第7話 厄介な要望
「ようやく四人揃ったんだ。今から少し、簡単に契約内容の確認をしようか」
小夏の説得に成功(?)した後、奏斗たちは慧の一言によって、もう少し屋上に留まることとなった。幸い、皆この後の用事は無いらしく、特に反対する者もいなかった。全員の同意が得られたことを確認し、慧が再び口を開く。
「まず、この契約関係の提案者である春永から説明してもらおう」
「……え? 俺?」
突然話を振られた奏斗は少し慌てていた。もちろん顔には一切出ていないが、慌てるのも普通に考えれば割と当たり前の反応である。奏斗は契約を持ち掛けた本人ではあるものの、それ以降はずっと慧に委ねていたようなものだった。
―俺は提案者だけど、それを膨らませていったのはほぼ秋月だ……
心の中で慧への不満をこぼす。しかし、他二人の視線まで自分に集まってしまっていたので、奏斗はとりあえず説明を始めることにした。
「……えっと。この関係は契約上の友人関係、です。でも、実際はほとんど他人と思ってもらっていいよ。その方が皆楽だろうし」
たどたどしく説明をしてみるが、特に相槌もない沈黙の空気は奏斗の説明不足を感じさせる。奏斗は急いで具体的な説明を試みた。
「……それで、主な内容としては、班やペアを決める時に相談なしでも一緒になること。移動教室に伴う移動を共にすること。課題とか時間割変更の情報を、アプリを通じて共有すること。……くらい? 一人でいることで面倒が生じる時に限って、力を貸しあう?みたいな関係です」
助けを求めるように、慧に目を向けると、これくらいで勘弁しておくか、というような顔をしてきた。やっぱりこいつは冷酷男だということを再確認しつつ、奏斗はひとまず安堵する。
「大体は春永の説明の通りだ。だが、一つ大事な説明が抜けていたな?」
慧はそう言うと、奏斗に向かって悪い笑みを浮かべた。その様子から何となく言いたいことが分かったが、奏斗は気付かぬふりをして首をかしげて見せる。すると、慧は「まあ、いい。俺から説明しよう」と言って話し始めた。
「この関係のためになること、もしくはその他のことでも、同意が得られれば、自分以外の三人にどんな要望をしてもいい」
これは、奏斗が説明した契約内容では納得しなかった慧のために付け加えられたもの。土壇場で提案した本人は、大いに反省しているところだった。
「この関係を維持するためなら、多少の面倒ごとは目をつぶるってことだな。だが、使いようによっては、自分に利益が得られるものだ」
慧が説明すると、ずっと黙って話を聞いていたふゆがぽつりと不満をこぼす。
「……『面倒ごと』、めんどくさいことはできれば避けたいところですね」
「まあ、そう言うな。これは使い方を考えれば、結構便利だ。皆、自分の利益のためにこの関係を大いに利用してもらって構わない」
「そうですね。とりあえず分かりました。それに私たちは普通のお友達じゃないですし、不都合を被るようなら契約を破棄すればいいんですもんね」
「……さっぱりしてんな」
せっかく四人揃ったところで『契約破棄』をちらつかせるふゆに、新入りの小夏は思わず引きつった表情でつぶやいた。下手したら、明日には全員解散なんじゃないか?と奏斗が内心でひやひやしていると、慧が口を開く。
「それでだ。まず、俺から一つ要望を出してもいいか?」
皆の視線が慧に集まる。どんな要望が出されるのか。一番厄介な要望をしてくるような気がしていた慧からの申し出に奏斗は息をのんだ。夕暮れの屋上に静かな時が流れ、緊張感がはりつめる。
そして、慧から告げられた内容は予想以上に厄介なものだった。
「……邪魔者を排除してほしい」
いきなり物騒な案件が舞い込んできた。彼の発言に皆が一瞬目を見開く。奏斗は慧の発言を飲み込むのに、少し時間を要してしまった。
「……もう少し具体的に言ってもらえると助かります」
沈黙を打ち破って、奏斗が恐る恐る尋ねると、慧はこの要望は、今後常に意識の片隅に置いてほしいことだという。
「俺たちの関係は、無論口外すべきではない。基本的に他人に理解されやすいものではないし、契約関係が知られれば、それこそ余計に哀れまれることになるだろう」
つまり、四人の関係性が暴かれれば、契約関係の存続は難しくなるということ。
慧の言葉に、奏斗ははっとなってつぶやいた。
「……邪魔者、ってもしや密告者?」
四人のうちの誰かが、もし他人に契約関係の事実を漏らすなら、それは間違いなく契約者全員にとっての邪魔者となる。
「まあ、そういうことだな」
四人が互いを見回す。ピリッとした緊張感が走り、この関係の実態が改めて感じられる。彼らはいわゆる『友達』ではない。あくまで『契約者』であり、『ただのクラスメイト』に過ぎないのだ。
自分たちの関係性を改めて考え直す。その様子を見て、慧は再び口を開いた。
「だが、俺の現在の懸念点はまた別のところにある」
そう言って、慧が小夏に目を向ける。それにしたがって、奏斗とふゆもその視線を追いかけた。
「……何だよ!?」
集まった視線に耐えられず、小夏が声を上げる。すると、横にいたふゆが慧の方を見て首を傾げた。
「やっぱり日向さんは仲間にすべきではなかったかもということですか?」
「おい! お前が脅したんだぞ!?」
出会った時は強気でけん制していた小夏だが、もうすでにふゆに遊ばれている。奏斗は思わず苦笑いを浮かべた。
しかし、そんな賑やかしい空気は続く慧の一言によって、一瞬で変わってしまう。
「実は、この関係に日向を入れたことで、俺たちに近づいてくる邪魔者がいるかもしれない」
小夏の表情が強ばる。
「……別にそんなことないだろ」
「でも、お前がずっと教室に来ていなかったのは、その可能性を恐れていたからじゃないのか」
「……うるさい。お前らには関係ない!」
不機嫌そうに突き放してくる小夏。彼女の声は、慧が言葉を重ねる度にイラつきを増していく。
そんな時、慧が少し大きな声で言った。
「じゃあ、ずっと教室に来ないつもりか」
小夏がびっくりしたように目を見開く。慧は、そんな彼女の瞳をじっと見つめていた。空気がピンとはりつめて、奏斗は思わず息をのむ。
これから契約関係が本格的に始まるというのに、この不穏な空気感。奏斗が先行きを案じていると、慧がぼそっとつぶやいた。
「……それなら俺は、アイツが俺たちの関係にとっても邪魔な存在だと判断するけどな」
小夏が耳を疑うようなそぶりで、顔を上げる。すると慧は、今度は奏斗とふゆにも目を向けて言った。
「とにかく、俺たちの関係に邪魔になる人は近づけないことが最善。だから常に見極めていてほしいんだ。
俺たちが遠ざけるべき人間が誰なのかを」
真剣な慧のまなざし。まだ肌寒い春風が彼の漆黒の髪をなびかせていた。
影がありそうな小夏の過去。それを知っているような慧。その過去がもしかしたら、この契約関係を脅かすものとなるのかもしれない。
平穏な一人空間を追求したはずだった奏斗の高校生活は、ここで不穏な幕開けをすることとなったのだった。
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