第33話 冷たい視線
男子組が何だかんだ仲良く薪割りを行っている頃、女子組はカレーの材料に使う野菜を切る作業を行っていた。
調理台に並ぶ、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ。小夏は、いびつな形のジャガイモを一つとり、包丁を使って慣れた手つきで皮むきを始める。表面の凹凸に苦しめられることなく、するすると皮をむきながら、小夏は先ほどの出来事を思い起こしていた。
火おこし係と別れてからすぐ、舞は小夏に近づいてきた―
「小夏、私に野菜の皮むきのコツ教えてー」
「……え?」
「私いつもピーラーでむくから、包丁苦手なんだよ。でも、小夏は料理上手でしょ? ね! 一緒にやろうよ」
キラキラとした眼差し。まるで小さな子供が親に何かおねだりする時のような上目遣いで、彼女は言った。今は周りに人がいるため、舞はふんわり可愛い人気者モード。そのおかげで、あまり動揺することもない。小夏は冷静に対処するよう努めた。
「コツって言われてもあんま意識したことないからなぁ。たぶんそんな教えることないと思うよ」
あまり二人きりになるようなシチュエーションを作るのはよくない。小夏は出来る限り自然にかわしてみせた。もし二人きりになれば、彼女は有無を言わさず本性を表すだろう。そうなれば、小夏はうまく切り返せなくってしまう。
しかし、舞は全く引こうとしなかった。
「じゃあ、教えなくていいから、せめて一緒にやろ。隣で見て学ぶから!」
「まあ、それなら……」
今の状況からして、舞はきっと本性を出してこない。それに、近くにはふゆもいる。あまり突き放して刺激するのもよくない気がした。
しかし、小夏が了承しようとするのを、ふゆが遮って言った。
「では、矢坂さんは私と一緒にお肉を取りに行きましょうか」
ふゆが舞の腕を組む。想定外の出来事に、舞は目をぱちくりさせていた。
「……え? あー、そういえば、先生が取りに行けって言ってたっけ……?」
野菜類は、中庭の調理場に運んであるものの、冷凍保存してある豚肉だけは、施設の食堂にある冷凍庫まで取りにいかなければならない。
「矢坂さんは包丁さばきに自信がないのでしょう? でしたら、包丁とまな板の数も限られていますし、ここは得意な方にお任せした方が得策です」
いつも通りの無表情。しかし、小夏の目には、ふゆの顔に『下手な奴に手を出されては困ります笑』と書いてあるようにも見える。恐ろしいオーラが出ている気がして、小夏はそっと目を逸らした。
……とまあ、そんなことがあって、現在、ふゆは舞と一緒に本館に向かっている。
残された小夏と、舞の班の女子二人。小夏は内心ひやひやだった。
一番注意すべき人物が席を外している今も、小夏の心が休まらないのには理由がある。それは、班員に水上彩がいるからであった。常に舞と行動を共にする彼女は、中学時代の舞の取り巻きの一人。小夏の中学時代の悪夢に絡む人物である。
ネイビーブル―のショートヘアにクールな表情。小夏はいつだって、彼女に冷たい視線しか向けられていない。その視線に込められているのが、嫌悪なのか憎悪なのか、それとも無感情なのか。その真意はつかめないままだった。
ただ思い出されるのは、舞の味方につく取り巻き達の都合のいい解釈。小夏をヒールに仕立てた噂の数々。
苦い思い出がよみがえりそうになる。気分を変えようと、新たにジャガイモを一つ手に取ろうとした時、肩をトントンと軽く叩かれた。
びっくりして隣を見ると、そこには目を真っ赤にした彩がいる。隣にいるもう一人の女子は、そんな彩を見てあわあわしている。
潤んだ瞳をぱちぱちと苦しそうに動かす彩の手元を見て、小夏は状況を察してしまった。
「日向ちゃん、助けて。目が開かないの……」
彩が切っていたのは、そう。タマネギである。見事に染みてしまったらしい。涙を出しても痛くて開かない目をこすろうとする彼女を、小夏は慌てて止めた。急いで手を洗い、濡らしたハンカチを彩の目に当てる。目を冷やせば、少しは楽になるだろう。
ベンチに座らせ、少し休ませる。もう一人の女子は、その間に作業を進めてくれているので、彩が落ち着き次第、すぐに戻らなければいけない。
「タマネギ、私がやるよ。コンタクトしてるから割と平気だし。代わりにジャガイモとか頼んでもいい?」
「うん。ほんとにありがと」
ハンカチをずらし、まだ少し赤い目をのぞかせながら彩が言う。しかし、彼女はそのまま、神妙な顔で俯いてしまう。何か言われるのかと、小夏が身構えた時、彼女は消えてしまいそうなか弱い声で言った。
「……あと、ごめん」
「え?」
「私、中学の時は周りに流されてたから」
彩の口から思いがけず中学の話が飛び出して、小夏は一瞬心臓が縮まる思いがした。こちらを突き刺す冷たい視線がよみがえる。
しかし、思い起こされる記憶を続く言葉が打ち破った。
「でも、今は違う。それだけは分かっててほしい」
持っていたハンカチを顔から離し、こちらを真剣に見つめる彩。その瞳は未だ潤んでいるものの、しっかりとした意思を持っている。
向けられた視線は、決して小夏の知るような冷たいものではなかった。
*
一方その頃、本館の建物の裏でふゆは舞と対峙していた。共にカレー用の肉をもらいに行っているはずなのだが、二人の手元にはまだ、お目当てのものはない。
「真白さん。話って何かな?」
困惑したような顔で舞がこちらを見る。ふゆは、その表情を見て、ため息をついた。
「……その嘘っぽい顔やめていただけますか? 反吐がでます」
冷たく言い放ったふゆに、舞は一瞬びっくりしたように目を開く。そうして困ったように笑った後、大きくため息をついた。
「あんたも似たようなもんでしょう」
低く尖った声。顔を上げた舞の瞳に光はない。先ほどの柔らかな雰囲気は消えさり、いつかの放課後、小夏を震え上げさせていた時と同じ雰囲気をまとっていた。
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