになったから、たまには少し大きい街にも買い物に行けるよ」


 嬉しい情報だった!

 孤立したような村なら、どこでも手に入る物が中々手に入らないだろう、とプリシラは覚悟をしていただけに。


 しかし、「モリンズ村から出るのが前より」というのはあくまで「男女共に逞しく鍛えているモリンズ村の基準」だとプリシラが知るのは、トルステンに背負われて移動した、ほんの数日後のことである……。



 ******



「この世界なら生贄を要求するような超強ぇヤツがマジでいるのかも?と調べてみたのに、事実は単なる嫁取りだし~。まぁ、温泉があったからよかったけど」


 は温泉宿風自宅に帰ると、妻にそうボヤいてみた。


「何を期待しているのやら。だいたい、生贄を食べるんなら一人じゃ足りなくない?人間より大きくて美味しい魔物もたくさんいるのに。花嫁っていうのはもっと分からないし。異種族間でも子供が出来る超技術があると?それとも分裂?魔法生物?」


「その辺、ツッコミを入れたらダメじゃね?剣と魔法のファンタジー世界なんだから、コウノトリが運んで来るとかもマジであるかもしれねぇし」


「え、コウノトリ、いるの?」


「さぁ?魔物で違う名前になってるかもしれねぇぞ。キャベツから生まれるのは何だっけ?」


「モンシロチョウの幼虫。ファーマーの天敵!」


「……それ、キャベツが産んでるワケじゃねぇだろ」


 キャベツに青虫は定番なので、まぁ、似たようなものかもしれないが。



 陸の孤島のようなモリンズ村は、道を整備し過ぎてしまうと、風が通り過ぎ、魔物も入り込んでしまうため、さじ加減が難しかった。

 筋肉が発達しまくったあの村人たちなら、アスレチックのような道でも楽々だろう。

 まぁ、嫁や婿に来た人は多少苦労するかもしれないが、大丈夫。か弱いのは最初の一時期だけだ。


 村の誰もが日課として普通に鍛えているので、自然と逞しくなる運命だった。


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