第67話 二人のお節介
集合は学校近くの市民体育館。集合時間は九時だったのだが、奏斗はそれよりも三十分前に着いてしまっていた。開館が九時であるため、建物にも入れずただ一人で暇を持て余している。
今日は土曜日。出かけることが過保護な姉に知られると厄介なので、早めに家を抜け出して来た奏斗だったが、無駄に早起きしたことを後悔していた。
―それにしても、面倒なことになったな……
無論、奏斗は一人張り切って体育館にやってきたわけではない。これからここに他のクラスメイトが七人ここに来ることになってる。
きっかけはもちろん、先週の康太の発言にある。突如、遊びに行こうと提案してきた彼は、ことの詳細を説明してくれていた。
―「遊ぶっていうか、球技大会に向けて特訓しにいこって話。近くの市民体育館とか借りてさ」
どうやら康太は、球技大会に苦手意識を向けていた奏斗のために、この特訓計画を良案として思いついたらしい。
この八人のうち、奏斗たち男子勢はサッカー、女子勢はバレーボールに出ることに決まっているが、中でも康太は元サッカー部、彩は現バレー部だという。それぞれに経験者がいるので特訓にはちょうどいいという判断したようだった。
そして、康太がこのメンツにこだわった最大の理由は、彼がひそかに心配を向けていたことにある。彼は表向き、奏斗の特訓、八人の親睦を深めるためだと張り切っていたが、本音は、奏斗にだけ耳打ちしてくれた。
―「俺はやっぱギスギスしたままじゃだめだと思うんだ」
そう言った彼の目線は、小夏と目を合わせないように下を向いていた舞に向けられていたのだった。
康太は合宿で賭けが行われていたことを知らない。だからこそ、彼は距離が開いた二人の仲を心配している。だが、その仲直り作戦は、奏斗たちの立場としては微妙なところである。
小夏は今、舞とあからさまに距離を取ることを切望しているわけではない。今の彼女はきっと舞と近づくことにも恐れを感じていない。
しかし、だからといって、舞が小夏と近づくことを許されれば、今、反省の色を見せている舞が再び、奏斗たちの関係に牙をむき始める可能性もある。そうなるのは、やはり奏斗としては面倒だった。
「はぁ~~~……」
康太の言った『良案』はやはり嫌な予感的中の厄介案件だったと奏斗は思う。やっぱり他人が絡むと面倒な事ばかり起こるのだ。頭の中で悶々としていたことが、ため息になってこぼれ出る。すると、そんな奏斗の後ろで腕を組んだ人物が言った。
「でかいため息だな」
「……慧」
振り向くと、私服姿の慧が立っていた。腕組みをして、何を考えていたのかと問い詰めんばかりの顔だが、前髪を下ろした休日仕様の彼はいつもより優しい雰囲気がある。
「とはいえ、厄介なことに巻き込まれたものだな。今はテスト期間だっていうのに」
「……なんかごめん」
誰かに縛られることを嫌い、契約関係を結んだ奏斗たちにとって、休日に他人と出かけることはストレスそのもの。しかも、今回は以前のような仲良し作戦とは別に、外部から持ち込まれた事案である。本心では皆お断りだったのだろうが、奏斗の特訓に付き合わない冷たい関係であることを印象付けないためにも、断り切れなかったのだ。
「いや。別にお前を責めてるわけじゃない。きっと永谷の目的は、お前の特訓ってだけじゃないんだろうし」
「わかるの?」
奏斗が問うと、慧は何となくだがと言ってこちらを見た。
「矢坂と小夏の関係修復を図ってるんだろ」
「……多分そう」
ずばり言い当てられて、奏斗は小さくため息をついた。無論、奏斗のせいではないものの、何となく責任を感じてしまう。康太には、もっと強く気にすることはないと伝えておくべきだった。
「まあ、そんなに心配しなくても大丈夫だろう。小夏も大丈夫だと言っていた。それに、何にせよ、アイツのは、俺のとは違って優しいお節介だ」
慧はそう言って、苦笑いを浮かべる。何となく彼らしくない気がして、奏斗はためらいがちに尋ねて言った。
「後悔してる?」
「……後悔、か。どうなんだろうな。俺にもよくわからない。……だが、あまり気が晴れないのは確かだな」
歯切れの悪い答え。いつも自分の意見をしっかりと持っている慧とは別人に思えるほどに、その表情は硬い。
「それって、契約関係を続けることになったせいじゃない?」
ふいに奏斗が尋ねると、慧はぱっとこちらに目を向けた。
「慧は元々、小夏の本心を引き出すことが目的だったでしょ? そして、その目的が達成されたら、この関係を抜けるつもりだった。だから、わざわざ裏切りともとれるような契約違反を繰り返して、俺たちの不信を買うように動いてたんじゃない?」
「それは……」
「ずっと聞かなきゃって思ってたんだ。ペナルティ的な意味合いで、契約続行って感じになっちゃったけど、慧はそれでいいのかなって」
ルールを破り、契約関係を揺るがしたペナルティとして、慧は契約関係にとどまることになった。しかし、奏斗は少し引っかかっていた。
「俺たちは互いに対等でなきゃいけない。だから、もし慧が今後、この関係に目的を見いだせないんだとしたら、慧はこの先俺たちに縛られることになる。一緒に居ることで不利益を被るなら、契約を破棄していいっていうのが俺たちなのに、それじゃあ、本末転倒でしょ?」
慧は本来、一人でいることを苦としないタイプ。そんな彼が契約関係に意義を見出したのは、小夏のことがあったからである。その問題が一旦落ち着いた今、慧がこの関係に居続ける目的がなくなってしまったのではないかと、奏斗は考えていた。
しかし、慧はそんなことはないと首を振った。
「俺は、今回の一連で自分がいかに他人の感情に疎いかを痛感したんだ」
そう言って、慧はまた少し目を伏せる。
「正直今も、小夏がどうして自分を苦しめた相手を嫌いになれずにいるのかが分からない。頭で理解しようとしても、何だか腑に落ちない。それくらい、俺は他人の感情の機微が分からないらしい。だから、俺は効率ばかり優先して、人を傷つけるやり方ばかりを選ぶ。それが怖いと思ったんだ」
まるでその脳裏には、涙を流した中学時代の小夏が映っているように見える。奏斗は何と答えればよいかわからなかった。
しかし、黙り込む奏斗に、慧は向き直って続けた。
「だから、むしろ三人が良いと言ってくれるなら、もう少しこの関係を続けてみたいと思っている。契約で結ばれた関係であっても、一人でいるよりは学べることがあると思うからな」
慧は前を向いていた。決して、過去のやり方を悔やんで立ち止っているわけではなく、自分の進むべき先をちゃんと見据えている。だからこそ、慧の気が晴れない原因は彼自身の問題ではなく、別のところにあるのだろうと奏斗は思った。
「そっか。……じゃあ、慧がもやつく主な原因はたぶん、あの人じゃないかな」
「あの人?」
「慧が憂さ晴らしに巻き込んだ、あの人。まだちゃんと話せてないんじゃない?」
あえて明言しなかったものの、慧はちゃんと分かったようだった。ならば、これ以上は言及する必要はない。
「奏斗、ありがとうな」
「……⁉ い、いえいえ」
慣れない相手に感謝され、奏斗は思わず慌ててしまう。余裕のない返事にはなってしまったものの、心がふっと軽くなるような感覚がして、奏斗はどことない心地よさを覚えていた。
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