第36話 四人の関係
学年トップ4とウォークラリーの順位がどう関係するのか。小夏が思わず尋ねると、ふゆはその意味を教えてくれた。
舞が勝負の場に指定してきた明日のウォークラリー。コース途中に用意されている問題は、通常ならこの地方に絡んだなぞなぞなど誰でも楽しめるものになっている。しかし、今回は学校が用意した特別仕様になっているそうだ。
「用意されている問題は、中学で習う範囲から出題されます。それも、教科書の片隅にあるコラムや資料集に載っているマニアックな内容。毎年、このいじわる問題が解けるかどうかがチームの順位の明暗を分けます」
ルールはシンプルだが、問題の難易度が高い。正解するごとに得点がつくので、正解数が多くなければ、上位に入ることは難しい。毎年、多くの班が下位層で争うことになるほど、問題の正答数が重要なのだという。
「ですから、入学前の知識―中学で習う範囲のテストで学年上位とった四人が集まっている私たちが一番有利だということです」
「……でも、それはあくまで授業でやるような範囲での話でしょ? 俺はそんなに戦力にはなれない気がする……」
学校の授業範囲の試験で上位を取っているからといって、何の対策もせずに発展内容の問題が解けるとは限らない。偏差値の高い高校の生徒が、テレビでやっているようなクイズをバンバン解けるとは限らないのと同じである。
しかし、自信なさげな奏斗に対し、他三人はそうでもなさそうである。
「奏斗は、教科書のコラムを楽しまない派なのか? 俺は貰った教科書は全てに目を通さないと落ち着かないが」
「私も同じです。むしろそっちの方が楽しいので好きでした」
何の気なしに言ってのける慧とふゆに、奏斗は顔を真っ青にした。
「……マジで言ってる? え? みんなそうなの?」
すっかり別世界に取り残された奏斗。小夏がドンマイと言わんばかりにその肩をぽんと叩いた。
「まあ、私は科目によるけどな。理数科目は面白いから、全部読んでたし解いてた気がする」
文系科目はさっぱりだぞ? と言って励まそうとする小夏の声もむなしく、奏斗の両耳をすり抜けていった。
「奏斗くん、戻ってきてください。そんなに心配なら明日までに勉強すればいいだけの話です」
「そんな無茶な……」
「無茶ではありません。今日の夜の予定をお忘れですか?」
今日は飯盒炊爨およびその片づけが終わった後、クラスごとのレクリエーションがあり、その後夕食。夜には皆で勉強する時間が設けられている。先生たちが用意したプリント課題を解くことになっているはずだが、ふゆはそれをマッハで終わらせて自習すればいいという無茶を言ってきた。
「マッハって……。どちらにしても自習する用意持ってきてないよ?」
一泊二日の合宿に、そんな自由時間があるとも思えない。しおりに書いてあったこと以外で奏斗が持ってきたのはせいぜい、最近買った文庫本くらいだ。
すると、ふゆは少し考えてからそっぽを向いて言った。
「それは、慧くんが何か持ってるんじゃないですかね」
なんとなく雑に吐き捨てられた言葉。ほんの少し不機嫌な声にも聞こえる。その原因だと思われる人物に奏斗と小夏が視線を向けると、慧は「さっき、ちょっといじめすぎたかもな」と頬をかいていた。
「そうだな……。ああ、ちょうど国語の便覧ならあるぞ」
「まじか。あんな重いもん、よく持ってきたな」
意外な事に、慧は根っからの理系で文系科目には多少の苦手意識があるらしい。だからと言って、一泊二日の合宿に辞書並みの重さを誇る便覧を持ってくる向上心は見習えそうにないが、今はその向上心に感謝する。
「文系科目は私と奏斗くん、理系科目は慧くんとこなっちゃんが対応すれば、大抵の問題はカバーできると思います」
好きな科目での担当が決まったからか少しだけ気が休まる。それに、分からない問題があってもふゆが解いてくれそうな気がするので、不思議と安心感があった。
しかし、奏斗が一人ほっとしている一方で、突然ふゆが深々と頭を下げた。
「……私のミスで、すみません」
綺麗な銀髪がしおらしく垂れていく。その様子を見ながら、小夏は「そんなこと……」と言いかけて、すぐに口をつぐんでしまった。きっとこの関係での対応の仕方を迷っているのだろう。
―俺たちは『お友達』じゃない。だからこそ、そう簡単に情けをかけるような仲であってはいけない。だけど……
奏斗は、今もなお深く頭を下げている彼女の前に進み出た。
「俺たちは小夏の要望を受け入れた以上、皆で矢坂に対抗する必要がある。俺たちはこういう時にこそ力を合わせるんだ」
その言葉を受けて、ふゆがぱっと顔を上げた。慧と小夏も彼女に向かって頷く。
それを見たふゆは、ほんの少し微笑んで言った。
「明日、一緒に頑張りましょう」
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