第32話 ヒロイン奏斗
割り当てられた調理場に班ごとで座り、まずは施設の方と教師の説明を聞く。道具の場所や使用後の後片付けの仕方。材料の場所。拡声器ごしの声が響く中、奏斗はずっと落ち着かない思いでいた。
それはもちろん、先ほどの慧の発言も関係しているが、今はそれよりも目の前で起こっている問題が気がかりだった。
奏斗が視線を送る先は、机を挟んだ向かいの席に座る女子たち。小夏がふゆと舞に挟まれて顔を引きつらせていた。
「……あれ、大丈夫そ?」
「ふゆ頼みだな」
席に着く際、ふゆは小夏の隣を死守しようと努めた。しかし、舞は半ば強引に押し入ってきたため、ベンチの端に偏って人が座っている奇妙な光景になっていた。
ふゆは真顔で舞に圧を掛けている。対する舞は何も気にしていないかのようにふんわりとした笑顔で首をかしげている。間にいる小夏に同情するほどの不穏な状況。ふゆの隣に座る他の女子二人は、真剣に説明を聞いていてそんな状況に気付いていない。
慧の横に座っている晴樹をはじめとした男子二人も、そんなバチバチな状況には全く気づいていなかった。
―まあ、とりあえず助かった、のか……?
説明の後は、食材係と火起こし係に分かれることになっている。多くの班が女子は食材係、男子が火おこし係に自然と分かれてしまっており、奏斗たちの班も同様の分担になっていた。今の時間が終わっても、小夏が舞と同じ空間にいることは避けて通れない。いざとなれば、腕時計を通して伝達が来るだろうが、そんな事態になるまではふゆに頑張ってもらうしかない。
―いや、伝達が来ないのが一番いい……
*
奏斗が内心でハラハラしている間に、説明は終っていた。予定通り、奏斗は他の男子たち三人とともに火おこしに徹することになる。四人はまず薪割りを行うことになった。
説明を聞き、斧と薪が渡される。道具の数的に、一人ずつ交代で体験することになるようだった。
なぜか代表して斧を手渡された奏斗は、その重さに一人ビビっている。持ち上げられないほどではないが、予想より重い気がする。
―意外と重い。こんなの振り続けるのか……?
腕力がヒロイン並みのかよわさ。様子のおかしい奏斗を横目で見た慧は、ため息をついていた。とりあえず誰からやろうか、と話を振ろうとした時、奏斗の腕が軽くなる。
「俺が持つよ」
隣にいた田川晴樹が斧を持ってくれていた。爽やかな笑顔を奏斗に向ける。これはきっと女子たちがキャーキャー言うようなイケメンムーブなのだろう。キラキラの効果が周りに飛んでいそうなシチュエーションだった。
大勢でいると騒がしくて関わりずらいものの、こういうところが人気者たる所以なのだろう。誰に対しても人当たりがいい。奏斗はしばらく、別世界の住人に圧倒されていた。
すると、晴樹の背後からもう一人の男子がひょこっと顔を出す。
「そういえば俺らってあんま関わりなかったよな。自己紹介しようぜ! 俺、
明るい茶髪をセンター分けにした、いかにもクラスのトップに君臨する男子と言う風貌。少しつり目だが表情が豊かで、近寄りがたい雰囲気はない。
「俺は、田川晴樹。野球部。春永とは隣の席だし、ずっと話してみたいって思ってたんだ。けど、結構初期に昼メシ断られちゃって、それから絡み方探ってた……」
飼い主に叱られた大型犬のようにシュンとした表情で、頬をかく晴樹。奏斗は少し胸が痛んだ。
どうやら、四月に声を掛けてきた男子は晴樹だったらしい。目が合って、無理に声を掛けてきたのかと思っていたが、実はそうではなかったのかもしれない。申し訳なかったと言おうとした時、慧が間に入って言った。
「奏斗が気になるのはいいが、俺とも仲良くしてもらわないとな」
「……あ、ああ。もちろんだよ。秋月は中学の時から知ってるけど、あんま話せなかったもんな。これからよろしく!」
慧がこちらに目配せをする。きっと気を抜くなと言う合図だ。先ほどの慧の発言が頭をよぎる。
―『俺は真の邪魔者を探っている』
晴樹は舞の近くにいる存在。そう簡単に近づいていい相手ではないのだ。気を引き締めて、無難な自己紹介をする。持ってきた軍手を付けていると、晴樹が奏斗に近寄って心配そうに言った。
「春永、前髪邪魔じゃないか? 刃物使うし、視界いい方が……」
言いながら、晴樹が奏斗の前髪をそっと横に流す。すると、奏斗の武器が覗いた。美少女と互角なほどにぱっちりとした目元。長いまつげ。潤む瞳と目が合って、晴樹はそっと前髪を元に戻した。
「……田川?」
晴樹の頬がほんのり染まっている。そしてなぜか横で様子を見ていた康太まで同じような顔になっている。奏斗は首をかしげ、慧はこめかみをおさえた。
「奏斗って、少女漫画のヒロインだったんだな」
「何言ってんだよ、慧。意味わかんない」
様子のおかしい状況に奏斗があたふたしていると、少し落ち着いたらしい晴樹が奏斗の前に進み出る。鍛え上げられた立派な背中を見せて、晴樹は言った。
「やっぱ、危ないから春永は下がってて。俺らと秋月で頑張るよ」
「……え?」
急な戦力外通告。非力なことがバレてしまったらしい、と奏斗は少々へこんでしまった。そんな奏斗に、慧が遠い目をしながら言う。
「応援係をしてあげたらいい。きっと喜ぶよ、かなっちゃん」
「……なんだそれ」
わちゃわちゃな男子組。その一方で女子組に起きていた修羅場を、この時の彼らはまだ知らなかった。
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