第6話 ちびヤンキー

 屋上には一人の女子生徒が立っていた。ミルキーブロンドのさらさらな髪で毛先の軽いショートボブ。少し長めな前髪が、つり目気味の魅力的な瞳がちらつかせている。


 ふゆとは、真逆のタイプの少女だった。


「……遅い」


 不機嫌そうな表情でこちらを睨んでいる姿は、耳についた複数のピアスも相まって、まるで不良のように映る。しかし、小柄な体なのもあって、どこか憎めないようなかわいらしさが残っている気もする。


「よう。日向」


 明らかにこちらを威嚇している彼女に構うことなく、慧は平然と挨拶する。


「……秋月、この人が交渉中だっていう例の?」


「ああ。彼女は日向小夏。俺の中学の同級生だ。一応、俺たちと同じクラスだ」


 慧が二人目の女子メンバーとして目をつけた相手―それが小夏だった。彼女は今まで訳あって、保健室登校だった。


 慧によると、彼女は中学時代から一人を好み、特定の誰かとつるむことを避けていたという。その点を鑑みて、慧は彼女が四人目にふさわしいと考えたらしい。


 初めて顔を合わせたクラスメイトに、奏斗は少し既視感を覚える。そのわけはすぐに思い出せた。


 ―ひゅうが……? あれ? てことは……


「俺の後ろの席の!」


 奏斗が思わず声をあげる。すると、小夏はキッと彼を睨んだ。鋭い目つきが怒りを帯びて、さらに鋭さを増す。あまりの形相に、奏斗は思わず圧倒されてしまった。


「……すみません」


 怯んだ奏斗を見て、ふゆはドンマイと言わんばかりに真顔で親指を立てている。


「俺たちを屋上に呼んだのは、やっぱりお前だったんだな。俺の作ったアプリを使ってくれたということは、契約を交わしてくれるということか?」


 慧の言葉を聞いて、小夏の声は一段と冷たくなった。


「そんなわけないだろ」


 急に三人を嘲笑うような不穏な表情になる。


「ぼっちが揃って何になるんだよ。契約とか何だか知らないけど、本当は見せかけの友達作って満足したいだけなんじゃないのか?」


 小夏は三人と契約する気がさらさらないようだった。むしろ、三人の関係を否定しに来たという感じだ。


 奏斗の意図していない、契約関係の解釈に、奏斗は思わず抗議する。


「違う。俺たちは別に友達ごっこがしたいわけじゃない。ただ、一人でいたくても、周りが勝手に哀れんでくる。それを無くすために……」


「いや。周りの視線を気にしてる時点で、お前は他と自分を比較してる。そして自分が劣っているように見えるから、その視線が不快なものに思えるんじゃないのか?」


「……そんなこと」


 そんなことはない。そう断言できるはずなのに、奏斗なぜか言い返すことができなかった。


 その様子に、小夏はさらに突いてくる。


「それに、例えぼっちが集まったところで、余りものの寄せ集めだ、って余計に哀れまれるだけだ。要らない視線を増やすだけに決まってる」


「……」


 小夏の主張に圧倒される。奏斗は次の言葉に詰まってしまった。


 打つ手がなくなって、奏斗は慧に視線を送る。しかし、彼は腕組みをしたまま表情を変えていない。ふゆもまた、何も動揺していなかった。


 その様子からして、まだ『計画』を実行する時ではないらしい。


 何のダメージも受けていないような慧とふゆ。それをつまらなく思ったのか、小夏はこちらをさらに鋭く睨んでくる。


「そんな関係、すぐ壊れるに決まってる。見せかけだろうがなんだろうが、人が集まればろくなことにならない。お前らもそれが分かってるから、独りでいることを選択してきたんじゃないのかよ」


 小夏の鋭い眼差しを向けてくる。


「契約上の付き合いだからって、問題が起こらないとは限らない。なのに、何が『お互いに利用し合う』だ。そんな関係、見てるだけで腹が立つ」


「……」


 そう言って、小夏は自身の下唇をぎゅっと噛み締めた。何か、嫌なことを思い出したかのように、苦い表情。


 ほんの少しの沈黙。三人は顔を見合わせた。慧が静かに頷くと、奏斗とふゆも目配せする。


「どうやら、日向は相当仲間に入りたいみたいだな」

「だね」

「はい」


 ―『作戦』決行だ


「……は? 私の話聞いてたか?」


 拍子抜けした小夏には、さっきまでの勢いがなくなっている。混乱している彼女を前に、慧が話を始めた。


「日向、知ってるか? 好きの反対は嫌いじゃない。無感情だ」


「……それがなんだよ」


「お前は俺たちの関係に苛立ってるんだろ? なら、お前はこの関係に多少なりとも興味があるんだ」


「な、そんな強引な話があるか……!」


 慧が決めた作戦。それは、全てを肯定的に受けとることだった。この場に三人を呼び出した時点で、小夏はすでにこの関係に興味を持っている。要するにもう一押しなのだと慧は言っていた。


 ―だいぶ雑な作戦だけど……ってか、日向の様子的に全く脈なさそうだけど……


 きっとこの機会を逃せば、もう適任がいないのだろう。クラスにそう何人もぼっちは存在しない。むしろ適任が四人いたことに感謝しなければいけない。


 慧は小夏にこだわっていた。奏斗も慧に負けじと押してみる。


「一回入ってみればいいじゃん。それでも嫌なら辞めればいいし。俺らの関係は基本、お金の発生しないビジネスみたいなもんだから……」


 慣れない勧誘を頑張ってみたものの、なぜか怪しい詐欺師のような口調になってしまう。奏斗は逃げ込む穴を探したい気分だった。


 尻すぼみな奏斗の押しは弱く、小夏はますます頑なになってしまう。


「うるさい! そんな関係に意味がないことなんか、入ってみなくたって……」


「やったー。これで目標の四人達成できそうですね」


 反発する小夏を遮って、ふゆも半ば強引に話を持っていこうとする。


 しかし、その棒読みな発言は更に小夏の怒りを誘ってしまったようだった。


「私は入らないっていってるだろ!!」


 小夏が声を荒げる。


 ―これは思いのほか、頑固そうだ……


 無理やりな作戦実行はやはりまずかったのか、小夏はさらに意固地になっているようにも思う。奏斗が思わずため息をつく。


 しかし、その時、隣からものすごく不穏なオーラを感じた。


 恐る恐る視線を向けると、ふゆが物凄い形相で、小夏を見下ろしている。こんなふゆは見たことがない。


「……真白?」


 普段無表情な彼女からは想像もつかない姿に奏斗は背筋が寒くなった。さすがの慧も想定外だったようで、呆然と立ち尽くしている。


 小夏も腰を抜かしたのか、へたりと床に座り込んでしまった。


「……私、めんどくさいことは嫌いなんです」


「だ、だから、……何だよ!?」


 腰を抜かしたまま後ずさろうとする小夏。ふゆは小さくかがんで、小夏と目線を合わせた。


「腹が立つなら見なければいい、わざわざつっかかる必要なんてないんですよ」


 ふゆはさらに追い討ちをかける。


「……なのに、あなたは私たちの関係をわざわざ否定しに来た。それはもうすでに、あなたの中に私たちが介入しているってことなんですよ」


「……!」


 ふゆがじりじりと小夏に迫っていく。先ほどまでは吠えていた小夏も、今はまるで狼に襲われそうな羊のようにわなわなと震えていた。


「日向さん。私たちと契約していただけますか?」


「……は、はい」


 怯えきった小夏が返事をすると、ふゆはいつもの無表情に戻った。


「ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」


 ふゆは小夏の手をとると、ぶんぶんと上下させた。頬はほんのり赤みがかかっている。彼女はよろしくするつもりなのだろうが、小夏はすっかり気が抜けてしまっていた。


 凸凹な二人の様子を前に、慧はそっとつぶやいた。


「……あいつは絶対に怒らせないようにしないとな」


「……そうだな」


 ―秋月も同じようなもんだけど


 半分気が抜けている小夏を見ながら、奏斗は内心頭を抱える。


 そこに、慧は歩み寄って言った。


「日向は別に、普通のお友達関係を欲しているわけじゃないだろう」


「……もちろん」


「俺たち三人もそうだ。だから、問題が起これば即解散。さっぱりした関係だ」


 慧がそれでも嫌なら考えるぞ?と優しく問う。珍しい彼の表情に、小夏は大きくため息をついた。


「……わかった。入るよ。私も四人の仲に」


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