第35話 初めてのギスギス
薪割りが終わり、いよいよ着火。無事に火が付いたことを確認した男子四人は、互いにハイタッチを交わした。
これで火おこし係の仕事は一段落したことになる。ひとまず安堵していた奏斗だったが、右腕の時計が振動したのを感じて、突如心臓が引き締まる思いがした。
「……慧、これって」
奏斗が不安げに尋ねると、慧が真剣な顔で頷く。どうやら慧も同じ通知を受け取ったようだ。緊急事態を知らせる着信。チャット欄には、一つの位置情報が記されている。無論、その送り主が誰であるのかは表示されていないが、ここにいない二人のどちらかであることは明確だ。
―日向に何かあったのか? でも、矢坂はここにいるし……
薪割りを終えた男子組は、先ほどから女子組と合流している。同じ調理場で、作業を行っていたはずなのだが、先ほどから小夏とふゆの姿が見えない。ただ、要注意人物である舞は他の女子たちと楽しそうに話しながら調理準備を行っていた。
「ねえ、矢坂。ふゆたちどこに行ったか知らない?」
「ああ、二人ならお手洗いだよ? どうかした?」
「……いや。えっと、ちょっと確認したいことがあったんだけど……」
向かった先がお手洗いなら、そこに合流しに行くというのはいささか無神経な気がする。しれっと抜け出せばよかったのにというような慧の視線が刺さり、聞いてしまったことを後悔していると、舞が意外な返答をしてきた。
「ふーん? もうじき返ってくると思うし、向かってみたら? 真白さんもさっき二人に言いたいことあるって言ってたし、ちょうどいいじゃん。四人で話してきなよ」
カレーの準備はあと少しらしく、残りは舞の班でやってくれるという。ここは素直に提案を受け入れるほうがいいのだろう。
だが、舞の笑顔が何か別の意味を含んでいるように見えて、奏斗は少し不安だった。
「とりあえず向かうぞ」
「……うん」
*
GPSの示していた先は、舞が言っていた通り、屋外にあるトイレの建物。木製の建物は、周りの豊かな自然に馴染んでいる。
その建物の裏に、ふゆと小夏の姿があった。特に変わった様子はないが、小夏は何やら複雑そうな顔をしている。
「すみません。少し困ったことになりました」
「矢坂絡みか?」
少し呆れたように慧が尋ねる。すると、ふゆは少し目を伏せて頷いた。
「私が少しヘマをしてしまって……。そのせいで、彼女と賭けをすることになってしまったんです」
ふゆは先ほど舞と話したことの詳細を説明した。彼女が班決めの際に発した契約関係宣言は、発破をかけるためのあてずっぽうなものではなかったこと。初めの会議の話を完全に聞かれてしまっていたこと。それらを明らかにされ動揺したふゆが、契約関係について肯定的な発言をしてしまい、それを記録されてしまったこと。そのデータを引き合いに出されて、強引に賭けを持ち掛けられてしまったこと。
そして、その賭けの内容。
「明日行われるウォークラリーで、もし矢坂の班に負ければ、こなっちゃんは矢坂の物になります」
「おい。人を勝手にものにすんな。……ったく、本人のいないとこで何決めてんだか」
恐らく小夏は奏斗たちより先に聞いていたのだろう。わざと強めのツッコミを入れてみせる。ただ、その勢いも語尾にいくにつれて弱まっていく。
「それで、そんな賭けに乗ったということは、何か考えがあるのか?」
慧の声がどこか鋭い。空気が一瞬で凍り付いたかのように、息苦しくなる。奏斗は思わず、隣にいる彼から顔を背けた。
「何もないというのなら、お前は今この関係にとってどういう存在になるか、考えてほしいということだ」
「……慧。そんな風に言うなよ」
小夏が慌てたように言う。すると、慧は突き刺すような視線を彼女に向けた。
ふゆは四人が契約関係であることを肯定するような発言をしてしまった。つまりそれは、第三者に契約関係の事実を漏らしてしまったことになる。ふゆがそれ相応の策を持っていなければ、彼女が故意に四人の関係存続を脅かしたとみなされても文句はいえないというわけなのだ。
未だかつてないギスギスした雰囲気。このままでは、今にでも解散してしまいそうな空気に奏斗の心臓はドクドクと心地の悪い鼓動を刻む。そんな中、ふゆは凛とした様子で口を開いた。
「もちろん。策はあります」
「何何? 聞かせて!」
つい勢い余った反応してしまった奏斗。まるで楽しいものを見つけて待ちきれなくなった幼児のようになってしまい、皆の視線が集中する。小夏に「テンションどうした?」と言われ、恥をかいたが、場の雰囲気がいつも通りになったので、彼は人知れず安堵した。
「彼女の賭けに乗る代わりに、私たちが勝った際の約束事を決めました」
【もしこちらが勝てば、今後一切、不用意に小夏に近づくことを許さない】
それがふゆの申し出だった。舞はその提案を承諾してくれたという。やけにすんなり受けてくれたのが意味深で不愉快だったものの、これでひとまずこちらが賭けに乗る意味ができる。
しかし、そうは言ってもこちらが負っているリスクは変わらない。奏斗はふゆに問うた。
「ふゆはこっちに勝算があると踏んでるってこと?」
「はい。なぜなら私たちは一応、学年トップ4らしいので」
『ばーん』と情けない効果音がつきそうな様子で、ふゆが答える。無表情だが、何となく自信に満ちた様子な気がして、三人は困惑した。
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