第34話 衝突
「人に言っといて、自分はその作った表情改めないの?」
「何を言っているんですか? 生憎、私のデフォルトはこれです」
皮肉交じりな舞の発言を、ふゆは軽く流して見せる。首をかしげているふゆを見て、舞は「まあそんなことはどうでもいい」と機嫌悪く吐き捨てた。
「……で結局、話って何?」
カレー用のお肉を取りに行く途中、ふゆは舞を引き留めた。それはもちろん、小夏から彼女を遠ざけるための時間稼ぎでもあったのだが、それとは別にふゆは彼女に聞きたいことがあった。
「あなたは小夏さんをどうするつもりですか?」
「どうって何? 私はただ、あの子と仲直りしたいだけ」
意味が分からないというように、呆れた顔で腕を組む舞。ふゆはため息をついて、質問を変えた。
「どうしてそこまで小夏さんに執着するんですか。あなたも分かっているでしょう。彼女はあなたと仲直りすることを望んでいない」
舞が初めて小夏に近づいてきた日も、例の班決めの日も、小夏が舞に向けていたのは恐れの感情。いつもは強い言葉で自分を守ろうとする彼女が、舞を目の前にするとそれさえもできなくなる。彼女が舞との関係修復を望んでいないことは一目瞭然だった。
「小夏は私が一緒にいてあげないと駄目なの。小夏だって本当は分かってる。あの子はただ、私を傷つけた過去を後ろめたく感じているだけ」
だから、自分が小夏の過去の失態も受け止めてあげる姿勢を見せなければいけないのだと、舞は言った。まるで間違いを犯した小夏を受け止めてあげる自分の懐の広さに酔いしれているよう。
ふゆの脳裏に、涙をこらえながら助けを求める小夏の姿がよぎる。
「……自分の本性を隠して付き合う友人を作る暇があるなら、本当の自分を分かってくれる友人を大切にした方がいいですよ」
ふゆのつぶやきに、舞は一瞬顔をゆがませた。
「まあ、あなたの気持ちはわかりました。ですが、それなら矢坂さんは心配しなくて大丈夫ですよ。小夏さんはもう一人じゃない。彼女にはもう、私や奏斗くん、慧くんがいます」
小夏が一人になるのがかわいそうだから、自分が一緒に居てあげなければいけない。そんなスタンスの舞にふゆが切りかかる。遠回しにお役御免だと告げると、彼女は顔をさらに曇らせた。
「でもそれは、契約上の関係、上っ面でしかないでしょう」
「まだそれを言いますか」
合宿の班決めでクラスを騒がせた舞の『契約関係』発言。それは無論事実なのだが、四人の関係の真実は口外禁止。誰にも知られているはずがない。
しかし、舞があてずっぽうを言っているにしては出来過ぎている。嫌な胸騒ぎを抑えながら、しらを切り通そうとする。すると、舞が低い声で言った。
「『互いに利用しあう関係』」
「……?」
「私は直接聞いたの。あなたたちが放課後、三人で話し合っていたのを」
小夏を説得する前の一番初めの会議。たしかあの時、誰かが駆けていく音が聞こえた。あれはてっきり様子を見に来た小夏だったのかと思っていたが、そうではなかったらしい。
「三人が契約関係っていうのはもうわかってる。だから、その後一緒にいるようになった小夏もそうなんでしょ?」
思いがけない告白にふゆが返す言葉を失うと、舞は好機を得たと言わんばかりに笑みを浮かべた。なぜか、先ほどやめたはずのふわふわとしたオーラを纏い直して、こちらに迫ってくる。
「やっぱり四人は契約関係でできた友達なんだね」
「だから何だっていうんですか。私たちは同意のうえで一緒にいる。もちろん、小夏さんだってそうです」
取っ掛かりは強引であったものの、結果的に小夏はこの契約関係に入ることを自分自身で決断している。そして、そのうえで、この関係を脅かす可能性のある舞との関係修復を拒んでいるのだ。
ふゆの答えに、舞は作り笑顔をやめた。不機嫌な裏の顔に戻ったものの、どこか余裕そうな舞の様子に、ふゆは気味悪さを覚える。
「あなたたちは契約上の友達。でも、私は小夏と本当の友達に戻りたいと思ってる。どっちがあの子のためになるかは明確じゃない?」
「それは……」
小夏が望む場所は決まっている。けれど、彼女にとっての最善は……
幼い頃に刻まれた『友達の大切さ』がふゆの心に疑念を抱かせる。次の言葉に迷ったふゆに、舞は距離を詰めてきた。耳もとに、生暖かい息がかかる。
「ねえ。真白さん。一つ賭けをしない? ちょうど明日、いいイベントがあるわけだし」
「……明日?」
明日の主な活動予定は、学年全体でのレクリエーション。内容は宿泊施設周辺のウォークラリーで、コマ図を基にゴールをめざすというシンプルなもの。スタートからゴールにかかった時間が短い順に順位がつく。
「私たちの班とあなたたちの班で勝負するの。もし私たちが勝ったら、小夏には今後私と一緒にいてもらう」
「そんなこと、私たちが決めていい話ではありません。それ以前にこんな賭けごとは……」
「じゃあ、これ、ばら撒いていいってこと?」
そう言って、舞は自身のスマホを見せてきた。映し出されているのは、録音アプリの画面。彼女が再生ボタンをタップするのを見て、ふゆはさっきの違和感の理由を悟った。
【『やっぱり四人は契約関係でできた友達なんだね』……】
流れてきたのは、先ほどの会話。舞が不自然に話し方を変えてきたあの会話だ。ふゆが完全に四人の契約関係を肯定してしまっている。
どうやら最初から言質を取るのを目的としていたらしい。姑息な手段に腹が立つ。しかし、そんなことを言っている場合ではなかった。
これは完全に脅しだ。
ふゆは、舞を睨んだ。もちろん表情はあまり変わっていない。しかしながら、その眉はほんの少し吊り上がっているようにも見えた。
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