第57話 見えなかった彼の想い③
その後は、慧の思惑通りことは運んだ。気が立っている女子たちは、小夏に事実のないお小言を並べたてたという。
しかし、慧はそれを見届けることなく教室に戻り、自身のカバンを取りに行く。すると、そこには待っていてくれるはずの取り巻きの行方を探る舞の姿があった。
「あ、お疲れ。秋月くん。あの……」
「お前の取り巻きなら、玄関にいたぞ。何かもめてたみたいだし、早く行った方がいいんじゃないか?」
―きっとそろそろ限界がきているだろう
慧に言われて、舞はすぐに教室を飛び出していった。
慧もゆっくり後を追う。すると、玄関の修羅場は思ったより激化していた。
大嫌いなもめごとの現場に躊躇したのか、舞は間に入っていなかった。物陰から少し身を出しているくらいで、取り巻きも小夏も、彼女が近くにいることには気づいていないようだった。
玄関近くの階段下。薄暗い隅に小夏は追い詰められている。その中で、リーダー格の一人が小夏に顔を近づけた。
「アンタが舞を困らせてるの、うちら知ってるんだからね」
「…………。……違う」
「何で舞を困らせるようなことばっかすんの? それがあんたの友達に対する態度なわけ?」
「……違うよ」
「友達は大切にしなきゃいけないって、小学校、いや幼稚園で習わなかった?」
畳みかけるように激高した取り巻きが声を上げた時、
「もう、やめ……」
見るに堪えなくなった舞が止めに入ろうとする。しかし、その瞬間、小夏の心は溢れてしまった。
「……友達なんかじゃない」
「……は?」
「私は舞を友達だなんて思ってない!」
その一言で、辺りは一瞬静まり返った。我に返った小夏の顔は青ざめて、すぐに取り巻き達の罵声が響き渡る。そんな声が静まった時、小夏が顔を上げた先には、大粒の涙をこぼす舞の姿があった。
「……舞、これは」
「……ひどいよ。小夏」
言葉を詰まらせる小夏に、舞はそう言い残して、玄関の外に走って行った。取り巻き達も小夏を睨んだ後、舞の後を追いかけていく。パタパタと駆けていく音が遠ざかっていく中、小夏は茫然と立ち尽くしていた。
そんな彼女の元に歩み寄ると、小夏は驚いたように顔を上げた。
「これで、全部解決だな」
慧がそう言うと、小夏は全てを悟ったような顔をした。
「……そっか。終わったんだ」
そう力なくつぶやいた彼女の瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。彼女自身も、何が何だか分かっていない様子で、目からこぼれる雫に戸惑っている。
「………?」
その表情は、今まで慧が気に入らないと思っていたものとは違っていた。しかし、それはしがらみから解放された喜びや安堵からくるものではない。絶望と悲しみに満ちたその顔を見て、慧の頭は真っ白になった。
「日向……」
「……ごめん、秋月くん」
小夏は涙をぬぐいながら、その場から走り去った。そして、その日以降、彼女は学校に来なくなってしまったのだった。
結局、それから一年が終わるまで小夏は学校に来なかった。そのまま中学校生活は二年、三年と進み、慧は一度も小夏と同じクラスにはならないまま、卒業の時を迎えることとなる。
慧はそこまで話すと、今まで背負っていた重荷を下ろしたように深いため息をついた。
「やり方は強引だったと思う。一時的に見れば小夏を傷つけるものだったのかもしれない。だが、俺は自分のしたことが間違いだとは思わなかった。あれしか、あいつが楽になる方法はなかった」
「小夏が泣いていても? それでも、お前が正しかったと思うのか?」
少しばかり厳しい口調で問う。すると、慧は晴れない表情を浮かべた。
「……だから、分からないんだ。結局モヤモヤしたまま中学を終えて、高校に入ってみれば、小夏はまだ学校に来られない状態になっている」
結局何も変わっていない、それが悔しかったのだと、慧は言った。
「そんな時、お前が契約関係を提示してきた。だから、俺はそれを利用しようと思ったんだ」
『友達』というものにトラウマを持っている彼女も、契約関係ならば興味を持ってくれるかもしれない。それに、ひとまずグループに所属していれば再び舞とトラブルになることも避けられる。慧はそう考えて、小夏を契約関係に誘ったのだ。
「じゃあ何で、ときどき矢坂に有利になるように動いてたの? 今の田川との話だってそうだ」
小夏の苦しみが再燃しないことが目的ならば、契約関係の守秘義務を自ら破っていたことも、晴樹に手を貸したことも、すべて逆効果になる。
「俺なりに探っていたんだよ。『真の邪魔者』が俺だったのかどうかを」
泣いていた小夏の表情がずっと引っかかっていた慧は、一つの仮説を立てていた。それは、小夏が舞との決別を望んでいなかったということ。
「契約関係で小夏を守りながらも、矢坂にチャンスを与えることで、小夏にもう一度選択する権利を与えてたのか」
決別が望んでいないものだったのなら、小夏は舞との関係を修復することに注力するだろうと慧は考えていた。
「まどろっこしいやり方だなぁ……」
全てがやっと結びついて、奏斗は思わずため息交じりに不満をもらす。何も説明されていない側からすれば、振り回されっぱなしで大迷惑である。不満そうな奏斗に、慧は「……すまない」と苦笑いを浮かべた。
そんな慧を見ながら、奏斗はふと思う。
―慧は不器用な奴なんだろうな
感情に疎く、損得勘定で動くために、その言動は他人の目には度々冷酷に映る。それでも彼は冷たい人間ではない、奏斗はそんな気がしていた。小夏の苦しみに気づいたのも、その話を聞いていたのも、しがらみを解こうと動いたのも、彼だけだった。慧がそう思っていなくとも、彼は間違いなく小夏のために動いていたのだ。
「俺が話したこと信じられるのか?」
どこか意地悪な笑みだが、そこには不穏な影はない。奏斗は胸を張って答えた。
「うん。真実を話すっていうのが俺が出した要望だからね」
ようやく穏やかな空気が流れる。空はまだ曇っているものの、切れ間から差し込んだ光が雨に濡れた二人をきらきらと輝かせている。
そんな時、再び腕時計の振動が伝わってきた。
>>ヴヴッ
想定外にも、二度目の緊急連絡が届いている。示されている位置は、先ほどと変わらなかった。
「慧」
「ああ」
気付けば、宿泊施設まではあと少しというところ。奏斗は慧と目を合わせると、頷き合った。今度は強い意志を通わせている。
「行こう。小夏を助けて、勝負に勝つんだ」
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